2026/02/08 - 2026/02/08
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+mo2さん
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2026/02/08
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アーティゾン美術館で「クロード・モネ -風景への問いかけ」が待望の開催となりました。これは本当に待望です。アーティゾン美術館が開館したのが、2020年1月、そうコロナ禍の直前です。その年の7月に開催が予定されていたのが、この展覧会でした。その後、コロナ禍の影響により2度の延期となり、2021年7月に会期未定で延期となりました。楽しみにしていただけに本当に残念だったのですが、5年余を経て待望の開幕を迎えました。開幕2日目に妹と行ってきました。
展覧会概要~アーティゾン美術館HPより
印象派の巨匠クロード・モネ(1840?1926)は、自然光の移ろいに魅せられ、その美しさをカンヴァスにとどめようと生涯をかけて探求しました。
オルセー美術館が、モネの没後100年という国際的な記念の年の幕開けを飾る展覧会、と位置づける本展では、ル・アーヴル、アルジャントゥイユ、ヴェトゥイユ、ジヴェルニーなど、モネの創作を語る上で重要な場所と時代から、その画業の発展を丹念にたどります。また、同時代の絵画や写真、浮世絵、アール・ヌーヴォーの工芸作品などの表現との関わりから、モネの創作の背景や動機を読み解き、現代の映像作家アンジュ・レッチアによるモネへのオマージュとして制作された没入型の映像作品も展示します。様々なジャンルの視覚表現を交錯させることで、モネの創作活動に新たな光を当てる、全く新しいモネの展覧会です。
モネの作品41点を含む、オルセー美術館所蔵の約90点に、国内の美術館や個人所蔵作品を加えた合計約140点で、風景画家としてのモネの魅力に迫ります。
近代化が進み、風景が大きく変わる時代に生きたモネは、変わりゆく風景とどう向き合い、それをどう作品に表現したのでしょうか。自然環境が変動する今、モネのまなざしを通して「自然とどのように向き合うのか」という普遍的な問いを、現代を生きる私たちに投げかけます。
写真が多くなったので旅行記分割します。なお、作品解説は、アーティゾン美術館HPを参照しています。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 新幹線
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自宅(沼津)を出た時は晴れていたのに、新幹線で小田原あたりに入った途端、雪国になっています。まさに「トンネルを抜けるとそこは雪国だった」の世界。
※その後、沼津でも雪が降ったようです。小田原駅 駅
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この日から1週間出張で伊勢原に宿泊予定。今日は前泊ですが大丈夫でしょうか。
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5分ほど新幹線遅れ東京駅に到着、東京もかなり雪が降っています。
アーティゾン美術館1階で妹と待ち合わせしますが、さすが人気のモネだけあってかなりの人多いです。アーティゾン美術館 美術館・博物館
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展覧会は12章のテーマからなっています。
今回の展覧会は、アーティゾン美術館とオルセー美術館の作品は、ほぼ写真撮影OKでした。国内美術館所蔵の作品は同館訪問時や別展覧会での写真でできるだけ補います。 -
セクション1~モティーフに最も近い場所で―ノルマンディーとフォンテーヌブ
ローで制作した1860年代のモネ
クロード・モネ 「ルエルの眺め」 1858年 丸沼芸術の森(埼玉県立近代美術館に委託)
モネが10代の時に描いた作品。若き頃より非常に繊細で巧みな画力を持ち、風景画家のウジェーヌ・ブーダンに見出されて画家の道が始まりました。作中の眺めは、当時モネが暮らしていたル・アーブル郊外の小さな村の風景です。とても10代と思えない画力は今後の活躍を想像できます。
※本展での撮影ではありません。埼玉県立近代美術館 美術館・博物館
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カミーユ・コロー「ヴィル・ダヴレー」1835-40年 石橋財団アーティゾン美術館
パリの西12kmほどの郊外に位置する小さな街ヴィル・ダヴレーに、コローの父親が購入した別荘がありました。当時は家も少なく、自然豊かな土地でした。コローは母屋の一角をアトリエとして使用し、初期から晩年にわたるまで、その美しい風景を描いています。 -
クロード・モネ「サン=シメオン農場前の道」1864年 日本テレビ放送網(株)
