2013/09/28 - 2013/09/29
87位(同エリア532件中)
さっくんさん
みなさん おはこんばんにちは
ヨルダン側の死海を訪れてから4年後、満を持してアル・クドゥス訪問が叶いました。と言うのも、アル・クドゥスを実効支配しているイスラエルを訪問すると、私の大好きなイスラーム諸国に入国出来ない国が出てくるので、当時使用していたパスポートが期限切れ直前を待っての訪問となったからです。
アル・クドゥス到着後直ぐ岩のドーム参拝に赴こうと思っていたのですが、何故か散策途中、イエスのヴィア・ドロローサへの前日譚の足取りをなぞっていた事に気付き、そのまま導かれるままイエスの足取りを追う事となりました。イエスが送った最後の夜、そして亡くなる迄を辿ります。
それでは、ゆっくりしていってネ!
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念願のアル・クドゥスに到着しました。空港からの乗り合いバスは私が予約したホテルのあるオリーブ山には行きません。いや、行けません。何故なら彼はユダヤ人、オリーブ山はパレスチナの領域だからです。驚く程の事ではありません。ボスニアヘルツェゴビナ等敵対している勢力が共存している地域では良くある事です。情報紙はオリーブ山は治安が悪いので…云々とネガティブ・キャンペーンに必死ですが、私はそんな事はつゆも信じず深夜のオリーブ山を登ります。途中屯していたパレスチナ人に「ァッサローム・ァレイコム!」と声をかければ、彼等がホテル迄導いてくれました。
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夜が明けましたも思わず見とれてしまう景色が広がっていました。遂にやって来ました。4年前、ヨルダン側の死海の畔で遠藤周作氏の「死海のほとり」を読んで以来、一人の人間として描かれたイエスに感動し、彼の足跡を追って見たいと感じました。遂にその時が訪れました。
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日が昇ります。素晴らしい初日の朝陽です。さぁて、私の旅がはっじまるよぉ~!
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岩のドームの黄金のドームが朝陽を浴びて、更に輝きます。
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またとない旅の始まりとなりました。折角オリーブ山で初日を迎えたのでオリーブ山からアル・クドゥスの街を一望しました。何でしょう?このラスボス感!ニューヨーク、パリ、ロンドン、ローマ…全てのボス格の街をも飲みこんでしまうかの様な存在感。キリスト教、ユダヤ教、そしてイスラーム。三つの宗教のルーツを辿ればこの街に集約されるのです。そして今、これから私はこの街に突入します。痺れます。
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主の泣かれた教会を訪れました。イエスがアル・クドゥスの行く末を嘆き涙を流したと言う新約聖書に基づいた教会だそうです。
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この教会から眺めるアル・クドゥスは私のお気に入りです。
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岩のドームと聖墳墓教会が直線上に眺められます。
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十字架をずらして…。
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イチオシ
まるで一枚の絵の様です。
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マグダラのマリアの教会は此処には不釣り合いのロシア正教会様式。
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万国民の教会です。
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イエスが最後の夜を苦悶しつつ祈って過ごした教会だそうです。
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この岩がイエスが祈っていた場所です。
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マリアの墓の教会入り口。
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マリアの墓の教会外観。
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マリアの墓の教会内部。
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振り返ればマグダラのマリア教会。
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万国民の教会から聖ステファノ門を潜れば念願のアル・クドゥス入場は果たせると言うのに、何故か私は何かに引き寄せられる様にケデロンの谷を降りていきました。
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何かと一際目立つアブサロムの墓。
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ダヴィデ王の息子アブサロムは父の愛情を受けながらも反逆し続けた事で、我儘な子供の代名詞と呼ばれたそうです。我儘と反逆は違うと思いますが…。きっと私の様な存在だったのでしょう。
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ケデロンの谷は当時貧しかった人々が多く暮らしており、イエスは彼等を施していたと言います。此処が墓地だった事から死体処理等の仕事は数多かったでしょうし、此処から遠く無い場所には糞門が存在し、街から出た糞尿処理の必要もあった事でしょう。死体処理、糞尿の始末は何処の国でも最下層の人々の仕事だった事でしょう。つまり此処には多くの最下層な人々のコミュニティが存在し、イエスが彼等を慰問しに此処を訪れていた事の裏付けになるのでは無いでしょうか?
