2011/10/22 - 2011/11/06
6079位(同エリア16388件中)
kojikojiさん
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昔からずっと気になっていながら行った事の無かったパサージュ・ジュブロアの近くにある「グレヴァン蝋人形館」に行ってみました。この蝋人形館は外国人には人気のようで、今回もオスマン大通りに長蛇の列が出来ていているのを見て1度は諦めましたが、数日後の雨に日の夕方に行ってようやく中に入ることが出来ました。事前にホームページを見て蝋人形については知識はありましたが、驚いたのは蝋人形館自体の建物が素晴らしかったことで、もちろん「ヴェルサイユ宮殿」や「オペラ・ガルニエ」のような本物ではありませんが、雰囲気やミラーを多用して空間を広く見させる手法は見事でした。欧米人向けに蝋人形にする著名人が選ばれているので日本人にはなじみのない人が多いですが、ハリウッドスターも多いのでそれなりに楽しめます。そのうち見学者と蝋人形が入り混じって何が何だか分からなくなってきます。触ることは出来ませんが近くに置かれた小物を使って記念写真を撮ったり出来るので、2時間から3時間は時の経つのを忘れることが出来るでしょう。入場料は20ユーロちょっとなので、パリでは一番高い入場料の観光地かもしれません。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 観光バス 船 徒歩
- 航空会社
- 中国国際航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
PR
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入場料はパリの美術館で一番高い1人20ユーロでした。蝋人形館ですが、最初に現れたこのグレヴァンさんだけが蝋人形ではありませんでした。元々はイラストレーターでしたが新聞にカリカチュアを発表したら非常に好評で、それに目を付けた人がカリカチュアを蝋人形で作る事を勧めてこのミュージアムが出来ました。
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凸面鏡に映った自分たちを見て「太って見える。」なんて面白がって写真を撮っていたら、この蝋人形館の呪いに掛かって本当に太ってしまいました。
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他にも体が伸びたり縮んで見える鏡がありますが、写真に撮ると普通に写ってしまうのが不思議でした。エントランスホールにはエジプト美人が怪しいランプを持ってお出迎えです。
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階段の上には列が出来るほどの人気のようです。これは「パレ・デ・ミラージュ」という光のショーの入場待ちで、このホールで館内に入る人の人数を調整しているようでした。
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1882年創立のグレヴァン蝋人形館はパリで最も古い博物館だそうです。蝋人形館は当時の日刊紙ル・ゴロワの編集長であったジャーナリストのアルチュール・メイヤーの発案で設立されたものでした。新聞に登場する人物たちをビジュアルに見せたいという目的だったようです。
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アルチュール・メイヤーが協力を求めたのは風刺画家のアルフレッド・グレヴァンでした。2人は歴史の事実を蘇らせることに傾注し、作品のリアリズムを最大限に尊重しました。
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実際のギロチンを手に入れ処刑の場を再現したアルチュール・メイヤーでしたが、グレヴァン蝋人形館を訪れたある女性が息子の頭をギロチンの足元のカゴの中に見つけたという事件があってからこれをマダムタッソー美術館に譲渡することを決めました。
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蝋人形館には歴史的な200席ほどのイタリア式劇場があります。この蝋人形館は1964年にアンドレ・マルローにより歴史的建築の1つに指定されました。ここでは1892年の世界で初めての漫画「哀れなピエロ」を見ることができます。ジョルジュ・メリエスの初期の作品を見ることもできます。内装と装飾はアントワーヌ・ブルデルとジュール・シェレが行いました。宮殿のような内装は本物のようなクオリティなのでよりリアルに見る事が出来ます。
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「パレ・デ・ミラージュ」は鏡張りの円形のホールで、しばらくすると光のショーが始まります。この後写真の撮影はご遠慮くださいとアナウンスがあったので(周りがキャーキャーうるさいので聞き取れませんでしたが。)写真はここまでです。約5分くらいのショーは先に進む見学者の人数を調整する役目もあるように感じました。このホールは1900年のパリ万博のために創造されたスペクタクルで、1906年からグレヴァン蝋人形館に設置されたそうです。
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鏡の宮殿を越えるといきなり有名人が現れるのでびっくりします。まずはジョージ・クルーニーとブラッド・ピットなので、「オーシャンズ13」の場面のようです。
