2022/11/26 - 2022/11/26
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前日の仕事を終えて出張は完了です。
土曜日丸一日と日曜日の半日をどう過ごすか寝ながら考えた結果、紅葉の時季だし、やはり京都に行くことにしました。
行ったことがない場所の中から、嵯峨の大覚寺を目指すことにして、後は周辺を散策することにしました。
大覚寺の拝観と大沢池で3時間ほど、たっぷりと美しい紅葉を堪能しました。
大覚寺は、弘法大師空海を宗祖と仰ぐ真言宗大覚寺派の本山で、その成り立ちから正式には旧嵯峨御所大本山大覚寺といいます。
平安初期、嵯峨天皇が檀林皇后とのご成婚の新室として離宮嵯峨院を築造しました。
弘仁9年(818年)の大飢饉に際して嵯峨天皇は、弘法大師の勧めにより一字三礼の誠を尽くして般若心経を浄書され、勅封(60年に1度の開封)として奉安されました。
皇孫である恒寂入道親王を開山として貞観18年(876年)に大覚寺を開創しました。
その後は、度重なる火災と戦乱により衰退し、大覚寺が現在の様に再建されたのは寛永年間(1624~44)です。最後の宮門跡は、江戸時代後期・天保8年(1837年)に門跡に就任された有栖川宮慈性入道親王です。
なお、私が訪問した10日後、大沢池は養生のために水を抜きました。令和4年12月6日(火)~令和5年1月末日予定となっていました。冬季訪問の際は注意してください。
1日目
東海道新幹線で新大阪駅へ移動、JR大阪駅・各線梅田駅から徒歩10分のホテル関西に宿泊。チェックインには早すぎるので、荷物を預けて四天王寺に参拝しました。
2日目
京都へ向かい、大覚寺と大沢池へ。
歩いて清涼寺から二尊院を散策。
3日目
お初天神、難波神社、松尾芭蕉終焉の地、坐摩神社、南御堂を回り、帰京しました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 私鉄 徒歩
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ホテル関西から梅田の地下街に入らず、地上を歩いてみました。
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ちょっと怪しげな看板が出ています。こんなに大きくて良いのでしょうか。
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阪急の梅田駅に到着。
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ホーム数は9線ながら、コロナ前は一日50万人が乗降していました。
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阪急電車の京都本線に乗って松尾大社駅で下車、ここからはバスに乗ります。
駅前には松尾大社の大鳥居がありました。
飛鳥時代の大宝元年(701年)創建の松尾大社、境内裏には霊泉「亀の井」が湧き、醸造祖神として祀られています。 -
松尾大社前バス停から市営バスに乗りました。路線バスは観光で通らないような道を通るので面白い。
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路線バスで渡月橋を渡りました。
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2年前と比べると、すごい人の数。
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JR山陰本線と嵯峨野線の踏切。
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保津川(桂川)。
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嵐山の商店街。
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天龍寺の入り口。
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丸太町通を東へ進みます。
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大覚寺バス停まで北進します。
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大覚寺の入り口です。
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大覚寺の紅葉。
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表門の前を流れている細い堀は、「有栖川」の分流で、大沢池へ流れ込んでいます。