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ケデロンの谷からアル・アクサー・モスクを見上げながら登っていきます。
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勿論イエスが此処を歩いた当時は、モスクは存在しませんが。
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アル・アクサー・モスク。遠隔のモスクと言う意味を持ち、預言者ムハンマドが天馬ブラークに跨り昇天したのを記念して建てられたイスラーム初期に建てられたモスクで、マッカにカアバ神殿が築かれる以前は最高位の聖地でした。
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アル・ハラム・アル・シャリーフ(神殿の丘)に建ち、岩のドームに対して銀のドームとも呼ばれます。
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城内から排泄物を運び出す為の門。その名も糞門。もっとマシな名前考えられなかったのでしょうか?
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マリア永眠教会。あれ?さっきマリアの墓の教会をおとずれましたが、どっちが本物?永眠と墓は違うのでしょうか?イスラームでもムハンマドが亡くなったメッカと昇天した岩のドームがあります。イエスも聖墳墓教会と昇天教会があります。日本人にはややこしいですね。
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そしてその近くにはダビデ王の墓がありました。
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これはオッサン化したダビデさん。若い時はイケメンであられもない姿でフィレンツェに立ってる姿が有名です。
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そしてダビデ王の墓の二階には、最後の晩餐が開かれたと言う部屋があるのです。そうです。ダ・ヴィンチの有名なあの絵の部屋です。
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此処です。正に此処でです。
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そしてそんな部屋にはイスラームのメッカを示すミフラーブが…。至近距離にイスラーム、キリスト教そしてユダヤ教が混在しています。嗚呼ややこしい。
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それにしてもです。万国民の教会、そこからケデロンの谷を降りて、そしてシオンの丘の此処にて最後の晩餐…。私は知らず知らずの内に、まるで操られるかの様にイエスの最後の夜の道程を歩いていた事になります。もう、こうなったらそのままイエスの足跡を歩んでみましょう。
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最後の晩餐を終えた後、イエスは再びゲッセマネの園に向かいます。城内には入れなかったでしょうから、再び現在のアル・アクサー・モスク脇からケデロンの谷へと降って行ったのではないでしょうか?
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イエスの足跡を追って、再びケデロンの谷を降りていきます。
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再び逢えたね、我儘息子?それとも反逆児?
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ゲッセマネの園です。万国民の教会のすぐ脇です。
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福音書第22章。イエスが此処で、この後起こるだろう出来事を予感しながら血の様な汗を流し父なる神に祈りを捧げたとあります。私はもう一人血の汗を流した人物を知っています。星飛雄馬です。
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冗談は兎も角、彼は覚悟を決めていたに違いありません。然しながら人ならば誰しも自分の身に降りかかるだろう運命を前に、悩み、苦しみ、そして恐れる事は当然な事です。人間としてのイエスの生々しい部分が上手く表現された部分では無いでしょうか?
