いっちゃん2013さんのクチコミ(26ページ)全772件
- サムネイル表示
- リスト表示
- ホテル
- ショッピング
- グルメ・レストラン
- 交通機関
- 観光スポット
- 基本情報
-
投稿日 2016年10月02日
総合評価:4.5
熊野交通の定期観光バスでの最後の観光は熊野那智大社、青岸渡寺でした。バスは大門坂の上の駐車場まで登ってきました。ここの観光時間は1時間でした。まず、熊野交通直営の土産物店の説明を聞きました。
土産物店を出て、石段を登り始めました。しばらく石段が続きます。
約20分で石段の上の熊野那智大社に着きました。
熊野三山の1つですが、ここは滝を臨む所であり、滝が信仰の中心なのかなと思いました。熊野那智大社と青岸渡寺が隣接しており、ほぼ一体のように見えます。この辺りは那智山とその山中の48の滝が熊野修験の修行地だったそうです。
大社は鮮やかな朱塗りの社殿です。お参りしました。宝物殿が有り、宝物殿は拝観料が必要です。時間が限られているので、宝物殿はさっと見物しました。
次に社殿の横を通り、青岸渡寺へ。香の煙が漂っており、賑やかな読経が聞こえました。古めかしい本堂は大きな建築物です。ここでもお参りしました。
青岸渡寺の右側の奥に朱塗りの三重塔が立っています。三重塔と滝のセットの写真は広告等でよく見る景色ですが、素晴らしい。- 旅行時期
- 2016年09月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 4.5
-
投稿日 2016年10月02日
総合評価:4.0
熊野交通の定期観光バスに乗り、次は那智の滝へ行きました。2016年9月の土曜日の午後でした。ここの観光時間は30分間でした。
駐車場より鳥居をくぐり、階段状の道をしばらく下ると、滝の正面です。
ここにも鳥居が立っています。ここは飛瀧(ひろう)神社で、那智の滝は飛瀧神社の御神体だそうです。飛瀧神社は熊野那智大社の付属の神社だそうです。
展望台への道が有り、展望台へ行くには拝観料が必要です。
展望台へ行く途中に滝の霊水を飲める場所が有り、少々飲みました。川の水であり、湧水ではないので、それなりの水だと思いました。
その上の方に展望台が有ります。ちょっとだけ滝に近付きました。
この滝、滝の一番上の水が落ち始める所が3つの筋となっています。岩がそうなっていて、川の水が3本の流れに分かれて、落ち始め、それが1本の滝となっています。「三筋の滝」という別名が有るそうです。これが見どころかな。
落差は133m。1段の滝としては日本一だそうです。
この滝は眺めて、記念写真を撮るくらいしかありません。登攀しようとすると逮捕されます。- 旅行時期
- 2016年09月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 景観:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
-
投稿日 2016年10月02日
総合評価:4.0
熊野交通の定期観光バスに乗り、次は熊野古道の大門坂へ行きました。2016年9月の土曜日の午後でした。
バスは県道に駐車され、大門坂散策の観光時間は15分間でした。
尾根を通る道で、ここを登ると、熊野那智大社まで行けます。
山を登る道ですが、綺麗な石畳と石段です。石段が続いていますが、緩やかです。行き来する人が絶えません。苔無いですよ。こけないように!
