2019/09/18 - 2019/10/03
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jijidarumaさん
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<2019年ドイツの初秋:メルヘン街道と木組み建築街道の旅>
期間:2019年9月18日(水)~10月03日 (木)
(14泊+機中1泊=15泊16日間の旅)
今年のドイツの旅(17回目)は古城ホテルに5泊、ロマンチックホテル加盟ホテル(木組みのホテル)に1泊、木組み建築のホテルに4泊、City-Hotelに4泊といった予定です。
写真はアムステルダム・スキポール空港からブレーメン空港に飛ぶCityhopperシティホッパー
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- レンタカー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
今回は2014年から数えて 5年ぶりにS御夫妻を訪問し、1日半の短いブレーメン滞在を皮切りに、何度も巡ったメルヘン(童話)街道・ドイツ伝統の木組みの家街道などを訪ねる計画をしています。
写真はメルヘン街道:ロゴ -
<使用レンタカー> Ford Focusフォード・フォーカス・2000cc 灰色 5T、
オートマチック・エアコン・ナビ付き(常備車で無料)。給油はSuper。
DE EUAI 3128が車の番号でした。
Avisのブレーメン事務所の担当が良い車だと勧めてくれたもので、アメ車は初めてでチョット不安だったが、コンパクト(VWゴルフ クラス オートマチック車)を予約していたから、予約以上の高級車を提供されたわけで、しかもとても乗り心地の良い車でした。
写真はフォード・フォーカス・2000cc -
私の如く、ドイツのアウトバーンでも遠慮しながら走る者にはもったいない車であったようです。これが発売された当時、世界で一番売れた車というのも納得する。
8,720kmで使用開始し、返却時は10,236km、予想走行距離は1,600kmを試算し、実際は少ない1,516kmで終了しました。
(1974年12月10日、ドイツで生まれて初めての運転免許を取得。ドイツ等の
旅行でレンタカー使用の際には、現在も有効な、この免許証を使っている。)
写真はフォード・フォーカス・2000cc -
グリム童話の故郷を繋ぐメルヘン街道はブレーメンを皮切りにWeserヴェーザー川にそった町や村、古城、たいへん魅力的な木組み建築の家並み街道(Celleツェレ、Einbeckアインベック、H・Muendenハン・ミュンデンなど)、ハンザ都市、三十年戦争の平和条約の締結の町(Muensterミュンスターには以前訪れているので、今回はOsnabrueckオスナブリュックに)、ローマ軍団とゲルマン民族との戦いの場(トイトブルク森の戦い)のBramsche‐Kalkrieseブラームシェ・カルクリーゼ遺跡などを巡ります。
ゆっくり走る田舎巡りが一番で、街道沿いの幾つかの古城ホテルに泊まり、料理を楽しむ、<1,600kmの旅>である。
写真はWappen von Bremen:ブレーメンの紋章
紋章の盾型には金の冠が被せられている。冠は宝石を嵌め込んだ5枚の葉の形の飾りがついている(中紋章)。
鍵はブレーメン聖堂の守護聖人である聖ペテロのアトリビュート(持物(じぶつ)である。鍵は1366年にはすでにブレーメンの市章に登場する。鍵の形は時代とともに何度も変わっている。
現在の形の紋章は1819年の紋章規定を根拠とする。ブレーメン市民はこの紋章とハンブルクの紋章(赤地に銀の扉を閉じた楼門が描かれている)と関連づけて、
「確かにハンブルクは世界の門であろうが、その鍵を持っているのはブレーメンだ」と自負する。 (Wiki)ブレーメンのマルクト広場の市庁舎とローラント像 モニュメント・記念碑
-
ドイツは16の州によって構成される連邦国家である。
自由・ハンザ都市ブレーメン(ブレーメン州)(Freie Hansestadt Bremen)
かつてのハンザ同盟都市の一翼を担ったブレーメンは中世以来の自由都市としての地位を現代まで維持している。
現在、ブレーメン州はブレーメン市と、メルヘン街道を流れ下り、北海に注ぐヴェーザー川の河口に位置する同市の外港ブレーマーハーフェン市の2市からなる。人口66万人。
