2019/04/23 - 2019/04/30
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旅人のくまさんさん
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サマルカンドのシャーヒ・ズィンダ廟群紹介の続きです。シャーヒ・ズィンダ廟群は、11世紀から19世紀までの9世紀の間に作られ、現在では20以上の建造物の集合体となっています。 観光客とお参りが絶えないイスラム教の聖地の一つです。
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『クサム・イブン・アッバース廟』の入口付近にあった小さなドームの光景です。イスラム教の開祖ムハンマドの叔父のアッバース・イブン・アブドゥルムッタリブの子孫をカリフとしたのが『アッバース朝(750~1517年)』です。最盛期には、その支配は西はイベリア半島から東は中央アジアまで及びました。アッバース朝ではアラブ人の特権は否定され、すべてのムスリムに平等な権利が認められ、イスラム黄金時代を築きました。この廟の始まりとなった『クサム・イブン・アッバース』は、開祖ムハンマドのいとこになります。
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『シャーヒ・ズィンダ (生ける王)』の名前の元になった、預言者・ムハンマドのいとこである『クサム・イブン・アッバース』についての記述があった説明パネルです、3か国語で記された一番下が英文表記でした。『Kusam Ibm Abbas is more than any other persons looks like me by character and appearance』と誉め言葉が並んでいるようでした。
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『クサム・イブン・アッバース廟』の出入口光景です。クサム・イブン・アッバースは、7世紀の人ですが、この廟の建設は16世紀になるようです。一般的に知られている伝説においては、彼はその信仰のため斬首されましたが、自分の首を拾って地中深い井戸の中にある楽園の庭に行き、現在も生きていると信じられています。
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青色の文様で飾られた入口門の光景です。入口門の上部に記されている文字は、コーランの1節であることが多いようですが、読み取ることは出来ません。周りの花柄模様は、余デフォルメされずに、実物に近い姿で描かれていました。参道の両脇に、見学してみたい廟が並んでいましたが、時間の都合で、入場して見学したのは、ほんの一部でした。
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イチオシ
シャーヒ・ズィンダ廟群は建物群は、年代ではなく建つ位置の高さで、大きく三つのグループに分けられます。この後、『高位置の建物群』、『中位置の建物群』と『低位置の建物群』の三つのグループに分けて紹介します。これらの建築物は、四つのアーチ状をしたドーム型の通路で結ばれているようです。(私は、現地では確認できませんでした)
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高さによる三つの建築物グループの説明の前に、建設年代で説明しておきます。最初に建設された建物群の建設時期は、11~12世紀に遡ります。当時の建築物の基礎部分や墓石などの主な部分は、現代まで残っています。また、先ほど紹介した初期の中心的な建築物のクサム・イブン・アッバースに関する建築物は、廟群の北東部に位置しています。また、シャーヒ・ズィンダ廟群の大部分の建物は、14~15世紀に建設されました。16~19世紀に再建築がなされましたが、建物の構成や外観は、創建当時から変化していないとされます。
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廟群の内、『高位置の建物群』の紹介です。高い位置にある建物は互いに向かい合う三つの廟群から構成されています。このグループで最初に作られたのは、『ホージャ・アフマド (Khodja-Akhmad)霊廟(1340年代)』です。中心の通路の北側に位置します。右側にある1361年に建設された霊廟は、中心の通路の東側に位置します。
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次に『中位置の建築群』の紹介です。このグループは、14世紀の第4四半世紀に建設が開始された。最初の半分は15世紀に建設され、ティムールの親戚や軍事的、宗教的に高位にあった者の名前と結びついています。西側にはティムールの姪にあたる『シャーディ・ムルク・アーガー』の霊廟が1372年に建設されました。反対側にはティムールの妹の『シリン・ベク・アーガー』 の霊廟があります。
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最後に『低位置の建築群』の紹介です。多段階段を降りた先に、低位置の建築群の内もっとも均整のとれた建築物が位置します。15世紀初めに建設された二つのクーポラを持つ霊廟です。この霊廟には、数学者であり天文学者であった『カーディー・ザーダ・アッ=ルーミー』を祀っています。
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高さによる三つの建物グループの説明を終わったところで、任意の廟に入場しての見学です。見学前に廟名は確認しませんでしたが、凝った造りの内部装飾でした。あとで調べましたら、『ウスト・アリ・ネセフィ廟』のようでした。『シャーヒ・ズィンダ廟群8』として平面図に記されている廟です。ウスト・アリ・ネセフィという建築家により建てられたようです。(1360~1370年)
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室内には、下から壁を照らす照明器具が設けてありました。壁面に描かれたタイル文様が見せ所のためのようでした。『腰壁には、六角形の絵付けタイルによるパネルと、大判タイルとが、交互に配されている』との説明が、タイル技術に詳しい方のネット情報に記されていました。
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少しズームアップした、ライトアップされた腰壁の光景です。タイル技術に詳しい方のネット情報では、更にズームアップした右端部分の大判タイルを『大判タイルの拡大、と思ったが、少しずつ分割して製作し、貼り合わせたもの』との判断もされていました。その写真は、照明器具が設置されていない2015年の撮影でした。