しばらく登って、上へ行ってみました。15分間の半分経った頃、樹木の間から那智の滝が見えました。
あまり無理をせず、バスに戻りました。- 旅行時期
- 2016年09月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 4.5
-
投稿日 2016年10月02日
総合評価:4.0
熊野古道の観光旅行に出掛け、熊野交通の「熊野古道大門坂と那智山めぐりコース」の定期観光バスに新宮より乗車しました。2016年9月の土曜日でした。まず、新宮よりすぐ近くのこの「熊野速玉神社」へ行きました。観光時間は15分間でした。
熊野三山の1つです。三山は山ではありません。ここでは3つ神社のことです。熊野速玉大神(くまのはやたまのおおかみ)が奉られているそうですが、「速玉」が何を意味するのか分かりません。本宮に対する新宮ということで、このことから「新宮」の地名となっています。
熊野川の河口近くに位置しています。海に臨む平地の境内です。
社殿は昭和の再建だそうです。朱塗りの鮮やかな社殿が並んでいます。
社殿の前は荘厳な雰囲気でした。速やかにお参りしました。たくさんの神様が奉られていて、12殿有るそうです。
熊野の神社は神社ですが、仏教色を帯びているそうです。神道と仏教の共存共栄のため、古代より工夫が考えられてきたようです。その考えの1つとして神様はそれぞれ仏様の化身であるという考えが有るそうです。熊野速玉神社のそれぞれの神様がそれぞれ仏様の化身と考えられているようです。
時間が僅かでしたが、境内の神宝館の見物もしました。展示されていた文物の多くが国宝でした。
境内で極早生のみかんが売られていました。観光客目当てのものだと思いましたが、5個200円のものを買いました。おいしいみかんでした。- 旅行時期
- 2016年09月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
-
投稿日 2016年10月02日
総合評価:4.5
この四天王寺に行くのは2度めでした。何か凄い力を感じ、魅力有るお寺だと思います。2016年9月、天王寺駅近くのホテルに宿泊しました。土曜日の朝、散策で四天王寺へ訪れました。
日本の古代、西暦587年に廃仏派の物部氏と尊仏派の蘇我氏が争う丁未(ていび)の乱が起きました。我が国の政権を争う乱です。このとき、蘇我氏側であった厩戸皇子(聖徳太子)が仏の加護を得ようと、四天王の像を作り、戦勝を祈願し、勝利すれば仏塔をつくり仏法の弘通(くづう)に努めると誓ったそうです。その後、蘇我氏、聖徳太子側が勝ちました。聖徳太子がその誓いの通り建立したお寺がこの四天王寺だそうです。物部氏の領地の一部が聖徳太子のものとなったとのこと。広大な四天王寺です。ここは物部氏の宮殿や政庁の跡だったのかもしれません。
日本に仏教を広めたのは蘇我氏と聖徳太子。その乱の勝利直後の建立のお寺がここ。ということで、四天王寺は日本の最初の仏教のお寺、日本仏教の総本山だろうと思います。
早朝なので、伽藍内部には入れませんでした。周囲を歩きました。
六時礼讃讃(らいさん)堂は開いており、お参りしました。六時礼讃は1日を6つに分け、それらの6つの時に礼拝をすることだそうです。朝の礼讃は8時だそうです。
六時礼讃堂の前に石舞台が有ります。同じような石舞台が近くの住吉大社にも有ります。古代からのものであり、建造するのがタイヘンだったと思います。木ではない石の舞台が何のためのものか私には分かりません。ミステリーだと思います。
四天王寺の伽藍は中門、五重塔、金堂、講堂が一直線状に並んでおり、原始的な配置であり、最初のお寺らしい。伽藍の外から五重塔等を眺めました。
広大な境内に空海先生、親鸞聖人、日蓮上人等のお堂や像等のモニュマンが有ります。各宗の宗祖の彼らもここ四天王寺では聖徳太子の弟子にあたります。
亀井堂の下では清らかな水が湧いています。大阪のこの辺りは井戸や湧水が多いそうです。
境内におじさん、おばさんがチラホラやってきました。ラジオを持ってきており、6時半よりラジオ体操をしていました。
有り難く長閑なお寺でした。
南大門の近くに熊野権現礼拝石が有ります。この後、私達は天王寺駅よりJR特急で熊野古道に向かいました。- 旅行時期
- 2016年09月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 4.5
-
投稿日 2016年10月02日
総合評価:4.0
