2019/04/23 - 2019/04/30
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旅人のくまさんさん
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ブハラのアルク城見学のあと、次に立寄ったカラーン・モスクの紹介です。高さ45メートル余のカラーン・ミナレットがあることでも有名です。かつては、カラーン・ミナレットに明かりが灯され、砂漠を渡る隊商の道標になっていたとされます。
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カラーン・モスクとその左奥に見えるカラーンミナレットの光景です。この地を征服したモンゴルのチンギス・ハーンは、このミナレットの見事さに、部下に破壊を止めさせたとの伝説が残るミナレットです。1220年2月、チンギス・ハーンの大軍に包囲され、2万の守備隊がいましたが、戦わずに降伏しました。4軍に分けられた内の、チンギス・ハーン率いる本隊の第4軍でした。
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チンギス・ハーンが破壊を止めさせたとの伝説が残るカラーン・ミナレットの光景です。ブハラ市に入城したチンギスハーンは、イスラム教の聖典コーランを運ばせ、自分の馬のエサとしました。モンゴル兵は酒宴を催し、イスラムの聖職者たちはモンゴルの馬の世話をさせられました。イスラム教徒にとって、これ以上の屈辱はありませんでした。ここで、チンギスハーンは、全市民を集めて歴史的な演説を行いました。この演説は、チンギスハーンが中央アジアで発した、初めての言葉として知られています。
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世界文化遺産のブハラの遺跡の一つ、カラーンミナレットの後期です。チンギスハーンが中央アジアで行ったとされる初めての演説の紹介です。『おまえたちが大きな過ちを犯したこと、おまえたちの首領たちが最大の犯罪者であることを知れ。もし、おまえたちが余にいかなる根拠にもとづいて、この演説をするのかと問うならば、余は余こそ神意を受けた者であると答えよう。もし、おまえたちが罪人でなければ、神は余をおまえたちの頭上に差し向けないだろう』と伝わります。
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チンギスハーンの演説は、後世の演色があるかも知れませんが、論理的で、象徴的で、詩的です。もし、この演説が本当なら、チンギスハーンは、並々ならぬ知性の持ち主だったとも推測されるほどです。しかし、それ以上に、冷徹で非情な人だったことの方が史実に残ります。この名演説も、世に広く知られることはありませんでした。なぜなら、証人のブハラ市民を殺害してしまったからです。助命していれば、彼の評価は、また違ったものになったかもしれません。
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逆光での撮影になってしまいましたが、からん・ミナレットの光景です。この写真で紹介できなかった部分は、ライトアップされた夜の写真で補足します。チンギスハーンの非情さを紹介しましたが、下戸kぅ場の時代背景も無視することは出来ません。かつてのブハラでの罪人処刑には、このミナレットが使われたと伝わります。罪人を袋に詰め、窓から投げ落としたというものです。確認はできませんでしたが、今見える窓が投げ落とした場所のようです。19世紀まで実際に続いていたとされます。塔の高さは45.6mで、ブハラに建つミナレットの中で最も高く、基部の直径は9m、地下10mの場所に埋め込まれています。
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イチオシ
カラーン・モスクの建物紹介が続きます。カラーン・ミナレットと、隣接するカラーン・モスクは、橋で接続されています。 かつては、全住民が礼拝することができる金曜モスクとして建てられていました。現在地に建てられたのは、8世紀の頃とされます。『カラーン』は、タジク語で『大きい』や、『偉大』の意味とされます。
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カラーン・モスクの紹介が続きます。8世紀頃に建てられたモスクは、1220年2月のチンギス・ハーン率いるモンゴル軍により征服され、破壊されました。モンゴル軍による征服の際は、各地で凄まじい殺戮が行われたようです。中央奥のドーム屋根は、『アミール・アリム・ハン・メドレセ』です。
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カラーンモスクの中庭は、1万人の人が同時に礼拝する広さがあるようです。『最大収容人数は12,000人』とするネット情報もありました。通常、総面積を一人当たりに必要な単位面積で除して、同時に礼拝できる人数が概算されるようです。また、『ブハラ』という都市名は、『仏教の僧院』を意味する 『サンスクリット語のビハーラ』が なまったものとされますが、イスラム化して以来、仏教寺院は全く姿を消してしまいました。
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イーワーンの内部の光景です。イーワーンは、イスラム建築によくみられる、一方が完全に開き、三方が壁で囲まれて、天井がアーチ状となっているホールまたは空間のことです。通常は、中庭に向かって開いていますが、このカラーン・モスクもその標準形でした。
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同じく、イーワーンの内部の光景ですが、先程とは対面に当たる場所のイーワーンです。基本形は一緒のようでしたが、少しだけデザインが異なっていました。現地ガイドさんによれば、建設時期も少し異なっているようでした。
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先程とは対面に当たる場所のイーワーンの全体光景です。7世紀に滅んだサーサーン朝ペルシャ(226~651年)で顕著にみられる様式とされます。後世に見いだされて、11世紀から12世紀にかけてのセルジューク朝(1038~1308年)の時代にイスラム建築の基本的な設計単位として定着しました。13世紀には、エジプト、アナトリア、インドなどの各地でも採用されました。
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イーワーンの前面の外周光景です。イーワーンは、通常、中庭にむけて開かれ、公共の建物、私的な住宅にも使用されたようです。ペルシア語では『イーヴァーン』、『エイヴァーン』とも呼ばれます。イスラム化される以前、ペルシャの宮殿建築における王の謁見用ホールを継承しているとの指摘もあるようです。
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イーワーン壁面のイスラム文様のズームアップ光景です。青色だけでなく、赤っぽい退路も使用されていました。樹木らしいものがデフォルメされ、それが煉瓦の生地で囲われていました。左右対称で、煉瓦の生地の装飾は多重に使われていました。