最初のセクションでは、ジャン=バティスト・カミーユ・コローやウジェーヌ・ブーダンら少し前の世代の絵画と関連付けながら、1850年代の終わりから1860年代半ばにかけて、若きモネの自然主義的アプローチによる風景画が生まれた過程を辿ります。
※本展での撮影ではありません。 -
カミーユ・コロー「オンフルールのトゥータン農場」1845年頃 石橋財団アーティゾン美術館
コローは、ノルマンディー地方の港町オンフルールを1820年代から何度も訪れています。セーヌ河口と海を見渡すことのできる高台に建つサン=シメオン農場は、宿屋を兼ねていました。やがて「トゥータン叔母さんの農場」と呼ばれるようになるこの宿屋には、コロー、ドービニー、ブーダン、モネといった画家たちが逗留しました。この作品では、複雑に枝葉を絡み合わせる木々の背後に、大きな屋根の農家が見えます。太陽の光に明るく照らされた家の前では、女性たちが糸紡ぎや針仕事をしています。落ち着いた色調を使いつつも、光と影の対比を巧みに利用した作品です。 -
アルフレッド・シスレー「森へ行く女たち」1866年 石橋財団アーティゾン美術館
1865年7月からパリでアトリエを共有していたシスレーとルノワールは、翌66年2月、友人で画家のジュール・ル・クールと3人でマルロット村に滞在して、制作を行いました。この作品に描かれているのは、村に暮らす人々。道の両側には石造りの家が並びます。季節は晩秋。中央の3人の女性は、冬の間に燃やす薪を拾いに森へ出かけようとしています。暗い色調の作品ですが、明暗の対比が効果的に使われており、日差しを浴びた前景は明るくなっています。この作品でシスレーは1866年のサロンに初入選を果たしました。 -
クロード・モネ「ノルマンディーの農場」1863年頃 オルセー美術館
オルセー美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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コンスタン・トロワイヨン「牧場、曇り空」1856-60年 オルセー美術館
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ウジェーヌ・ブーダン「洗濯女のいる風景」1873年 カーン美術館(オルセー美術館からの寄託)
モネがその師ブーダンに出会ったのは1856年のことでした。モネは後年、過去を振り返る発言の中で、この出会いがいかに決定的であったかを語っています。 「自分が画家になれたのは、ブーダンのおかげです。」アルベール カーン美術館・庭園 博物館・美術館・ギャラリー
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シャルル=フランソワ・ドービニー「アルクの谷」1875年 オルセー美術館
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フレデリック・バジール「フォンテーヌブローの森」1865年 オルセー美術館
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セクション2~写真室1:モティーフと効果
ギュスターヴ・ル・グレイ「フォンテーヌブローの森、バ?ブレオの下草」1852-55年頃 オルセー美術館 -
ウジェーヌ・キュヴリエ「フォンテーヌブローの樹木と岩」1860年頃 オルセー美術館
19世紀になって画家たちがアトリエから出て戸外で風景画を描きはじめた頃、こうした動向に追随するように、1850年代に活動を始めて間もない写真家たちも自然と向き合って仕事をするようになりました。 -
アンリ・ル・セック「森の小川、モンミライユ」1853年頃 オルセー美術館
フォンテーヌブローの森は、画家と写真家の双方にとって戸外制作のアトリエとなっていきました。1860年代半ばにはモネもここで絵画制作を行っています。絵画と写真というふたつの表現技法による自然の活写は、その後の風景画の改革へと繋がっていくのです。 -
ギュスターヴ・ル・グレイ「雲の中の太陽?海」1856年頃 オルセー美術館
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A・フォンセル「雲の習作」1870年頃 オルセー美術館
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A・フォンセル「海」1870年頃 オルセー美術館
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ウジェーヌ・キュヴリエ「雪のフォンテーヌブロー」1860年頃 オルセー美術館
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ルイ・アドルフ・ユンベール・ド・モラール「雪のアルジャンテル公園」1850年頃 オルセー美術館
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アンリ=ヴィクトール・ルニョー「エコルシュブフ、公園風景」1853年頃 オルセー美術館