最近、外国人観光客の来日増のため、ビジネスホテルが混雑気味で、値上がりしているようです。狭くて、夕食無しで、こんな部屋でこんな高いのと思うことが有ります。
また、「じゃらん」等の宿泊サイトで安くて便利な宿が見付かりにくくなっているように思います。高い宿ばかりが目立ちます。
2016年9月、観光旅行に出掛けることにしました。大阪の天王寺駅辺りで宿を探しました。インターネットで「宿」を検索し、この「アーベイ天王寺ホテル」のホームページを見付けました。良さそうと思い、このホームページから予約しました。インターネットでの支払いはできませんでした。
金曜日の夜、天王寺駅近くの「あべちか」の地下街で夕食を食べました。
このホテルは駅のすぐ近く。すぐに見付かりました。カプセルホテルも有るホテルです。フロントの接客は好印象でした。フロントの機械で料金を支払いました。
私達は2人であり、スタンダードツインルームを利用しました。2人で1部屋1泊が12,600円でした。ミネラルウォーター1本のサービスが有りました。
普通の広さの部屋で、使いやすく、綺麗でした。窓からは隣のビルの階段のビューでした。
安くて、便利で、快適なホテルでした。- 旅行時期
- 2016年09月
- 利用目的
- 観光
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- 1人1泊予算
- 7,500円未満
- アクセス:
- 4.5
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 客室:
- 4.0
- 接客対応:
- 4.0
-
投稿日 2016年10月02日
総合評価:4.5
2016年9月の金曜日、観光で高野山へ行き、その最後、奥の院へ向かいました。
一の橋より歩き始めました。まさに聖域という感じです。無数の墓石、墓碑が立ち並んでいます。全国の武将達のお墓が有ります。それぞれ、本拠地にお墓が有り、ここのお墓は分骨のもののようです。織田信長公のは1つの小振りなお墓です。豊臣家の墓所は一段高い場所の広い区画です。大きな石が使われた巨大な墓塔がたくさん有ります。重機が無かったときにどうやって立てたのか、思いを馳せました。緩やかな下り上りの歩きやすい道です。途中に中の橋が有り、細い沢を渡りました。
綺麗な玉川に御廟橋が架かっています。ここからは撮影禁止でした。観光旅行なので、写真撮りたいなぁ。
奥の院の大きな建物が燈籠堂です。奥の院は拝観料が不要でした。お参りしました。
燈籠堂の奥が空海先生の霊廟だそうです。空海先生は今も生きていると考えている人が多いそうで、お墓と言ってよいか微妙です。
空海先生は承和2年旧暦3月21日(835年4月22日)に亡くなられたとされています。病死され、荼毘に付されたとの書が有るそうです。しかし、入定について諸説有るそうです。
「入定」とは土中の石室に篭り、閉じ込められ、断食しながら、鐘を鳴らし、読経し、やがて、生死の境を超えるというものです。体はさらに長時間を経て、ミイラ化し、人体がそのまま仏となる即身仏となるというものです。
空海先生の霊廟の中の様子は秘密であるため、一般には不明のままです。空海先生は今も奥の院の霊廟で禅定をされていると考えられています。
燈籠堂は地下に入れました。地下には無数の大小の燈籠が有ります。1つ1つに氏名が記されており、1つ1つが1人1人のものなのでしょう。
さて、帰りのバスの時刻まであと15分。「奥の院前」のバス停はどこでしょうか。御廟橋の近くでお寺の職員の方に訊いたら、的確に教えてくれました。
ロケット型のユニークなお墓等が有りますが、立ち止まらず、走りました。
無事、16:01発のバスに乗れました。
大阪から高野山への日帰りの観光でした。高野山の滞在時間は約4時間。ちょっと慌しい観光でした。お昼ご飯は食べられませんでした。ケーブルカーの高野山駅近くのお店で高野豆腐やゴマ豆腐の買い物をしました。
いちおう有り難い観光旅行だったと思います。- 旅行時期
- 2016年09月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 2.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.5
-
投稿日 2016年10月02日
総合評価:4.0
高野山のお宝を多数収蔵、展示しています。
2016年9月の金曜日、観光で訪れました。
お宝も良いですが、建築物も良い。館内にこの建築についての展示も有りました。