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大覚寺の表門。江戸時代初期の建物で、木造切妻造本瓦葺。
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左は納経所(大覚寺参拝口)、右は式台玄関、参道右手には臥龍の松が枝を広げています。
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臥龍の松。
樹齢や面積などご存じの方は、教えてください。 -
式台玄関。東福門院の女御御所の一部と伝わっています。貴人を迎える玄関として使用されたそうで、時代劇の撮影場所としても頻繁に使われています。
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納経所に受付があり、玄関に入ります。
拝観料は、大人500円、大沢池エリアは別途300円。 -
およそ800年前、大覚寺中興の祖・後宇多法皇が使われた御興。
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玄関の部屋は「松の間」とよばれ、襖絵は、狩野永徳筆の「松ニ山鳥図」が描かれています。
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紅葉。
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紅葉。
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宸殿(しんでん、国指定重要文化財)。
天皇に入内された2代将軍徳川秀忠公の娘・東福門院和子が、女御御所として使用していた寝殿造りの建物で、後水尾天皇より下賜されました。
妻飾り(つまかざり)、破風板(はふいた)、天井などに装飾がこらされている。正面には御所の名残りとして右近の橘、左近の梅を配す。蔀戸(しとみど)の蝉の飾りは精巧な作りとなっている。 -
宸殿の襖絵。
牡丹の間、牡丹図。狩野山楽筆。 -
宸殿の襖絵。柳松の間。
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宸殿の襖絵。
紅梅の間、紅梅図。狩野山楽筆。 -
村雨の廊下(むらさめのろうか)。
宸殿と心経前殿を結ぶ回廊は、縦の柱を雨、直角に折れ曲がっている回廊を稲光に例え「村雨の廊下」と呼ばれます。
高貴な人が通られる際の防犯の意味で、天井は刀や槍を振り上げられないように低く造られ、床は鴬張りとなっています。 -
紅葉。
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心経前殿(しんぎょうぜんでん、御影堂)。
大正14年(1925年)に建造。大正天皇ご即位に際し建てられた饗宴殿を式後に賜り、移築したものです。
心経殿の前殿にあたるため「心経前殿」と呼ばれ、内陣正面は心経殿を拝するため開いています。
大覚寺の歴史上特に重要な嵯峨天皇、弘法大師、後宇多法皇、恒寂入道親王の尊像をお祀りするため「御影堂(みえどう)」と呼ばれます。 -
勅封心経殿(ちょくふうしんぎょうでん)、国登録有形文化財。
大正14年(1925年)に法隆寺の夢殿を模して再建した鉄筋コンクリート造の小さな八角堂です。殿内には嵯峨天皇をはじめ、後光厳天皇、後花園天皇、後奈良天皇、正親町天皇、光格天皇の宸翰勅封般若心経を奉安し、薬師如来像が祀られています。
内部は非公開で、開扉は60年に一度(戊戌の年)とされています。 -
御影堂。
嵯峨天皇、弘法大師、後宇多法皇、恒寂入道親王の尊像がお祀りされています。 -
霊宝館。
大覚寺に伝わる平安時代以降の寺宝の数々が展示されており、大覚寺の御本尊である平安後期の仏師・明円の「五大明王像」、室町・江戸時代の「五大明王像」が公開されています。
当日は、「皇室と大覚寺」展が開かれ、有栖川家・高松宮家ゆかりの工芸品が展示されていました。
霊宝館の入館料は、300円。もちろん撮影禁止でした。 -
御影堂の南に広がる白砂庭園、石舞台と勅使門。白砂庭園は、貸出可能で最大客席数は約1,000席です。
左手前の建物が安井堂、左手奥の建物が五大堂(本堂)です。 -
勅使門。
嘉永年間(1848~54年)に再建された四脚門で、屋根は切妻造り、全体は素木造りです。
勅使のご来山や門跡猊下出仕の晴れの法会など特別な時のみ開かれました。
手前の石舞台は6m×6m、ショーを開くこともできます。 -
安井堂(御霊殿)。
京都東山にあった安井門跡蓮華光院の御影堂を、明治4年(1871年)に移築しました。
堂内、内陣の格天井鏡板に花鳥などを描き、その奥の内々陣の折上鏡天井には壮麗な雲龍が描かれています(写真)。 -
五大堂(ごだいどう)。
大覚寺の本堂です。江戸時代中期の天明年間に創建され、不動明王を中心とする五大明王を祀っています。