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蝋人形にここまで近づいたのは初めてなので、視線を合せるとやっぱり不気味です。蝋人形を作るには成型と彫刻、画家とインプラント、衣装と義歯と義眼、アクセサリーに装飾美術など15以上の専門技術が必要だそうです。顔はモデルを使った粘土とプラスティリンで作る方法と、絵や立体映像から起こす方法があります。
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妻は無邪気に記念写真を楽しんでいます。
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ジュリア・ロバーツにしてはちょっと背が低いし、お顔もまん丸な気がします。
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楽しまないと損ですね。入場料が20ユーロなので「オーシャン20」ですね。小物のグラスなどもシャンパンが入った状態で置いてあるのでリアルな記念写真が撮れます。
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子供の頃に東京タワーの下に蝋人形館があった記憶があるので調べてみたらこの旅行の2011年にはまだ営業していたようで、2013年に閉館したそうです。お台場にはマダム・タッソー東京があるので行ってみたい気もします。
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キャロル・ブーケとティエリー・レルミットは2人共フランスの俳優です。
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キャロル・ブーケは15歳でソルボンヌ大学の哲学科に入学するという秀才で、その後は演技の勉強をするためフランス国立高等演劇学校に編入したそうです。
17歳のときにルイス・ブニュエル監督に見出され、1977年に映画「欲望のあいまいな対象」でデビュー。国際的には1981年に公開された「007シリーズ」の第12作でボンドガール役を演じた「007 ユア・アイズ・オンリー」が有名ですね。 -
アリエル・ドンバールですね。エリック・ロメールの映画に多く出ていたフランスの女優ですが出身はアメリカのようです。
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知っているのは「海辺のポーリーヌ」と「宮廷料理人ヴァテール」くらいしかありません。妻より少し年上のお姉さんです。
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ジェニファー・バルトリは、ニース出身のフランス人歌手だそうです。ちょっと日本人にはなじみのない方が続きます。
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エルトン・ジョンと並んで一緒にピアノが弾きます。1975年のケン・ラッセル監督のロック・オペラ「トミー」を封切りの映画館で見たときは感動しました。ピンボールの魔術師役のエルトン・ジョンが神様のように思えました。
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「Saturday Night's Alright(土曜の夜は最高)」も素晴らしい曲で、ほぼ無名のケヴィン・コスナーが主演している1985年の映画「ファンダンゴ」の主題歌になっています。ケヴィン・コスナーの映画では最高だと思っています。もちろん「僕の歌は君の歌」や「グッバイ・イエロー・ブリック・ロード」は今聴いても感動します。
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ジュリアン・クレールよりもミッシェル・ポルナレフの方が好きでした。クリニャンクールでポルナレフの写真集が売っていたので買いそうになりました。
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今回の旅では著名なカフェに立ち寄ったり、19世紀末から20世紀にかけてのパリに由来する場所にも数多く立ち寄りましたが、それぞれ華やかな良い時代だったのだろうと思えました。ここはそんな時代のあだ花みたいなところだったのでしょうか。
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モニカ・ベルッチは好きな女優さんなのでカチンコを持って記念写真。ジョゼッぺ・トルナトーレ監督も好きなので、「マレーナ」とか「シチリア!シチリア!」とかが印象に残っています。
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ショールやサングラスなどの道具が置かれているので自由に使えます。このサングラスを持ってエルトン・ジョンのところに戻りたかったです。
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「ドーバルマン」で共演したヴァンサン・カッセルと結婚されていましたが別れてしまって残念です。
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初めて出てきた東洋人はジャッキー・チェンでした。日本人だと同じ東洋人の蝋人形の方が見ていても安心できます。よく似ていたせいかもしれませんが。
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一番奥の席ではブルース・ウィールスが妻をナンパしています。1986年からNHKで放送していた「こちらブルームーン探偵社」が好きで、毎週妻と見ていたので懐かしい気分になります。個人的には「ハドソン・ホーク」が好きです。