古い方が「紫雲殿」だそうで、大正9年(1920年)の建築だそうです。大江新太郎先生と奥本吾市先生の設計。彼らは高野山のこの地では洋風の近代建築は合わないと考え、和風の建築を考えたそうです。大きな建築ですが、木造であり、漆喰塗りだそうです。
なるほど、この高野山に合っていると思います。優しさと気品が有る建築だと思います。- 旅行時期
- 2016年09月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- コストパフォーマンス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 展示内容:
- 4.0
-
投稿日 2016年10月02日
総合評価:4.5
「壇場」は曼荼羅の道場を意味し、「壇上」は一段高い土地を意味します。ダンジョンではありません。「壇場伽藍」、「壇上伽藍」の両方の表記が見られます。
高野山の中央の駐車場より西へ参堂が延びています。高野山の中心伽藍という感がします。2016年9月の金曜日、観光で訪れました。
金堂、根本大塔、西塔、東塔とその他の多数のお堂が有ります。それぞれお参りしました。
金堂はお寺の一番のお堂を意味します。ここの塔はいずれも2層です。金堂やそれぞれの塔の内部は似ていて、曼荼羅のように3×3の升目のそれぞれにお仏様がいらっしゃいます。
根本大塔も2層ですが、鉄筋コンクリート造の朱塗りの壮大なものです。昭和12年(1937年)の建築で、高さ48.5mだそうです。東塔、西塔は木造です。
不動堂は鎌倉時代の建築であり、国宝だそうです。
小さな孔雀堂にはレプリカの孔雀明王様がいらっしゃいます。正面の隙間より内部を覗きました。孔雀に乗った真っ白い明王様、ユニークで美しい。- 旅行時期
- 2016年09月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.5
-
投稿日 2016年10月02日
総合評価:4.0
金剛峯寺は真言宗の総本山。「高野山」も「金剛峯寺」も総本山を指し、同意で用いられてきました。壇上伽藍、霊宝館、墓域、奥の院も金剛峯寺です。ただし、観光マップでは「金剛峯寺」は小区画の伽藍を指しています。
2016年9月の金曜日、観光で高野山へ行きました。南海特急こうやで極楽寺まで登ってきました。極楽寺から高野山までケーブルカーで急坂を登りました。ケーブルカーの高野山駅付近はバス専用道路だそうで、徒歩は不可のようです。南海りんかんバスに乗り、金剛峯寺前で下車。バスの運転手は英語をたくさん話していました。この辺りの標高約800mだそうです。
マップでの「金剛峯寺」は元は青巖寺と興山寺という2つのお寺だったそうです。今、ここは天台宗の管長様が住まわれているそうです。
金剛峯寺へお参りしました。
建物内に入るには拝観料が必要です。内部を見学しました。書院造だそうで、廊下が長く続いており、たくさんの部屋が有ります。周囲が枯山水の庭となっており、良い景色でした。
広間へ行くと、お茶とお菓子を頂きました。女性のお坊さんでした。有り難いお話を聞けました。
建物の右側が大きな台所です。お寺のこんな台所は初めて見ました。- 旅行時期
- 2016年09月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
-
投稿日 2016年08月13日
総合評価:4.0
赤石岳頂上から赤石小屋に向かいました。
赤石岳からの下りは急斜面に刻まれた道で、飛騨山脈の涸沢のザイテングラートを凌ぐものだと思いました。私は下ったのですが、ヘトヘトになりました。
標高2701mの富士見平が有り、これは1つの山だと思います。富士見平のすぐ下に赤石小屋が有ります。
赤石小屋から赤石岳頂上までは離れており、なかなかタイヘンな道です。
2016年7月、赤石小屋に泊まりました。
1泊寝具込夕朝食で9,000円。弁当が1,000円。トイレ使用料が定額で、100円。バッジは500円でした。弁当はめはり寿司でした。
小屋番さんはちょっと豪快な感じの女性でした。
サンダルがたくさん有り、借用できました。小屋に手洗い用の水と飲料水が有ります。雨水のようで、おいしい水じゃないかな。トイレはちょっと離れていて、不便。和式便器と男性用小便器でした。トイレットペーパーは備えてありました。ライトが必要です。
ドコモが稜線では使えましたが、赤石小屋では圏外でした。
夕食は豚の生姜焼きで、おいしかった。味噌汁がちょっとしょっぱかった。登山で汗をかくからかな。
夕食後、PM8時の消灯まででしたが、食堂が居酒屋利用できました。