写真は1988年切手:ブレーメンのシンボル・ローラント像 -
XXX
早いもので10月3日に帰国し、その日と4日、娘家族への土産くばり、旅の資料整理といつもながらの忙しく、眠りに眠る(一日12時間も)日が続き、まだまだ疲れが残っている。
ドイツ初秋の旅もいつもより1日増えたのですが、帰ってみれば、もう行ってきてしまったかと。写真も木組みの家を中心に撮り、帰国した5日後、漸く8日に焼き増しを注文し終わった所です。
旧市街の何処の家だったか、ちょっと見にはもうこんがらかって、分からなくなりましたが、メルヘン街道も木組みの家街道も魅力的でした。
写真はBremen-1641-Merian1641年のブレーメン絵図。
画面下がヴェーザー川左岸に建設された新市街。
防衛施設が築かれているのが分かる。 -
シュトレン、ブレーマー・クラーベンシャイベも、そしてレープクーヘンも日持ちが良くて、長く食べることができる土産も手に入れ、気分も良い。
シュトレンなどかつては11月頃の旅にならないと、(町のパン屋で購入)手に入りませんでした。今回、田舎の全国的チェーンのお店で見つけたシュトレンには初めての体験でしたので、大変嬉しいものでした。
春の旅に行ってしまうと、シュトレンは日本の初冬にWebで高いものを購入せざるを得ないから、今回は実に安い買い物になったのです。季節感はともあれ、安く美味しいものは私共には有りがたい。
そんな次第で、17回目のドイツの旅、書き出していこう。
・・・・・・・
写真はBremen_Weserseite_1849年頃のブレーメン:ヴェーザー川畔の風景 -
9月18日(水)Bremenブレーメンへ向かう 。晴れ・アムステルダム16℃
成田国際空港ターミナル1 KLM0862 LV(10:25予定)11:00 (20G・20F)=>Amsterdam・スキポール空港AR(15:05)14:45 経由のトランジットLV(16:50)17:35(22D・22F)=>BremenブレーメンAR(17:40)18:10=>(荷物が見当たらず、バッゲージクレイムすると、実際は届いていた)Hotel Stadt Bremenにはタクシーで19:10=>Sさん宅にタクシーで訪問20:15~23:15
*起床5時、朝っぱらから問題発生。
家内は先月ネジを入れてもらったばかりのメガネ、そのネジが又外れ、右のレンズが落ちてしまった。応急処置として白絹糸で故障個所を縛り、ネジにボンドを付けて固定した。
とりあえず、予備に置いてあったメガネ(これも正確にはツル中央が故障中なのだが)をかけて出発した。
出発前のトラブルにはいささか参ったのだが・・・。
成田空港8:34着となる。8:45、KLMオランダ航空のチェックインカウンター(Drop-off)に並ぶ。この時間で予想以上に人が多い。やはり、ボーイング777-300型は500席と大きな機種の為であろう。測ってもらったトランク重量は14.6kgと14.3kgとほぼ試算と同じでした。
オンラインチェックインの搭乗券を持って、保安検査場、出国手続き(最近わざわざしない方も多いのだろうが、私共はパスポートに印をもらう)して、直ぐにゲート15に向かう。
写真はメルヘン街道の全体図 -
KLM0862は予定から大きく遅れた11時に離陸した。途中遅れを取り戻し、スキポール空港には20分早い14:45に着陸する。しかし大勢の入国審査でトランジットに間に合うかと心配するほど、日本人団体も乗り遅れを恐れて優先審査を受けていた。
最近の日本人も薄汚い老人がいる。私共の30人ほど後であった老人、奥方と姉と思しき3人がいつの間にか私共の前10人ぐらいに前に並んでいた。
想像するに、優先審査を受けるために、一時的に並ぶ列を制御しているベルトを係員が外して、対象の方たちを入れた際に、空いていたのだろう隙間から前に出たらしい。
私共も老人だが、こういうのを目にしてしまうと・・・。
ともあれ、なんとかシェンゲン協定上の最初の国オランダに入国したが、それからトランジットゲートのB24は遠かった。KLM1757 (離陸予定16:50)に搭乗したのは17:20、広い野原(空港)を15分も走り、離陸は17:35、既にブレーメンに到着する時間17:40であった。
こうなると荷物がすっきりと搭乗機に積まれたか?大変心配である。