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アメリー・ノートンはちょっと美人にしすぎ?この人は生後5歳まで日本で暮らし、その後中国やビルマやラオスに移り住んで再来日して住友商事に勤めていたという人です。その時の事を「畏れ慄いて」に書き表し日本では物議をかもしましたそうです。変わった衣装ですが現代の若い作家で、ベルギーの名門貴族の出だそうです。
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ヴァンプス(Les Vamps)はニコール・アヴェザール(ルシアンヌ・ボージョンの役を演じる)とドミニク・ドラコステ(ジゼル・ルーローの役)で構成されたフランスのコミックデュオです。 彼らは1950年代の主婦の格好をして、風刺漫画の2人の老婦人を具現化し、いつもしかめっ面しています。
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どれが蝋人形か分からない出来栄えです。眼鏡もスカーフもこの場所に用意されているのでなりきることが出来ます。
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劇場の座席にはシャルル・アズナヴールも座っていました。父が大好きだったので日曜日によくレコードを聴かされた記憶が残っています。
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2階席からは監督のロベルト・ベニーニが「プリンチペッサ!」と叫んでいるようです。監督と主演を務めた「ライフ・イス・ビューティフル」も良かったですが、個人的にはジム・ジャームッシュ監督の「ダウン・バイ・ロー」とかオムニバス映画の「ナイト・オン・ザ・プラネット」のローマのタクシー運転手役は最高に面白かったです。お客として乗った神父を相手に「告解」を始めるのですが、くだらない内容を聞かされて…。ロサンゼルス編のウィノナ・ライダーも良かったな。
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チェチーリア・バルトリはイタリア人のメゾソプラノ歌手で、とても人気のある歌手だそうです。
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隣にはご本人が同じ意匠で同じポーズで立っている写真が置かれてありましたがとても良く似ていました。
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2011年はフランスのドーヴィルでG7が開催されたこともあり、各国首脳は人気がありました。
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ウラジミール・プーチンもまだ若々しいです。
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バラク・オバマ大統領は2009年10月に現職のアメリカ合衆国大統領としてノーベル平和賞を受賞しましたね。
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ニコラ・サルコジ、フランス大統領。異例の移民2世でユダヤ系の大統領の誕生はフランスの多民族国家化を強く印象づけましたが、在任中は人種差別的な発言を繰り返し話題になりました。
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アンゲラ・メルケルさんもよく似ていますが、かなり若いころの姿だと思います。
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シルヴィオ・ベルルスコーニ首相はこの後に挿げ替えられていると思います。日本の首相はころころ変わるので、1体当たり2000万円ほどかかる蝋人形は造ってもらえないのだと思います。名前も知られていないですからね。
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2011年10月当時は民主党政権で野田総理でした。その前が菅総理と鳩山総理でしたが、2008年の年末に加入したドル建てのリタイアメントインカム保険では民主党のおかげで驚異的な円高になり大いに助かりました。
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ベルナール=アンリ・レヴィはフランスの哲学者で小説家、映画製作者でコラムニストです。先ほど劇場でお会いしたアリエル・ドンバールのご主人でもあります。
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カフェにはフランスの哲学者のジャン・ポール・サルトルさんがいらっしゃいました。カフェでタバコが吸えたいい時代でしたね。
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サルバトール・ダリもお茶を飲みに来たのでしょうか。以前はあまり好きではなく、バルセロナに1週間ほど滞在しながらフィゲラスまで足を延ばさずにいました。その後ダリの人生も含めて勉強していると興味深く思えてきました。
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30代でそんな思いになったまま50代を超えてから2回目のバルセロナ滞在でフィゲラスまで足を延ばし、ダリ劇場美術館を心置きなく見学することが出来ました。
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パブロ・ピカソもあまり好きではなかったのですが、1度目のバルセロナで行った「ピカソ美術館」の青青の時代の一連の作品を見て好きになった画家です。マドリードで時間の関係でゲルニカを見ることが出来なかったのも次の旅で念願が叶いました。
