2013/09/24 - 2013/10/02
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旅人のくまさんさん
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ポンペイ遺跡とアマルフィ海岸などは、日帰りでの見学でした。見学の後ナポリに戻り、ナポリ湾に面したレストランで、地元料理とワインを楽しみました。昨夕は丘の上からの夜景見学でしたが、今日は残念ながら日没前にホテルにバスで戻りました。(ウィキペディア、JTBワールドガイド・ローマ他)
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フラヴィオ・ジョイア像近くの『海の門』の横にあるタイル画を紹介した看板の紹介です。『海の門』はアーケード状の小さな門ですが、その横のタイル画は、かってのアマルフィが地中海沿岸を股にかけて活動していたことを描いています。青い色で記された部分が地中海です。この看板時代がタイル画だったようです。
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名前:『ランタナ』
分類:クマツヅラ科シチヘンゲ属の常緑小低木
分布:南アメリカ原産、世界中に帰化しています。
その他:七変化を忘れたのか、黄色一色の花でした。 -
名前:『ランタナ』
分類:クマツヅラ科シチヘンゲ属の常緑小低木
分布:南アメリカ原産、世界中に帰化しています。
その他:和名は『七変化(しちへんげ)』です。 -
イチオシ
ここからは、突堤のような場所からの光景ですアマルフィの街の東の端方面の光景です。堤防というより、中世の城壁で囲まれたような光景でした。塩野七生さんの地中海を舞台にした小説などによれば、フランスやイタリアなどの地中海沿岸は、アフリカ北部からやって来る海賊に、しょっちゅう襲われていたようです。その守りの一つかも知れません。
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同じく、アマルフィの街の東の端方面の光景です。どこを切り取っても絵になるような光景ばかりでした。この写真では、白い建物を、笠松とも呼ばれるローマの松が引き立てていました。レスピーギの交響詩、『ローマの松』は、1924年に発表され、彼自身が『極めて特徴をおびてローマの風景を支配している何世紀にもわたる樹木は、ローマの生活での主要な事件の証人』と紹介しています。
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地中海は、北と東をユーラシア大陸、南をアフリカ大陸に囲まれた、地中海盆地に位置する海です。面積は約250万平方キロ、平均水深は約1500メートルとされます。内海であるため、比較的波が穏やかです。また、沿岸は複雑な海岸線に富んでいるため良港に恵まれ、ヨーロッパ、アジア、アフリカの三つの大陸を往来することができます。写真は、突堤から眺めた東側方面の光景です。
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こうした恵まれた条件から、地中海は古代から海上貿易が盛んで、古代ギリシア文明、ローマ帝国などの揺籃の場所となりました。21世紀初頭の現在も、世界の海上交通の要衝の一つです。地中海の沿岸は夏に乾燥、冬に湿潤となり、地中海性気候と呼ばれ、オリーブ等の樹木性作物の栽培が盛んです。写真は、小舟が浮かぶティレニア海(地中海)の光景です。
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突堤の周りに隙間なく設置してあったテトラポッドの光景です。テトラボッドは、海岸や河川などの護岸や水制を目的に設置するコンクリートブロックのことで、『消波(しょうは)ブロック』や、『波消し(なみけし)ブロック』とも呼ばれます。日本では『テトラポッド』は、不動テトラの四脚ブロック製品の登録商標になっているようです。
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『消波ブロック』越しに眺めた、アマルフィの東端付近の光景です。白い外観の建物は、ほとんどがホテルのようでした。景観が大切な景勝地ですから、屋根や壁面の色彩をはじめ、宣伝看板などに関しては、厳しい規制があるかもしれません。それを守り続けるのが、アマルフィ海岸の生命線のようです。
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突堤から眺めたアマルフィの光景が続きます。左端付近にアマルフィ大聖堂の鐘楼、右上近くに修道院跡の細長い建物、その背後に見張り台らしい遺跡が見えました。海岸線には笠松とも呼ばれるローマの松が並び、海岸線の砂浜は、海水浴客の姿がありました。
