2026/01/10 - 2026/01/10
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+mo2さん
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今年(2026年)最初の展覧会は、東京国立近代美術館で開催されている「アンチ・アクション 彼女たち、それぞれの応答と挑戦」へ行ってきました。写真が多くなったので旅行記を2つに分けました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 新幹線
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取り上げられているのは、以下の14名。
赤穴桂子、芥川(間所)紗織、榎本和子、江見絹子、草間彌生、白髪富士子、多田美波、田中敦子、田中田鶴子、田部光子、福島秀子、宮脇愛子、毛利眞美、山崎つる子
この中で存命なのは草間彌生だけなので、これらの方々の記憶が風化しないように繋ぎ留めるのもこの展覧会の意図の1つなのかもしれません。 -
好きな画家の1人、田中敦子の作品が並びます。
田中敦子は、1955年より具体美術協会に参加。20個のベルを2メートル間隔でつなげた作品、幾つもの電球や管球をくくりつけた電飾衣装を着た『電気服』のパフォーマンスで一躍注目されました。このように、電気システムの装置が制作の重要なモチーフとなっています。電気配線のデッサンからアイデアを得、円や曲線が複雑に入り組んだ平面作品を展開。メディウムに合成樹脂エナメル塗料を用い、滑らかな絵肌、鮮やかな色彩で独自の存在感を放ちます。白髪一雄・元永定正とならぶ具体初期を代表するアーティストのひとり。欧米での展覧会も多数あります。東京国立近代美術館 美術館・博物館
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(左)田中敦子「無題」1956年 兵庫県立美術館
(右)田中敦子「無題」1956年 兵庫県立美術館兵庫県立美術館芸術の館 美術館・博物館
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田中敦子「作品 ( 6 )」1955年 東京都現代美術館
東京都現代美術館 美術館・博物館
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田中敦子「作品」1957年 奈良県立美術館
奈良県立美術館 美術館・博物館
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田中敦子「作品」1959年 兵庫県立美術館
兵庫県立美術館芸術の館 美術館・博物館
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イチオシ
田中敦子「Work 1963 B」1963年 豊田市美術館
田中敦子の絵画は、常に大小様々な円とそれらの間を縦横に走る線から成り立っています。なめらかで光沢のあるエナメル塗料によって描かれた大小の円の配列、円から伸びる幾本もの線が、エネルギーの発生と不気味な増殖力を感じさせます。またひとつとして同じではない円や線とそのポップな色づかいが、遊び心のあるリズムとのびやかさを与えています。豊田市美術館 美術館・博物館
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田中敦子「地獄門」1965-69年 国立国際美術館
国立国際美術館 美術館・博物館
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田中敦子「作品66-SA」1966年 東京国立近代美術館
前衛美術家の吉原治良をリーダーに、阪神地域在住の若い美術家たちで結成されたグループ、具体美術協会(いわゆる「具体」)の代表的なメンバーのひとり。音や光や色の表現に関心を持っていた田中は、1956(昭和31)年に東京の小原会館で開催された第2回具体美術展で、ついたり消えたりする数百の色電球とコードによってできた《電気服》を発表します。この作品のためのドローイングには、円(電球)と曲線(コード)の絡み合う様子が描かれていましたが、それがやがて、本作のような絵画作品へと発展していったのでした。素材に、油絵具ではなくて、もっと滑らかな表面ができあがる合成系の樹脂が使われているのも特徴です。東京国立近代美術館 美術館・博物館
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田中田鶴子「No. 28 Festival 2」1961年頃 奈良県立美術館
奈良県立美術館 美術館・博物館
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田中田鶴子「無Ⅱ」1960年 東京国立近代美術館
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田中田鶴子「無」1961年頃 奈良県立美術館
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福島秀子「人」1952年 東京都現代美術館
福島秀子は、文化学院卒業後、1948年に北代省三、山口勝弘らとともに前衛美術ク?ルーフ?「七耀会」を結成。1951年には瀧口修造か?命名した 「実験工房」に参加し、舞台芸術や映像、美術なと?シ?ャンルを越えた表現に取り組みます。東京都現代美術館 美術館・博物館
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福島秀子「不詳」1953年 東京都現代美術館
多様なメテ?ィアを横断しなか?ら、総合的な芸術実践に携わる一方て?、独自の抽象絵画を追求。1950年代半は?には、 型押し(スタンヒ?ンク?)によって円や矩形 、線を画面に浮かひ?上か?らせる独自の技法を確立し、自らの表現を深化させていきました。その制作は1950年代から1990年代にかけて国内外て?継続的に発表され、フランスの批評家ミシェル・タヒ?エの支持も受けなか?ら、ハ?リ青年ヒ?エンナーレ (1961)への出品を契機に渡仏するなと?、国際的にも活動の場を広け?ました。 -
福島秀子「衝きささるもの横切るもの」1956年 千葉市美術館
千葉市美術館 美術館・博物館
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福島秀子「ささげもの」1957年 筑波大学アート・コレクション
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イチオシ
