2019/04/23 - 2019/04/30
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旅人のくまさんさん
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水と緑が豊かな街、ウルゲンチの早朝散策です。ゆっくりと、爽やかな朝の散策を楽しみました。かつては隣接するトルクメニスタンのクフナ・ウルゲンチにありましたが、その都市が衰退し始めたソ連時代に、現在の場所に新しいウルゲンチの街が作られました。
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イチオシ
ウルゲンチで泊まったホテルの正面光景です。中々立派な造りの新しいホテルでした。人口14万人ほどのウルゲンチは、ウズベキスタンのホラズム州の州都になっています。ウルゲンチの呼び名は、テュルク語を語源とするようです。チュルク語族は、日本では『突厥語族(とっけつごぞく)』とも呼ばれています。
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ウルゲンチが歴史にあらわれたのは比較的遅く、動静がはっきりするのはホラズムのイスラム化以降とされます。もともとはペルシア系の住民が多く住んでいましたが、アラル海周辺の草原地帯を通じて現在のカザフ草原に住むテュルク系遊牧民たちの交易拠点となり、『草原の港』として経済的に発展しました。写真は、『シロツメクサ(白詰草)』の花です。
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名前が分からなかった白い花の野草の光景です。10世紀には、ウルゲンチを拠点とする土着のペルシア人君侯が、右岸のカースにいるホラズム・シャー(ホラズム王)から独立し、さらにカースを併合して自ら『ホラズム・シャー』を自称しました。このため、その本拠地であるウルゲンチは、全ホラズムの中心都市となりました。
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歩道脇の光景です。自然湧水らしい小さな流れがありました。アムダリヤ川の河道が北に遷移をはじめ、河道から離れたウルゲンチは衰退しました。16世紀以来ホラズムを支配したヒヴァ・ハン国は17世紀にウルゲンチから北のヒヴァに遷都し、旧ウルゲンチは都市としても放棄されました。現在のウルゲンチは、その後に建設された完全なソ連式の町です。
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散歩の途中、目を楽しませてくれた一つが、歩道脇に設置された動物さん達の置物でした。近くに小学校ら阿しいものがあり、その通学路脇に置かれているようでした。最初に紹介するのは、耳と足が黒い、白い『ヒツジ(羊)』さんです。
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カラフルに彩色された『ニワトリ(鶏)』さんの置物です。大きな鶏冠(とさか)がありますから、雄鶏(おんどり)のようです。先に紹介した白いヒツジさんが左端に見えていました。
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次に紹介するのは、大きな白い体で、嘴(くちばし)と親羽の一部が黒い鳥さんです。コウノトリ(鸛)さんのようです。全長は110~115センチ、翼開長は195センチとされる大きさです。よく似た赤い嘴の鳥が『シュバシコウ(朱嘴鸛)』です。シュバシコウとコウノトリとの間では、2代雑種までできていますので、両者を同一種とする意見も有力とされます。
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こちらは、遊び心も入った置物の光景です。長く大きな壷と、青や緑に彩色された石がセットで置かれていました。長く大きな壷は、現地での確認はしていませんが、もし底が空いているのなら漁具かも知れません。
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岩の上に腰かけて、前足を揃えて前に出した格好の熊さんです。争っている姿ではなく、擬人的に表現すれば、遠慮をしているようなポーズにも見えました。地元に住んでいる熊さんでしょうか。ウズベキスタンに野生の熊が生息しているかどうかは、確認できませんでしたが、かつての支配国のソビエト(ロシア)では、クマは国を象徴する動物とされています。
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動物の置物などがあった付近の交差点光景です。撮影している背後方向に小学校らしいものがありました。ロシア徳間の話題の続きです。外国からもロシア帝国・ソ連は、その強大さや脅威性から北国の猛獣クマに例えられることが多くありました。名前を呼ぶと熊を呼び寄せてしまうという迷信から、ロシア語では、熊を表す固有の単語がなく『蜂蜜を食べるもの(メドヴェーチ)』が代わりになりました。
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歩道脇の置物紹介の続きです。二匹の躍動的な魚のモニュメントです。海の魚ではなく、コイ(鯉)のような淡水魚のように見えました。コイではなく、サケ(鮭)かも知れません。内陸部のウルゲンチでは、アムダリヤ川が命の川になっているようです。
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泊まったホテルを出て、最初に散策したのは、この写真の左手方面でした。めぼしい見どころはないようでしたから、もう一度ホテルの前まで戻り、今度は右手方面の散策をすることにしました。ここで、ウルゲンチの歴史を少し紹介します。1220年、中央アジアを席捲したモンゴル帝国のチンギス・ハーンは、長男ジョチと次男チャガタイの率いる軍をホラズムに送り込み、ウルゲンチを包囲しました。
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モンゴル帝国の『チンギス・カン(1162~1227年)』による西征は、13世紀の1219年から1223年までの一連の戦闘により、飛躍的に領土を広げ、1225年に帰還しました。ウルゲンチはカンクリの軍人たちが中心になって頑強に抵抗しましたが、1221年にモンゴル軍に攻略され、都市は徹底的に破壊されました。モンゴル帝国は、最終的には当時の世界人口の半数以上を支配しました。
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モンゴル帝国により破壊されたウルゲンチは、1231年に旧市の南に、モンゴル帝国のもとで再建されました。ホラズムはジョチ・ウルスの支配下に組み込まれ、14世紀にはウルゲンチは再びホラズムの中心都市として繁栄し、中央アジア屈指の大都市として栄えました。写真は、工事現場から汲み出される大量の水です。ウルゲンチの歴史紹介は、一旦、小休止します。
