2007/11/27 - 2007/11/27
12位(同エリア153件中)
さっくんさん
イスラームをテーマとした私の旅は世界情勢に左右され易く、アフガンやイラク、リビアの様に生涯訪れる事が叶わないだろう国、シリアやマリの様にギリギリのタイミングで訪れる事が叶ったものの再訪は困難な国もあります。イエメンもそんなうちの一つ。私がイスラーム諸国の旅を始めて未だまもない頃、仕事の関係でほんの短い滞在でしたが、その強烈なインパクトがあったからこそ、私はイスラームをテーマとした旅を続けているのだと思います。イエメンは私の旅にとって重要な思い出、いつか再訪出来る日を心から望みます。
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頼んでおいた送迎のドライバーさんが直前に逮捕されてしまい空港に来れず、タクシードライバーに囲まれると言うハプニングもありましたが、生まれて初めて経験する交換手を通して話すと言う何とも古式な電話を頼りに無事解決。ホテルへと到着しました。
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ホテルの名前はアラビアン・フェリックス、訳すると幸せのアラビア。イエメン建築のホテルです。アラビアには三つのアラビアがあると言います。一つ目は我々がイメージする砂のアラビア。二つ目はペトラ遺跡の様な岩のアラビア。そして三つ目がイエメンの幸せのアラビアです。これは嘗てイエメンが海洋交易で栄えた事に由来します。
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ホテルの屋上に登ってサナアの街を見渡しました。
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世界最古の街と言われるサナアが目前に広がっています。胸ときめく瞬間でした。
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ホテルを出るや否や子供達が駆け寄り「ソラ!ソラ!」と叫びます。思わず私が空を見上げれば、シカトされたと思ったか?子供達は声を荒げ「ソラッ!」と叫びます
(確かにイエメンの子供が空と言う訳が無い、はて何だろう?)
と途方に暮れるも回答は子供達が指差した先、私が手に持つカメラでした。
彼女達を写真に納めると、大ハシャギして「シュクラン!」と言って散って行きます。
良い旅になりそうだと確信しました。 -
子供達に吸い込まれる様に路地裏へ入ります。初めての本格的なイスラームの街で緊張もありましたが、出逢う人々が私の心を解してくれました。イエメン人は、まるで挨拶の様に「ウエルカム」と言う言葉をかけてくれるのです。旅人として、これ程嬉しい言葉はありません。
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イスラームの人々は旅人をもてなしてくれます。それはイスラームは元々商人のムハンマドに由来し、交易で生計を立てていた為、如何に自分の街の魅力を旅人に伝え拡散して貰うかにより、街の交易の繁栄するかがかかっていたからだと言われます。
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確かに街を彷徨い同じ道を数回歩けば、近くの人から「迷ったか?案内するぞ」と声がかかります。空港でタクシーの運転手さんに囲まれた時も、何度も断っていると「では一体私は貴方に何をしてあげれるんだ?」と真顔で尋ねられ、此方が困ってしまう程でした。
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イスラームの街は防衛の為、外部者が迷い易い様に設計されていますが、ずっと迷い続けていたい街でもありました。
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そんな中、一度だけ罵声を浴びました。
小さな男の子に満面の笑みで
「F@%k you!」
と。
私がわざと厳つい表情を作ると、少年は泣きそうな表情で私に尋ねます。
「F@%k you!ってどう言う意味?」
私は思わず少年をハグしてしまいました。可哀想に少年は外国人と触れ合おうと思ったのに誰かに騙されてしまったのでしょう。 -
当時、サナアには複数の観光客向けイエメン建築のホテルがあり、ゲストも少額の拝観料で屋上からの眺めを堪能する事が出来ました。
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イエメン建築は独特で他に類を見ないものです。
高層化した理由はイエメンは山がちで平野が少ないと言う理由もあるでしょうが、部族間抗争が絶えない事から防御上の理由も大きいでしょう。 -
建物の基礎には石材が使われますが、本体は日干し煉瓦が使用されます。
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低層階には殆ど窓が無く、家畜の居住や倉庫として利用されます。これは日干し煉瓦で高層ビルを建てる為に強度を保つ為に窓を設置出来ない事、イスラームがプライバシーを重要視する事としても都合が良く、更に防衛上にも有利だったからです。
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上層にはイスラームの戒律に則って男女別に階層を分けて居住します。上層とはいえ大きな窓は強度上設けられないので、カマリア窓と呼ばれるイエメン独特の採光窓が設置されます。
