Indianal Jobsさんへのコメント一覧全13件
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ヘルシンキ大聖堂、テンペリアウ教室など17年振りに懐かしく拝見
2004/07/22~08/05,コペンハーゲン、アルタ、オスロ、フラム、ストックホルム、ヘルシンキを女房と地球の歩き方を頼りに、楽しみました。ヘルシンキ大聖堂で、宣教師で北海道に五年間いたと言う、老夫婦に話しかけられ、帰国後写真を同封、送りましたが、彼の書いてくれたaddres に誤記があったのか、no response でした。
岩の教会の前に、楽聖の銅像があり、岩盤の中でたまたまハモンドオルガンを演奏、素晴らしかったです。旅の達人とお見受けしました。若い内に、楽しんでください。Re: ヘルシンキ大聖堂、テンペリアウ教室など17年振りに懐かしく拝見
2004/07/22~08/05 コペンハーゲン、アルタ、オスロ、フラム、ストックホルム、ヘルシンキを女房と二人、地球の歩き方を頼りに。ヘルシンキ大聖堂で北海道に宣教師として、五年間いたと言う、老夫婦に話しかけられました。帰国後写真同封送りましたが、彼の書いてくれたaddressに間違いがあったのか、no respossでした。岩の教会の前にシベリウスの銅像、たまたまパイプオルガン演奏中で、響きが素晴らしかったです。旅の達人とお見受けしました。
御若いうちね、楽しんで下さい。高齢になりますと、体力が。2021年08月09日15時41分 返信する -
17マイルドライブの景色気持ちいいですよね!
Indianal Jobsさん
こんばんは!
太平洋を見ながらのこのドライブ最高ですよね。懐かしい写真ありがとうございます。
ローンサイプレス(17ドライブの入り口で入場券を支払うともらえるパンフレットの表紙写真になっています)見ましたか?厳しい潮風にじっと耐えてる姿が、アメリカ人から見ると感動的な姿とのことです。
ペブルビーチでのゴルフ、思い出します。あまりにも美しいゴルフコースなので、アメリカ人は記念写真を撮りながらプレーしているのですよ。お陰で、進み方が遅いこと遅いこと。でも、こちらもゆっくり景色を楽しみながら、文句は言えませんが。
モントレー・カーメルは、何回行っても、癒される素晴らしいところですねここは!
アーチーズナショナルパーク旅行記も、楽しませていただきました。ありがとうございます。これからも、Indianal Jobsさんのアメリカ旅行記楽しみにしています。
TK
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懐かしいレイクタホ!
はじめまして。
hana と申します。
まだ20代の頃サクラメントに住んでいたことがあります。
その時何度もタホには行きました!
サクラメントからグレイハウンドのバスが出ていて、片道分の料金で往復できたのです。ホームステイ先のお母さんは、カジノですっても帰れるようにそうなっているといってましたが。
まあ、その頃のカジノはリタイアした方々で賑わっていました。ホテルないでのお食事も安かったし。
ヘブンリーバレーも滑りに行きました。タホに向かって落ちていく感じがたまらないスキー場で、ネバダ側は赤茶色の土しか見えませんでした。タホまで行かなくても、サクラメントから1時間ちょっと走ると何ヵ所もスキー場があり、雪質がいいので上手くなった気にさせてくれるスキー場でした。
懐かしい思い出にひたりながら読ませていただきました。
楽しかったです。ありがとうございました。
hana -
日系人強制収容
はじめまして。
「マンザナー」のワードに興味を持ち、拝見しました。
私はハワイですが日系人に関わる活動をしているため、日系にまつわるワードには反応してしまいますが、日本の方が日系の歴史に興味を示し、関連施設を訪問される事をとても嬉しく思います。
戦争時とは言え、やはりあの強制収容はアメリカ合衆国の憲法違反でした。そして憲法の理念に反していました。もちろん、ドイツ系やイタリア系も強制収容されていますが、日系はその比ではありませんでした。
但し、日系人の強制収容所は、10カ所ではありません。
大統領が署名した大統領令第9102によって設立された戦時移住局の管轄がこの10カ所であって、他に司法省が管轄する収容所もあり、そちらにも多くの日系家族が収容されており、司法省管轄のクリスタルシティキャンプに収容されていた二世の女性から話を聞いた事があります。
ハワイにも、大きな収容所としてサンドアイランドとホノウリウリがありました。小さなキャンプや一時的な収容場所をあげたらきりがないぐらいです(笑)。
また、忠誠登録の質問は、3つではなく2つですね。
33項目あった質問のうち、その第27番目は、徴兵年齢に達していた男子に「あなたはいかなる場所にあっても戦闘義務をはたすべく合衆国軍隊にすすんで奉仕する用意はありますか」と問い、続く第28番目の質問は、全収容者に対して「あなたは無条件でアメリカ合衆国に忠誠を誓い、合衆国を外国や国内の敵対する力の攻撃から守り、また、日本国天皇をはじめいかなる外国政府・権力・組織に対しても忠誠も服従もしない、と拒絶することを誓えますか」と質しています。
この二つの質問に対して「No」と答えた者が、のちに「ノーノー・ボーイ」と呼ばれ、キャンプ内での日系人の対立を生みました。
そして、日系二世部隊の結成によって、米国軍で最もメダルを授与されましたが、最も多くの犠牲者も出しました。
戦争は、人間を苦しめますが、一方で、戦争が起こらないように人間が監視し意志を示さないと行けませんね。
長々と失礼しました。 -