寝床は雑魚寝でしたが、快適でした。毛布の肌触りが良かった。- 旅行時期
- 2016年07月
- 利用目的
- 観光
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 1人1泊予算
- 10,000円未満
- アクセス:
- 1.0
- コストパフォーマンス:
- 3.0
- 客室:
- 4.0
- 接客対応:
- 3.5
- 食事・ドリンク:
- 4.0
-
投稿日 2016年08月13日
総合評価:4.0
北の荒川前岳と南の小赤石岳の間に荒川小屋が有ります。下界から行き来するにはこれらの頂を通らなければいけません。荒川小屋から直接下界に下る道が見当たりません。悪天候となると、足止めを食うことになります。病気や怪我の対処が困難です。そういうちょっと緊張感有る場所です。
稜線からはちょっと下った所ですが、辺りはほぼ森林限界上。荒川前岳側は圏谷の広大なお花畑を横切る道。小赤石岳側は大聖寺平へのハイマツ帯を横切る真っ直ぐな道。荒川小屋は天国のような場所に有ります。
2016年7月、泊まりました。
1泊寝具込夕朝食で9,000円。弁当が1,000円。トイレ使用料が定額で、100円。バッジは500円でした。サンダルを借りられました。
小屋番さんは優しい感じでした。
トイレも水場もちょっと離れていて、不便。トイレは和式便器と男性用小便器でした。トイレットペーパーは備えてありました。水場が小屋から5分くらい下った所に有ります。圏谷の沢からの水だと思います。豊富な水で、おいしい水でした。
夕食はカレーライスで、おいしかった。おかわりが自由です。食べ過ぎに注意しましょう。味噌汁がちょっとしょっぱかった。登山で汗をかくからかな。
トイレへの道にソーラー電池で夜間ほのかに白く灯るライトが配置されていました。ありがたい。でも、ライトも必要です。
弁当はおにぎりでした。甘い豆の入った赤飯のおにぎりが一緒でした。- 旅行時期
- 2016年07月
- 利用目的
- 観光
- 1人1泊予算
- 10,000円未満
- アクセス:
- 1.0
- コストパフォーマンス:
- 3.0
- 客室:
- 4.0
- 接客対応:
- 4.0
- 食事・ドリンク:
- 4.0
-
投稿日 2016年08月13日
総合評価:4.0
登山口の椹島は標高1123m。千枚小屋は標高2617m。この間の約1500mの登りは亡者の修行のような辛い道のりでした。
2016年7月、登山で訪れました。送迎バスで椹島に到着したのが8時20分なので、これ以後の登りはじめでした。私は脚力、体力が乏しく、速く登れません。約8時間後、PM5時過ぎにようやく千枚小屋に到着しました。
予約については各自で調べてください。このときは予約不要に該当しました。
到着順に寝場所が割り当てられているようです。残念ながら、割り当てられたのは別棟の月光荘でした。
1泊寝具込夕朝食で9,000円。弁当が1,000円。トイレ使用料が定額で、100円。バッジは500円でした。
月光荘は本館よりちょっと離れています。美しい名の「月光荘」ですが、ちょっと残念。本館に有る明るい照明、暖房、テレビが月光荘には有りませんでした。月光荘には裸電球が1つ灯っていました。月光荘からは水場とトイレも不便。値段は本館と同じ。ちと残念。でも、登山に感激。こんなこと気にしてはいけません。
サンダルが有り、借用できました。水場は本館に有ります。トイレは本館の近くに有ります。トイレは和式便器と男性用小便器でした。トイレットペーパーは備えてありました。夜のトイレにはライトが必要です。
寝床は雑魚寝でした。
夕食も朝食も普通においしかった。ご飯がちょっと軟らかかった。梅干が甘くて、デザートのようでした。
翌日からの稜線歩きは天気も良く、天国のようでした。登りがそれなりに有りましたが、苦になりませんでした。危険箇所が若干有ります。
弁当はおにぎりが3個で、梅干が付いていました。- 旅行時期
- 2016年07月
- 利用目的
- 観光
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 1人1泊予算
- 10,000円未満
- アクセス:
- 1.0
- コストパフォーマンス:
- 3.0
- 客室:
- 2.0
- 接客対応:
- 4.0
- 食事・ドリンク:
- 4.0
-
投稿日 2016年07月18日
総合評価:4.5
2016年7月16日(土)の銀座湯での入浴についてです。