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最上階には、マフラージと呼ばれる応接室の様な部屋があります。最上階なので強度を気にせず大きな窓を作る事が出来る為、展望も抜群です。アラブは日本同様室内土禁なので、胡座をかいて寛げます。
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これまでザックリと建築様式を説明しましたが、それ以上に凄いと感じるのは、彼等の美的センスです。日干し煉瓦に筋を彫って幾何学紋様を刻んだり、防水の為の漆喰の白を上手く活用し、近年はカマリア窓にステンドグラスを使用し、まるでお菓子の家の様な可愛らしいデザインの凝った外観を勝ち取った事です。
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更にそれは個人の建築なので、同じものは二つと無い事。また地方の地質の違いに寄り日干し煉瓦の色合いも変わり、気候に寄り漆喰の有無、加減も変わり、更に部族に寄り刻まれる紋様も変わってきます。
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しかし、だからこその危機も孕んでいます。芸術品の様な建築ですが、モスクや城等国管理する物件では無いので定期的なメンテナンスがある訳ではありません。また、設計図がある訳でも無いので、一度破壊してしまうと、もう二度と復元が出来ないのです。
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イエメンは今正にそんな危機の真っ直中にいます。紛争が長引き次々と建造物が破壊され、残された建築も人が其所に暮らせなくなればメンテナンスが必要不可欠な日干し煉瓦の建築は崩壊してしまうでしょう。
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勿論それ以上にイエメンの紛争に於ける人的被害は深刻で紛争による死者に留まらず、飢餓に寄り命を失う、疫病に寄り死亡する人々も増加し、最早国が機能していないと言います。この様な状況で何故内戦が続くのでしょう?続けられるのでしょう?
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それはバックで他所の国が暗躍しているからです。イエメン内戦で争っているのは、イスラームの二大勢力のスンニ派とシーア派です。その背後にはスンニ派のサウジアラビアとシーア派のイランがバックアップしています。更にその背後にはアメリカやNATO がサウジアラビアを、親露のイランをロシアが支援しています。闇に隠れていますが、アフガンやシリア同様イエメン紛争の裏にも東西超大国の思惑が絡んでいます。最早内戦等では無く代理戦争なのです。そして代理で戦わされている中、その国では多くの命が失われ、多くの歴史遺産が破壊されていきます。
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代理戦争をさせている両陣営は、それぞれの正義の下それぞれの勢力に軍事支援を行います。こうして紛争は長期化し、代理戦争をさせた双方の軍需産業は、自国の犠牲者は出さずに大儲け出来ます。また、その戦いに勝った側なら復興を名目に多くの利権を手に入れる事でしょう。これが代理戦争の無くならない構図です。
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本来弱小国で内戦が勃発したら、周囲の国々は軍事支援とは真逆に、その国に武器への流入を阻止するべきだと思います。弾薬が無くなれば戦いたくても戦えないのですから。イエメンの現状と共に、もうこれ以上代理戦争と言う超大国の生け贄となる国が出ない様、心から願います。
話題が暗くなってしまいました。ごめんなさい、元に戻します。 -
イエメン門に到着、門の上からサナアを眺めました。でも私が眺めたかったのは、門も含めて高所から眺めたサナアの風景でした。門の向こうにそれらしきビルはあるのですが、先程の観光客向けホテルとは違い厳つい建物。
はてどうしよう?と悩んでいると一人の痩せギスの男が現れました。
You are happy.soI am happy!
が口癖のその男、魂胆は百も承知でしたが私の経験上奴は悪い人物では無さそう。渡りに船と彼に悩みを打ち明けると、早速彼はその建物に向かい、満面の笑みでビルの屋上を開ける鍵束を手にして戻って来るのでした。 -
此方が念願の眺めです。富井義夫さん撮影の写真で一目惚れして以来ずっと恋い焦がれていました。
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ヨーロッパより古い時代に築かれた高層建築、お菓子の家の様な街並み。でも古い歴史ある街並みならヨーロッパに幾らでもあります。サナアが違うのは其処を闊歩する人々です。女達は目元だけ残し漆黒のベールを身に纏い、男達はダーバンを頭に巻き半月刀を腰に差す。街並みも、其処を歩く人々も、昔ワクワクしながら読んだアラビアンナイトそのものです。
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You are happy.soI am happy!