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今回の旅行で、何度も出遭った『カササギ(鵲)』さんです。芝生の上を少しすましたような顔で、優雅に歩いていました。知能が高い鳥としても知られ、哺乳類以外では初めて、ミラーテストをクリアしました。このテストでは、鏡に映った像が、他の個体ではなく、自分であることを認識したことが確認できるテストです。
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イチオシ
餌を探しながら歩いているのでしょうか、忍び足と言った歩き方でした。日本における観察でも、老人や子供は警戒しない一方で、若い男性など危害を与えようとするものには近寄らないという観察結果が出ています。日本では北海道、新潟県、長野県、福岡県、佐賀県、長崎県、熊本県で繁殖が記録されていますが、殊に佐賀県が有名です。江戸時代の佐嘉藩では、狩猟禁止令により保護されていました。
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ウルゲンチの歴史紹介の続きです。16世紀、ヒヴァの近郊に新ウルゲンチが再建されました。新ウルゲンチは、旧ウルゲンチの商業活動を引き継いで、綿花や絹の対ロシア貿易で成長を続け、ヒヴァ・ハン国でヒヴァを凌ぐ貿易都市となっていきました。(ウィキペディア)
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灌漑施設が充実した、ウルゲンチ中心部の花壇の光景です。この辺りは、芝生の養生のようでした。周辺に植木があるだけで、草花などは栽培されていませんでした。この時間帯には、所々で噴水の操作をする人の姿がありました。元栓を開ける操作のようでした。
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新しいウルゲンチの街に建つ主要な建物の一つのようです。ウズベク語らしい文字で、『XORAZM』の文字がありました。『ホラズム』と読むようです。玄奘三蔵(602~662年)の『大唐西域記』では、『貨利習弥伽国』として紹介されています。
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イチオシ
先程の建物を正面からズームアップした光景です。中央にウズベク語表記らしい『XORAZM』のホラズムの文字があり、続いて『Viloyati Musiqalt Drama Teatri』の文字が記されていました。推測も入りますが、ホラズム劇場のようです。
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四方に向けて時計が設置されていましたから、時計塔でしょうか、イメージ的には『記念碑』のような造りの白い塔でした。最下部には、四方にアーチ門が設けられ、出入りが自由なようでしたが、少し離れた場所からの撮影だけです。
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白い花を咲かせた、ニセアカシアの樹のようです。北米原産のマメ科ハリエンジュ属の落葉高木です。日本でも公園や街路樹としてよく見掛けますが、日本には明治6年(1873年)に渡来しました。先程の時計塔がバックの景色になりました。
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ニセアカシアの白い花のズームアップ光景です。花の後には、平たい5センチほどの鞘に包まれた4~5個の豆ができます。耐久性が高いためかつては線路の枕木、木釘、木炭、船材、スキー板などに使われました。
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広い敷地に巨大な建物が造られているのが、新しいウルゲンチの街の特徴のようです。かつては隣接するトルクメニスタンのクフナ・ウルゲンチにありましたが、その都市が衰退し始めたソ連時代に、現在の場所に新しい都市が作られました。
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左側の車道に沿って、真っ直ぐに伸びた歩道の光景です。ソビエト時代に作られた、新しいウルゲンチの街の建設の際に造られた歩道かも知れません。何もない地図の上に直線を引いて、その通りに造られた道路のイメージがありました。
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人通りは多くありませんでしたが、通学途上の学生さん達の姿もありました。学生さんも身だしなみが整って、この国が経済的に潤っていることが想像できました。見渡せる限りの遠くまで一直線でした。ウズベキスタンは、綿花などの農業生産のほか、地下資源も豊富な国のようです。
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ギリシャ・ローマ建築風の4本の柱が建った円弧の建物の中に立った偉人像です。『Muhammad Al-Xorazmiy』の表示がありました。『ムハンマド・イブン=アブドゥッラーフ(570頃~632年)』は、イスラム教の創始者です。その後裔に当たる人の一人でしょうか。日本では、『ムハンマド』は、『もハメット』と表記することが多いようです。
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ウルゲンチの朝の交通ラッシュの光景です。まだ早羽時間ですから、始まったばかりになるようです。日本車も多く見かけました。ウズベキスタンの貿易額は、輸入・輸出ともに、日本は上位5カ国に入っていませんが、ODA(政府開発援助)実績では2013~2017年尾5か年間、日本が最大額を援助しています。(2028以降は統計不明)
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同じく、交差点付近での朝の交通ラッシュの光景です。それほど混んでいるように見えないのは、道路が随分と広いためです。ウズベキスタンの黒土面積は約44万7選平方キロと、日本の約1.2梅ですが、人口は3,280万人と1/3以下です。
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一斉に霧のような噴水が葺き上がっていました。アムダリヤ川の水の恵みを受けていいた。新しいウルゲンチの街です。他方、河川域から離れた旧ウルゲンチは、現在はトルクメニスタン領となりました。商業都市としては寂れたようですが、現地では『クフナ・ウルゲンチ』と呼ばれ、ホラズム・シャー朝期からティムール朝期の遺跡が残ることから、2005年に世界遺産に登録されました。
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