2020/12/02 - 2020/12/02
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FUKUJIROさん
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唐の都・長安を模して作られた新しい都である平安京は、左右対称の構造をもち、その中心には朱雀大路が南北に通り、その南端が都の正門である羅城門、北端が朱雀門で内裏や大極殿などからなる平安宮の入り口でした。
羅城門と朱雀門は同じ大きさ、同じ形だったとされており、朱雀門と同様に風に弱かったため、弘仁7年(816年)8月16日の大風により倒壊しました。その後再建されたものの天元3年(980年)7月9日の暴風雨でふたたび倒壊し、その後再建されることはありませんでした。
その羅城門の左右には、平安京鎮護のための官寺として西寺と東寺が造営されました。両寺とも平安京遷都後の早い時期に造られ、東寺は遷都から2年後の延暦15年(796年)に創建したと伝わっています。
嵯峨天皇の御代に、東寺は弘法大師・空海、西寺は守敏僧都に下賜されたとされ、2寺はことある毎に張り合っていました。
淳和天皇は、天長2年(824年)夏の日照りに際し、雨乞い祈祷で競い合わせました。弘法大師は、帝に大きな池を造るよう願い、その池に善女龍王を勧請しました。すると俄に空が雲に覆われ、3日間雨が降り続きました。
その大きな池が神泉苑ですが、現在の神泉苑は、二条城建設の際にほとんど埋め立てられてしまった残りです。
京都旅行の最終日は、平安京の南端にあった羅城門を中心に観光しました。全部で10編に及ぶ京都の旅行記もこれで完結です。
1日目:京都府宮津市へ直行し、街歩きをしました。
2日目:天橋立を観光して、京都市内へ移動。
3日目:京都市内を観光。
4日目:トロッコ列車に乗り、嵐山を散策。京都市内を観光。
5日目:宇治を観光。
6日目:市内を観光後、帰宅。
コロナ禍のため、帰宅後2週間以上経過してから旅行記を公開しています。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 新幹線 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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京都滞在の最終日、しっかり朝ご飯をいただきます。
とても美味しかったです。それにしても食べ過ぎかな。 -
歩いて京都駅の北口へ移動します。
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羅城門復元模型(1/10模型)。
重層・入母屋造、瓦屋根に鴟尾が乗っていました。横幅約35m、奥行約9m、高さ約21mでした。 -
向かって左、西の側面です。
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門の左側。
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門の右側。
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向かって右、東の側面です。
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平成6年(1994)年に平安建都1200年を記念して製作され、附属施設も入れると横幅8mの大きさです。
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西大路駅。JR京都線でたった一駅ですが、雰囲気がガラッと変わりました。
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一本路地に入っただけで、合鴨農法です。
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唐橋西寺公園。最初の目的地に着きました。大勢のお年寄りが健康体操を行っていました。
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公園の中央に3mぐらいの塚が造られています。
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それでは塚に上りましょう。
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史跡西寺跡の碑。
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史跡西寺跡の碑。
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裏には、大正15年6月建設とありました。
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大正10年3月に天然記念物に指定されました。これほど殺風景だと往時の華やかさを想像する術もなく、次の場所に向かいます。
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マンホールの蓋。五重塔と紅葉のデザインが良いですね。
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九条通をポツポツと歩いて、新千本通との交差点まで来ました。
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さらに進んで、千本通の細い路地に入りました。
車がすれ違いできず、一方通行の道です。 -
千本通、北向きです。ここ数日何度も見ていた千本通ですが、ここまで左右から浸食されていました。
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とりあえず、九条通りを渡ってみます。
正面の建物を挟んで両側に道がありますが、右側の道が千本通りです。 -
九条通りを渡り、北方向。パノラマ撮影をすると、こんな感じです。
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今、青い車が顔を出している場所が千本通。
かつて朱雀門から続いていた朱雀大路のなれの果てです。 -
東方向に東寺の五重塔が見えました。
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横断歩道を渡って戻ります。
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正面に地蔵堂がありました。
雨乞い祈祷の勝負に負けた守敏僧都は、羅城門で空海を待ち伏せし、背後から矢を射かけたところ、黒衣の僧が現れ、矢はその僧の肩口を貫きました。 -
弘法大師の身代わりとなった黒衣の僧は、実は地蔵菩薩で、ここにお祀りされていました。地蔵堂の「矢取地蔵」の右肩には傷跡があると云われます。
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やっと見つけた「羅城門跡」の文字。地蔵堂の隣でした。
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唐橋花園公園。別名を唐橋羅城門公園ともいうようです。
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羅城門遺趾の碑。本当にこれだけです。
一千年前、平安京の入り口だった場所が、この石碑一つになるとは、人間の営みのむなしさを感じます。 -
裏面には明治28年3月と掘られています。
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1/10模型を合成するとこんな感じになりました。
現代は大きな建物が多いせいか、思ったよりも小さく感じてしまいます。 -
九条通に戻りました。西方向。
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九条通から、東方向。
