2022/11/26 - 2022/11/26
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大覚寺で紅葉を楽しんだ後、歩いて清凉寺と二尊院を参拝しました。
五台山清凉寺は、嵯峨の釈迦堂とも呼ばれ、平安時代初期の貴族だった源融の山荘を、その死後にお寺に改めました。
御本尊の木造釈迦如来立像は、お釈迦様の37歳の姿を刻んだものとされ、国宝です。また、源融に所縁のある木造阿弥陀如来及び両脇侍坐像も国宝です。現在は浄土宗のお寺です。
二尊院は、天台宗のお寺で、正しくは小倉山二尊教院華台寺といいます。御本尊に釈迦如来と阿弥陀如来の二尊(いずれも重要文化財)を祀ります。
総門から続く広い参道は「紅葉の馬場」と呼ばれ、紅葉の名所です。
1日目
東海道新幹線で新大阪駅へ移動、JR大阪駅・各線梅田駅から徒歩10分のホテル関西に宿泊。チェックインには早すぎるので、荷物を預けて四天王寺に参拝しました。
2日目
京都へ向かい、大覚寺と大沢池の紅葉を楽しみ、歩いて清涼寺から二尊院をお参りしました。
3日目
お初天神、難波神社、松尾芭蕉終焉の地、坐摩神社、南御堂を回り、帰京しました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
-
大覚寺を出て、南へ進みます。
旧嵯峨御所華道総司所の碑。 -
大覚寺門跡。
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七観音。
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六道の辻(福生寺跡)。
大覚寺門前六道町に、「六道の辻」と刻まれた石碑がありました。
かつて、付近には平安時代初期の公卿・小野篁にまつわる井戸があったとも伝わりますが、不詳です。 -
生の六道延命地蔵の碑。
小野篁は、毎夜、東山の六道珍皇寺
の空井戸「死六道」より、冥土へ出かけては閻魔王を助け、朝、嵯峨六道町の福生寺の空井戸「生六道(しょうろくどう)」よりこの世へ戻っていたと伝います。 -
ある時、地獄に赴いた小野篁は、猛火の中で苦しむ亡者を救い、その身代わりになって自ら焼かれる延命地蔵菩薩を見たと伝い、篁はその地蔵菩薩の姿を刻み、福正寺に安置したと云われます。
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鬼谷橋。かつて静原川支流に架けられていたと伝う。
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ちょっと気味の悪い伝承が残されていました。
西へ進み、清凉寺 嵯峨釈迦堂を目指します。 -
清凉寺の仁王門(府指定文化財)。
安永6年(1776年)に再建された仁王門は、総欅造り、高さ18m余、幅10m余の大きな門です。
初層には室町時代の仁王像、上層には十六羅漢像を祀ります。 -
五臺山の扁額。
「五臺山」の額は、宋より帰国した奝然上人(ちょうねんしょうにん)が、近くの愛宕山(標高924m)を宋の五台山になぞらえて大寺院を建立しようとしたことに由来します。 -
仁王門から先の境内。
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仁王門の左右には、室町時代後期の作と伝わる朱塗りの金剛力士像(仁王像)が安置されています。
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阿形の金剛力士像。
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向かって左の金剛力士像。
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吽形の金剛力士像。
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仁王門内側。
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清涼寺の境内。
嵯峨釈迦堂とも呼ばれ、紫式部が書いた「源氏物語」の主人公・光源氏のモデルとされる、嵯峨天皇の12番目の皇子・源融の別荘「栖霞観(せいかかん)」だったところです。 -
案内図がありました。
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清涼寺の本堂(釈迦堂)。府指定文化財。
釈迦堂は、清凉寺の御本尊である三国伝来生身釈迦如来像(国宝)を安置する本堂です。間口14間、奥行13間。
五代将軍徳川綱吉公の生母桂昌院の発願、住友吉左衛門の援助により元禄16年(1703年)に再建され、遷仏供養を行いました。 -
浄土宗。山号は五台山(ごだいさん)。
開基は奝然、開山はその弟子の盛算(じょうさん)です。
御本尊の釈迦如来は、古来釈尊37歳の生身のお姿を伝えた霊像として厚く信仰をあつめていました。この尊像の胎内から絹で作られた五臓六腑の模型・願文・経巻等々(すべて国宝)が発見され、まさに生身仏であることが実証されました。
高さ162cmの釈迦如来立像は、日本の仏像とは異なり、顔貌・衣文の様式等、ガンダーラの仏像に似たインド古式の様相が感じられます。 -
本堂正面の楣上には、黄檗宗隠元禅師筆による「栴檀瑞像(せんだんずいぞう)」の扁額が掲げられています。
黄檗宗と隠元禅師については、長崎を訪問した旅行記も参考にご覧ください。
https://4travel.jp/travelogue/11790959 -
法然上人求道青年像。