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そしてユダの裏切りによりイエスは此処でユダヤ教徒に捕縛されます。
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そして再び彼はケデロンの谷を通りシオンの丘へと連行されます。
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シオンの丘にイエスが歩いただろう坂道が残っています。
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19世紀に発掘され2000年前の石畳だと言う事が確定しているので、物語通りなら実際イエスが歩いた可能性が高いと言います。
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鶏鳴教会です。
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祭司カヤパの屋敷跡と言った方が知っている人が多いかもしれません。
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そう、ゲッセマネで捕らえられたイエスが連行され、此処の地下の牢獄に入れられ一夜過ごした場所です。
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弟子のペテロが鶏が鳴く前に三度「イエスの事は知りません。」と嘘をついたのは此処の庭の出来事です。
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ヒンノムの谷と鶏鳴教会。
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岩のドームがチラリズム。
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イチオシ
翌日イエスは総督ピラトの下に送られるのです。
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とすればこのシオン門をイエスは潜ったに違いありません。そして彼を追って私も漸くアル・クドゥスに初入場を果たします。初入場がシオン門と言う旅人もさぞかし珍しいと思います。(大抵の人がヤッフォ門かダマスカス門、少なくとも聖ステファノ門かと思います。)
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アル・クドゥスは田の字に4つの地域に分かれます。北東にキリスト教地区、北西はイスラーム地区、南東はアルメニア人地区、そして南西がユダヤ人地区です。南に位置するシオン門から北に位置するダマスカス門迄の真っ直ぐな通りは南北に貫く中心通り、南でアルメニア人地区とユダヤ人地区の境にあたり、北でキリスト教地区とイスラーム地区の境目にあたります。南の部分はユダヤ人地区の歴史的な商店街カルドとなっており、北はイスラームのスークとなっています。
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さて、此処で一旦イエスの足取りから外れて、私の十字架、バックパックを下す為バックパッカー・ホステルへ向かわせて頂きます。カルドを真っ直ぐ歩いてイスラーム地区を目指します。
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ユダヤ人地区はイスラエルがジャブジャブお金を投じているのでリノベーションが進み、古さを感じる旧市街の中でちょっと不釣り合いさえ感じる程ピカピカです。
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それもある時点でガラリと通りの様相が変化します。街の中心を過ぎ、イスラーム地区へ入ったのです。
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途端庶民的に親しみやすい、いつもながらのアラブの街並みが始まります。
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「ァッサローム・ァレイコム!ヘブロンってホテル知りませんかぁ?」
「そこ曲がったところだよぉ!」 -
見つけました!
中に入れば何処からともなくこんな声が聞こえてきそうな…
Welcome to the Hotel Hebron.
Such a lovely place.
Such a lovely face.
Dormitory rooms at the Hotel Hebron.
Anytime of year, you can find it here. -
此処が部屋です。これよりの塒です。雰囲気良いでっしょ?それに凄いんです。このホステル。場所はイスラーム地区ですが、キリスト教地区との境、聖墳墓教会にも近いので、朝になると讃美歌が聞こえてくるんです。そこら辺の教会では無いですよ。聖墳墓教会の讃美歌です。涙出る程美しかったです。
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さて一服したら早速イエスの足取りを追いましょう。そう、ピラトの邸宅へ。
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イエスが判決を受けたアントニオ要塞があった場所は現在ではエル・オマリヤ・スクールの校庭になっています。此処からイエスの最期の道程が始まります。ヴィア・ドロローサ、悲しみの道、第1留です。
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なんと第1留で黒猫様が私を出迎えてくれました。
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此処でイエスは十字架を背負わされ、茨の冠を被らされ、ローマ軍の兵士達に鞭で打たれます。現在では鞭打ちの教会となっています。ヴィア・ドロローサ第2留。
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鞭打ちの教会内部です。現在でも首にギブスをつけた信者が熱心にお祈りを捧げています。(嘘)←それはむち打ち症です!信者じゃなくて患者です!