CityhopperシティホッパーE175型は結構年代を感じる機体、最初は低い飛行をするので、下の家並みも見える。雲の上に出ると、安定して水500㏄やクッキーが出た。ブレーメンはやはり近い。18:10にはもう着陸した。
が、私のトランク2つが出てこない。近辺を探すも見当たらず、ターンテーブル担当者にも聞くがアムス便の荷物はもうないとの返事である。彼らからバッゲージクレイム事務所に行きなさいと言われてしまった。
写真はアムステルダム・スキポール空港からブレーメン空港に飛ぶ、今回の搭乗機のCityHopperシティホッパー(都市間を飛ぶ人、バッタの意味) エンブラエル175型(86席) -
9月18日、旅の初めにアムステルダム・スキポール空港の空港要員たちのストライキに遭遇し、予定便の遅延、トランクの積み残しの危惧が生じ、最終地のブレーメンでは一時トランクが未着という事になり、バッゲージクレイム(預託荷物の引き取り=>荷物未着申請)を行う羽目になりました。
(ブレーメン在住のS夫人から出発前の16日に電話があり、スキポール空港はトラブルも多いと言われていた)
スキポール空港のトランジットは、定年後の旅で今回が始めて、他社便が不便且つ、運賃も高かった事もありKLMオランダ航空を選び、荷物の流れもスムーズにする為、KLM同士にしたのだが。
バッゲージクレイムなんて、生まれて初めての体験をすることになったのです。ブレーメン空港の事務所前には10人ぐらいの人が並び、なかなか事務所内には入れない状況でイライラする。
この日は予約済みのホテルには自宅からストライキ発生の報告がKLMから来たので遅れる可能性があると、ホテルにはメール済だった。
が、ホテル側が待っている保証もなく、予約を無効にされていると困るので、ホテルに電話したかった。幸いなことにアジア人の客と一緒に居合わせた旅行ガイドらしき女性に事情を話して電話を借用し、ホテルにはこれから向かう旨、連絡も出来た。少額ながらチップを支払おうとすると、彼女曰く、「今日は良いことができたから、それで十分なのよ」と言ってくれた。感謝である。
順番が来て、事務所員に荷物のタグを提示すると、彼女のPCデータでは、トランク2つはちゃんとブレーメンに到着していることになっていると言う。
それで彼女と一緒に行くと、なんと目の先にあるではないか。
先ほどまで荷物の回転テーブルに無かったはずのトランクが、3個ポツンと置かれていました。私共の2つと、どなたか他人の1つが。
不幸中の幸いと喜んで、先ほど電話を借用した方にお礼を言いに事務所まで行き、トランクを持ちタクシーでホテルに向かう(タクシー代Euro20)。
ホテルに着くと、さらに気にして待っているだろうSさん宅に連絡した。
S夫人は「直ぐに夕食を準備する(すでに準備していたのだろう)から、そのままの格好で御出でなさい」とおっしゃってくれた。元々、今夕はご招待を受けていたので、本や鰻、お煎餅などお土産を持参していた。タクシー(Euro20)をホテルに呼んでもらい、5年ぶりのSさん宅を訪問した。
20:15、Sさんご夫妻と、挨拶もそこそこにして、この日のトラブルの長い説明となったのは言うまでもない。
写真はDeutsche_Fachwerkstrasse2014ドイツ木組みの家街道の全体図 -
さて、このシティホッパーには1982年2月28日に乗った事があった。
成田からJALでAmsterdam・Schipholアムステルダム・スキポール空港に飛び、朝便でデュッセルドルフに向かったのだが、なんと乗り継ぎが上手くいかず、置いていかれた。
二度目のデュッセルドルフ駐在だったので、通常ルートと異なるスキポール空港で是非、シティホッパー機に乗ってみたいと思ったのだった。その時は荷物が最終地まで行かず、いったんスキポール空港で引き取り、荷物を引っ張りながらシティホッパーのゲートに行った覚えがある。
時間がかかって一便遅れてしまった。
慌てて、デュッセルドルフ空港に出迎えるだろう前任者宅(経由現地法人の社長にも)に連絡した。この時、電話をするにも小銭が無く、空港内の電話機の使用法も分からず、オランダ人の親切に助けてもらった。
デュッセルドルフ空港で社長以下の出迎えを受け、少々気恥ずかしい気分だったことを覚えている。
あの頃のシティホッパー機はプロペラ双発機で、今はもちろんジェット機です。当時は少し小型機でもっと低空をバッタが飛ぶような感じ?で、眼下にオランダの牛が野原で草を食む様子が見えたものだ。・・・と書くと、ウソのようだが。
