2009/09/24 - 2009/09/25
12位(同エリア153件中)
さっくんさん
「インディ・ジョーンズに憧れて」と言う題名で、先にアップしていた中東の旅の前後を紹介します。先ず最初に訪れたのは、シリアのパルミラ遺跡です。
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2009年当時、シリア、レバノン、ヨルダンを周遊するコースは大手旅行代理店さえ企画する人気コースですらありました。まさか二年後、あんな事が起きるとは誰が考えたでしょう?
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映画の舞台でしょうか?映画のパクりでしょうか?そんな事は兎も角、バグダッド、行きたかったなぁ…某国の暴力の為、今生では叶えられそうもありません。
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砂漠を貫いてパルミラを目指します。
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ホテルから景色をチェックします。目前には広大なオアシスが広がっていました。この広大なオアシスがあってこそ、パルミラの繁栄があったのでしょう。
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ホテルから、オアシスの向こうに現代のモスクが見えました。
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目線を変えると、パルミラ遺跡が眺められます。
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パルミラはシリア砂漠中央の隊商ルートの難所にあたるオアシスに位置した交易都市でした。オリエントからローマに繋がった交易路で、誰しも水を求めてこのオアシスを目指した事でしょうから、さぞかし繁栄した事でしょう。
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街は見事にローマのフランチャイズです。しかしローマの傀儡では終わらなかった女王がいます。自らをクレオパトラの再来と称した女王ゼノビアです。
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彼女の腕前は確かだった様で、ゼノビアは中東一体を欲しいままにしました。
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もちろんそれで済む筈はありません。ローマの逆鱗に触れ、善戦するもパルミラはローマに滅ぼされます。ゼノビアを失ったパルミラは細々存続するも、交易の中心が海路に移ると、やがて遺跡と化したのでした。
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地中海沿岸の国々を旅すれば、犬も歩けば棒に当たる程大小ローマ遺跡に当たります。
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ベル神殿…今は粉々にされてしまいました(怒泣)
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余りにもローマ遺跡が多いので、時にお腹一杯になってしまうかもしれません。
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ただ、日本の城跡巡りも同様ですが、その遺跡の性格や特徴を知って、ちょっと空想力を使えばがぜん面白くなってきます。
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例えば、この遺跡は街としての規模は小さいものの、その分当時の日常を推測出来る遺構が沢山残されているとか、この遺跡は建造物の保存状態は良くないが、残されたモザイクが素晴らしいとか、遺跡毎に見所が変わってきます。
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ではパルミラは何処に着眼したら良いでしょうか?
私はスケール感です。嘗て砂漠のど真ん中で、交易の中心を担って頂けあって、残された列柱の規模も大きければ、保存状態も良いです。更に砂漠の中のオアシスと言うロケーションも最高です。
ゼノビアに謁見に訪れた隊商の一人と成りきって遺跡鑑賞すると良いでしょう。 -
私は当初、列柱に設けられた燭台が上過ぎない?と思っていました。(柱の中間あたりの出っ張り)でもそれは、歩行者目線では無く、駱駝に乗った隊商目線で築かれたからこその高さだと知りました。俄然イメージが沸いてきました。
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此方はローマ遺跡の定番、円形劇場です。
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でも大型交易都市のものだけあって、威風堂々とした造りです。
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堂々とした面構えです。真ん中の門からどんな主人公が登場したのでしょう?
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しかしこのファザードも今では見る影も無いそうです。
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普通円形劇場は可能なら土地の起伏を利用して観客席の傾斜を作りますが、フラットな砂漠ではそうもいきません。
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シリアの家族連れの観光客と出逢いました。普通思い出の写真を見返す時、懐かしさに溢れるものですが、握った拳に力が入ってしまいます。異国、異教徒の旅人に親切にしてくださったこの家族、今も平穏な日々を暮らせているのでしょうか?胸が痛みます。
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世間はシリア内戦と呼びますが、わたしはこの呼び方が大嫌いです。
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確かに最初こそそうでした。と言うか反政府デモです。確かに現在でも紛争はシリア内部で完結しているので、内戦と呼んでも嘘にはならないでしょう。でもその実態は??