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イチオシ
同じく、絵になるアマルフィの海岸線の光景です。白を基調とした建物群と、その背後の岩山の光景です。空と海も、大切な空間になっていました。塩野七生さんの『海の都の物語(巻3)』では、『地勢的にも、猫のひたいほどの土地とはこうゆう場所のことかと感心させられるほど、狭くて耕作に適していない』、と、アマルフィが写実されていました。
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賑やかな装飾が施された、アマルフィ大聖堂の鐘楼の光景です。最上階の装飾は、アラビア風の装飾のようです。海岸線からの撮影では、直近に背後の岩山が迫っているように見えました。ほとんど90度に切り立った崖です。右端付近に62段の石段が見えていました。塩野七生さんの『海の都の物語(巻3)』では、『今日のアマルフィで、昔の栄華を思い起させるものといえば、この小さな漁港には不似合いなほど豪華な教会と、山腹に残る修道院の、オリエントの影響が明らかにうかがわれる回廊だけ』、と描写されていました。
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山の中腹に見える細長い建物は、先ほどの塩野七生さんの紹介にあった『修道院跡』です。ネット情報では、『Cimitero Monumentale』の名前が見つかりましたが、休業中のホテルのようでした。また、修道院を改装した『ホテル ルナ コンヴェント』の情報もありましたが、こちらも休業中でした。『「月の修道院(ルナ=月、コンヴェント=修道院)」という美しい名前をもつホテル・ルナ・コンヴェントは、12世紀に修道院として創られた建物を改築した、歴史あるホテル』、『修道院は日本ではあまり見かけない建物ですが、元々はキリスト教の修道士が祈りと労働を行うための共同生活を目的としてつくられた施設です』、との紹介もありました。
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手前が地中海の一部のティレニア海、背後が岩山に迫られたアマルフィーの町並み光景です。塩野七生さんの『海の都の物語(巻3)』から、もう少し追加しておきます。『アマルフィーの黄金時代は10世紀中頃から11世紀中頃までの100年間(中略)、海外の商業の中心地で、アマルフィーの商人が駐在していない地はないといわれるほど(中略)、10世紀の海軍国といえば、ヴェネツィアとアマルフィー』と紹介されていました。
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海岸線のズームアップ光景です。小型フェリーだけではなく、中型から大型の帆船も帆をたたんで停泊していました。大雑把に言えば、1本マストが小型、二本マストが中型、3本以上が大型帆船と呼んでいいようです。20世紀に、一度廃れかけた帆船ですが、21世紀では省エネルギーなどの観点から復活してきました。
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逆光での撮影になりましたが、西側方面のティレニア海とソレント半島の光景です。船の姿も見えました。地中海を内海とするヨーロッパ側の光景です。南側はエジプトからモロッコまでの北アフリカ、東側はトルコ、シリアナなどの中東諸国に囲まれた地中海です。ローマ帝国時代に『パスクロマーナ(ローマによる平和)』と呼ばれた区域になります。
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海沿いの限られたエリアが陸からやって来た観光客用の駐車場になっているようでした。推測ですが、駐車場の利用には、事前の予約が必要かもしれません。実は、あの広い中国旅行の時にも、駐車場が少ない景勝地では乗り入れ制限がありました。観光バスは企業として駐車エリアを確保していたようです。
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海岸線のズームアップ光景です。遠浅のようには見えませんでしたが、一体の広さを持った砂浜がありました。二階建てのレストラン風の建物と、その先にビーチパラソルのエリアがあり、左側の海水浴領域とはエリア分けされているようでした。景観アップと日除けになっていたのが笠松、ローマの松でした。
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名前:『ウミネコ(海猫)』
分類:チドリ目カモメ科カモメ属
分布:ロシア南東部、中国大陸東部、台湾、日本、朝鮮半島に分布。
その他:沿岸部や河口、干潟などに生息します。なかなか鋭い目つきのウミネコさんでした。 -
名前:『ウミネコ(海猫)』
分類:チドリ目カモメ科カモメ属
分布:ロシア南東部、中国大陸東部、台湾、日本、朝鮮半島に分布。