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九条通を東へ進むと、東寺の五重塔が大きく見えてきました。
教王護国寺(東寺)は、17か所の寺社と城郭で構成されている世界文化遺産「古都京都の文化財(京都市、宇治市、大津市)」の構成資産です。 -
東寺の南大門です。慶長6年(1601年)に三十三間堂の西門として建てられたものを、明治28年(1895)の平安遷都1100年記念に際して東寺の南大門として移築したものです。 重要文化財。
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南大門。東寺の正門です。
数ある東寺の門の中で最も大きいです(幅18m、高さ13m)。 -
東寺の石柱がありました。
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南門を入ると、正面には慶長8年(1603年)に豊臣秀頼が再建した国宝の金堂があります。御本尊は薬師三尊像で、薬師如来坐像と日光菩薩、月光菩薩の両脇侍像が安置されています。桃山時代の仏師康正の作、重要文化財。金堂の北側に、講堂、食堂とあり、往時は回廊で結ばれていました。
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弘法大師・空海の像が立っています。
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東寺の五重塔。これまでに落雷等によって4度焼失し、その都度再建されてきました。現在の塔は正保元年(1644年)に徳川家光の寄進によって造営されました。高さ55m、現存する最も高い木造塔です。
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東門、北門から入ると、ほぼ逆光になります。
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八島社(やしましゃ)。 東寺の創建以前からこの地に鎮座していたと伝わり、御祭神は、地主神とも大己貴神(おおむなちのかみ)ともいわれています。
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東寺の五重塔。東側の道路から。
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東寺の五重塔。慶賀門近くから。
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慶賀門。境内東側の門で重要文化財。鎌倉時代前期に建造されました。
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慶賀門を入ると、食堂(じきどう)が見えます。
2回焼失しており、現在の建物は昭和9年(1934年)に再建したものです。明珍恒男作の十一面観音像が安置されています。 -
奥に五重塔、右に宝蔵。
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東寺の北門。鎌倉時代末期に建立され、慶長6年(1601年)に補修された八脚門、重要文化財。
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善女大龍王の碑。
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大元堂。鎮護国家、敵国降伏を祈る大元帥明王をお祀りしています。
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扁額は、大元帥明王。
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憤怒の表情は、不動明王。
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観智院。東寺の塔頭です。南北朝時代の延文4年(1359年)頃の創建で、慶長10年(1605年)に再建された客殿は国宝です。中世の住宅様式を残しながら、近世の書院造へ移行する変遷を見ることができるそうです。
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お堀の亀。
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国宝の御影堂。境内西北部の「西院」に建つ住宅風の仏堂で、弘法大師の住房として建てられたことから大師堂とも呼ばれます。
康暦2年(1380年)に再建、明徳元年(1390年)に弘法大師像を安置する礼堂と廊を増築しました。 -
御影堂。後堂(南側)には弘法大師の念持仏とされる不動明王坐像(国宝)が安置されています。厳重な秘仏で非公開です。
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仮御影堂。
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鐘楼。
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御影堂の西側にある大黒堂には、大黒天・毘沙門天・弁財天の三尊が合体した三面大黒天をお祀りしています。弘法大師の作と伝えられています。
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大黒堂と同じ棟に不動明王をお祀りしています。
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毘沙門堂。弘法大師が唐より持ち帰った兜跋毘沙門天像(国宝)を安置するために建てられたお堂です。もともと兜跋毘沙門天像は、羅城門の上層階に安置されていましたが、羅城門倒壊後に東寺に移されたもので、文政5年(1822年)に毘沙門堂が建立されました。現在は、宝物館に安置されています。
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観音菩薩像。西院と食堂の間に祀られていました。
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食堂の西側面。
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食堂。
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夜叉神堂(やしゃがみどう)。講堂と食堂の中間に建つ2棟の小堂で、手前(西側)が雌夜叉(本地虚空蔵菩薩)、奥(東側)が雄夜叉(本地文殊菩薩)をお祀りしています。
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夜叉神は南大門の左右に安置されていましたが、通行人が拝まないで通過すると、罰が当たるとされていました。弘法大師の作と伝わり、仏法守護を本誓となすとあります。ご不在は、神無月だからではなさそうです。
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五重塔。
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小野道風ゆかりの柳(伝)。
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宝蔵。慶賀門の南側に立っており、平安後期の校倉造倉庫です。
東寺最古の建造物とされていて、重要文化財。 -
掘割に写る五重塔。
帰る時間が近くなりました。ホテルに戻り荷物を受け取りましょう。 -
お昼ご飯を食べる時間がなく、京都駅でお弁当を買いました。
太秦名物のロケ弁です。 -
中身が分からずに買いましたが、好物の鯖焼きが入っていました。
京都は人出が多いと聞いていましたが、インバウンド壊滅の状況では、どこでも三密を避けられました。しかしこれでは商売は大変でしょう。令和3年も観光支援のため京都に行きます。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
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