2013/09/24 - 2013/10/02
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旅人のくまさんさん
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昨日の内にナポリからローマに移動し、これからはイタリア半島を北に移動しながらの観光です。最初に古代ローマ時代の巨大な遺跡、コロッセオを見学しました。ローマ帝政期の西暦80年に、ウェスパシアヌス帝とティトゥス帝によって造られた円形闘技場です。コンスタンティヌスの凱旋門も隣接しています。(ウィキペディア、JTBワールドガイド・ローマ他)
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ローマで泊まったホテル、ホリデイ・インの自室から眺めた周りの光景です。ローマの都心部からは、海側に近い西側に立地したホテルでした。都会の喧騒からは離れた場所でした。木々が生い茂る、爽やかな朝の光景でした。
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ローマで泊まったホテル、ホリデイ・インの自室から眺めた光景が続きます。天候のほうも問題なさそうでした。今回の旅行のホテルは、ホリデイ・インが重点的に利用されていました。ホリデイ・イン(Holiday Inn)は、インターコンチネンタルホテルズグループ(IHG)が展開するホテルブランドです。
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ホリデイ・インの自室から眺めた光景の紹介の最後です。この後は、ホテルの周りを散策することにしました。ホリデイ・インは、世界に1,100以上のホテルを展開しているようです。ホテルのブランドは、インターコンチネンタル、ANAクラウンプラザホテル、ホリデイ・イン、ホリデイ・イン リゾート、キンプトン、ホテルインディゴとテイブリッジ スイーツと紹介されていました。
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朝食の時間までに少し余裕がありましたので、ホテルの周りを散策してきました。その時の光景です。利用者の口コミを参考に総括しますと、『日本風に言えば、高級なビジネスホテルの雰囲気で、フィウミチーノ国際空港に近い立地が利点』、といったところでした。
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名前:『ユリオプス・デージー』
分類:キク科ユリオプス属の常緑低木
分布:南アフリカ原産
その他:ユリオプス属は南アフリカを中心に、95種ほどが分布。日本でもよく見かけます。朝の散策の時に撮影しました。 -
名前:『ゼラニューム』
分類:フウロソウ科ペラルゴニウム属
分布:南アフリカ原産
その他:テンジクアオイ(天竺葵)の和名を持ちます。ヨーロッパでは窓辺でよく見かけます。同じく、朝の散策の時に撮影しました。 -
泊まったホテル、ホリデイ・インのバイキング方式の朝食です。パンやハム・ソーセージなどは申し分ありませんでしたが、緑の彩り(いろどり)がありません。野菜類がなかったのが残念です。口コミでも『朝のビュッフェは通常のヨーロッパのホテルと一緒でトマト以外の野菜がほとんどないのは仕方がない』、とあきらめのコメントでした。
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ローマにあるホテルの『ホリデイ・イン』の1階ロビーの光景です。1階ロビーの天井が低いのも『ビジネスホテル』と評価されている理由かも知れません。施設写真を見ますと、庭内にはプール施設などもありましたが、質実な造りの1階ロビーの光景です。右側にカウンターが見えていました。
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1泊だけですから、荷物をまとめて、今朝の出発です。玄関に観光バスが横付けされましたが、車寄せの屋根が低いためでしょうか、車寄せの外に駐車していました。この位置から眺めたホテルの外観は、正にビジネスホテルのイメージです。ホテルの表札も控えめの表示でした。
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泊まったホテルを出発し、ローマでの最初の見学地に向かいました。コロッセオと、それに隣接するコンスタンティヌスの凱旋門の見学です。その途中のローマの松が街路樹として立ち並ぶ街道光景です。低い位置に仇はない、『イタリア笠(傘)松』の呼び名もある街路樹です。
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イタリア笠松の街路樹に案内されて、身近な時間で最初の見学地の『コロッセオ』に到着しました。イタリアのシンボルとなっている笠松ですが、1年目の幼木(高さ20~30センチ)は、卓上のクリスマスツリーとして利用されるようです。成木は、25メールもの高木になります。