大沢池のほとりに位置し、大沢池に面する東面には池に張り出すように観月台があります。
大沢池のビュースポットでもあり、大沢池エリアへの共通参拝口もあります。 -
大沢池。国指定名勝。
嵯峨天皇が離宮嵯峨院の造営にあたって、唐の洞庭湖を模して造られた日本最古の人工林泉式の庭園です。大覚寺の東に位置し、周囲約1km、庭湖とも呼ばれます。 -
大覚寺・大沢池共通参拝口。
ここから下りて大沢池を一周しましょう。 -
大沢池。おおさわのいけ、と読みます。
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大沢池と紅葉。
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護摩堂。
大沢池畔に建てられた2間四方、方形造瓦葺の建物で、不動明王を祀っています。 -
石仏群。
大沢池の北岸に如来や菩薩の石仏が置かれています。平安時代後期の作と伝えられています。 -
心経宝塔(しんぎょうほうとう)。
昭和42年(1967年)に嵯峨天皇心経写経1,150年を記念して建立されました。
木造風の鉄筋コンクリート造り、高さ約20
mです。基壇内部に「如意宝珠」を納めた真珠の小塔を安置し、宝塔内部には弘法大師尊像を祀っています。 -
心経宝塔。基壇内部に「如意宝珠」を納めた真珠の小塔を安置し、宝塔内部には弘法大師尊像を祀っています。
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ちょうどお坊様が来られて、般若心経を唱えていました。
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広場の西から心経宝塔。
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聖天堂。
当初は、望雲亭西側に建っていましたが、昭和37年頃に心経宝塔の西側に移築しました。
宝形造りであり、歓喜天・十一面観世音菩薩を祀っています。 -
大日堂。
洛東の岩倉山真性寺が廃寺となる際に、聖天堂の西側に移築されました。
正面を入母屋造りとし、内陣は六角堂、江戸時代に造られた石造大日如来坐像を祀っています。 -
大日堂の内陣に祀られている石造大日如来坐像。
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閼伽堂(あかどう)。
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離宮嵯峨院の時代、嵯峨天皇の命で弘法大師が建立した持仏堂「五覚院」の閼伽井として、弘法大師が自ら掘られた井戸であり、仏に供える神聖な浄水を汲む場所です。
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天神島へ渡る朱色の橋。
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大沢池の鴨。
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大沢池の紅葉。
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天神島の嵯峨碑。華道の先達への慰霊碑です。
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天神島の茶筅塚。慰霊碑です。
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天神社。
貞観18年(876年)に大覚寺が開創される際、清和天皇への上奏文を起草して、仏法の興隆と衆生済度のため僧俗二人の別当を置くよう進言したのが菅原道真公です。 -
天神社。
菅原道真公を御祭神として祀ります。道真公自身が大覚寺の俗別当を務められたと伝えられています。 -
天神社の隣には、御神木のツブラジイが立っています。平成30年(2018年)9月4日の台風21号による被害を受けました。
御神木の高さは20m、幹周りは4.9m。樹齢は450年~500年と推定され、室町時代の頃から見守っています。 -
天神島の東端に立つ巨木です。
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天神島から戻り、池の端を歩きます。
いけばな発祥地碑。
嵯峨天皇は大沢池の菊ヶ島に咲く菊を手折り、花瓶に挿したと言われます。いけばな嵯峨御流の始まりとされ、いけばな発祥の地となっています。 -
嵯峨天皇詠歌碑。
高野山に帰る空海をいつまでも見送っている情景を詠んだ歌です。
与海公飲茶送帰山一首 嵯峨天皇御製。
道俗相分経数年
今秋晤語亦良縁
香茶酌罷日伝暮
稽首傷離望雲烟 -
もみじロード。
心経宝塔前広場から名古曽の滝跡につながる紅葉のトンネルです。 -
大沢池の蓮。