写真は1982年に乗ったCityHopper_フォッカー F27 フレンドシップ(Fokker F27 Friendship)
*Embraerエンブラエル社はブラジル企業で世界3位の航空機製作所である。エンブラエル175型(86席)は同社が製造・販売している小型ジェット機、このモデルはE170、E175、E190、E195(110席)がある。尚、2019年2月26日にボーイング社にエンブラエル社旅客機部門の売却が臨時株主総会により承認された。
*KLMシティホッパー(ケイエルエムシティホッパー、KLM Cityhopper)はオランダの航空会社。KLMオランダ航空の子会社で、アムステルダムのスキポール空港をハブにヨーロッパ域内の国際線を運航している。
就航都市は44都市とヨーロッパ中に拡がっているが、ほとんどはアムステルダム発着便である。保有機材数は55機(+10機) 。
・・・・・・・・・・ -
<夕食:S御夫妻宅にて>
20:15~23:15
この日はSさん宅に夕食に招かれていた。S御夫妻には2005年、2011年、2014年と訪ね、それ以来の御無沙汰になっていたから5年ぶりなのです。
3階の客室に2005年、2011年と2泊ずつ泊まらせて頂いたが、お互いが歳とった事もあり、2014年と同様に今回もお誘いを頂いたが、遠慮してホテルに2泊した。
階段まで出迎えてくれたS夫人(現在74歳)、一層貫禄が出てきた様子、髪も一段と白くなった。
Sさん(現在79歳)と御挨拶する。うまくドイツ語が出てこないが、そのあたりは旅の最初故、ご容赦頂いて、20:30早速、再会を祝って、辛口のシェリー酒で乾杯です。
そして、持参した本や鰻、お煎餅などのお土産の御披露です。
お互い顔を見合わせると、全員が70代だから年をとった。毎年のクリスマスカードで、何時ブレーメンに来るのか?と何度も誘われていたが、漸く5年ぶりに懐かしい方々に会う事が出来た。
サー、何から話しだそうか-----。
やはり飛行機のこと、危うくトランクが届かないことになる所だった事、最近はホテルも個人情報の開示が厳しくて、S夫人がレセプションに私共の到着を問い合わせしても教えてくれなかったこと等。ホテルのチェックインの際にこの電話の問い合わせがあった話をされて、開示了承の署名を求められたのだった。
写真はS夫妻宅にて:座って、まずは歓迎のシェリー酒を飲んだ -
ドイツ人はよく働くが、同時に休暇をしっかり取る。
とりわけ陽光のあるスペイン、イタリアに休暇で行く事が多いが、Sさん達もスペイン・Formenteraフォルメンティラ島(地中海西部のバレアレス諸島にある島。イビサ島の南約6kmにあり、イビサ島などとともにピティウザス群島を構成している)に別荘(敷地3300㎡、建物200㎡はお母さんから相続した)を持ち、毎年4、5回の休暇をそちらで過ごし、その都度、1ヶ月ほど滞在されると以前から聞いていた。
先年、高齢となってきたので現地で親しくしていたオランダ人夫妻に売却したと聞いていた。その後も購入者夫妻のお誘いもあり、売却したフォルメンティラの別荘を時々訪れ、元のように別荘に滞在し、休暇を取っているそうだから良い人に巡り合ったようである。
座ってシェリー酒を飲んでいる室内には亡くなられたお母さんが残した、大きな絵画が依然と同じように架かり、その存在感も相変わらずだ。二つの絵はイタリア人画家ティツィアーノ・ヴェチェッリオの習作?と云う。
写真はS夫妻宅にて:紙ナプキンを花束のように包んで、食卓の飾りに! -
20:50客間で夕食のスタートです。
主婦たるS夫人(まだ日本国籍だが、ドイツ生活は45年を超えて長い。デュッセルドルフ時代のかつての秘書、旧都銀出身)の実力もまた一段と上がっている。
写真はS夫妻宅にて:シュパーゲルのクリームスープ -
今日のメニュー:
シュパーゲル(白アスパラ)のクリームスープ、メインはサーモンのモッツァレッラチーズ焼き(レモン汁、塩、胡椒)に、赤、黄などの3種パプリカソテーと米と・玄米の茹で御飯添え。
デザートはさわやかティラミスケーキでした。そして濃い目のコーヒー。
写真はS夫妻宅にて:サーモンのモッツァレッラチーズ焼き -
Sさんはブレーメン州最高裁の判事などを歴任し、退官後は悠々自適の年金生活を過ごされているようです。その御二人とはもう長いお付合いとなる。