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断罪と十字架の課せられた教会。
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総督ピラトが群衆に「見よ!この人を!(エッケ・ホモ!)とイエスを引き出した場所と言われるエッケ・ホモ・アーチ。
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此処でイエスは十字架の重みに耐えかねて最初に躓いてしまいました。ヴィア・ドロローサ第3留。
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此処で十字架を背負わされたイエスをマリアが見てしまったと言われています。辛いなぁ。まるで交番にしょっ引かれているところを買い物帰りのカアチャンに見られてしまった時の心境…いえいえ私とは次元が違いますね。すみません。ヴィア・ドロローサ第4留。現在では苦悩の母のマリアの教会が建てられています。
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苦悩の母のマリアの教会内部。私の様なドラ息子を持ってしまったカアチャンも連れてきてあげたかった…。
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ヴィア・ドロローサはイスラーム地区の賑やかなスークを通ります。
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市中引き回しの見せしめだから、わざと人通りの多い道を歩かせたのでしょう。
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クレネ人のシモンがイエスに代わり十字架を背負わされた場所。(マルコによる福音書15:21)ヴィア・ドロローサ第5留。
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私はヴィア・ドロローサを歩く事はイエスの思惑通りだったと思います。預言者はより多くの人々に神の言葉を届ける事が使命です。しかしイエスが信念を曲げない限り、いつかこうした運命になる事をイエスは解っていた筈です。どうせ処刑されるなら、なるべく見物人が多い日が相応しい。だから彼は過越の祭りの日に現れました。ヴィア・ドロローサは歩いてみれば一目瞭然、当時も今も、メインストリートだったりスークだったり人通りの多い道を選ぶ様にゴルゴダの丘へと向かいます。ローマは勿論見せしめの為にわざと人通りの多い道を歩かせますが、イエスにとっても願ったり叶ったりだったのだと私は思います。
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何の罪も無い人が罪を被り十字架を背負わされ歩く姿は良心を持つ人々の心を打つでしょう。少しでも生前のイエスに世話になった人や信仰を持っていた人なら尚更です。12使徒に至っては、居ても立ってもいられない心境だった筈です。少しでも多くの人々の心を揺るがさなければ…。神の言葉を届けなければ…。イエスは多くの人々の心を揺さぶり、多くの人々の心の中で生きる為、わざと人の集まる祭りの日にこの街を訪れ、この道を引き回されたのだと思うのです。そして、この自分の行いを目にした使途達が、いずれ自分の意志を成し遂げてくれると確信していたと思うのです。ローマ軍は残酷な刑を課していると思っていたでしょうが、イエスにしたら人生最期の大舞台、花道を歩いている気持だったのではないでしょうか?そう考えた時、この道はイエスにとってはヴィア・ドロローサ(悲しみの道)ではなく、ヴィクトリー・ロードだったのではないでしょうか?
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ベロニカと言う女性がイエスの顔を絹のハンカチで拭ったと言われる場所。現在ではベロニカ教会となっています。(さっきから、そのまんま過ぎる名前の教会ばかりです。)ヴィア・ドロローサ第6留。
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美しい女性の優しさを受けてイエスも勇気百倍だった事と思います。でもちょっと浮かれてしまったか、すぐそこでイエスは敷居に躓いてしまいます。
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嘗て裁きの門と呼ばれる城外に抜ける門があり、イエスがその敷居に躓いて二度目に倒れたとされる場所です。ヴィア・ドロローサ第7留。
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イエスがエルサレムの娘達に「私の為に泣くな!自分達、また自分の子供達の為に泣くがよい。」と語った場所。(ルカによる福音書23:27~31)ヴィア・ドロローサ第8留。格好良過ぎです。イエス。
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聖ハラランボス・ギリシャ正教会の修道院の壁に上記を記念する十字架が刻まれています。
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イエスが三度目に倒れた場所。ボクシングであっても3回倒れれば試合終了だと言うのに…。「立て!立つんだジョー!」と言う丹下の親父さんの叫びを聞いたか聞かなかったかは知りませんが、イエスは不屈の精神で立ち上がります。ヴィア・ドロローサ第9留。
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イチオシ
聖墳墓教会のドームに後光が指しています。さぁ、いきましょう!
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遂に、遂に聖墳墓教会に辿り着きました。イエス視点で言えば辿り着いてしまったと言うべきでしょうか?
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巡礼者さん達が続々と吸い込まれていきます。
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此処でイエスは衣を脱がされました。ヴィア・ドロローサ第10留。
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此処でイエスは十字架に釘づけにされてしまいます。ヴィア・ドロローサ第11留。
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幾つもの吊るされたランプの向こうに十字架に磔にされたイエスの御姿。
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この下にある窪みに十字架が立てられ、そしてイエスが永眠しました。ヴィア・ドロローサ第12留。そう、此処がゴルゴダの丘です。小さな頃、ウルトラの兄弟が磔にされ、ウルトラ兄弟がやられてしまうとギャン泣きしたあの場所です。
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この穴に十字架が刺されたのです。思わず手を合わせました。(本来は十字を切るべきですよね?)
