2013/09/24 - 2013/10/02
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旅人のくまさんさん
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9世紀に創建されたアマルフィ大聖堂は、9世紀~13世紀にかけて海洋国家として繁栄を築いたアマルフィ公国の歴史を象徴する代表的な建造物とされます。キリスト教の守護聖人の聖アンドレアを祀ります。
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『峠の茶屋』の店先光景の続きです。
名前:『グアバ』:推定
分類:フトモモ科バンジロウ属
分布:カリブ海沿岸、中央アメリカ、南アメリカ北部、東南アジアなどに自生。
その他:写真は別の果物かも知れませんが、グアバは食用で、形は洋ナシ形です。 -
名前:『パパイア(万寿果)』:推定
分類:パパイア科パパイア属
分布:メキシコ南部から西インド諸島が原産。
その他:別の果物だったかもしれません。西洋梨にも似ています。 -
名前:『ブドウ(葡萄)』
分類:ブドウ科ブドウ属のつる性植物。
分布:コーカサス地方やカスピ海沿岸が原産。
その他:生食のほか、葡萄酒の原料として世界中で栽培。 -
名前:『トウガラシ(唐辛子)』
分類:ナス科トウガラシ属の多年草または低木(日本では1年草)
分布:トウガラシ属は中南米が原産地。
その他:食用のほか、日本では江戸時代から観賞用としても栽培。 -
名前:『ニンニク(大蒜)』
分類:ヒガンバナ科ネギ属の多年草
分布:中央アジアが原産と推定。
その他:世界中の料理で利用されています。 -
名前:『スモモ(李)』
分類:バラ科サクラ属
分布:19世紀以降にアメリカで品種改良。
その他:日本では古くから自生していたようですが、近年ではプラムの名前で輸入量が増えているようです。 -
名前:『リンゴ(林檎)』
分類:バラ科リンゴ属
分布:世界中では数千から1万以上の品種が存在します。
その他:旧約聖書や、ギリシャ神話にも登場します。 -
『アマルフィ海岸』として、世界文化遺産に指定されている地域の紹介です。アマルフィ海岸は、イタリア南部のソレント半島南岸、アマルフィ一帯(カンパニア州サレルノ県北西部)のサレルノ湾に面した海岸を指す名称です。『世界一美しい海岸』と言われる景勝地・避寒地で、1997年にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されました。写真は、沖合に停泊する観光用の小舟の光景です。
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イチオシ
『アマルフィ海岸』の紹介が続きます。『所在地はアマルフィ(ナポリの南東70km)の街を含む海岸一帯(カンパニア州)、海沿いに断崖絶壁が続くこの一帯は、海岸線が変化に富み素晴らしい美しさをみせています。中世初期から人々が定住を始め、中世の海洋共和国として栄えたアマルフィやラヴェッロなどの街では秀逸な建築物や芸術作品もつくりだされました』(イタリア政府観光局)
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『険しい岩壁の続く地形を、人々はブドウやレモンの段々畑、果樹園、放牧地など様々に活用し、紺碧の海とあいまって、地中海的でドラマチックな独自の美しい自然景観を楽しむことができます。引用されたユネスコの委員会の説明では、基準(ii)、(iv)および(v)に基づいてこのサイトを刻むことにしました』(同上)、と説明されていました。
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アマルフィ(Amalfi)の見所は、『海運国として栄えた街は、全盛期時代には、7万人を超える人口を誇っていました。曲線でできた小道、裏道、レモン畑は、海の香りと一緒に暖かい太陽の日差しを一杯に感じることができます。街の中心にあるサンタンドレア大聖堂の最初の建立は10世紀頃。中心になる様式は、アラブ・ノルマン様式で、隣接する天国の回廊は、見事なアラブ様式でできています』(同上)
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ポジターノ(Positano)の見所は、『昔の邸宅を利用したホテルが多く、ゆっくりとした滞在を楽しめる街。多くの観光客は、その美しい街並みと海水浴を楽しむために訪れ、長い休暇を満喫します。街のサンタ・マリア・アッスンタ教会は、内部にイオニア式の柱を持つ印象深い教会です』(同上)、ポジターノは、アマルフィ海岸の西端にある基礎自治体(コムーネ)です。