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イチオシ
コロッセオに隣接する『コンスタンティヌスの凱旋門』の光景です。建物の半分に工事用の足場が組まれ、補修工事の最中でした。フラウィウス円形闘技場(コロッセオ)とパラティウムの丘、フォルム・ロマヌムの間に位置しています。紀元315年、西の副帝だったコンスタンティヌスが、ミルウィウス橋の戦いで正帝マクセンティウスに勝利し、西ローマの唯一の皇帝となった記念に建てられました。
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同じく、角度を変えて眺めた『コンスタンティヌスの凱旋門』の光景です。フランスのパリに建設されたカルーゼル凱旋門のモデルにもなっている、ローマ建築の代表的な造りの凱旋門です。建設された紀元315年は、日本では『古墳時代(250頃~7世紀頃)』になります。
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『コンスタンティヌスの凱旋門』の周りには、恒久設備の金属策が設けられ、立ち入り禁止になっていました。『ミルウィウス橋の戦い』の紹介です。『後にローマ帝国唯一の皇帝となったコンスタンティヌスは、当時西ローマの副帝の地位にありましたが、サクサ・ルブラで正帝マクセンティウスの軍団を撃破し、312年10月28日に、ミルウィウス(現ミルヴィオ)においてマクセンティウスを河畔に追いつめて溺死させ、勝利しました』(ウィキペディア)
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『コンスタンティヌスはローマに入城すると、フォルム・ロマヌム(現フォロ・ロマーノ)のロストラに立って凱旋演説を行い、フォルム・ユリウム(現フォロ・ジュリアーノ)にて市民に賜金を施しました。コンスタンティヌスの凱旋門は、このコンスタンティヌス帝の在位10年目にあたる312年の勝利を記念して造られたものです。奉献式典は315年に行われました』(ウィキペディア)
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『この凱旋門には、コンスタンティヌスの時代から遡ること200年前の建築物の装飾が用いられているため、近年、この凱旋門は実は2世紀頃に建設されたものであり、コンスタンティヌスはこれを改変しただけであるとする説も提唱されています。1960年のローマオリンピックでは、マラソン競技のゴール地点に選ばれました。高さ21m、幅25.7m、奥行き約7.4m。三つの門を有し、中央の門が高さ約11m、幅約6.5m、左右の門が高さ約7m、幅3m、ローマにある凱旋門では最大です』(ウィキペディア)
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『基礎と下部構造は石灰華、最上部は煉瓦(外装は大理石)、円柱は黄色大理石、それ以外は白大理石から構成されます。装飾は古い建築物からの転用材で、南北面の円形浮き彫りはハドリアヌス帝の時代の建築物から、最上層(アティック)の8枚のパネルは176年に建設されたマルクス・アウレリウス・アントニヌスの凱旋門からはぎ取られたものです』(ウィキペディア)
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イチオシ
凱旋門の『西側面』の光景です。トラヤヌス朝第2代皇帝の『マルクス・ウルピウス・ネルウァ・トラヤヌス・アウグストゥス帝(在位:98~117年)』の時代のレリーフが飾られた面です。最上段のレリーフは、トラヤヌス帝の『ダキア戦争(101~106年)』の場面です。この後、ズームアップで紹介します。
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『西側面』の最上部のレリーフです。トラヤヌス朝第2代皇帝の『マルクス・ウルピウス・ネルウァ・トラヤヌス・アウグストゥス帝(在位:98~117年)』の時代のレリーフのズームアップ光景です。トラヤヌス帝の『ダキア戦争(101~106年)』の場面を描いたものです。縦3m、横30mの1枚のものでしたが、凱旋門に取り付けるために4分割されました。あとの3枚は、東側面と中央通路の東西側面です。
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斜め前から眺めた、『西側面』の中間部のレリーフの光景です。円形のレリーフの下に、帯状のレリーフがありました。その帯状のレリーフは、北面から南面に少し回り込んでいました。素材の石材に直に彫刻されているのではなく、別のレリーフが嵌め込まれているように見えました。この後正面からも紹介します。