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此処で聖母マリアがイエスの亡骸を受け取りました。そうです!此処です!ヨーロッパの数々の超有名芸術家達がこぞって絵や彫刻の題材とした・・・ピエタです。ミケランジェロ作の美しくも哀しい像は心に残りますよね。その場所が此処なのです。ちょっと寒気がしました。ヴィア・ドロローサ第13留。
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此処でイエスの遺体は埋葬の為体に油が塗られました。
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その様子が絵に描かれています。
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蠟燭の灯さえ神々しく見えてきます。
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そして遂に此処迄来てしまいました。イエスの墓です。イエスが埋葬された地。ヴィア・ドロローサ第14留。最後の留です。
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凄い人出です。
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墓の入り口には12使徒の絵が飾られています。
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天から淡い光が降り注ぎます。
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荘厳さ、とか芸術性とかで言えばヴァチカンのサンピエトロ聖堂の方が上かもしれません。しかし言葉での表現が難しいですが、重みが全然違うんです。時を経た重みとこれまで人々が祈ってきた重みとか…。サンピエトロ聖堂がキリスト教の一派の総本山であり、12使徒の一人の墳墓に過ぎないのに対し、何しろ此処は全てのキリスト教の総本山であり、イエス本人の墳墓ですから、重厚感があり過ぎて、なんか空気に圧迫感すら感じました。
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此方にイエスが眠っています。
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一度に二三人しか入れません。
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此処からが中々進みません。愛されてますな、イエス様。
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見上げれば幾つものランプが。
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イエスの絵画が掲げられています。
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もうすぐ順番が回ってきます。どう対面しましょう。どう声をかけましょう?
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此方がイエスが埋葬された場所です。
どの様に祈ったら、声をかければ良いのでしょう。クリスチャンじゃないので解りません。舞い上がっちゃって言葉が出ません。
因みに矢沢永吉氏はYes coke yes.
オバマ氏はYes we can!
小田和正氏は、君が嫌いな東京も秋は素敵な街(yes yes yes)
と言ったとか言わなかったとか…。
結局出てきた言葉は
「Oh!my God!」 -
なんとその下層にはアダムの墓さえありました。これはちょっと…。
信じるか信じないかは -
コプト教の礼拝堂。
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コプト教礼拝堂のドーム。
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聖ヘレナ聖堂です。聖ヘレナとはローマ皇帝コンスタンティヌスの母であり、326年に生誕教会を始め此処聖墳墓教会を建立した人物です。
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聖ヘレナ聖堂のモザイク。
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嗚呼物凄いものを見る事ができました。しかし物語は終わりません。イエスは三日後復活を遂げたと言います。只幾ら何でも物理的には有り得ないでしょう。私は使徒の間で集団催眠が起こったと考えています。例えばコックリさんや肝試しとかで起こるアレです。前者なら勝手に10円玉が動いた。とか後者なら全員が同じ様な幽霊を見たとか言い出す現象です。
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三日後に使徒達が集まった時、彼等の心境は極限状態だったと思います。裏切ってしまったと言う後ろめたさ。助けられなかったと言う自虐心。あの時こうしておけばと言う後悔、そしてローマに対する憤り、悲しみ…様々な想いで心が張り裂けそうだった事でしょう。それは12人全ての使徒に共通していた事だったと思います。その想いが頂点となった時、彼等の心の中に、いや彼等の前には確実にイエスは復活したのでしょう。
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それ現象が科学的にどうかと言う事よりも、その現象の結果使徒達は目覚め、そしてイエスの想いを世に届ける為に彼等は彼等の命を捧げた、そして2千年隔てた現代でさえイエスの想いは数多くの人に届いてると言う事実が重要であり、驚愕する他無いと思います。