私の願いが叶ったら、今度はオジサンの願いを叶える番です。
聞けば、オジサンは腹ペコなのだそうです。
そう、オジサンは一文無しだったのです。 -
オジサンお勧めの観光客なんて立ち寄る筈も無い食堂で、イエメン料理のサルタを頂きました。ビーフシチューの様な料理なのですが、これが本当に美味くて二人でナンを石鍋に突っ込み味わいました。
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食後彼はもう一つお願い事があると言います。
カートが欲しいと言うのです。
カートとはイエメンの男子に愛用される覚醒作用のある葉っぱです。国によっては薬物指定され御法度になってしまいます。
勿論イエメンでは合法で、葉っぱを噛んで汁を飲みます。どんどん口に入れ噛み終わった葉っぱは片方の頬に貯めるので、午後になるとイエメンの男性は瘤取りジイサンの様になります。 -
You are happy.soI am happy!
それが口癖のオジサン。
確かに上手い事言ったもので
1念願の構図で写真を撮る
2地元料理を堪能する
3カートに挑戦する
彼は願わずとも私の願いを三つも叶えてくれたのです。 -
郊外へ出ると荒涼とした自然が拡がります。
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そんな中、岩の上に単騎聳えるイエメン建築があります。ロックパレスと呼ばれています。
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表から見るとシンプルですが、裏から見ると結構複雑なデザインです。
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屋上からは荒々しい自然が広がっています。
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こんな自然を背景に此処では民族舞踏のジャンビーア・ダンスが披露されるそうです。日本で謂えば剣舞にあたるでしょうか?
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ジャンビーアとは半月刀の事を指し、成人したイエメン人男性が誇りとして携える一品です。
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ジャンビーアは勿論現在でも現役です。でも御安心下さい、日本の侍同様鞘を抜くのはよっぽどの事があった時。誇りを汚す位なら彼等は他の方法を探します。
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此方がロックパレスのマフラージ。
最上階なので大きめの窓からの眺めも絶景。
上部のステンドグラス部分がカマリア窓と呼ばれる採光窓です。 -
さて、当時のイエメンの治安はどうだったか?
地方間の移動は、部族間抗争の交渉の為観光客が誘拐されると言う事件が頻発した為憂慮する必要がありましたが、サナア旧市街に至ってはヨーロッパ諸国よりリラックス出来る程安全でした。 -
そう感じた理由は、先に述べた様にイエメン人がお節介に感じる程世話好きである事もありますが、盗まれる事を心配する必要が無いと言う事です。旅をしていて一番被害に遭い易い犯罪が窃盗です。ヨーロッパでさえあの手この手の窃盗犯がウヨウヨいるものです。
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敬虔なイスラームの国では殆ど盗まれる事はありません。(世俗化した国や形骸化そている国は別です。)イスラームは商人から始まった宗教だと言う事もあり、窃盗に対する罪意識が高いからです。昔はイエメンでは複数回窃盗で捕まると手を切られたと言います。また、イエメン門の広場で両替商が露店を開いていたのを見た事がある旅人もいるそうです。
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また、サナアの気候は非常に過ごし易いものでした。それはサナアの高度に要因があると思います。サナアは標高2千㍍を越しています。だから灼熱のアラビア半島にあっても、それほど気温は上がりません。ドバイからやって来たら天国に感じるでしょう。
私が訪れた11月下旬でTシャツにGジャンで十分でした。 -
そんなサナアで気を付けたい事は車の運転が荒い事。こうした国あるあるですが、ロックパレスから戻る際、タクシーが事故っちゃいました。軽い接触でしたが、警察も呼ばず、検分もせず、喧嘩にもならず、互いの連絡先交換しておしまい。客としては有難いけど「そんなんで良いのかよ?」
と思わず突っ込みたくなりました。 -
旧市街の降り口。イエメン門に帰って来ました。
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門を潜れば広場の向こうにスークが拡がります。スークとはアジアのイスラーム圏ではバザールと呼ばれ、つまり商店街ですが、日本のそれとはちょっと違います。