わが家の小さかった娘達も一緒にバーベキューなどを楽しんだ事、1989年に結婚後、来日したお二人をわが家にお泊めし、大きくなった娘達がドイツ国歌やチェロ演奏で歓迎した事もありました。
Sさんは何時も御手紙が独特の手書きなので、判読・読むのに大苦労するのだが、出来るだけ私にも分かるようにテーマも内容も配慮されている。
この12月初めにクリスマスカードとブレーメン滞在時の写真を送ったが、当方は下手なドイツ語で手紙を書く。そして同じ内容の日本語をS夫人にも書くのです。
笑いながら添削をされているのではと思いつつ、私はそれなりに努力している。
メールもファックスもしないS家は、結構アナログなのだ。
今日、ブレーメンからクリスマスカードと手紙が届いたのだが、ビックリしたのは手書きではなく、タイプされていたことだ。判読する苦労も無くなり、以前よりも早く理解できた。有りがたい^^。
白内障の手術は私共の旅の間に手術された由、まだ違和感があるようで、満足していないそうだ。
写真はS夫妻宅にて:Sさんは近く白内障の手術をするらしい。 -
今回は話のタネに若い当時の写真を纏めて印刷した写真集を持参したかったが、時間が無くて今回は見送ってしまった。
時々、S夫人と私共で多数派の日本語で話していると、Sさんは気になるようで、S夫人に何を話していたと聞く(笑)。
写真はS夫妻宅にて:S夫人・・・最近は日本語の漢字に疎くなったと言う。 -
最初のシュパーゲル(アスパラ)のスープも美味しく、かつモッツァレッラチーズ焼きも中々の味で、初めて頂いたティラミスケーキ共々お代わりを頂いた。
写真はS夫妻宅にて:家の中は半袖でも全く寒くない。 -
大きな魅力的な古い家具、ジュータン、アンチーク、食器などがいっぱいで、お掃除するのも大変そうだといつも思う。
写真はS夫妻宅にて:時差と疲れで、そろそろ眠くなってしまう時間だが??? -
写真はS夫妻宅にて:デザートはティラミスケーキ
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写真はS夫妻宅にて:デザートはお手製のティラミスケーキ
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若い頃は仕事帰りに毎晩のように我が家に寄って、夕食を一緒に食べたS夫人、私共には戦友のようなもの(笑)。
写真はS夫妻宅にて:ティラミスケーキのおかわり -
22:00、食後酒も楽しむ御二人だが、今回ご披露頂いたリキュールはAmaro Ramazzottiアマーロ・ラマゾッティーで穏やかな苦味の度数30℃とキツイ酒だ。
私共には初めての味。S家に来ると、いつも新しいものに出会う。
写真はS夫妻宅にて:食後酒はアマーロ・ラマゾッティー -
1815年創業、ミラノ産とある。Amaroとは苦いという意味で、ラマゾッティーは伯爵の名前だとか。
イタリアではカンパリ、アペロールと並んでポピュラーなお酒だそうで、このアマーロも数種類のハーブが入っている。2杯頂いて十分効きました。
写真はS夫妻宅にて:食後酒はアマーロ・ラマゾッティー -
初日にしては珍しく眠気もなく楽しく宴は過ぎて、23:00漸くお開きになりました。タクシー(Euro12)で23:15ホテルに帰った。
長い一日が過ぎ、さすがに疲れた。
写真はS夫妻宅にて:日本のお土産をお渡し。こちらは庭園側で、右は台所。
ほんとは日本酒を持参すればよかったかもしれない。 -
*9月18日(水)~9月20日(金)Bremenブレーメン(2泊3日)
Hotel Stadt Bremen(Garni)ホテル シュタット ブレーメン :
D-28195 Bremen 、Heinkenstr. 3-5
Tel:49 (0) 421 94 94-10 、Fax:- 110
http://www.hotel-stadt-bremen-garni.de/
写真はホテル シュタット ブレーメン の正面(2014年) -
3星(Garni朝食のみ)・全17室。予約はスーペリア・ダブルルーム(25 m?)であったが、一番上の5階の41号室はたいへん広く、こぎれいなもので浴室も広く照明も明るく気分が良かった。
2泊朝食なしで、室料はEuro172=21,054円です。水のサービスなし。
写真はホテル シュタット ブレーメン :5階の41号室 -
小さなホテルですが、この部屋はホテル正面側の道路に面しているものの、静かだった。
チェックイン14時、チェックアウト11時。