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多宝塔(府指定有形文化財)。
江戸護国寺での出開帳の際に寄進され、3年後の元禄16年(1703年)に船で運ばれ再建されました。東向きに建っています。 -
多宝塔と紅葉。
多宝如来が祀られています。 -
聖徳太子殿の碑。
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聖徳太子殿。
多宝塔の奥に建ち、法隆寺の夢殿を模しています。 -
愛宕権現社。仁王門を入った東側にあります。
神仏習合時代の名残で、かつては清涼寺が愛宕山白雲寺(愛宕神社)の別当寺でした。 -
愛宕権現社の御祭神は伊邪那美神と迦具土命の二柱です。仁王門前の御旅所には、嵯峨祭の神輿二基が保管されています。
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一切経蔵。
明治18年(1885年)の再建。中央に輪蔵を備え、正面に傅大士(ふだいし)父子像を安置しています。明版の一切経を納めています。 -
一切経蔵の内部。
中央な善慧大士座像、左右に普浄像、普賢像を安置、四隅には四天王像を安置しています。
奥の輪蔵には、一切の法、経典が、唐紙製の明版本5,408巻に収められています。
法輪を一回転させると一切経をすべて読んだことと同じ功徳が得られます。 -
弥勒多宝石仏の背面ですが、前面には弥勒菩薩、背面に多宝塔が刻まれており、空也上人の作と云われています。
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阿弥陀堂。
本堂東に位置する阿弥陀堂は、江戸時代末期の文久3年(1863年)の再建です。
平安時代、この場所には棲霞寺の阿弥陀堂が建てられていたといい、その後、清凉寺の阿弥陀堂になりました。 -
かつては国宝の阿弥陀如来坐像が安置されていましたが、現在は霊宝館に移されています。
中央に聖徳太子像を安置しています。 -
庫裏(大方丈)。
享保年間(1716~1735)に再建されました。
襖絵の一部は狩野探幽筆によります。 -
紅葉。
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湯豆腐レストラン 竹仙。
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予約制で湯豆腐の料理をいただくことができます。
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私は、とうふアイスクリーム(500円)をいただきました。
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休憩しながら見た本堂。
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秀頼公の首塚。
本堂のすぐ西側にありました。 -
昭和55年(1980年)、大坂城の三の丸の跡地から豊臣秀頼公の首とされるものが出土しました。3年後の昭和58年に埋葬しました。
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薬師堂。
本堂の西側に南向きで建ちます。
古くは竜幡山薬師寺と称し、疫病退散祈願として嵯峨天皇の勅により薬師如来像が奉安されていました。
隣接して薬師寺があります。向かって左の端に「生の六道」の碑が立っています。 -
薬師堂。
かつてこの付近には「福生寺」というお寺があり、小野篁が冥土から戻るとき、福正寺の井戸からと言われ、「生の六道」と呼ばれていました。 -
薬師寺の山門です。薬師堂のさらに西側にあります。
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薬師寺の三地蔵。
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薬師寺。
浄土宗知恩院派、山号は竜蟠山、御本尊は心経秘鍵薬師如来像。
現在は清凉寺の境内塔頭となっています -
鐘楼。江戸時代の建立。
薬師堂の向かい側にありました。 -
梵鐘(府指定文化財)。
文明16年(1484年)11月吉日の銘があり、寄進者には、足利義政、日野富子、その子・征夷大将軍の足利義尚、堺商人の名が記されています。
総高2.12m、口径2.1m。清凉晩鐘や五台晨鐘(しんしょう)と呼ばれます。 -
狂言堂。薬師寺の向かい側です。
清凉寺境内の狂言堂で年に数回、嵯峨大念佛狂言が開かれます。
その特徴は、演者も囃子も裏方もすべて素人が行う、すべての役者が面をつける「仮面劇」であること、「無言劇」であること、宗教的な背景を持っていることと言われます。 -
狂言堂の前から、本堂。
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西門から清涼寺を出ました。
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清涼寺から西へのびる愛宕道を歩きます。
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慈眼堂(中院観音)。
平安時代の終わり、中院に山荘を構えた藤原定家は、しばしば慈眼堂に寄りました。
御本尊の木造千手観音立像は、定家の念持仏でした。死後、子の為家から地元に贈られ、後に慈眼堂で祀られることになりました。市指定有形文化財。 -
中院山荘跡。
鎌倉幕府の御家人であった宇都宮頼綱は、政争を避けて出家し、僧蓮生と名乗り、中院山荘に暮らしました。
頼綱の娘が藤原為家に嫁いだ縁もあり、藤原定家に山荘の障子に貼る色紙を依頼しました。