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カラーン・モスクの回廊越しに眺めた、青いドーム屋根の光景です。セルジューク朝(1038~1308年)の時代に成立したモスクの新しい形式は、四辺にイーワーンをもつもので、『チャハール・イーワーン式(4イーワーン式)』と呼ばれています。南側のイーワーンの背後にドームを架けることによって、聖地メッカの方向を指し示しています。
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斜め前から眺めた、イーワーンの光景です。イーワーンは、大ドームとセットになることで、モスク建築に採り入れられ、このイーワーンとドームを組み合わせた形が、大モスク建築のスタンダードの一つとなっていきました。
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現地ガイドさんが説明していた、クモの巣文様のズームアップ光景です。ムハンマドが追われて洞窟の中に隠れたら、蜘蛛たちが、せっせと糸を張ってその入口を塞いでくれました。 蜘蛛の巣が張った洞を見て、中に人がいるはずがないと、追っ手は、調べずに行ってしまいました。ムハンマドは蜘蛛に助けられたとして、イスラム教では蜘蛛を大事にするようです。
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ここにもコーランらしい文字が、入口上部に記されていました。ソビエト連保時代、カラーン・モスクは倉庫として利用されてきたようですが、1970年代から補修が進められ、ウズベキスタン独立後、再びモスクとして利用されるようになりました。
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『カラーン(KALON)』の文字が記された、金色に輝く金属プレートの光景です。1514年の建設と記されているようでした。ネット情報では、『現在のモスク本体は 1514年に再建されたものである』と紹介されていました。シャイバーニ朝(1428~1599年)の時代になります。
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カラーン・モスクのイーワーンと、その右後ろに見えるカラーン・ミナレットの光景です。元々は一体だった施設かも知れません。現在は橋で繋がっています。
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ここからは、広い中庭を取り囲む、回廊の内部の紹介です。混み合ったこの場所は、内部見学のための料金徴収場だったかも知れません。団体ツアーでの見学でしたから、気にせずに通過してしまいました。前方に、中庭中央に生える樹木の姿がありました。
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イチオシ
中庭方面に向かって、少し進んだ場所からの光景です。額縁に納まったように、中庭の中央の樹木、イーワーンと、その背後のドーム屋根が重なって見えました。予め、この景色を想定した上での建物配置だったようです。
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カラーン・モスクの中から眺めて、カラーン。ミナレットの光景です。現在は、これらの施設全体が、ユネスコの世界文化遺産に登録されています。カラーン・ミナレットが壊されなかったエピソードには、真偽のほどはともかく、『カラーンミナレットも実際に破壊しようとしたそうなのですが、少し破壊したところで風が吹きチンギスハーンが被っていた帽子が飛ばされたそうです。その帽子を拾い上げた際、カラーンミナレットにお辞儀をした格好となり、頭を下げたものは壊せないと破壊を止めたそうです。』というものがあります。
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カラーン・モスクの回廊の天井は、208本の柱で支えられ、288個の丸屋根で覆われているようです。上空から眺めた状況を『たこ焼きが並んでいるよう』と表現したネット情報もありました。
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モスクの回廊の中を歩きながら眺めた、中庭の光景です。中庭はシンプルな造りですから、中庭を取り巻く対向する回廊や、イーワーンが見えていました。柱のない大空間としてのイーワーンは、紀元前後のオリエント建築に誕生したとされます。イスラム建築に採用されるようになったのは、12世紀のペルシャが始まりとなるようです。ペルシャは、現在のイランです。
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四角の基壇の上に建てられた、八角形の建物光景です。『書見台』と紹介するものや『泉水堂』との紹介もありました。あるいは、現地ガイドさんの説明として、『チンギスハンが未成年者を殺害した場所とされ、その場所ではイスラム教徒が祈らないようにと作られた遺跡』との説明もありました。子の説明には、同感できるものがありました。
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やってきた方向を振り返って眺めた、回廊内の光景です。規則正しく先が尖ったアーチ型の構造壁が続いていました。たまたま、人通りが全くなかったタイミングでの撮影になりました。
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同じ場所からの撮影ですが、こちらは、これから向かう方向の回廊内の光景です。壁の部分は、補修がされたばかりの白漆喰でしたが、その上部と天井部分には、煉瓦積の素地が見えていました。漆喰での仕上げが、保留された部分のように見えました。
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イチオシ
回廊の内部は、煉瓦造りの表面を漆喰で化粧直しがされた部分がほとんどでした。この辺りだけは、煉瓦が積まれた跡をはっきりと見ることができました。この辺りの内装の方が本来の姿だったかもしれません。その煉瓦造りの建物最上部に、明かり採りの窓が見えていました。
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同じく、煉瓦造りの建造部物の表面を見ることができる、回廊内部の光景です。『表面の漆喰をはがして補修工事を行い、仕上げにまた漆喰を塗った』との見解もあるようですが、詳しいことを確認することは出来ませんでした。
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回廊の見学を終えて、改めて眺めたカラーン・モスクの中庭光景です。中心付近に植栽された樹木が、唯一の緑の光景でした。仏教には、釈迦に纏わる聖なる木がありますが、イスラム教では、個別の樹木より、『庭園』として扱われるケースが多いようです。その代表例が、『ペルシャ式庭園』やアルハンブラ宮殿のパティオ(中庭)群や『ヘネラリーフェ庭園』などです。
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