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最後に聞かなきゃ良かった!的トリビアをひとつ。全てのキリスト教の総本山である事から、教会はコプト教、シリア正教、エチオピア正教、アルメニア正教、ギリシャ正教そしてカソリックの6つの宗派が共同で運営されています。でもガキレベルでこの人達ぶつかり合ってばかりで、喧嘩じゃ済まず死人が出る程、もうこれ紛争!ってレベルで収まりません。何を争っているのか?と言えば、誰が開門するか?とか非常に子供レベルの取り合いなのですが…。結局埒が明かないので中立であるムスリムの少年が毎日開門の役目を果たしているのだそうです。
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此処迄見てしまったのですから、ええ足を引きずってでもこの物語を完結させねばなりません。もう一回ヴィア・ドロローサを逆に辿り…。
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聖ステファノ門を潜って城外へ。
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マグダラのマリア教会、主の涙の教会を通り抜け、
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岩のドームの向こう聖墳墓教会のドームを眺めつつ
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オリーブ山を登り詰めました。
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復活したイエスが40日後、此処から昇天したと言う昇天教会です。此処でイエスは、後事を使途達へ託し地上での役割を終える事となるのです。
私のPCはなんと昇天教会と入力したら笑点協会になりました。
座布団一枚…。 -
イエスの足跡が残ると信じられています。鳩の足跡しか確認できませんでしたが…。
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再びオリーブ山からアル・クドゥスを眺めます。初日は夜到着だからと適当に決めたオリーブ山中腹の宿。
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イチオシ
そして山頂でこの景色と同じ景色を眺めてゲッセマネを訪れてからと言うもの、まるでイエス様に遠隔操作されたかの如く、無意識の内に彼の足跡を追ってケデロンの谷を経由して最期の晩餐の場へ。そこでイエスの足取りと重なっている事に気づいた私は再びゲッセマネへ戻り、旧カヤバ邸からヴィア・ドロローサを辿り、彼が昇天した場所まで一気に歩く事となりました。
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聖地巡礼は世界中至るところにありますが、その最たるもののひとつではないでしょうか。物凄い体験をしてしまったと思います。
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それもこれも4年前、ヨルダン側の死海の畔で、遠藤周作氏の「死海のほとり」を読んで以来、人として描かれたイエスに感動し、彼の生き様、そして足取りを追ってみたい!と思ってそしてこの度、それが叶った事となります。
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朝感じたラスボス感は本物でした。レベル30でラスト・ダンジョン突っ込んでボロボロのままバラモスと戦って瞬殺された瞬間思い出しました。本当コテンパンにされる程魅力が詰まった街です。
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しかもこの街三体もラスボスが控えているのです。キリスト教の聖墳墓教会、ユダヤ教の嘆きの壁、イスラームの岩のドーム。その他ダンジョンの中にも強敵がウヨウヨしています。私は無事旅を終える事が出来るのでしょうか?もう頭が、体が、はじけ飛びそうです。
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もう初戦の聖墳墓教会とイエスの足跡だけで完全ノックアウト状態の私ですが、イエスも三度倒れて三度起き上がったのです。私も三度倒れるつもりで旅を続けましょう。本当素晴らしい旅先です。
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嘆きの壁を訪れました。ユダヤ人が戒律と共に命同様に大切に守り続けた、今ではその一部分だけ残された神殿の壁です。
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壁はこの街に起こった出来事を見続けて来ました。
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ユダヤの人々は物言わぬ壁に向かい祈り続けます。
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どんな宗教もそうですが、熱心に祈る姿は神々しさを感じます。
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イチオシ
キリスト教とユダヤ教の聖地を巡って、さて本題のイスラームの聖地岩のドームとご対面です。
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一旦階段を下りて、観光客はあのへんてこりんな階段を登らないと入れません。
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さて、あの階段を登れば岩のドームがお待ちかねです!