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ラヴェッロ(Ravello)の見所は、『街の主要スポットとしては、大聖堂(Duomo)とルフォロ荘が挙げられます。大聖堂は11世紀頃に建てられたもので、大理石の説教壇には6体の獅子像があしらわれています。13世紀建立のルフォロ荘はその後の支配者(教皇、アンジュー家など)の邸宅にもなりましたが、現在、夏の音楽祭がこの庭園で開かれることで知られています』(同上、続きます)
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ラヴェッロの見所の続きです。『またギリシア・ローマの胸像が配置された「無限のテラス」のあるチンブローネ荘も一見の価値あり。丘の上にあるこの街から眺める海は絶景です』(同上)、ラヴェッロは、アマルフィから北北東へ約2キロに位置するコムーネです。
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陸移動は、三つのコースが紹介されていました。
①ナポリからトレニタリア社でサレルノまで行き、そこからSITA Sud Trasporti社のバスで移動。②ナポリからヴェスヴィオ周遊鉄道でソレントまで行き、そこからSITA Sud Trasporti社のバスで移動。③ナポリからアマルフィ海岸方面へ、直行バスが運行(SITA Sud Trasporti社バス)、の三つです。 -
アマルフィ海岸は、『ヘラクレスが愛したニュンペーの名に由来した地名(中略)、ヘラクレスはそのニュンペーと仲睦まじく暮らしていたが、ある日突然、彼女が死んでしまう。それを嘆いたヘラクレスはこの世でもっとも美しい土地に彼女を葬り、街を切り開いて彼女の名を付けた』(ウィキペディア)の記述がありましたが、真偽のほどは不明です。私見では、後から出来た逸話です。
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イチオシ
アマルフィ大聖堂の建物正面光景です。第4次十字軍の遠征が実施された1206年に聖アンデレの聖遺物が大聖堂に運び込まれたと言い伝えられています。1208年に地下聖堂が完成し、聖アンデレの聖遺物が安置されました。教会正面(ファサード)は1891年に改装され、外壁はストライプのマーブル模様です。この地域の教会・聖堂としては珍しいものです。
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町の中心部のドゥオーモ広場から階段を上った場所にある、アマルフィ大聖堂の建物正面光景です。9世紀頃に建設された、聖アンデレに捧げられた大聖堂です。聖アンデレは、新約聖書に登場するイエスの使徒の一人で、シモン・ペトロの兄弟であるとされています。『マルコによる福音書』によれば、兄弟ペトロと共にガリラヤ湖で漁をしていたときに初めにイエスに声をかけられ、弟子となりました。弟子のリストの中でもペトロ、ヤコブ、ヨハネについで4番目にあげられています。
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大聖堂の内部光景です。その構造や建築様式には、かつて交易のあったビザンチンやイスラムの影響を色濃く反映しています。アマルフィの宗教的、文化的な歴史を今に伝える貴重な建築物です。初期の建築は、現在はドゥオモ博物館となっている旧聖堂部分です。これは西暦833年以前に遡るアマルフィ最初の聖堂として、さらに古い初期キリスト教会の基礎上に建てられました。987年、この聖堂の向かって右側に現在の主身廊が建てられ、旧聖堂とつながることになり、六つの側廊を持つ特異的な大聖堂が誕生しました。
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新しい壁の裏側に見えていた古い壁の光景になるようです。意図的に開けられたものではなく、壁の強度不足の部分に、偶然開いた三角形の空洞のように見えました。少し手抜きした補修部分だったかもしれません。増築、改築を重ねたアマルフィ大聖堂の歴史の一端が透けて見えたようでした。
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縁取りの低木が綺麗に刈り込まれ、紅い草花が咲いていた、中庭光景です。13世紀に聖アンデレの遺骸を納めた地下礼拝堂の増設と前面のアトリウムを含めた拡張工事が行われました。鐘桜は1世紀近い期間をかけて、1276年に竣工しました。13世紀には、大司教フィリポ・アウグスタリッチョによりアマルフィの富裕層のための墓所として、天国の回廊が旧聖堂の左手に増設されました』(アマルフィ・コースト)