福島秀子 「ホワイトノイズ」1959年 栃木県立美術館
栃木県立美術館 美術館・博物館
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福島秀子 「作品5」1959年 千葉市美術館
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ただ一人存命な草間彌生の作品は写真撮影不可でした。
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毛利眞美「無題」1950‐55年頃 東京国立近代美術館
毛利眞美は戦国武将の毛利元就の末裔の一族に生まれました。1950年、占領下の日本でGHQ発行のパスポートを持ち、戦後初の女性留学生としてフランス船籍ラ・マルセイエーズ号で渡仏。このとき同じ船で作家の遠藤周作もフランスに留学しています。 -
毛利眞美「無題」1950年代 アーティゾン美術館
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イチオシ
毛利眞美「無題」1957年 アーティゾン美術館
同時代の女性美術家の中でもいち早く渡仏した毛利は、アンドレ・ロートの画塾でキュビスム風の画面構成を学びました。画家の堂本尚郎との結婚後は次第に制作から離れていきますが、抽象的なフォルムの裸婦を描き、独自の人物表現を追求しました -
毛利眞美「無題」1960年代 個人蔵
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白髪富士子「白い板」1955/85年 兵庫県立美術館(山村コレクション)
白髪富士子は1928年大阪生まれ。46年に大阪府立大手前高等女学校(現大阪府立大手前高等学校)を卒業し、2年後に白髪一雄(1924-2008)と結婚。白髪は夫の一雄とともに具体美術教会の会員となります。他の多くの具体作家と同様、白髪はアーティストとしての正式な訓練を受けておらず、初期1955年の作品は、具体創立者である吉原治良の指導のもとで制作されました。 -
白髪富士子「無題」1955年頃 国立国際美術館
国立国際美術館 美術館・博物館
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白髪富士子「作品 No.1」1961年 高松市美術館
高松市美術館 美術館・博物館
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多田美波「変電所」1954年 東京国立近代美術館
1960年代より頭角を現し、長く第一線で活躍した多田美波(1924-2014)。彫刻家として名を馳せた多田は、独立した立体造形のみならず、500もの作品をさまざまな建築空間につくりあげています。「帝国ホテル 東京」の色彩豊かな光壁、「リーガロイヤルホテル(大阪)」の光造形、「新宿住友ビル」の吹抜天井造形など、反射や透過といった「光」の性質を取り入れた独自の表現で空間を新たな次元へと導こうとしました。そのために、アルミニウム、ステンレス、アクリル、ガラスなど当時の新素材に技術を掛け合わせ、大胆に発想し、緻密に考え抜くことで、優美で二つとない世界を実現させていたのです。東京国立近代美術館 美術館・博物館
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多田美波「変電所」1956年 韮崎大村美術館
韮崎大村美術館 美術館・博物館
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多田美波「炭鉱」1957年 東京国立近代美術館
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多田美波「不詳」1960年頃 多田美波研究所
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イチオシ
多田美波「[ある一つの邂逅]もしくは[作品X]」1960年 多田美波研究所
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多田美波「[作品X]もしくは[ある一つの邂逅]」1960年 多田美波研究所
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多田美波「周波数37303030MC」1963年 東京国立近代美術館
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多田美波「周波数37303055MC」1963年 東京国立近代美術館
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イチオシ
「周波数37303055MC」(横から)
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多田美波「周波数37305055MC」他1964年 多田美波研究所
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榎本和子「断面 ( I )」1951年 板橋区立美術館
榎本和子(1930-)は、戦前から前衛絵画やシュルレアリズム写真で知られていた阿部展也に師事。福島秀子や漆原英子、草間彌生らと共に若手女性画家として、戦後の前衛を牽引しました。 -
榎本和子「停止からの出発」1952年 東京都現代美術館
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(左)榎本和子「不詳」1960年 小林秀行氏蔵
(右)榎本和子「不詳」1960年 小林秀行氏蔵 -
榎本和子「構内響音」1953年 小林秀行氏蔵
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榎本和子「不詳」1960年 小林秀行氏蔵
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江見絹子「いのち」1956年 個人蔵
江見絹子(923-2015) は、日本人女性として初めてヴェネチア・ビエンナーレ(第31回・1962年)に出品した画家です。1956年から日本でアンフォルメル旋風が吹く中、江見の作風も1958年には半抽象から高度経済成長の黎明期を反映した構築的な幾何学的抽象へ、その後1961年にその形体を文字通り「解消」し、1964年に「熱い抽象」へと目まぐるしく展開しました。
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