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大好きな映画にウッディ・アレン監督の「ミッドナイト・イン・パリ」があります。小説家を目指して処女小説の執筆に悪戦苦闘中のギル・ペンダー (オーウェン・ウィルソン)が酒に酔ったままパリの街をうろついていると深夜12時の鐘と共にクラシックカーが現れ、1920年代のパリにタイムスリップするストーリーです。
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着いた店ではコール・ポーターがピアノを弾き、F・スコット・フィッツジェラルドと妻ゼルダがいて、フィッツジェラルド夫妻と飲みに入ったバーでは、アーネスト・ヘミングウェイと出会います。ヘミングウェイに自分の小説を読んでくれないかともちかけたギルでしたが、「自分は読みたくないが、代わりにガートルード・スタインを紹介しよう」なんて奇想天外なストーリーですが自分の想いに重なってしまいます。
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午前中にアトリエをお邪魔したお宅の主、オーギュスト・ロダンが大理石に鑿を当てています。掘っているのは「カテドラル」かと思いましたが、左手のように見えるので違うみたいです。
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金槌をふるう姿は弟子のアントワーヌ・ブールデルの彫刻のように思えました。
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ジャン・ギャバンは有名なフランスの俳優ですが、知っている映画は「望郷」のペペ・ル・モコと「地下室のメロディー」のシャルルくらいで、映画的にはアラン・ドロンの映画として見ていたことに気が付きました。それとどうしても森山周一郎の声が蘇ってしまいます。
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オーソン・ウェールズは葉巻を楽しみながらロックグラスでウイスキーを飲んでいます。「第三の男」くらいは知っているのでウィーンへ初めて行った際はプラター公園の観覧車を乗りに行きました。それとルネ・クレマンの「パリは燃えているか」もよかったです。「トランスフォーマー ザ・ムービー」のユニクロンの声が遺作ですね。
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オーソン・ウェルズの視線の先ではジャン・ポール・ゴルチエがマリア・カラスにデッサンを見せています。
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イタリアの実業家ジョヴァンニ・バッティスタ・メネギーニと結婚していましたが、後にアリストテレス・オナシスのもとに出奔し離婚します。オナシスとの愛人関係はケネディ大統領の未亡人ジャッキーとオナシスの結婚により終わるなんて話は子供の頃に新聞で読んだ記憶があります。
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ゴルチエと言えばこのボーダーストライプだと思ってしまいます。映画の衣装も手掛けていて「フィフス・エレメント」や「ロスト・チルドレン」がありますが、個人的にはジャン・ピエール・ジュネ監督の「ロスト・チルドレン」のファンタジーな世界が好きです。
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大好きなジャン・レノは病み上がりみたいに痩せています。同じようなジャケットで記念写真を撮りました。「グラン・ブルー」が大好きで、シチリアのタオルミーナのサン・ドメニノ・パラスホテルやカポ・タオルミーナにも行ったことを思い出します。
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セルジュ・ゲンズブールもお疲れ気味です。このバーにいる人に生気を感じないのは当たり前ですね。意外と小柄ですが顔が大きい印象です。
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ゲンズブールについてはほとんど知らないのですが、南沙織と小林麻美の歌う「夢見るシャンソン人形」で知った程度です。原題の「Poupee de cire, poupee de son」は直訳すると「蝋人形、詰め物をした人形」だそうですが、まさか自分が蝋人形になるとは思わなかったのではないでしょうか。
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アーネスト・ヘミングウェイもカウンターの角でロックグラスを手にしています。お昼過ぎにドヌー通りのヘミングウェイも通った「ハリーズ・ニューヨーク・バー」に入ろうとしたら妻に却下されたのを思い出しました。ブラッディ・マリー飲みたかったです。
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楽屋で鏡を見つめるミシェル・セローはフランスの俳優です。
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その横に座るのはロミー・シュナイダーです。最近ケーブルテレビで観たエリザベート3部作で恋してしまいましたが、もうずいぶん前に亡くなっていたのですね。そういえばアラン・ドロンやジャン・ポール・ベルモントなんて顔ぶれは見掛けませんね。
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次々に記念写真を撮る人は入れ替わり、それそれに楽しんでいます。