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セクション3~《かささぎ》とその周辺―雪の色
クロード・モネ「荷車、オンフルールの雪道」1867年頃 オルセー美術館
モネは画家としての生の中で幾度も雪からインスピレーションを受けて作品を描いています。 -
イチオシ
クロード・モネ「かささぎ」1868-69年 オルセー美術館
1869年に描かれた「かささぎ」には、桃色や紫がかった葉、青みを帯びた灰色の垣根や黒いかささぎの影など、そこかしこに白という色についてのモネの探求の成果があらわれています。雪の積もった景色は、視界の凹凸を平滑にしてしまいますが、モネはここで浮世絵の雪景と同様に、繊細な色彩の面を重ね合わせることによって見事に奥行きを表現しています。 -
アルフレッド・シスレー「雪の下で―マルリー=ル=ロワの農場」1876年 オルセー美術館
今日は、外も雪景色であり一層、雪景が楽しめます。 -
アルフレッド・シスレー「マルリー、クール=ヴォランの坂道、雪景色」1877-78年 オルセー美術館
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ピエール=オーギュスト・ルノワール「雪景色」1875年頃 オランジュリー美術館
オランジュリー美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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クロード・モネ「霜」1880年 オルセー美術館
19世紀フランスにおいて雪は日常的な存在であり、厳しい冬の記憶は多くの画家たちの風景表現に影響を与えています。モネは雪を象徴的に誇張するのではなく、身近な自然の一部として捉えました。 -
クロード・モネ「雪中の家とコルサース山」1895年 公益財団法人 上原美術館
上原美術館 美術館・博物館
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セクション4~風景画と近代生活―「飾られた自然と、都市の情景」(テオドール・デュレ)
クロード・モネ「トルーヴィル、ロシュ・ノワールのホテル」1870年 オルセー美術館 -
ウジェーヌ・ブーダン「トルーヴィル近郊の浜」1865年頃 石橋財団アーティゾン美術館
フランスのノルマンディー地方出身の画家ブーダンは、海景画を得意としました。彼の作品では、多くの場合、低い位置に地平線が設定されます。この作品でも上半分を空が占めます。浜辺に集うのは、流行の衣服をまとったパリの上流階級の男女。左側のグループの中で、山高帽をかぶって立つ男性は、ロトシルド(ロスチャイルド)男爵、日傘をさして椅子にすわる白い衣服の女性は、皇妃ウジェーヌです。彼女に従うように犬がすわっています。トルーヴィルはノルマンディー地方にある小さな漁村でしたが、1820年代以降、絵画や小説の題材として扱われるようになりました。 -
カミーユ・ピサロ「ブージヴァルのセーヌ川」1870年 石橋財団アーティゾン美術館
ピサロが生まれ育ったカリブ海を離れてパリに出たのは、1855年のこと。彼はパリで本格的に絵の勉強を始めました。1869年春、38歳のピサロは、パリから列車で30分ほどの距離にあるセーヌ左岸の街ルーヴシエンヌに転居し、同地やその近郊ブージヴァルなどの風景を描きました。この作品は、印象派の画家として活動する前に制作されたもので、バルビゾン派から影響された暗い色調が使われています。とはいえ、セーヌ川の水面の表現には光への関心も認められ、その後の画風の展開を予感させます。 -
クロード・モネ「アルジャントゥイユのレガッタ」1872年頃 オルセー美術館
モネは、パリ郊外アルジャントゥイユに1871年末から1878年の初めまで居を構えました。 -
クロード・モネ「アルジャントゥイユ」1872年 オルセー美術館
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オルセー美術館のシスレー、ピサロ、モネの印象派の作品が並んで展示。
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アルフレッド・シスレー「サン=ドニ島」1872年 オルセー美術館
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カミーユ・ピサロ「ヴォワザンの村の入口」1872年 オルセー美術館
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クロード・モネ「舟」1872-73年 オルセー美術館
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クロード・モネ「ボート、アルジャントゥイユのレガッタ」1874年頃 オルセー美術館
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クロード・モネ「アルジャントゥイユの係船池」1872年頃 オルセー美術館