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『反宗教改革時代の16世紀には、トレント公会議の結果、それまで新旧二つの聖堂が一体化していた構造を取りやめ、それぞれが分離したバロック様式に全面改装が行われました。旧聖堂内部は漆喰が塗られてイスラム色が完全に消し去られました。しかし、1931年以降、60年の歳月をかけてバロック様式の改装部分が取り除かれ、再び本来のロマネスク様式が復元されることになりました』(同上)、写真は鐘楼の光景です。
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『アマルフィの景観を代表する現在のファサードは、1861年に崩壊したバロック様式のものに変えて、1891年に新しく作られたものです。ファサードの破風には、ドメニコ・モレッリの手によってヨハネ黙示録に由来するキリストとその前にひれ伏すものたちの姿が描かれています。ファサードの下部にはゴシック様式の壁がんに12使徒がそれぞれ描かれています。また、正面の大階段からつながるアトリウムは、13世紀に増築されました。正面は、ムーア様式のアーチが大理石の細い柱に支えられた美しい構図をなし、内壁は二色の凝る灰岩のブロックで造られています。内部の壁には、モレッリの弟子であるパオロ・ヴェトリによるキリストと聖アンデレを示す福音書の場面のフレスコ画があります』(同上)
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『大聖堂は、総統マンソーネ1世によって987年に建てられました。当初は内部の円柱で仕切られた3廊式の構造でしたが、旧聖堂と接続することにより、六つの身廊を持つ広大で独特の構造となりました。現在の建築は18世紀はじめに、バロック様式に改装されたものです。旧聖堂との間は仕切られ、身廊を支えていた円柱は色鮮やかな大理石で覆われた角柱に置き換えられました』(同上)、写真は、中庭の花壇とヤシの木の光景です。周りの白い建物は、『天国の回廊』です。
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『内陣の中程にはドゥオモの拡大と市街整備に大きく貢献し、目抜き通りにもその名を残す枢機卿ピエトロ・カプアーノの石棺を納めた祭壇があります。左右の側廊には10の小礼拝堂があり、17~18世紀の宗教画と様々な時代の大理石や木製の彫像が配されています。地下礼拝堂にはコンスタン地ノープルから運ばれた聖アンデレの遺骸が納められています』(同上)
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イチオシ
『旧聖堂は、9世紀に遡るアマルフィ最初の聖堂です。聖母マリア、聖コズマとダミアーノに献じられました。当初は三廊式でしたが、天国の回廊を建設するために山側の側廊は取り壊され、中央の広い身廊と海側の側廊が残されています。聖堂内部はドゥオモ博物館となっており、聖堂に関する歴史資料に加えて大司教アンドレア・デ・パレアレアの遺体を納めた大理石の石棺が展示されています』(同上)、写真は、アマルフィ大聖堂と、62段ある正面石段の光景です。
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『反宗教改革の時代には旧聖堂は改名されました。大聖堂から分離されバロック様式に改装され、イスラム的要素が徹底的に排除されました。しかし、1931年に往時の姿への復元を目指して修復が開始され、60年の歳月を経て再び元の建築様式となりました』(同上)、写真はイスラム様式の影響を受けたらしい、幾何学的なストライプ模様の光景です。
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名前:『シクラメン』
分類:サクラソウ科シクラメン属
分布:地中海沿岸が原産。
その他:カガリビバナ(篝火花)、ブタノマンジュウ(豚の饅頭)とも表記されます。 -
アマルフィ大聖堂の石段の上から眺めたアマルフィ市街と、その背後の岩山の光景です。背後が切り立った山で耕地を持たなかったアマルフィですが、海に囲まれ、中東、アフリカ大陸に近いという地理上のメリットを最大限に活用し、諸国との海洋貿易を積極的に行い、町の繁栄を支えました。北アフリカでは木材を売って、その対価として特産品である黄金を得ました。
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アマルフィ大聖堂の石段の上から眺めたアマルフィ市街光景です。アマルフィは、手にした黄金を元に、ビザンチンで香辛料、貴金属製品、高級織物などに替えてイタリアに戻り、アドリア海の都ラヴェンナから船でポー川を船で遡り、パヴィアまで運んで巨万の富を築きました。このイタリア、アラブ、ビザンチンを結ぶ『三角貿易』で発展したかつてのアマルフィです。
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