2019/04/23 - 2019/04/30
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旅人のくまさんさん
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『内城』を意味する、イチャン・カラの紹介の続きです。中央アジアと西アジアの各都市に存在する内城のうち、無傷の状態で保たれているのはヒヴァのイチャン・カラのみです。封建的・イスラーム的都市国家を知る上で一級資料となっています。
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前方中央に見えてきたのが、古都・ヒヴァで最も高いとされる『イスラーム・ホジャ・ミナレット』です。その高さは45メートルです。色合いの異なるブルーのタイルで装飾が施された、綺麗なミナレットです。
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『イスラーム・ホジャ・ミナレット』に向かう途中の街並み光景です。歴史的な石造建築物が立ち並んでいましたが、少し傾いているような建物もありました。右奥に見えるのが、『イスラーム・ホジャ・ミナレット』の下部の一部です。
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イチオシ
『イスラーム・ホジャ・ミナレット』の尖塔光景です。高さ45メートルで、イチャンカラを始めとするヒヴァで最も高いミナレットです。ブハラ・ハン国の大臣イスラーム・ホジャが創設した神学校、『イスラーム・ホジャ・メドレセ』に隣接します。青色を主体とした彩釉タイルで縞状に装飾された、大臣の権勢を窺がわせる立派な造りのミナレットでした。基底部の直径は9.5メートルとされます。
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石造りの地肌の建物の上から顔を覗かせた、緑色がかった青いドーム屋根の光景です。『パフラヴァン・マフムド廟』です。ヒヴアの庇護者として尊敬されていた大臣、詩人でもあり哲学者でもあった『パフラヴァン・マフムド(1247~1326年)』に因む廟です。ヒヴァで、最も美しく輝いている霊廟とされます。
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歴史的、文化的価値が高いとされる、イチャンカラの石造建築の光景です。イチャン・カラは東西約450メートル、南北約650メートルに広がり、やや東に傾いた長方形をしています。面積は26ヘクタールに及び、周囲を外壁のデシャン・カラに守られています。
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パフラヴァン・マフムド廟の入口門の光景です。『パフラヴァン・マフムド』は、『ヒヴァの守護聖人』とも呼ばれています。アーチ門の周りには、長方形の窪みと、更にその中にアーチ型の窪みが設けられ、入口門の装飾となっていました。
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レンガを積み上げた、二重のアーチ門の光景です。中央に楔を入れるアーチではなく、先端が少し尖った形状でした。その奥に、頑丈そうな木製の扉が控えていました。パフラヴァン・マフムド廟の出入口の一つかも知れません。
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イチャンカラのメインの通りの光景になるようです。先ほど紹介した、パフラヴァン・マフムド廟の入口門が左手に見えています。1740年にイランのナーディル・シャーの攻撃によってイチャン・カラの建造物の多くが破壊されましたが、これらの建築物はおよそ18世紀から19世紀にかけて再建されました。
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『イスラーム・ホジャ・ミナレット』に隣接する『イスラーム・ホジャ・マドラサ』の光景です。マドラサ(神学校)は、現在はヒヴァの民族博物館として使われているようです。和名で『瑠璃(るり)』と呼ばれている『ラピスラズリ』が、青色の装飾に多く使われているようです。いわゆる『瑠璃色』です。
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瑠璃色に装飾された、『イスラーム・ホジャ・マドラサ』の建物正面光景です。『ラピスラズリ(lapis lazuli)』は、方ソーダ石グループの鉱物の『青金石(ラズライト)』を主成分とし、同グループの方ソーダ石・藍方石・黝方石など複数の鉱物が加わった固溶体の半貴石です。深い青色から藍色の宝石で、しばしば黄鉄鉱の粒を含んで夜空の様な輝きを持ちます。
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先に紹介した『イスラーム・ホジャ・ミナレット』の光景です。180度位置を変えての撮影です。高さ45メートルの、イチャンカラを始めとするヒヴァで最も高いミナレットです。帯状に、色彩と文様が異なる青色の装飾がありました。旧約聖書の『出エジプト記』において、祭司の装飾品の一つである胸当てにはめ込む『青い石(Sappir)』は、ラピスラズリと言われています。
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『イスラーム・ホジャ・マドラサ』や『イスラーム・ホジャ・ミナレット』の見学を終えて、次に向かったのは、イチャン・カラのほぼ中心に位置する『ジュマ・モスク』です。その途中の光景です。中央奥に見える青いドームは、『パフラヴァン・マフムド廟』です。この辺りには、小さな廟が立ち並んでいました。
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石塀に鴨まれた丸い頭の石造物も、小さな廟のようでした。廟と表現するより、お墓と言った方がイメージに合うようです。右手後方に見えているミナレットは、青い帯状の装飾や、最上部の形状から、『イスラーム・ホジャ・ミナレット』になるようです。青空と、白い雲をバックに映えていました。
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イチャン・カラのほぼ中心に位置する『ジュマ・モスク』に向かう途中の光景が続きます。左手に長く、高い石塀が続いていました。前方には、樹木の姿も見えてきました。
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イチャン・カラのほぼ中心に位置する『ジュマ・モスク』の内部光景です。『ジュマ』とは『金曜日』のことです。イスラム教では金曜日が休日に当たるため、多くの人が礼拝に集まる日とされます。ハズラティ・イマーム広場に面した場所になります。
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イチオシ