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パリ・オペラ座バレエ団のエトワールダンサーのニコラ・ル・リッシュとマリー・クロード・ピエトラガラだそうです。
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ルチアーノ・パヴァロッティのテノールが聞こえてきそうです。この旅の数年前に亡くなっています。
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2006年のトリノオリンピックの開会式では「トゥーランドット」の「誰も寝てはならぬ」を謡ったのが記憶に残っていますが、これがパヴァロッティにとって人生最後のステージとなったそうです。
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ランウェイでポーズを決めるナオミ・キャンベルのスタイルの良さには驚きました。
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キャリアの絶頂期は1990年代初期で、シンディ・クロフォードやクラウディア・シファー、クリスティー・ターリントン、リンダ・エヴァンジェリスタ、ケイト・モスと並んで「ビッグシックス」と呼ばれていたころでしょうか。
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クリスチャン・ディオールがランウェイのナオミ・キャンベルに視線を送っています。
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ディオールには思い入れがあります。ヴェネツィアのムラーノ島でガラス器を誂えた店があるのですが、妻を伴って再訪したときにその店のマルチェッロとローザ夫妻からプレゼントされた緑色の一輪挿しにはCDと彫られてありました。彼らの説明によると「これは君の好きなカルロ・トージがディオールの別荘の食器を造った際のサンプルだよ。」といってプレゼントされたのを思い出しました。
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ジェラール・ドパリューの作品で一番好きなのは、ベルナルド・ベルトルッチ監督の「1900年」です。作曲家のジュゼッペ・ヴェルディが死んだ年である1901年に北イタリアのベルリンギエリ農園では2人の男の子の赤ん坊が誕生します。1人は小作人頭の孫でオルモと名づけられ、もう1人は地主の孫アルフレードと名づけられます。2人は成長しても友人のままで、オルモはジェラール・ドパリュー、アルフレードはロバート・デ・ニーロが演じています。
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ペレはサッカーブラジル代表のエースとして3度のFIFAワールドカップ優勝しています。15歳でデビューしてから1977年に引退するまで、実働22年間で通算1363試合に出場し1281得点を記録した「サッカーの王様」です。
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セバスチャン・シャバルはフランス・ヴァランス出身の元ラグビー選手で、ナンバーエイト及びフランカーとして、ラシン・メトロ92およびフランス代表でプレーしていました。この頃は日本のラグビーも一般的には特に人気も無かったころです。
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何となく雰囲気が揃った2人です。気が合いそうです。
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お笑い芸人のミカエル・ユーンのお笑いライブ「Pluskapoil」のポスターそのままだそうです。この写真だけだとなんてことないですが。
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下半身はスケルトンになっています。男性器に骨があるのは初めて知りました。
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ジャン・レノが主演したフレンチ・シェフ・コメディ「シェフ!三つ星レストランの舞台裏へようこそ」で共演していますね。
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1998年のワールドカップでフランスが有鬚した場面です。決勝戦は地元のフランス代表と前回優勝国のブラジル代表の顔合わせとなりましたが、フランス代表がジネディーヌ・ジダンの2得点などでブラジル代表を3-0と下し初優勝を果たしました。
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ということでジネディーヌ・ジダンですが、あまり似ていない気がします。
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セレスタン・アドルフ・ペグーはフランスのパイロットです。1913年8月ヨーロッパでパラシュートで降下した最初のパイロットになりました。 第1次世界大戦では6機を撃墜してエースパイロットになった人物です。
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ローレル&ハーディはかつてサイレントからトーキーの時代にかけて活躍したアメリカのお笑いコンビです。チビで気弱なスタン・ローレルと、デブで怒りんぼのオリヴァー・ハーディによるこのチームは、日本でも「極楽コンビ」の名称で親しまれました。