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『ウスト・アリ・ネセフィ廟』の中から眺めた、表通りの光景です。廟跡らしい場所に置かれた石棺が見えました。既に紹介した写真にも写っていましたが、参道より一段高くなった場所に置かれた石棺です。
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『ウスト・アリ・ネセフィ廟』の天井に近い部分の壁面光景です。カラフルな壁面装飾のほか、コーナー部分にはライトアップされたムカルナスがありました.ムカルナスは、イスラーム建築で使われる、持ち送り構造の装飾の一種です。
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イチオシ
ネット情報では、『正方形から八角形への移行部は、スキンチに極座標系のムカルナス』と紹介されていた部分のズームアップ光景です。タイルを専門的に注視した人の書込みらしく、更にズームアップした写真で、『ムカルナスは曲面の絵付けタイルと空色タイルの組み合わせ』とも紹介されていました。
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『ウスト・アリ・ネセフィ廟』の側面光景です。建物正面は右手になります。シャーヒ・ズィンダ廟群の案内平面図の中では『無名1』として記載されているようです。
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屋外に展示された石造遺物の光景です。墓標のような雰囲気もありました。その背後の壁には、『サマルカンドブルー』の『ウスト・アリ・ネセフィ廟』の壁面装飾がありました。ウズベキスタンの古都・サマルカンドは、東西の文化をつなぐシルクロードの要衝として栄えた歴史をもち、『青の都』の呼び名もあります。
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名前が特定できなかった小形の廟の中の光景です。石棺を思わせるような形状の墓標が置かれていました。ネット情報によれば、大理石が使われているようでした。三段に細工された、まだ新しい墓標でした。
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白大理石らしい墓標と、その背後の壁面光景です。レンガ積みの壁面は年代を経たものらしく、その中央奥にアーチ型の窪みが設けてありました。古い廟が少し改装され、再利用されているようにも見えました。再利用といっても、後裔の方の墓標かも知れません。
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同じく、小形の廟の壁面と天井部分の光景です。白大理石らしい墓標街置かれた場所の側面光景だったようです。こちらにもアーチ型の窪みなどが細工され、明かり採りの窓も開けられていました。
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建物の出入口を額縁にして眺めた、墓標が立つ丘の光景です。こちらのシャーヒ・ズィンダ廟群のエリヤとは、高い石塀で区画されていました。これでシャーヒ・ズィンダ廟群の見学を終え、再集合場所に向かうことにしました。
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墓標が立つ丘方面のズームアップ光景です。こちらの墓標は、先端が尖ったナイフのような形のものが標準のようでした。ネット情報では、写真映像入りの新しい墓標にもナイフ形のものが多くありましたが、祖の謂れについては、分かりませんでした。
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イチオシ
再集合場所に向かう途中の光景です。天国の階段を下り切った場所が再集合場所です。その天国の階段の上から見下ろした光景です。サマルカンドの市街光景も遠くに見えていました。
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通路脇の建物の屋根越しに眺めた、サマルカンドの街並み光景です。緑の樹が多く見える光景でした。煉瓦で葺かれた屋根の上は、小雨の痕が残っていました。観光に迷惑ではなく、埃を抑え、暑さも鎮める慈雨でした。
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今度は視線を右に向けて、同じ場所から眺めた光景です。眼下に天国の階段が見え、その先に入口門の光景がありました。緑の樹が見える付近の左手にある石畳の広場が、再集合場所です。
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天国の階段を降り始めて少しの場所から、振り返って眺めた上部方面の光景です。側面に近い方向だったかもしれません。あちらこちらに、サマルカンドブルーのドーム屋根が見えました。
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再集合場所は、参道から分岐して、一寸した広場になっていました。その広場から見上げた、シャーヒ・ズィンダ廟群の光景です。左手に、天国の階段を下ってくる観光客の姿が見えました。この階段は、行きと帰りに数えて同じ段数となれば、天国に行との伝説があります。
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再集合場所の近くで見かけた樹木の光景です。『エンジュ(槐)』らしい樹木でした。エンジュですと、中国原産のマメ科エンジュ属の落葉高木です。日本でも街路樹としてよく見かけますが、新芽は茶の代わりに、蕾と種子は染料になります。
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最後にもう一度紹介する、シャーヒ・ズィンダ廟群に至る入口の門の『ダルヴォザハナ』の光景です。1434~1435年にかけて、ウルグ・ベクの命により建設されたと伝わります。『ダルヴォザハナ』ではなく、『最初のチャルタク』との説もあります。ウルグ・ベク(1394~1449年)は、ティムール朝の第4代君主で、天文学者・数学者・文人でした。天文台と併せて詳しく紹介します。
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シャーヒ・ズィンダ廟群の見学を終え、次に向かったのは、2千年の歴史を持つ『シャブ・バザール』です。歩いて向かった時の途中の光景です。あとで調べて分かった、『Hazrat Khizr(ハズラティ・ヒズル』の名前のモスクでした。
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