その他:嘴の色彩は黄色で、先端が赤くその内側に黒い斑紋が入ります。この辺りが縄張りになるのでしょうか、二羽がリラックスした姿でした。 -
こちらの突堤と同じように、沖に向かってまっすぐ伸びていた、東側に位置する隣の突堤の光景です。その突堤の背後には、かつての見晴台らしい、それほど大きくない丸い建物が見えました。上空には白い雲が伸びて、半島の景色の引立て役になっていました。
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同じく、突堤の先端付近からの光景です。こちらは西側方面の光景になります。海岸線には、ひしめき合うように小舟が係留されていました。アマルフィは、陸路からは少し不便なようでしたから、自家用のヨットやフェリーで、海からやってくる地元イタリアの人達も多いように見受けました。
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イチオシ
薄い青色で塗装された観光用のフェリーのようです。これで、アマルフィ海岸と、アマルフィの町並み紹介はお終いです。時間が許せば、まだまだ見学したい場所はありましたが、約束の時間までに集合し、ナポリに向かっての帰りの時間となってきました。アマルフィは、陸での車の駐車より、フェリーの係留のほうが楽なのかも知れません。
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あらかじめ約束してあった再集合場所に向かう途中の光景です。観光用の場所を意識してでしょうか、綺麗に舗装・整備された、幅広の突堤でした。寸部の隙もないくらいに建物が密集したアマルフィの街ですが、崖山の裏山と、ティレニア海に挟まれた変化に富んだ景色の景勝地でした。
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この日の夕食は、ナポリに戻ってレストランでした。早速、ハウスワインの赤をデカンタで注文しました。ライトボディだった記憶です。グラスに注いだ色を見ても、明らかにライトボディの赤ワインです。
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夕食のメニューの一つ、ピザです。他にも各種の料理がありましたので、この大きさは四人分だったようです。ナポリ代表する食べ物ピッツァ、中でもマルゲリータと呼ばれるトマト、モッツァレッラ、バジリコを使ったシンプルなピッツァはナポリが発祥の地とされます。
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カステル・ヌオーヴォ城の光景です。ヌオーヴォ城は、新しく造られた城だったことから、以前からあった『卵城』と区別をするため、新しい(nuovo)、城(castel)と名付けられました。イタリアの隣国のフランスでは、ワインの新酒祝いの『ボジョレー・ヌーヴォー』が有名です。調べてはいませんが、ヌオーヴォ(nuovo)とヌーヴォー(nouveau)とは語源が一緒かも知れません。
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ヌオーヴォ城の原点となった、ロワール渓谷の紹介です。フランスのロワール川流域に広がる渓谷です。アンボワーズ、アンジェ、ブロワ、モンソロー、オルレアン、トゥールといった歴史上の重要都市が点在し、また何よりも数々の名城(シャトー)が現存していることから『フランスの庭園』の異名があります。宮廷が多く置かれ、典雅なフランス語が発達したことから『フランス語の揺籃地』とも呼ばれます。
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13世紀、ヌオーヴォ城はフランス王国のアンジュー地方を統治した貴族、アンジュー家の城として建設されました。当時のナポリ王カルロ1世(1227~1285年)が、アンジュー家の出身であるフランスのアンジェ城をモデルにし、ルネッサンス様式で建設するよう命じたといわれています。アンジェ城は、フランスのロワール渓谷、メーヌ=エ=ロワール県のアンジェにある城です。ネット写真で見ますと、丸形の塔が、そっくりでした。世界遺産の『シュリー=シュル=ロワールとシャロンヌ間のロワール渓谷』の構成要素の一つです。
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2000年にメーヌ川からシュリー=シュル=ロワールまでの渓谷の主要部分がユネスコの世界遺産に登録され、これに伴い、1981年に『シャンボールの城と領地』として単独登録されていたシャンボール城は、この登録に包含されました。その数が300を超えるロワールの古城のうち、初期のものは15世紀初め頃に城砦として建造され、ロワール渓谷最大の城であるシャンボール城は16世紀の建設です。
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