2013/09/24 - 2013/10/02
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ヴァチカン市国の南東端に位置する、カトリック教会の総本山のサン・ピエトロ大聖堂の紹介です。前回は千年に一度のミレニアムの年の2000年に見学しました。キリスト教の使徒・聖ペテロのイタリア語の『サン・ピエトロ』に由来します。(ウィキペディア、JTBワールドガイド・ローマ他)
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『MVSEI VACICANI』の表紙と、その上にあった人物像の光景です。イタリア語の『MUSEI VATICANI』とは少しスペルが異なりますが、『ヴァチカン美術館』の意味のようでした。『ヴァチカン美術館』は、歴代ローマ教皇の収集品を収蔵展示する世界最大級の美術館です。この像は、ミケランジェロとラファエロ像とされます。
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これから見学する予定のヴァチカン美術館の事前説明のパネルの紹介です。この説明パネルには英文表示もあり、『The Last Judgement:最後の審判』でした。キリスト教では、『生前に悔い改めなかったものはシオール(ハデス)、重大な悪行を犯した者は永遠に滅びるゲヘナにいく。最後の審判で復活したイエス・キリストが再臨し裁きを行い、永遠の生命を与えられる者と、地獄 (キリスト教)に墜ちる者を分けるときの事をいう』と解説されていました。ミケランジェロの代表作で、バチカン宮殿のシスティーナ礼拝堂の祭壇に描かれたフレスコ画で、1541年に完成しました。
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次の説明パネルには『The Cealing:天井画』のタイトルがありました。タイトルには記されていませんでしたが、システィーナ礼拝堂の天井画の『天地創造」です。同じくミケランジェロの作品です。『天地創造は、ミケランジェロが、主に旧約聖書の「創世記」に基づいて描いたもので、この世界と人間は神によって造り出されたが、人間は堕落してしまったので、神の救済が必要だという教義が表現されています。絵の中心は天井の中央部分を占める9枚の絵。その周りに7人の預言者と5人の巫女の絵が描かれています。中心となっている9枚の絵は、システィーナ礼拝堂の入口に立って見た場合、手前から「神による天地創造の場面」「アダムとイブの創造と追放の場面」「人類の破滅とノア一族の物語」の3つの場面に分けられます』、と解説されていました。
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最後の説明パネルは『The Sistine Chapel:システナ礼拝堂』のタイトルがありました。『システィーナ礼拝堂』は、ローマ教皇の公邸のバチカン宮殿にあり、その建物とともに、ミケランジェロ、ボッティチェッリ、ペルジーノ、ピントゥリッキオら、盛期ルネサンスを代表する芸術家たちが内装に描いた数々の装飾絵画作品で世界的に有名な礼拝堂です。とくにローマ教皇ユリウス2世の注文でミケランジェロが1508年から1512年にかけて描いた天井画と、ローマ教皇クレメンス7世が注文し、ローマ教皇パウルス3世が完成を命じた、1535年から1541年にかけて描いた『最後の審判』はミケランジェロの絵画作品の頂点とされています』、と紹介されていました。
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『ヴァチカン美術館』の中庭光景です。16世紀末にローマ教皇の『ユリウス2世(在位:1503~1513年)』により創設されたこの美術館は、ベルヴェデーレの中庭の大部分を占めていて、世界で最も大きな美術品コレクションの一つとされます。芸術を愛好し、多くの芸術家を支援したことで、ローマにルネサンス芸術の最盛期をもたらしました。
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同じく、『ヴァチカン美術館』の中庭光景です。ローマ教皇の『ユリウス2世は、芸術面での功績はありましたが、その治世中に、教皇領とイタリアから外国の影響を排除しようとした奮闘が、戦争好きの政治屋教皇というレッテルを彼にもたらすことになりました。
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イチオシ
『ピーニャの中庭』にある、大きな松ぼっくりの飾りです。『ピーニャ』は、松ぼっくりを意味するようです。巨大な松ぼっくりのブロンズ像が半ドームの中央にありました。その左右に孔雀のブロンズ像がありましたが、ピーニャが大き過ぎて、小鳥のように見えました。推測ですが、ローマの傘松の実がモデルになっているようでした。1~2世紀に作られたローマ時代の噴水で、8世紀末ごろから旧サン・ピエトロ大聖堂の前庭の中央に置かれ、現在の大聖堂を建設の時の1608年にこの中庭に移されました。
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巨大な松ぼっくりの飾りが置かれた半ドームの下部の光景です。その手前の段下には、左右にライオン像と、中央に人物の頭部像がありました。その頭部像は、水の吹出し口になっていました。日本風に言えば、清めの水かも知れません。ローマの松は、各地で目にしましたが、マツカサの実は食用になるようでした。
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巨大な松ぼっくりの飾りの左右の孔雀と、その台座の彫刻のズームアップ光景です。古代の人々は 孔雀の肉が死後も腐らなかったことから、クジャクを不滅のシンボルとするようになりました。こ のシンボルは初期キリスト教で取り入れられました。台座の彫刻は、ギリシャ神話を取り入れたような群像でした。