イチャンカラの中心にある『ジュマ・モスク』は、1788~1789年建造とされますが、213本の柱のうち、モスク建造時よりも古い柱があります。ハズラティ・イマーム広場は、このジュマ・モスクのほか、バラクハン・メドレセ、カファリシャーシ廟などの16世紀に建造された、イスラム建築に囲まれています。
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古い柱も、まだ比較的新しい柱もあるジュマ・モスクの内部光景です。コーランの博物館を併設し、世界最古といわれる7世紀頃のコーランを所蔵するモスクです。10世紀に創建され、その後、増改築が繰り返され、18世紀末に現在の姿になりました。繊細な浮き彫りが施された200本を超える柱が並び、多柱式建築の顕著な作例として知られます。
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この辺りの天井の垂木と板は、まだ新しい木材のようでした。ジュマ・モスクの広さは55×46メートル、高さは5メートルです。3.15メートルの間隔で212本の柱が立っていて、明かり窓付きの天井とシンプルな漆喰の壁に囲まれています。この間隔と本数は、説法者から全員の顔が見えるように、計算されて決められたようです。
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立体感がある、繊細な彫刻が施された柱のズームアップ光景です。モチーフとなっている紋様は、植物をベースにしていました。柱に刻まれた精密な彫刻は、それぞれ異なっているようです。モスク内にある最古の柱は、古代ホレズム王国の都から運ばれたものが2本あり、他にも4本が10~11世紀、25本が12~17世紀のものとされます。時代ごとに素材や装飾などに特徴があるようです。
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イチオシ
ジュマ・モスクの天井のズームアップ光景です。場所によっては、随分と意匠を凝らした造作となっていました。ヒヴァ周辺には大木が採れる場所が無いため、苦労して遠くから運んできた木材が使われているようです。
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これで、ジュマ・モスクの見学はおしまいですが、印象に残った木造建築のモスクでした。薄暗い部屋に柱が林立しているという、神秘的な建物でした。その室内は、夏は涼しく、冬には暖かいようです。
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石造りの建物の上からこちらを眺めていた鳥さんです。カササギ(鵲)のようでした。世界的には北アメリカ西部、欧州全域、中央アジア、アラビア半島南西部、極東、オホーツク海北部沿岸に分布する鳥さんです。韓国で一番よく見かけましたが、ヨーロッパでも複数回目にしました。カラス科カササギ属の分類され、日本では佐賀県に分布し、カチガラスやコウライガラスとも呼ばれます。
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古い石畳の道のズームアップ光景です。右の方に見えるのは、かつての馬車の轍の跡のようでした。思わず、古代ローマ帝国時代のローマ街道を連想しました。ローマ街道の歴史は、紀元前312年に敷設されたアッピア街道に始まります。古代ローマのケンソル(監察官)だったアッピウス・クラウディウス・カエクス(紀元前340~紀元前273年)の要請により敷設されました。
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長く伸びた轍の跡のズームアップ光景です。古代ローマ時代のローマ街道は、アッピア街道以降、敷設されたローマ街道には、その街道を敷設したケンソルや属州総督などの名前が冠せられました。初期のローマ街道は、ローマからイタリア半島の主要都市を結ぶだけでした。しかし戦争を重ね、領土が広がるにつれ、ローマ以外の都市から都市へ結ばれるようになり、最終的にはイタリア半島のみならず、ガリアやブリタンニア、イベリア半島、アフリカ、ギリシャなど古代ローマの属州にも敷設され、地中海全域に網の目のように敷設されました。
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最後にもう1枚、石畳に残る2本の轍の光景です。ローマ街道は、軍事目的で敷設されましたが、軍事に関係のない帝国官吏や巡礼者などの一般市民でも利用することが出来ましたので、物流などの経済面でも大きな影響がありました。『紀元117年頃のローマ帝国の主要街道』を参照しますと、黒海、カスピ海方面に向けてもローマ街道が伸びていました。
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先程紹介した、轍が残った石畳の道の近くに展示してあった馬車らしい乗り物の光景です。車輪には、クッションの良いゴムなどではなく、鉄輪が嵌め込まれているようでした。車輪幅と轍の幅も合致するようでした。
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ジュマ・モスクの見学の後に向かったのは、イチャンカラの一角に残る、『ハーレム』です。日本語で一般的に表現される『ハーレム』は、『ハレム(トルコ語)』、『ハリーム(アラビア語)』とも呼ばれます。トルコ語のハレムは、アラビア語のハリーム、ないしはアラビア語のハラーム(聖地)の転訛とされます。ハリーム、ハラームとも、原義は『禁じられた(場所)』の意味です。
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写真は、モスクらしい一角の光景です。桑の柱が1本だけ用いられていました。『ハレム』は、男性はその場所にいる女性の夫・子や親族以外、立ち入りが禁じられていたことから生まれた名称とされます。
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『ハレム』の呼び名は、歴史的には、10世紀以降、イスラム国家の宮廷において『後宮』の発達が著しく進んだことにともない、この呼称も定着するようになったとされます。内定の片隅に、なぜかモンゴルなどの遊牧民族を想起させるテントのパオが設置されていました。
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モンゴルなどの遊牧民族を想起させるテントの『パオ』のズームアップ光景です。中を垣間見ることができましたが、この一角でお土産品を販売していた女性の赤ちゃんが寝かされていました。ウズベキスタンの建国に、モンゴル帝国のハーンの末裔が関わったことを連想させるパオの光景でした。現地では、『ユルタ』と呼ばれているテントのようです。
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