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スークの特徴は、同業の店舗が一区画に纏まっている事です。さらに業種毎にフンドックと呼ばれる隊商宿が併設されます。宿と言っても隊商達の宿泊は勿論、商談の場でもあり、問屋を兼ねる事もあります。更にスークには隊商達が汗を流すハンマームや礼拝出来るモスクも付随します。
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こうして魅力的で活気のあるスークを作り、隊商達をもてなす事で、隊商達の評判を上げ、イスラームの街は繁栄を築いていったのです。
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画面手前、右側から二番目の白い衣装の男性の頬が膨らんでいるのが解りますか?彼の頬の中身こそカートです。瘤取りジイサンみたいでしょ。
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スークではもうひとつ重要な事があります。定価と言う概念が無い事です。元々は弱者救済の為始まったとも言われます。弱者には儲けギリギリで売って徳を積み、お金持ちからはそれなりにって事らしいのですが、海外から高い航空券を手にやって来る旅人は、当然お金持ちのカテゴリー入りしてしまうので厄介です。
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食品のスークにて。漆黒のベールに身を包んだ恰幅の良いオッカサンが手を振り上げ、痩せギスの店主と丁々発止の価格交渉を繰り広げています。
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後ひとつ、これはイエメン独特でしょうか?スークには間取が狭い店も犇めき合います。店主は狭い間取りにこれでもか!のパワー陳列。最早自分が外に出るスペースさえありません。なので出る必要性に迫られると、店に吊るしたロープを握ってターザンの様に飛び出します。
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喧騒のスークを抜けると静寂に包まれた住宅街に入ったと書きたかった処ですが、そうは問屋が卸してくれませんでした。住宅街に入った街角で小学生の下校に鉢合わせました。折り紙を披露したら、さぁ大変!私は子供達に大道芸人に仕立て挙げられてしまいました。結局全員分鶴を折ったのですが、最後の一つを巡って男の子と女の子が取っ組み合いを始めてしまいました。オロオロする情けない私。
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結局力では敵わない女の子は自分のランドセルから教科書を引っ張り出して破こうとします。
(最貧国の少女の貴重な教材を折り紙ごときの為に破かせられない!)
それを必死で止める私。ならばと私がリュックから地球の歩き方を引っ張り出して破こうとするも、学級委員長みたいな女の子が
「お兄さんの大切な本を破かせちゃ駄目でしょ!我慢なさい!」
的に窘められて、一同シュンとなってしまいます -
そんな膠着状態を破ったのは茶目っ気タップリの悪戯っ娘的少女でした。何処からともなく塵の紙片を持ってきて私にウインク!此にて一件落着です。
みんなで折り鶴片手に家へと帰ります。私はまるで引率のオジサンの様に子供達とサナアを歩きます。 -
子供は自分の家に着くとノッカーを叩きます。すると3~4階の覗き窓から母親が来訪者を観察、息子と解るとレバーを引きます。すると下界の扉が解錠される仕組みになってます。
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また、イエメン建築の扉は低く、大人だとお辞儀をしなければ入れない程です。これは部族間抗争が続くイエメンの防御対策であり、敵が門を打ち破り侵入してきたら、彼等は頭を下げて入ってくるしか無いので、家人は門内側に待ち伏せて、剣を、頭を下げて入ってきた敵の後頭部をめがけて振り落とすと言う寸法です。
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最後の一人を家まで送り、晴れて私は解放されました。いや、最早精神年齢は彼等と同化していたので、友達は全て帰宅してしまったかの様な寂しさすら感じます。
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今は2022年、滞在から既に15年の月日が流れました。彼等はもう成人式を越したでしょう。イエメンはアラブの春の争乱以降、おう10年以上不安定な状況です。彼等は無事成人式を迎えられたでしょうか?まさか銃等握っていなければ良いのですが。彼等が持つべき武具は銃では無く、ジャンビーアなのですから。
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今度は先程とは違った観光客向けイエメン建築ホテルに上がらせて貰います。
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最上階のマフラージで寛ぎながらHappyオジサンに目利きして貰ったカートを噛みます。
苦ーい!