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『ピーニャの中庭』の正面にある、半ドームの上部のズームアップ光景です。左右の回廊が、この場所で繋がっているようでした。回廊に合わせて、半ドームの内側にも窓が並んでいました。『ピーニャの中庭 (コルティーレ・デッラ・ピーニャ)』は、ヴァチカン美術館の入口に一番近い場所に位置します。
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借りてきた猫のようにおとなしそうな顔をして、リラックスモードで前足を組んだ獅子の光景です。入口を守る役割ではなく、ウェルカムのご挨拶が役割のような姿でした。下がり気味の目と、申し訳程度に開いた口が、その大人しそうな風貌を象徴していました。台座には、ヒエログリフが刻まれていましたが、王を示す囲い文字がありました。小さく割れた部分があり、黒大理石当りが使われているようでした。
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イチオシ
こちらも、これ以上はリラックスできないような姿のライオンさんです。左手に説明パネルがありましたが、タイトルだけが読み取れました。英文の、『Lions of
Nectanebo』の表示もありました。『ネクタネボ(1世)のライオン』の意味のようです。ネクタネボ1世は、エジプト第30王朝のファラオ(在位:紀元前380~紀元前362年)です。在位18年、多くの功績を残したファラオとされます。 -
『ピーニャの中庭』の周りの光景です。金色に光る球形の飾りがありました。ネット情報では、『この球体の直径は径4メートルで、サン・ピエトロ大聖堂のクーポラ上部にある球体と同じ大きさ』と紹介されていました。1960年制作のイタリアの彫刻家『アルナルド・ポモドーロ(1926~)』の作品で、『球体の中の球体』でした。
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ヴァチカン美術館の発祥の地は、教皇の『インノケンティウス8世(在位:1484~1492年)のベルヴェデーレ宮の中庭だったとされます。 魔女狩りと異端審問を活発化させた人です。教皇の『ユリウス2世(在位:1503~1513年)により庭園として整えられ、古代彫刻の傑作で飾られました。その中でも1506年にローマのサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂近くの葡萄畑で発掘された古代の彫像群『ラオコーン』が美術館建設の発端となったようです。
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アプローチの通路脇の彫像は、無名の作品が多いらしく、作品名札や、説明プレートは見当たりませんでした。この彫像も頭部がありませんでした。ユリウス2世は、当時ヴァチカンで働いていた彫刻家の『ジュリアーノ・ダ・サンガッロ(1445~1516)と、『ミケランジェロ・ブォナッローティ(1475~1564年)』を発掘調査のため現場に急行させました。そして彼らの助言に従って、教皇は葡萄畑の所有者からこの彫像群を購入し、一カ月後に『ラオコーン』をヴァチカンで公開しました。
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古代ローマ時代の大理石像でしょうか、通路脇のこの像にも表示などはなかったようです。その後ユリウス2世は、ヴァチカン宮殿内の『ベルヴェデーレの中庭』に、ラオコーンをはじめ枢機卿時代に自らが収集していた『ベルヴェデーレのアポロン』などの古代彫刻を配置しました。歴代のローマ教皇は同時代の芸術家を手厚く保護し、また多くの美術品を収集しました。こうして18世紀後半にはベルヴェデーレの中庭を含むピオ・クレメンティーノ美術館が開き、19世紀にはエジプト美術館、エトルリア美術館、世俗美術館、キリスト教美術館などが次々に増設され、20世紀に至るまでヴァチカン美術館の拡大は続きました。
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いよいよ展示館の中の見学です。先ほど紹介した『ラオコーン像』は、現在は『八角形の中庭』と呼ばれる『ピオ・クレメンティーノ美術館』の中庭に置かれています。その作品は、西暦50年頃にローマ帝国のティトゥス帝(在位:79~81年)に招かれてロードス島からやってきた3人の彫刻家が手がけたものとされます。1506年にネロ帝の黄金宮殿(ドムス・アウレア)から発掘され、ミケランジェロをはじめとしたルネサンス期の芸術家に多大な影響を与えたとされます。
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燭台のギャラリーの豪華な天井装飾と、その装飾の中心にあった紋章らしい光景です。この後紹介する、ローマ教皇のレオ9世の紋章です。ローマ教皇として教会改革にはじめて着手したとされ、トゥールの司教(在位:1026~1051年)に在任中の1049年に教皇に登位し、在位は5年余でした。その期間中、ローマで過ごしたのは半年に満たなかったと推定されています。ドイツやフランスの各地において改革的教会会議を開き、現地の司教や修道院長を集めて、改革を進めたためとされます。聖別され、教会慣用名はレオとされます。
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天井に描かれた、豪華な飾りを持った紋章のズームアップ光景です。四方のシムにエンジェルが、左右に天使の絵があり、紋章の下部には『LEO・PP・Ⅸ』の文字がありました。ローマ教皇のレオ9世(在位:1026~1051年)は、アルザス地方(現在のフランス東端部)のダグスブルクの出身で、アルザス貴族のエギスハイム伯家に生まれました。レオ9世は、ローマ教皇として教会改革にはじめて着手した人物です。クリュニー修道院出身者をはじめ、数多くの有能な改革者たちを教皇庁に取り込みました。その中には、後に教皇・グレゴリウス7世となるイルデブランドもいました。