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この階段を登って岩のドームに向かいます。列に並んで階段を登り切って、あともう少しってところで時間切れになってしまいました。
(も少し手前で宣告してくれってばよぉ!)
ド、ドンマイ! -
私も一緒に嘆きたいです。
(因みに「嘆きの壁」と言う名称は、第三者がそう呼んだ事に由来しており、ユダヤ人本人達が名付けたものではありませんし、彼等は決して壁に向かって嘆いている訳でもありません。) -
項垂れながら階段を登ります。
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いじけてる場合ではありません。いじけていても大切な旅の時間は過ぎていきます。明日があるさ!それにしても素敵な通りです。
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明日こそ、明日こそ、貴方に逢いに向かいます。待っていてください岩のドーム。
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ユダヤ人超正統派の方々です。彼等は祈りを主体に生活を送っています。なのである意味生活保護者と同様で、働けるのにお金を国から貰っていると言う事でユダヤ人同士にも厄介者扱いされる事すらあります。宗教も極め過ぎると一般人の思考とは超越していて話が嚙み合わない人もいます。そんな彼等も生活保護者同様十分なお金が無いのか、何故か上から目線でバクシーシを要求されてたじろぎもしました。
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では、彼等は只の厄介者なのでしょうか?いや、これは私の推測ですが、そんな彼等はきっと世襲なのだと思います。その根拠は超正統派の家族を見たからに過ぎませんが。だとすれば、彼等の家に産まれた子供は、自由な職に就きたいとか自由に恋愛したいとか我慢しなければならなかった事色々あると思います。それを我慢してユダヤの伝統を彼等は二千年以上守ってきた事を鑑みれば、それは保護されるべきですし、そんな彼等を尊敬するべきだと感じました。
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目立つが故に名残惜しいのですよ。
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何処から見ても貴方は輝いています。
あ!お爺さんの事言ったわけではありません。 -
気を取り直して向かった先は…。
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ダビデの塔を訪れました。紀元前20年にヘロデ王が建設したと言います。
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勿論当時のままとはいきません。ローマ軍の破壊からは逃れ、以降十字軍による増改築が施されました。
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そして最終的なリノベーションが施されたのはオスマン朝のスレイマン1世の統治下です。道理で私にとっては馴染みを感じる城塞建築です。
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歴史を感じさせる通路を歩きます。
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かろうじてアーチが生き残っていました。
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幾つも時代と共に姿を変えながら、この街の激動の歴史を見てきただろう要塞です。
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重厚な歴史と美しさを併せ持ち、しかも此処からの展望も最高、三拍子揃った城塞です。
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ダビデ像です。ダビデと言えばフィレンツェにあるミケランジェロ作が有名ですが、此方もセンス良いです。私的には此方が好きです。ジャパニーズ・アニメやゲームの主人公に出てきそうなタイプじゃないですか!ダビデと言えばジャイアント・キリングの代名詞です。私も肖りたい!待ってろ!ゴリアテ!俺様がぶっ倒してくれる!やっぱ敵は大きければ大きい程熱くなれますよね。
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ダビデの塔からアル・クドゥスを一望しました。
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先程はオリーブ山からアル・クドゥスを眺めましたが、今度はダビデの塔からオリーブ山方面を眺めています。どちらも岩のドームがポイントです。
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聖墳墓教会のドームも見えます。
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左手に聖墳墓教会のドーム、中央の尖塔は贖い主の教会、右手に岩のドーム、そしてその奥にオリーブ山。
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贖い主の教会と岩のドームを入れて…。
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勿論ダヴィデの塔も見えます。
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聖墳墓教会をソロで。
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最後はやっぱり岩のドーム。
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ヤッフォ門付近に出ました。ヤッフォ門はヤッフォに陸揚げされた荷を運び込む為の門。新市街に繋がる門でインフォメ等もある事から観光利用ではメインとも言える門です。
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新門。オスマン朝時代に新設されたアル・クドゥスで一番新しい門。城内外に主だった見所も無いので観光では意識しないと訪れる理由も無いかもしれません。ヤッフォ門、新門、ダマスカス門、ヘロデ門、聖ステファノ門、糞門、そしてシオン門とアル・クドゥスの7つの門を紹介してきましたが、実はもう一つ重要な門がアル・クドゥスには存在します。世界の終りまで決して開く事の無い門ですが。それは後日に紹介しようと思います。
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聖墳墓教会からヤッフォ門に繋がる通りは観光客や巡礼者に向けたお土産屋が軒を連ねます。
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有名寺院へと続く参道は、宗教は違えど世界共通、華やかで賑やかです。神聖さは欠片もありません。聖と俗は常に隣り合わせです。