大沢池には「名古曽」という名の古代蓮が植えられ、例年7月中旬から8月中旬に見頃を迎えます。 -
紀友則歌碑。
文字はほとんど読めませんが、三十六歌仙の一人で紀貫之の従兄弟にあたります。
ひともとと
おもひし菊を
おほさはの
池のそこにも
たれかうえけん -
燃えるような、と感じます。
-
菊ヶ島(左)、庭湖石、天神島(右)。
二島一石の景色を「景色いけ」として今に伝えています。 -
菊ヶ島。
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名勝「名古曽瀧跡」の紅葉。
-
名勝「名古曽瀧跡」。
離宮嵯峨院時代の滝殿庭園内に設けられたもので、今昔物語によると百済川成が作庭したものと伝わります。
滝は枯れてしまい、滝組だけが残っています。 -
小倉百人一首55番、三十六歌仙の一人、藤原公任の歌。
滝の音は
絶えて久しくなりぬれど
名こそ流れて
なほ聞こえけれ -
大沢池を見ると、手前に菊ヶ島、奥に天神島です。対岸に五大堂が見えます。
-
大沢池の東堤から、東方向。
東山にうっすらと雲海がかかっていました。 -
椿。
-
対岸の五大堂。
-
紅葉と公孫樹の落ち葉。
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臼井喜之介歌碑。
-
紅葉。
-
対岸の護摩堂。
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紅葉と公孫樹。
-
対岸の五大堂。
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鈴鹿野風呂歌碑。
嵯峨の蟲
いにしへ人に
なりて聞く -
紅葉。
-
平田春一歌碑。
紅を 少しのぞかせ
ふっくらと
椿の蕾
只の一輪 -
島田保子詠碑。
川田順
わが友の
平田乃大人のおもひもの -
堤から下ってきました
-
白い椿。
-
望雲亭(ぼううんてい)。
嵯峨天皇から高野山に帰山する弘法大師に贈られた詩「道俗相分かれ数年を経たり、今秋晤語するも亦良縁なり、香茶酌みやみて日ここに暮れる、 稽首して離れを傷み雲煙を望む」より望雲の2字をとって命名されました。
現在の建物は、裏千家の設計により昭和50年「寺号勅許1100年」の記念事業として再建されました。 -
津崎村岡局顕彰碑。題字は近衛忠熙卿。
津崎村岡は、大覚寺門跡諸太夫津崎筑前守の妹として天明6年(1786年)に生まれた幕末から維新にかけての女流勤皇家でした。
幼少より左大臣・関白の近衛忠熙卿に仕え、後には西郷隆盛らと親交を持ち、明治維新が発足する5年前の文久3年(1863年)には幕府に捕らえられましたが、維新後従四位を贈られました。 -
名勝 大沢池の碑。
この辺りから大沢池を離れて、次へ向かうこともできます。 -
龍頭船。
古来、唐の洞庭湖などでは皇帝たちが架空の動物の首を船首に付け、水上で異世界を楽しむ宴が繰り広げられていました。
嵯峨天皇は、大沢池に舟を浮かべる宮庭遊びを定着させました。
現在も「華道祭」「観月の夕べ」といった催しや、特別団体参拝において水上の宴を体験できます。 -
五大堂(本堂)。
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大沢池を一周しました。
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大覚寺の建物内を抜けて、入り口に戻りました。
表門の外にある華供養塔です。華道嵯峨御流による建立。 -
嵯峨天皇歌碑。
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未生斎広甫(みしょうさい こうほ)歌碑。未生斎広甫は、江戸時代後期の華道家。
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大覚寺を出ると、すぐ左手にお寺がありました。
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覚勝院です。
大覚寺の門前に残る唯一の塔頭寺院が覚勝院です。御本尊は十一面観世音菩薩像、10種類の現世利益(十種勝利)と4種類の来世果報(四種功徳)をもたらすと言われ、民衆の苦しみを救済する観音菩薩様です。 -
覚勝院の本堂は正徳元年(1711年)徳川家宣公の寄進によるものです。
ご本尊とともに、十一面観世音菩薩によって善神に改宗され仏教を保護し財運と福運をもたらす歓喜天、聖天様が祀られています。 -
本堂の扁額は「歓喜天」です。
聖天様とも言われ、ヒンズー教のガネーシャ神にあたり、象頭人身の姿です。
歓喜天(聖天様)へのお供えは、お酒とお団子と大根です。大根は心身の毒を消すと謂れ、聖天様のお下がりを頂戴して食すことで「心身の毒が消え、八福に浴する」のです。
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