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ギリシア神話に登場する狩猟・貞潔の女神のアルテミス像のようです。アルテミスはゼウスとデーメーテールあるいはペルセポネーの娘とも、あるいはディオニューソスとイーシスとの間に生まれた娘とも言われています。ギリシア人に普及した伝承によれば、ゼウスとレートーの娘で、アポローンとは双生児とされています。古典時代の神話では、狩猟と貞潔を司る神とされます。アルテミスの祭祀は女性を中心とするものでした。神話ではニュムペーを従えてアルカディアの山野を駆け、鹿を射ますが、ときには人にもその矢が向けます。
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ギリシャ神話に登場するアルテミス像のズームアップ光景です。小アジアの古代の商業都市エペソスは、アルテミス女神崇拝の一大中心地です。この地にあったアルテミス神殿は、その壮麗さで古代において著名だったようです。小アジアにおけるキュベレーなどの大地母神信仰と混交して、独特なアルテミス崇拝が存在していたと想定されています。それは植物の豊穣や多産を管掌する地母神としてのアルテミス崇拝です。古代ギリシャの森や山野の処女神アルテミスのイメージ・原像とは大きく異なってたようです。
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豪華な天井装飾があった、燭台のギャラリーの見学を早々に終えて、次の場所への移動です。部屋の中も通路も行列ができていました。早く見学を終えて、システィーナ礼拝堂などへ向かう人が多いためのようでした。時間が許せば、ゆっくりと見学したい場所ばかりですが、それでは、肝心な場所の見学ができなくなってしまいます。
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女性ではなく、スカート姿の若い男性像のようです。スカートというより、ワンピースのような服飾でした。今では女性が履くものとして定着しているスカートですが、古代では、むしろ男性が履くものでした。古代エジプトでは、『シェンティ』と呼ばれるスカートがあり、スコットランドの伝統的な民族衣装の『キルト』は、湿地が多いスコットランドでは、優れた軍服と評価されています。日本の『馬乗袴(うまのりはかま)』は、乗馬に特化したスカートに分類される衣服でした。
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壁面の台座の上に飾られていた立像です。台座に『MVN.PⅡ.SEXTI.P.M』の表示がありました。ラテン語のようでしたが、翻訳できませんでした。頭には被り物があり、右手に伝令らしい巻物、左手に盾を手にしたローマ兵士の姿のようでした。スカート姿のように見えました。
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この辺りでも、ほとんど歩きながらの撮影が続きました。古代ギリシアで最も中心的な衣服の材料はウールとされ、男女の服装に大きな違いはなく、共に一枚布を体に巻きつけ、時にはピンや帯を使って着付けるものだったようです。また、古代ローマ時代の女子の衣服や髪型は、ほとんどギリシアの写しとされます。ローマ女性は鏝などで髪を巻いてボリュームを出すことも好んでいて、そのヘアスタイルは、詩人のオウィディウスに『ミツバチの数より多い』と言わせたほどです。
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先ほどの女性の服装は、ツーピースのようにも見えましたが、こちらの服装は、丈の長い一枚布のイメージでした。ローマ時代の服装の最大の特徴は、身分標識としての衣類の発展が著しいことです。公服であるトガの着付け方や色彩は厳しく規定されていて、日常生活では、もともと内衣兼部屋着だったトゥニカと、さまざまな外套が主な衣服となりました。紀元前3世紀ごろからダルマチア地方の民族服が広く着られ、キリスト教の国教化と共に公服となりました。
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焼き物ではなく、石製の壺のようです。周りの彫像などと同じような色合い、質感を持っていました。主要な部分にブドウの絵が彫刻されていました。蓋のように見える部分も、本体と一体に彫刻されたもののようです。
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燭台のギャラリーのの天井画です。『キリスト昇天』を描いた絵の紹介です。十字架を持ち、女性のようにやさしい姿のキリストが描かれていました。静かな雰囲気の絵です。アーチで幾つかの部屋に仕切られ、燭台がおかれていました。この燭台はコンスタンツァ教会やサンタニェーゼ教会にあったものです。壁面にはローマ時代に作られたギリシャ時代彫刻の摸刻が並びます。
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ここからは、タペストリーのギャラリーになります。タペストリーの展示品は、『イタリア旅行記2(51):の『補遺2:サン・ピエトロ寺院の展示品と室内装飾(2/2):タペストリー、天井画、壁画、現代絵画』で紹介します。ここでは、天井画と装飾をご覧ください。
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イチオシ
タペストリーのギャラリーの天井画と装飾の光景です。下から光を当てて、立体感を浮かび上がらせていました。壁面に展示されたタペストリーの織物の劣化を防ぐために、間接照明にしてあるようです。タペストリーの製作は、ラファエル工房の作品がベースになっているようでした。
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