この銀座湯、住所は中央区銀座1丁目。私は東京メトロ銀座線の京橋駅から向かいました。京橋駅の辺りは大きなビルばかり。ちょっと歩いたら、銀座湯に着きました。東京都営浅草線の宝町駅が最寄りで、京橋駅からも近かった。東京高速道路の新京橋出口と東銀座出口の近くです。東京高速道路は昔、川であったはず。
銀座湯は小さなビルです。右が女湯の入り口で、左が男湯の入り口でした。下駄箱に靴を入れ、番台で入浴料460円を払いました。ここで鍵を渡されました。男湯は2階でした。
とても綺麗で、ピカピカでした。白基調の内装。2013年にリニューアルしたそうです。3年経っていますが、できたばかりのように見えました。
浴槽が2つ有りますが、仕切りに穴が開いており、2つは繋がっています。
ちょっとだけ熱いお湯でした。温度計は40℃ちょっとを指していました。良い湯加減だと思いました。
銀座4丁目の夜景のモザイク画が有ります。地下鉄のSマークが描かれていました。2004年4月以前の営団地下鉄のときのマークであり、ちょっと前の景色なんだと思います。
しばらく浸かり、のんびりしました。
お洒落な銀座のイメージは無く、庶民の銭湯だと思いました。- 旅行時期
- 2016年07月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
-
投稿日 2016年07月18日
総合評価:4.0
持っていた地図に玉川大師がはっきり書かれていませんでした。
2016年7月の暑い日曜日、世田谷の散策に出掛けました。丸子川に架かる「治大夫橋」、「NTT瀬田前」の交差点の際に地図が有り、これが役立ちました。
「玉川大師」は通称であり、正式名称ではありません。「玉眞院」であり、「ぎょくしんいん」だそうです。真言宗のお寺だそうです。
夕方のPM4時頃訪れました。入れるのはAM9時からPM5時までだそうです。
石段の上に本堂が有ります。ここは国分寺崖線の傾斜地沿いに位置しています。本堂の下が地下霊場となっているようです。
本堂の左側に地下の入り口と出口(階段)が有ります。お寺の人に声を掛けられました。地下への入堂には灯明料100円が必要です。地下霊場の説明が掲げられており、よく読むよう言われました。でも、私にはとても難しく、よく分かりませんでした。土足厳禁と書かれていましたが、サンダルを履くよう言われました。灯明料100円を納めましたが、明かりは一切厳禁です。
入り口の階段を下ると、真っ暗です。でも、必ず、どちらか一方に進めるようになっています。迷路のようになっています。しばらく進むと、明るくなっていました。ありがたいいろいろな仏像が有ります。終わりの方もまた真っ暗となっていました。
多分、ありがたいものだと思います。- 旅行時期
- 2016年07月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
-
投稿日 2016年07月18日
総合評価:4.0
静嘉堂緑地を出たら、すぐの所に「旧小坂緑地」が有ります。当初予定していませんでしたが、寄ってみました。2016年7月の日曜日の訪問でした。
「国分寺崖線」は武蔵野台地内の河岸段丘の崖で、立川市より国分寺市、国立市、府中市、小金井市、三鷹市、調布市、狛江市、世田谷区を経て、大田区まで続いています。高低差が有る帯状の斜面で、そことその周囲が緑地となり、帯状の緑地が続いています。世田谷区のこの辺りは多摩川を臨む眺望が優れ、財界人等の別荘地だったそうです。
ここの緑地も高低差が有る斜面。道はまるで登山道のようです。人工的な庭園ではなく、自然の地のような感じがしました。
崖の上に「旧小坂家住宅」が有ります。ここは小坂順造氏の別邸だったそうです。実業家、政治家であった小坂善之助氏の長男が小坂順造氏であり、この父と同様に実業家、政治家でした。その経歴は華麗で、私はちょっとムカつきました。
ここも無料で、開園時間はAM9時30分からPM4時30分までです。月曜日が定休日で、他にも休園日が有るようで、ご注意ください。案内の方がいろいろと説明してくれました。崖に沿った雁行した建築だそうです。屋内の写真撮影が自由でした。
暑い日でしたが、こういう日本家屋は涼しい。天井が高く、木造なので、熱が篭らず、良い風が通っていました。庭を臨む縁側等が良かった。
書斎は洋間となっており、応接間を兼ねていたそうです。この洋間、重厚な雰囲気で、素晴らしかった。- 旅行時期
- 2016年07月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 4.0
-
投稿日 2016年07月18日
総合評価:4.0