このホテルはブレーメンの旧市街中心部から徒歩10分(850m)、ヴェーザー川から徒歩わずか2分、旧市街に行く市電の2、3番の停留所も近く便利である。
写真はホテル シュタット ブレーメン :5階の41号室 -
今回もBooking.Comで2泊予約したが、驚いたことに一番上の5階の41号室だった。
予想外のリフト無しのホテルは上り下がりがキツイ。最初は親切なスタッフにトランク2つを持って上ってもらった(チップEuro3)。
また、朝食代が5年前と比べ、2X2で5,000円と意外に高くなっていたので、現地に行ってから決めることにしていた。
結局、最初の朝食はSさん宅で食べたから、このホテルでは2泊とも朝食は食べていない。
(2014年の05月09日(金)、05月10日(土)に2泊した2階の120号室はホテル正面側の道路に面した部屋でした。Euro178+朝食5x4=Euro198=28,350円)
写真はホテル シュタット ブレーメン :5階の41号室 -
Booking.Comへの評価:6.2、普通
2914年にも2泊したが、次回はないだろうな。
? 広い
? 部屋は5階と高いが、リフトが無いのに驚いた。
写真はホテル シュタット ブレーメン :5階の41号室
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デュッセルドルフ
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この旅行記へのコメント (2)
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- sanaboさん 2019/12/22 01:32:22
- 5年ぶりの再会
- jijidarumaさん、こんばんは
2014年にブレーメンのご友人宅を訪ねられた時の旅行記が
印象に残っていましたので、(旅行記を通してですが)再び
お二人にお目にかかれ私まで懐かしい気持ちになりました。
ところでメルヘン街道は有名ですが、ドイツ伝統の木組みの家街道は
初めて聞きました。
中世の街並みの残る場所だと思いますので、旅行記でのご紹介が楽しみです。
秋旅ならではの楽しみの一つがシュトレンなどのお買い物が
できることなのですね~。(クリスマスイヴに召し上がるのですか?)
jijidaruma家の方角からドイツ風クリスマスの香りが漂ってきそうです♪
(少し早めですが)どうぞ良いお年をお迎え下さいませ。
来年もよろしくお願い致します。
sanabo
- jijidarumaさん からの返信 2019/12/22 17:38:24
- Re: 5年ぶりの再会
- sanaboさん、
今晩は。いつもありがとうございます。
2014年から5年は長いですね。ブレーメンの友人夫妻の度々の要望で、
漸く再訪できたのですが、来年もと言われています。
今日は二時間ほど庭の掃除、もみじの落葉が終わり、年末の掃除には
良い日でしたが、生憎と3時頃から雨、天気予報通りでした。
家に入ると、恩師(89歳)からの留守電が入っていました。
先日、家内と話が盛り上がった食器などについて、我が家の写真集を
送ったから、そのお礼の電話でした。
中学時代の恩師(御茶の水女大出)は短大で家政学を教えたので、
この種の話がお好きなのです。元気な恩師の感激が私共にも伝わり、
気分良い日になりました。
その恩師にもクリスマスのドイツ名物シュトレンなどの写真も
添付しましたので、「シュトレン食べるの?」と聞かれました。
答は「勿論です。その為の土産ですから(笑)」。
ただし、娘や孫たちの年始に備えて多くを残すのですが。
ドイツ木組みの家街道の全体図は見られたでしょう。ドイツ全土を
網羅しています。加えたくなるのは、アルザス地方も!
今回はもっとも集中した地域といえます。メルヘンも木組みの家も
ごった煮の地方ですけど、お楽しみ頂ければ、幸いです。
寒さもいよいよ本格的です。
年末年始もお健やかにお過ごしください。良いお年を!
来年も宜しくお願いします。
jijidaruma
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旅行記グループ 2019年ドイツの初秋:メルヘン街道と木組み建築街道を行く。
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