でも、どんどん葉っぱを口に入れ噛み噛みすれば!効いてきました。 -
カートを試した感想は、確かに効能はあるけど、非合法にする程危険性は感じませんでした。マリファナだって合法な国があるし、酒は合法の国の方が多いですし、これ程なら戒律でお酒が飲めない彼等なのですから、合法で良いと感じました。
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他方、殆どの男性が嗜む伝統的な習慣と言う事も手伝い、それでなくても狭い農地をカート畑が圧迫してしまう。紛いなりにも覚醒作用のある嗜好品なので、イエメンの労働生産力を下げる原因となっている等ネガティブな意見があるのも事実です。
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嗜好品と言えば、日本人ならイエメンの名前は知らずとも知っているだろう嗜好品があります。その名はモカ。皆様も缶珈琲や喫茶店で一度は飲んだ事があると思います。そのモカの名はサナアの外港、モカの名に因んでいます。
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カートを噛み噛み上機嫌でサナアを眺めます。
現在では旧市街の胸壁外にも街は拡がっています。 -
イエメン建築は、先に述べた通りの構造では賃貸で各部屋を貸せる構造では無いので、恐らく一棟につき大家族で暮らしているのでしょう。そう考えると凄くないですか?一家族それぞれ高層ビルのオーナーなのですよ!
とウサギ小屋のワンルームに暮らす私はふと思います。 -
やがてサナアに夕焼けが訪れます。サナアの日干し煉瓦は赤身を帯びた茶色なので、夕陽に映えて本当に美しいです。しかし哀しいかな、当時の私のカメラは今のスマホに比べられない程のポンコツで、いや、私の腕前もポンコツで、その時の美しさを、色合いを記憶できていません。
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なので当時を再現してPhotoshopでおめかししました。
美し過ぎる?
カートに酔っていたんだろ?
いや、それは決してカートの効果だけではございません。その時、私は間違い無く魔法の絨毯に乗っていました。 -
陽が落ちて、街中に今日最後のアッザーン(礼拝の呼び掛け)が木霊します。人々はモスクに急ぎ、私はホテルのレストランに夕食を食べに急ぎます。
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旧市街脇にはワジ(枯れ川)があるのですが、殆ど川にならないので常時は道路として利用されています。
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城壁内外どちらも違わぬイエメン建築です。
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モスクも、そのミナレットも本当に独特です。漆喰が実に良い役目を果たしています。
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夕食はホテルで。挨拶なら数十ヶ国語は操るだろう気さくなウェイターさんにサーブされ、楽しいひとときを過ごせました。
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メニュー再びサルタ。でも美味しいから何度でもいけます。って言うか当時私は料理の写真を撮ると言う知能は未だ発達していなかった様です(涙)
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街に灯が灯り始めました。黄色い暖かみを感じる灯火です。
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初めて訪れるのに、ノスタルジックな気持ちになる街です。
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日没後も子供達はサッカーボールを追いかけていました。当時のサナアの治安はそれほど良かったと言う事です。
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サナアの夜が更けていきます。普通首都でもあれば酒場とか歓楽街とか、せめて観光客向けくらいあっても良さそうなものですが、此処は敬虔なイスラームの国。そんなものはございません。
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でも、そんなところもまた良いんです。路地裏にプレステ1置いた粗末なゲーセンがあって、小さな広場に駄菓子屋があって、暗くなったから、そろそろ家に帰んなきゃ鬼婆に叱られるか…そんな幼き頃を思い出す、そんな街。
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今夜はどんな夢を見れるでしょう?