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クロード・モネ「アルジャントゥイユのセーヌ川」1873年 グルノーブル美術館(オルセー美術館からの寄託)
グルノーブル美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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クロード・モネ「アルジャントゥイユ」1874年 石橋財団アーティゾン美術館
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クロード・モネ「昼食」1873年頃 オルセー美術館
モネ33歳の時の作品。1870年以来の数少ない大作のひとつで、この作品の魅力は何よりも主題の日常性と親密な雰囲気にあります。数々の苦労に見舞われたのち、妻カミーユ、息子ジャンと共に過ごしたアルジャントゥイユの平穏なひとときが、画面一杯にとらえられています。平明な構図が鑑賞者の視線を家の入り口まで導き、前景の植物や静物を豊かに描き上げた筆触と明るい色彩が調和した作品です。 -
クロード・モネ「石炭の積み下ろし」1875年頃 オルセー美術館
モネはセーヌ川沿いの行楽地の情景を描くとともに、工業化が進展しつつある側面にも着目しています。 -
イチオシ
クロード・モネ「サン=ラザール駅」1877年 オルセー美術館
パリの中心にあるサン=ラザール駅の近代建築はモネの好奇心を大いに煽ったようで、11点ないし12点の作品が制作されました。モネはそのうち8点を1877年の印象派展に出品し、印象派の風景画が担うべき現代的使命を明確に打ち出したのです。 -
クロード・モネ「チェイルリー公園」1876年頃 オルセー美術館
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イチオシ
クロード・モネ「パリ、モントルグイユ街、1878年6月30日の祝日」1878年 オルセー美術館
モントルグイユ街は、パリにある通りで、1878年6月30日のフランスの祝日の様子を表現したものです。なおモネがこの祝日の熱狂的な情景を描いた作品として、本作とルーアン美術館所蔵の「サン=ドニ街」版の2作品が知られています。 -
セクション5~四季の循環と動きのある風景―「ここが私のアトリエだ」(クロード・モネ)
クロード・モネ「ポール=ヴィレのセーヌ川」1890年頃 オルセー美術館 -
クロード・モネ「ヴェトゥイユのセーヌ川」1879-80年 オルセー美術館
モネは1878年から1881年までパリの北西、セーヌ川沿いにあるヴェトゥイユに居を移しました。この土地でモネは庭の外れのセーヌ川の土手に画架を据え、移り変わる季節によって姿を変える自然を観察しました。 -
クロード・モネ「ヴェトゥイユの雪景色」1878-79年 オルセー美術館
アルジャントゥイユと違い、ヴェトゥイユは工業化を免れてはいますが、いたって平凡な村であるがゆえに気象現象が重要な要素として浮き上がってきます。同じ視点の繰り返しは、1880年代の連作風景画の初期の試みを先取りするもので、後年の睡蓮を予告しています。 -
クロード・モネ「ヴェトゥイユの教会」1879年 オルセー美術館
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クロード・モネ「アルジャントゥイユの洪水」1872-73年 石橋財団アーティゾン美術館
この作品の左側にぼんやりと見えるのはマラント島。奥には城館のみならず工場の煙突が見えて、この地域が近代化されていることがわかります。1872年12月から翌年2月にかけて雪解け水でセーヌ川が増水し、アルジャントゥイユは洪水に見舞われました。木立の左側にあるはずの散歩道も水浸しになっています。川の上を鳥が舞うことで、暗い色彩で描かれたこの作品の緊迫感や動感が増幅されます。 -
クロード・モネ「ヴェトゥイユの解氷とラヴァクールの風景」1880年 リール美術館(オルセー美術館からの寄託)
リール美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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クロード・モネ「氷塊」1880年 オルセー美術館
1880年1月異例の寒波により結氷していたセーヌ河の氷が突然割れて一気に流れ始めましたが、その時描いた10数点のうちの1つ。 -
イチオシ
クロード・モネ「死の床のカミーユ」1879年 オルセー美術館本作に描かれるのは1867年に未婚のままモネとの間に長男を出産し、1870年にようやく結婚した画家の妻カミーユ・モネ(旧姓カミーユ・ドンシュー)ですが、その姿は死を迎えた状態にあります。本作が制作された1879年に、ヴェトゥイユでカミーユ・モネは(おそらく子宮癌のために)32歳という若さで夭折してしまうのです。
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