2012/11/21 - 2012/11/21
16位(同エリア41件中)
さっくんさん
オマーン最終日はマスカットから抜け出して、内陸部のオアシス都市ニズワを訪れました。ニズワは6世紀にはオマーンの首都となった事もある古都で、大きな古城が残っています。ニズワから更に34㌔走ったところに、もう一つの古城バハラァ・フォートが残されており、オマーンに残された二つの古城を巡りました。
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本日は古都ニズワ迄お出掛けします。
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マスカットを出ると、辺りは草も生えない荒野へと変わります。
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緑がちらほら、ニズワが近づいて来たのかな?
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オアシスに入りました。山の上に小さな砦もあります。ニズワに到着です。
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ニズワは昔首都だった事もあるオマーン第二の都市で、その中心に建つニズワ・フォートが見所です。城門を潜ります。
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ニズワ・フォートが近づいてきました。
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ニズワ・フォートの円塔。
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巨大な円柱状の砦が非常に印象的です。
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キリリとした猫様が現在の城主です。
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いざ入城します。
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此処から撃ったらモスクに当ってしまいませんか?
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塔からニズワの街を眺めます。
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巨大な塔の内部です。
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広大なオアシスが広がっています。
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遥か向こうに禿山の山脈、緑の海の様なナツメヤシ生い茂るオアシスに囲まれる様にニズワの街がある事が解ります。
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ナツメヤシは砂嵐から街を守り、土地を豊かにし、そしてその実はデーツとなって街に暮らす人々の栄養となります。砂漠で欠かせない、正に砂漠で暮らすムスリムにとってナツメヤシとデーツは神の与えた食物なのです。
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狙いを定めてぇ~。
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巨大な円塔と城の間からモスクのドームが覗きます。
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城塞内部に入りました。
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寝室でしょうか?
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案内板もしっかりしています。
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ニズワ城の模型も展示されていました。
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城内からモスクとニズワの街を眺めました。
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ニズワ・スークを散策しました。壺が名物なのでしょうか?
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壺が盛り沢山です。
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ニズワからバハラァに移動します。運良く乗り合いのタクシーがありました。観光客が少なく、地元の人が裕福だからか公共の足が貧弱なのがオマーンの課題です。
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バハラァ・フォートに到着しました。
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入場します。入り口も質実剛健。ニズワ・フォートが居城的性格が強かったのに対し、バハラァ・フォートは戦闘、若しくは防衛の性格の強い城塞だったのかもしれません。
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城内は長い修復を終えたばかりなのでピカピカです。
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城塞の規模の割に歴史的な経緯があまり判明しておらず、謎の部分が多い城でもあるそうです。
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そんなピカピカに修復済みのこの城も嘗ては野晒し状態が続き、世界遺産危機リスト入りした事もありました。
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訪れた際丁度良く修復完了の知らせを聞いたので、もしかして修復後日本人初かもしれません。
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結構複雑な構造を持っています。
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塔に登ってみましょう。
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塔の見張り窓からバハラァの街を眺めました。
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城内には小さな建物が幾つも建てられています。
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塔から城内を観察します。悪者はいないかな?
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日干し煉瓦はメンテナンスが非常に重要です。
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バハラァの街も鬱蒼と椰子の木が茂っています。椰子は渇いた大地でも生える事が出来る貴重な植物。イスラームにとってもムハンマドがデーツを愛した事もあり、非常に重要な植物です。
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もうこうなると椰子の海の中に建物が建っている様な様相です。
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オマーンには川がありません。渇き過ぎて、暑過ぎて干からびてしまいます。数少ない地下水脈が存在するところだけがオアシスとなれ、人が暮らす事が出来ます。
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オマーンはシンドバッドが出港した国であり海洋国家として繁栄した王国なので、海ばかり注目していましたが、内陸では内陸で血生臭い歴史があったのでしょうか。
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最も高い塔から城内を俯瞰しました。
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砂漠の中の城塞と言う意味ではイメージ通り、探索し甲斐と言う意味では想像以上です。
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柵で囲まれている部分はミフラーブの跡でしょうか?
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塔の天辺に観光客が数人はしゃいでいます。やっぱりみんな高い所が大好きです。勿論私も。
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入場者は思った以上いましたが、その殆どがオマーンの人々、外国からの観光客は白人含めて会いませんでした。
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バハラァ・フォートは先程訪れたニズワ、イズキ、ルスタクと併せてハワーリジュ派の中心拠点となっていたそうです。この事から少し疑問が解決しました。1話で解説した通りハワリージュ派は現在オマーンの主流の宗派であるイバード派の母体となった宗派ではありますが、イスラームとしては最初期に分派した少数派です。少数派として迫害を受けたハワリージュ派はアラビア半島の中央部から、山脈に隔てられたこの地に落ち延び、更に堅牢な城壁を築く事で襲撃に備えざる得なかったのでしょう。
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あの山脈の向こうは何があるのでしょう?砂漠へも訪れたかったなぁ。
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城壁が何処までも延びています。オマーンはアラビア半島の内陸部とは、山脈により隔てられているとは言え、いざ山を超えて他の部族の来襲に具えて城郭と城壁で防御態勢を取っていたのでしょう。如何に彼等がスンニ派の襲撃に怯えていたか?それともスンニ派の追撃が過酷なものであったかを現代に伝えている様に感じます。
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この道の先には何があるのでしょう?
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此方にもミフラーブがありました。
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横から眺めたバハラァ・フォート。
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城門から覗き見るバハラァ・フォート。
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西陽にバハラァ・フォートが照らされています。
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何か美味しいものありますか?
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スルタン・カブース・モスクが見えてきました。マスカット・ルイ地区に到着です。
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マスカットに帰ってきました。マスカットの移動の中心はルイ地区にあります。
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マスカット・ルイ地区のバスターミナルに戻って来ました。
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本日の夕食は串焼きです。
最後までご覧になって下さり、ありがとうございました。
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