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いつも大勢の観光客で溢れ、独特の高揚感があります。
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それでも日本人は見かけません。でも同時にモラルが無い、マナーは知らない、ルールは守れない、某国の雰囲気破壊ダー軍団もいないので快適です。
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勿論此処を通る殆どは欧米のクリスチャンの方々でしょう。
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世界共通参道巡りは楽しいです。七五三の記憶が蘇るのかな?いや多分、精神年齢が七五三なのでしょう。
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オバサマ方眼つきがマジです。
Eyes of tiger
狙った獲物は逃がしません! -
モリスタン市場にやってきました。市場と言うより広場と言う方が解りやすいです。キリスト教地区の中心ともいえる場所です。
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同じくモリスタン市場の風景です。
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聖墳墓教会のドームが見えました。
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さて、もう本日も残すところ後僅かしか時間が残されておりません。私の体力も残り僅かです。最後に赴くとするのなら一か所しか思いつきません。
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イスラーム地区のスークを歩きながら、また登るのかよと思う心と、登らないと終われないと言う気持ちが交叉します。でもあっという間に登ろうと思う気持ちが、嫌がる気持ちを一撃ノックアウトです。
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最期の力を振り絞ってアル・クドゥスを縦断し聖ステファノ門を再び潜ってオリーブ山を登って、アル・クドゥスの夕暮れを堪能しました。
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本当に密度の高い一日でした。私の旅人生の中でも三本の指には入るでしょう。
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イチオシ
静かにアル・クドゥスが暮れていきます。此処がこの街の私の定位置です。
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涙が零れそうです。
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ホテルへ戻る道も素敵過ぎます。
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アンマン
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アラビア三都物語1オマーン・マスカット1
2012/11/20~
マスカット
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アラビア三都物語2オマーン・マスカット2
2012/11/21~
マスカット
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アラビア三都物語3オマーン・ニズワ
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アラビア三都物語4マスカット~ドバイ
2012/11/23~
ドバイ
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アラビア三都物語5ドバイ1
2012/11/24~
ドバイ
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アラビア三都物語6ドバイ2
2012/11/25~
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アラビア三都物語7アブダビ
2012/11/26~
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アル・クドゥス(エルサレム)1
2013/09/28~
エルサレム
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アル・クドゥス(エルサレム)2
2013/09/30~
エルサレム
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ガリラヤ湖周辺
2013/10/01~
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死海及びマサダ
2013/10/02~
死海周辺(イスラエル側)
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アッコー及び地中海沿岸
2013/10/03~
アッコー
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アル・クドゥス(エルサレム)3
2013/10/04~
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イスラームの旅・いざ核心ヘ!サウジアラビア 序章
2023/11/09~
リヤド
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イスラームの旅・いざ核心へ!サウジアラビア・リアド1
2023/11/10~
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イスラームの旅・いざ核心へ!サウジアラビア・リアド2
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イスラームの旅・いざ核心へ!サウジアラビア・リアド~アル・マディーナ
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イスラームの旅・いざ核心ヘ!サウジアラビア アル・マディーナ(メディナ)
2023/11/13~
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イスラームの旅・いざ核心へ!サウジアラビア アル・マディーナ~ジェッダ
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イスラームの旅・いざ核心へ!サウジアラビア ジェッダ1
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2023/11/16~
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旅行記グループ 中東の旅
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