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正面から眺めた、『西側面』の中間部のレリーフの光景です。円形の枠に刻まれたレリーフは、推測ですが、ギリシャかローマ神話の一場面のようです。帯状の部分には、隊列を組んだ兵士の行進がモチーフになっていました。細かに分割した痕も見えました。
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南正面の右側のレリーフです。『熊狩り』と『ディアーナ神犠牲』の場面です。第14代ローマ皇帝の『プブリウス・アエリウス・トラヤヌス・ハドリアヌス帝(在位:117~138年)』時代のレリーフのズームアップ光景です。一部分はコンスタンティヌス1世帝やリキニウス帝(在位:308~324年)、コンスタンティウス・クロルスのものに入れ替えられているようです。
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南側面の右側のレリーフです。『演説』と『犠牲』の場面とされます。第16代ローマ皇帝の『マルクス・アウレリウス・アントニヌス帝(在位:161~180年)』の時代のレリーフのズームアップ光景です。マルコマンニ戦争(162~180年)の場面を描いたものです。
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『ウェヌスとローマ神殿』の光景です。入場はしませんでした。古代ローマで既知の最大の神殿とされ、フォロ・ロマーノの東端、コロッセオの近くに位置します。女神ウェヌス・フェリクス(好意的なウェヌス)と、女神ローマ(永遠なるローマ)を祀っています。第14代ローマ皇帝のハドリアヌス帝(在位:117~138年)が設計したとされます。ウェヌスの英語読みは、ヴィーナスです。
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イチオシ
少しだけズームアップした『ウェヌスとローマ神殿』の光景です。ローマ皇帝ハドリアヌスが設計し、建設は121年に始まり、ハドリアヌスにより公式に公開されたのが135年とされます。第15代ローマ皇帝の『アントニヌス・ピウス(在位:138~161年)により完成したのが141年です。307年の火災で損傷しましたが、マクセンティウス帝が設計を変更して修復しました。
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木々が生い茂った、庭園のような場所の光景です。手入れをされた木々で、その一角には、現代に造られた家屋の姿もありました。右手前の白い花は『キョウチクトウ(夾竹桃)』、白い花も同じでした。左上にはローマの松の姿もありました。こちら側からはレンガ塀があって、立ち入ることが出来ませんでした。
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前方に見える一帯は立ち入り禁止の柵で囲まれた、現在の発掘調査中のエリアのようでした。崖にはレンガを積んだ跡があり、模様らしいものがありました。その手前には、レンガ積の建物跡が残り、足場を組んで再建作業も行われているように見えました。補修跡もありましたが、レンガで覆われた不思議な壁の光景でした。
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この一角も、レンガ造りの遺跡だらけのようでした。建物跡らしいレンガ積の一部では、足場を組んで作業が行われていました。かなり頑丈そうなレンガ積の建造物に見えました。出入口跡らしいアーチ門や四角な窓の跡も残っているようです。
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『ローマの松』のズームアップ光景です。『イタリアカサマツ』は、有史以前より北アフリカの湿潤な地域に分布していたとされます。現代のモロッコ、アルジェリア、チュニジア、リビアに相当する地域です。スペインとポルトガルには広く分布し、フランス南部の地中海沿岸およびイタリア南部、クロアチアとアドリア海に面したギリシャ南部沿岸部やトルコの西部にも見られます。シリア、レバノン、イスラエル北部では、南アナトリア山地に落葉樹との混合林が確認されています。少なくとも6000年前には食用に栽培されていたようです。(ウィキペディア)
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この後紹介する、コロッセオの周りの市街光景です。コロッセオは、現在は首都ローマを代表する代表的な観光地の一つとなっています。ローマ帝政期の西暦80年に、ウェスパシアヌス帝とティトゥス帝によって造られた円形闘技場ですから、2千年近くの歴史があります。
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