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チュニジアのジャスミン革命から中東一帯に広がった暴動は瞬く間に中東全域に広がりました。
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エジプトやチュニジアが比較的早期に事態が収集したのには理由があります。チュニジアのベンアリ大統領やエジプトのムバラク大統領は親欧米の独裁政権でした。
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欧米は基本的に独裁者を毛嫌いしますが、エジプトやチュニジアに選挙をやらせて、反欧米な政権が誕生するより、傀儡な独裁者を置いておいた方が得策と考えたのです。
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しかしジャスミン革命で状況が一転してしまいます。欧米は民主化って言葉が大好きです。欧米は手のひらを返して民主化運動に肩入れして、ベンアリやムバラクを見捨てました。梯子を外された彼等は次々と舞台から去っていくしかありませんでした。
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では、何故シリアは長期化しているのでしょう?それはアサド大統領の背後にはプーチンがいたからです。ロシアはアサドと友好関係を築き、シリアの地中海沿岸に自由に使える軍港を築きました。
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冬季は殆ど凍ってしまい使い物にならないロシアの港、そんな中シリアの軍港はロシアにとって環境的にも、NATO を牽制する為にも無くてはならないものでした。だからロシアにとって、アサド政権が倒れる事があってはならない。そこでロシアは国際条約違反の毒ガスまで使って極悪非道の殺戮をおこないました。
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そうなってくると当然欧米も黙っちゃいません。そしてそれも決して褒められた行為ではありません。
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アメリカは嘗てアフガニスタンの時、無計画な軍事支援の結果アルカイダと言う怪物を育成する結果となりましたが、シリアでもISと言う化け物を育成してしまいました。(学べない人々です。)ランボー怒りのアフガンでランボーと一緒に戦った戦士は明日のアルカイダ(笑)
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政府側にロシア、親ロシアでシーア派のイラン、シーア派武装組織ヒズボラVS反政府側、欧米、サウジアラビア、トルコ、義勇軍多数VSイスラーム国VSアルカイダVSクルド人勢力…等々。最早構図さえ読むのが困難な程の勢力がやりたい放題の状況になってしまいました。兎に角トップに赤、青、白の旗を持つ二つの国の突っ張り合いの為にシリアは滅茶苦茶にされ、21世紀最大の人道的危機に陥ってしまったのです。
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これの何処が内戦なのでしょうか?最早シリア人が戦争を止めたくてもどうにもならない状況にあります。これを内戦と呼ぶ裏側には、それを引き起こした張本人達の無責任な情報操作の臭いがプンプンします。
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パルミラの中心部に建つ四面門。神殿等がある行政区と居住区を分ける役割があったと思われます。
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延期され、日本のオリンピックの是非が問われていた頃、私は友人にこう言いました。
「どうせならシリアでオリンピック開催すりゃ良いんじゃね?」
「アホか?」
と友人は笑いましたが私は大真面目でした。 -
シリアに参戦、若しくは軍事支援した国の軍需産業はボロ儲けしたと聞きます。それだけ儲けたのなら少しくらい還元した方が良いじゃないですか。近所のスーパーですらやってる事です。
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シリアは十年近くも世界中の勢力の攻撃に晒されてきました。今度は逆に数週間でも世界中が責任持ってシリアの治安を維持できればオリンピックを開催出来ます。
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オリンピックが開催されれば、その期間中だけでもシリアの人々は死を恐れずに夜を過ごせましょう。素晴らしい競技に子供達は忘れていた夢を取り戻せるかもしれません。
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この頃、オリンピックは行き過ぎた商業化により人気が落ちています。そもそもオリンピックとは長々と続く戦争を休戦させる為始まった競技の筈です。
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こうして世界の紛争地でオリンピックを開催する事により、世界の紛争が落ち着き、戦火の国の復興のきっかけとなれば、オリンピックの意義は復活し、再び誰もが夢見る競技になるのではないかな?
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勿論それは、現状では有り得ない私の白日夢に過ぎません。でも、これだけは確かな事。世界中の軍事勢力が寄ってたかってシリアをメチャクチャにしたのですから、国際社会は責任を持ってシリアの戦争に終止符を打ち、復興させる義務があると思うのです。
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遺跡の端っこに廃れ具合が程良い神殿がありました。
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此処まで歩いてくると、どうしてもあの砂丘の上の建物が気になります。
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てな訳でテクテク登って参りました。
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この建物はパルミラとは時代が全く異なって、オスマントルコが建造したものです。
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時代は変われど、納める者が変われど、砂漠の中のオアシスの重要性は変わらないと言う事でしょう。
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しかし、それは現在の紛争とて、同じ事だったのです。砂漠の要衝を各勢力が奪い合った結果、パルミラ遺跡は破壊されてしまいました。
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覗き窓から遺跡を眺めます。
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パルミラが一望出来ました。
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遺跡から視線を外せば、そこはもう荒涼とした世界が何処までも続いていました。
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最早月面の様な世界です。
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そんな月面の様な世界にも、谷の中央には点々と人工物が見えます。遺跡でしょうか?現代のものでしょうか?
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下界に降りてきました。
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パルミラは砂漠に咲いた薔薇の街と呼ばれます。
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それは朝陽や夕陽に遺跡が良く映えるからだと聞きます。
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写真家の中には遺跡は朝夕しか狙わないと言う人もいます。モノトーンな世界が突如劇的に色彩を持つのがこの時間帯だからでしょう。
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四面門の向こうに太陽が沈みます。
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遺跡が色を失っていきます。
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影絵の様な世界です。
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この時刻になると、ほぼ観光客は姿を消すので、余計遺跡が神秘的に見えます。
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静かに流れる時間の中で耳を澄ませば?
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空の色が、遺跡の色が、劇的に変わっていきます。
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青がどんどん濃さを増していきます。
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上空は最早濃紺です。
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地平線から最後の赤みが消えていきます。
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パルミラはオアシスに現在も街があるのでホテルもすぐそばですから朝陽や夕陽も簡単にアクセス出来ます。それでは、おやすみなさい。
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パルミラに陽が昇ります。
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乳白色だった筈のパルミラが薔薇が咲く様に色づきはじめました。
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ほんの一瞬の自然のアート。あ…このパルミラを象徴する凱旋門も、もう見る事が出来なくなってしまったそうです。
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遺跡を見る度に、嘗てこの地に花開いた文明の建築技術に驚かされます。
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しかし、其処が遺跡である以上、何らかの原因でそこは滅んでしまったと言う事です。
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パルミラの場合は、女王ゼノビアの慢心でした。
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嘗て繁栄を欲しいままにしただろう、世界に残された数々の遺跡。それらは発展し栄華を極めている現代文明への警鐘と言えるのかもしれません。
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しかし我々はその警鐘から良く学んでいるとはとても思えません。
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今も世界では愚かな紛争が続いています。今正にパルミラも破壊と殺戮の場となっています。
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こんな事を止められない以上、いつか我々の文明も遺跡と化す日が来るのかもしれません。
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そして遠い未来に訪れた旅人が、遺跡と化した我々の街を呆けた顔で見上げているのかもしれません。今の私の様に…。
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パルミラ遺跡を後にして、ダマスカスへ向かいます。
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