定家は、天智天皇以来の名歌人の作を一首ずつ色紙に書き、それが小倉百人一首の元になったといわれています。 -
二尊院の総門。
元は伏見城にあった薬医門でしたが、慶長18年(1613年)にを角倉了以が寄進し、移築した正門です。
室町時代の建築として市指定文化財となっています。 -
境内図がありました。
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紅葉の馬場。
総門を抜けると真っすぐな参道があり、約100mの道には紅葉(もみぢ)と桜が交互に植えられています。背後の山は、小倉山。 -
西行法師庵の跡碑。
松尾芭蕉は、自身の旅において500年前に足跡を残した西行法師を強く意識していました。
平安末期の武士であった佐藤義清は出家し、西行法師として嵯峨に庵を結んでいました。
二尊院の総門から入ると、参道左側に「西行法師庵の跡」碑がありました。
我がものと
秋の梢を思うかな
小倉の里に
家居せしより
と詠んでいます。 -
紅葉の馬場(参道)を、小倉山のある西へと進みます。
-
丸山海道・佳子(夫妻)の歌碑。
丸山海道は鈴鹿野風呂の二男。
春深し 佛の指の 置きところ/海道
萩咲かす 二尊に触れて 来し風に/佳子 -
紅葉の馬場(参道)。途中から石段になっています。
-
紅葉の馬場(参道)。
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黒門。
紅葉の馬場を上り切ると境内との境にある長い筋塀(すじべい)に突き当たります。通用口として小さな門があり、それが黒門(くろもん)です。 -
勅使門。
黒門の左手に、かつては天皇の使いだけが通れた勅使門があります。唐破風形の屋根をして、格式の高さを感じます。
現在は、ここが境内への入り口となっていて、私のような者でも通行できました。 -
二尊院の本堂。市指定文化財。
天台宗の寺院で、正しくは小倉山 二尊教院 華台寺といいます。
御本尊の釈迦如来像と阿弥陀如来像の二尊を祀ることから、二尊院と呼ばれます。
承和8年(841年)、嵯峨天皇の勅願によって慈覚大師が創立しました。その後衰退しましたが、法然上人の高弟湛空が中興しました。応仁の乱で諸堂を焼失、永正18年(1521年)に三条西実隆の寄進により再建しました。東向きに建っています。 -
弁天堂。
本堂の北にあり、弁財天の化身である九頭龍大神・宇賀神を祀るお堂です。
二尊院縁起によれば、門前の池より靈蛇が出て寺名を舐めるため、湛空上人は靈蛇に自らの戒法を授けるため血脈を書いて池に沈め、靈蛇を成仏させました。 -
弁天堂からさらに北に鐘楼があり、その手前には銅像が立っています。
-
しあわせの鐘(鐘楼)。
慶長年間に建立された鐘楼があります。梵鐘は慶長9年(1604年)に鋳造しましたが、現在の梵鐘は、平成4年に開基嵯峨天皇千二百年御遠忌法要記念として再鋳したものです。
3回撞いて、しあわせを願う鐘です。
まず「自分が生かされているしあわせを祈願」
次に「自分のまわりの生きとし生けるものに感謝」
そして「世界人類のしあわせのために」と、それぞれに祈願します。 -
角倉了以像。
険しい顔をしているのは、角倉了以(すみのくらりょうい)の像です。
角倉了以は、朱印船貿易で財を成し、京都の花街・先斗町の横を流れる高瀬川はじめ、町の発展のために幾つもの運河を造りました。
また、二尊院の総門を寄進しました。 -
小倉餡発祥之の地碑。
世間では粒あん派よりもこしあん派が強いようですが、私は絶対に粒あんです。
通称粒あんは、「小倉あん」のことで、弘法大師・空海が中国から持ち帰ったちょっと大きめの小豆が元となっています。
後に小倉山の麓に伝わり、「大納言小豆」と称される良質の小豆の栽培に成功、嵯峨の菓子職人・和三郎が甘く煮た「小倉餡」を売り出しました。 -
八社宮。
境内の東北に位置し、表鬼門の守りとしてつくられたのが八社宮です。
その名前のとおり、伊勢神宮・松尾大社・愛宕神社・石清水八幡宮・熱田神宮・日吉神社・八坂神社・北野天満宮の八社を祀っています。室町時代末期の建築として市指定文化財になっています。 -
北西に広がる墓所への道。
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地蔵尊がありました。
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紅葉の馬場を下りて帰ります。
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木立ちの中、人力車が走って行きました。
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時間があれば常寂光寺にも寄りたかったのですが、夕闇が迫っていたので逆方向へ曲がったら、土佐四天王の像がありました。
右から中岡慎太郎、坂本龍馬、武市瑞山、吉村寅太郎の4人の像です。 -
さらに歩いてここからバスで嵐山へ出ようと思ったのですが、バスは左回りのみの運行で、京都駅へ向かうことになりました。
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途中ですれ違った市電のしまじろう。
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急ぐこともないので、結局、烏丸駅までバスに乗り、阪急電車に乗り換えました。
見事な紅葉を見られて大満足でした。
ここまでお読みいただきましてありがとうございました。
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