2016年7月の日曜日、世田谷区の散策に出掛け、「静嘉堂文庫」って、何だろと思いながら、寄ってみました。
これは三菱財閥の第2代総帥 岩崎弥之助氏、第4代総帥岩崎小弥太氏が収集した古美術、古書を管理しているものだそうです。
茶色いスクラッチタイル貼りの建築物が桜井小太郎氏の設計による「静嘉堂文庫」だそうです。奥に立派な鉄筋コンクリート造の建築物が並んでいます。これらがコレクションの保管庫なのでしょう。文庫は非公開でそうです。
他に美術館が建っています。美術館は建築としてはどうってことないと思いました。入館料が1,000円で、ちょっと高いな。展示室は1つで、大きくありません。
企画展として江戸時代の動植物等様々なものの書、今の図鑑にあたるものを展示していました。
歩き疲れたので、少々休憩しました。休憩しながら、おやっと思いました。広間の窓から富士山が見えました。黒い富士山の頂部が見えていました。
静嘉堂緑地の中央に岩崎家の廟が有ります。岩崎弥之助氏の納骨堂だそうです。青銅葺ドーム屋根のこの廟はなんと、ジョサイア コンドル氏の設計によるものだそうです。コンドル氏は鹿鳴館の設計者であり、東京駅の辰野金吾氏の先生。こんなお墓、他に無いと思います。さすが、岩崎家。- 旅行時期
- 2016年07月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- コストパフォーマンス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 展示内容:
- 3.0
-
投稿日 2016年07月18日
総合評価:3.5
2016年7月の日曜日、次大夫堀公園の次、岡本公園へ向かいました。この経路はとても分かりにくく、疲れました。丸子川が分かってからは、たやすく岡本公園に着きました。
いわゆる国分寺崖線沿いで、崖下に池が有ります。奥に民家園の入口が有ります。
ここも無料ですが、開園時間はAM9時30分からPM4時30分までです。月曜日が定休日で、他にも休園日が有るようで、ご注意ください。
農家の門、主屋、土蔵が1つずつ有ります。こちらは特に大きくなく、普通の農家という感じがしました。
裏に岡本八幡神社が有り、お参りしました。神社正面の石段が急です。その横に緩やかなスロープが有ります。
静嘉堂文庫美術館も近い。- 旅行時期
- 2016年07月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
-
投稿日 2016年07月18日
総合評価:4.0
世田谷区に民家園が2つ有ることを知り、行ってみました。
2016年7月の日曜日、小田急線の祖師ヶ谷大蔵駅より東へちょっと歩き、荒玉水道道路の長―い真っ直ぐな道を延々と南西に歩きました。まず、次太夫堀公園へ向かいました。暑かった。荒玉水道道路を約2km歩き、野川の水道橋を渡りました。この先の荒玉水道道路沿いに世田谷区の喜多見まちづくりセンターが有り、ここで次太夫堀公園への行き方を教えてもらいました。ここのすぐ近くでした。
小泉次大夫公は安土桃山時代から江戸時代にかけての武士で、六郷用水と二ヶ領用水の建設を指揮されたそうです。いずれも難工事であり、14年の年月を要し、慶長16年(1611年)にこれらが完成したそうです。これらは「次大夫堀」とも呼ばれているそうです。
次大夫堀公園は世田谷区立の公園で、次大夫堀が復元されています。この復元は多摩川からではなく、野川からの取水だそうです。
民家園としてかつてのこの辺りの農村風景が復元されています。無料ですが、開園時間はAM9時30分からPM4時30分までです。月曜日が定休日で、他にも休園日が有るようで、ご注意ください。
立派な表門、名主屋敷の主屋、土蔵、消防小屋、火の見櫓、鍛治展示小屋等が有ります。
金属工芸、機織り、糸紡ぎ等の講習、体験の場が設けられており、おじさん達が頑張っていました。
主屋は立派な建築で、良いなぁと思いました。7月15日が近いので、お盆の飾りが有りました。広い土間に立派な竈が有ります。
私は土間が無い生活になっています。かつての広い土間での生活、羨ましい。土間は土であり、自然であり、地球ですから。
民家園の建築物は次大夫公とは関係無さそうです。- 旅行時期
- 2016年07月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 展示内容:
- 4.0
-
投稿日 2016年06月07日











