最後までご覧になってくださりありがとうございました。
次回は郊外を旅します。
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この旅行記へのコメント (4)
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- PuellaApuliaeさん 2022/07/17 03:22:29
- すばらしい旅行記をありがとうございます
- 初めまして。イエメンに前から憧れていて行きたいと思っている間に悲惨な内戦になってしまい、行けなくなりました。旅行人の特集号や日経BPのガイドブックを見て在りし日の姿を偲んでいます。それゆえ素晴らしい写真ばかりのご旅行記に感動しました。
人々も良い方が多いのですね。果たして生きている間に行けるでしょうか・・。ニュースが全然入ってこないので、現状が把握できません。
現地の人に何か足しになればと、日本在住のイエメン人の若者が運営されているコーヒー販売店で定期的にコーヒー豆を買っています。モカやアデンにも行ってみたいです。
- さっくんさん からの返信 2022/07/17 20:31:50
- Re: すばらしい旅行記をありがとうございます
- 初めまして!
此方こそ訪問&フォローありがとうございます。旅行人、私も今では宝物です。私も50半ばとなり、もう生きているうちに再訪は叶わないものなのかと嘆いています。ウクライナは連日報道されるものの、イエメンは全く報道がありませんね。アメリカがサウジの支援をやめたサナアは未だ反政府組織に占領されm政府はアデン近郊に臨時で政府機関を移していると聞きます。それ故にサウジ等政府側を支援する側の攻撃にサナアが晒される構図となってしまっている様です。人々も子供達すらガツガツしてなく、本当良い人に恵まれたので、戦争でそんな綺麗な心が汚されてしまう事が本当に辛いです。そんな中、珈琲で支援、素晴らしいですね。私も探してみようと思います。情報ありがとうございます。
-
- kummingさん 2022/07/10 11:00:26
- 遅れてコメントm(._.)m
- さっくんさん、いつもに増しての説明多め、ありがとうございます♪
今まで、1枚の「写真だけで語る」に充分だな~思って、素晴らしい風景、写真、に見惚れていました。
が、何しろ知識がない私としては、色々解説してもらえて、もっと楽しませていただきました♪
送迎ドライバーさんの逮捕に始まり、波瀾の(予感?)な幕開けでしたね。でも実はお節介なほどの世話好きなおじさんたちと人懐っこい子どもたちに囲まれた素敵な展開♪ さっくんさんの地元密着、愛され上手な旅のスタイルのなせる技かと。
イエメン建築、遠目にはレース飾りの様に見えますね、その知恵と技術の賜物は、設計図がないという、壊れたら復元できない希少価値(*_*)
盗みがない、というのは、イスラム世界では富める者から貧しき者への施しが義務?なので、施しを受ける方も毅然としている?(卑屈にならない)という様な話を何処かで読んだ記憶があります。ノーブレスオブリージェ、みたいな発想でしょうか?
食事風景がないな~?と思っていましたが、まさか知能未発達が原因だった⁈
おじさんの3つの願い=さっくんさんの願い、で結果オーライでした♪
カート、日本では入手できるのでしょうか? その前に合法じゃないかも(-。-;
知能未熟なコメントでm(._.)m
- さっくんさん からの返信 2022/07/10 14:10:05
- Re: 遅れてコメントm(._.)m
- 暖かいコメントありがとうございます。敬虔な仏教国も同様ですが、イスラームも弱者を助けると徳が積まれると言う考え方を持っているので、お金だけじゃなく、老人が重い荷物で階段を登っていると若者が助けるなんて光景結構見かけます。もの乞いは圧倒的に資本主義の国の人の方が悲惨だと思います。イスラームは更に商人が興した宗教です。これは結構珍しいもので、日本でも士農工商とある様に商人って身分的には低く設定されている事が多いのです。これは商人は経済力があるので支配層から危険視されていたからです。でも砂漠生まれで交易くらいしか生きる糧が無いイスラームでは、商業を卑しいものには出来ません。だからムハンマドは商業の弱点である、貧富の差が出来にくい様に教義いにたっぷりとそれを盛り込みました。施しは勿論、中庭に代表される様に、人に羨ましいと思われかねないものを外に出さない。とか、利息だけで金儲けするのを禁じたりとかです。カート以外にも南米の高地では気付け薬としてコカの葉の茶やマテ茶を飲む風習がありますし、イエメンも高地なので同様の使われ方から始まったものだと思います。コカの葉は精製するととんでもないものになってしまうので、勿論日本に持ち込んだらお縄になるので、カートもやばいでしょう。
第三ヵ国の人々はコミュ力が半端無いので、一人旅でも全然寂しくないのが魅力です。
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