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フランスの負の歴史を物語るシーンから。「1943年2月のクラス」はナチス・ドイツ占領下のフランスでは1940年からユダヤ人は黄色い☆のバッジをつけることを義務づけられます。右後ろの席に座っている少年は黄色い☆のバッジをつけています。この時は嫌なことだけれどまだそれほど深刻で悲惨なことにるとは誰も思っていなかったでしょう。そして7月16日にパリ警察によるユダヤ人検挙が行われヴェルディヴ(冬季競輪場)収容されていきます。春に行ったブダペストでもユダヤ博物館で同じような写真を見て胸が詰まったことがありました。
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映画の中でしか知らないブリジット・バルドーは非常に小柄でした。残念ながら近くには行けません。衣装からするとミッシェル・ドヴァル監督の「気まぐれに愛して」の一場面のようです。
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うだつのあがらないチェロ奏者が車を運転中、豪華なロールスロイスに接触事故を起こされます。中から出てきたのは絶世の美女で、離婚を繰り返してきた海千山千の女です。ところが彼女の方がチェロ奏者にのぼせ上がってしまいというロマンティックなラブ・コメディです。バルドーの衣裳はクリスチャン・ディオールとマルク・ボワンが担当しています。
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ルイ・ド・フュネスはフランスの喜劇俳優で、「ルイ・ド・フュネスのサントロペ・シリーズ 」の憲兵役で有名です。まさにその憲兵の姿で微笑んでいます。
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アンジェリーナ・ジョリーかと思いましたが、PS4のゲームのキャラクターのララ・クロフトのようです。
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「風と共に去りぬ」は1939年封切りの作品です。クラーク・ゲーブルにビビアン・リーの有名なシーンです。でもこのシーンを見るとスピルバーグ監督の「太陽の帝国」で1941年の上海の外灘に日本軍が侵攻してくる場面を思い出してしまいます。
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「太陽の帝国」も大好きな映画ですが、英国人のジムの役を演じた少年は「バットマン」でブルース・ウェインを演じるクリスチャン・ベールです。
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レイ・チャールズかっこいいです。個人的にはサントリーのCMのサザンオールスターズの「愛しのエリー」が懐かしいですね。
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ジミ・ヘンドリックスの持つフェンダー・ストラトキャスターがかっこいいです。フェンダー社の創業者であるレオ・フェンダーが「あれ(トレモロ)はあんな風に使うものではない」と激怒したという逸話も残っています。
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フィル・コリンズはもう少しポーズを考えればよいのに。ジェネシス時代のフィル・コリンズ好きでした。
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ルイ・アームストロング。サッチモという愛称で親しまれた20世紀を代表するジャズ・ミュージシャンの1人です。真っ白なハンカチーフは顔を拭うためと、後ろのバンドメンバーに合図を送るために使っていたそうです。「女王陛下の007」の挿入歌「愛はすべてを越えて」が好きです。
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時代はさかのぼり「印象派の画家たち」という題名のジオラマです。
左の女性はベルト・モリゾーですが、オルセー美術館収蔵のマネの描いた「すみれの花束をつけたベルト・モリゾ」の印象が強いのでちょっと残念です。
右はモリゾーを描いているオーギュスト・ルノワールと、それをのぞき込むエドガー・ドガです。 -
その隣にはルノワールの「田舎のダンス」を蝋人形にしたものだとすぐに分かります。モデルの男性は画家で友人のポール・ロートで、女性はのちにルノワールの妻となるアリーヌ・シャリゴです。
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ナポレオン1世がしかめっ面で椅子に座っています。?映画監督のディレクターズチェアに似た赤い革張りの椅子は、仏皇帝が数々の遠征時に使用したものです。ナポレオンの出身地であるコルシカ島のアジャクシオにある美術館にありますが、2014年に美術館の学芸員が誘惑に負けて座った時に壊れたそうです。
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この絵を見ると19世紀フランスのロマン主義の画家ポール・ドラローシュの描いた「フォンテーヌブローのナポレオン」を思い出しますが構図が少し違います。
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屋外で「レ・ミゼラブル」を執筆しているヴィクトル・ユゴーの姿もあります。
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ドラクロワの「民衆を率いる自由の女神」の絵に描かれている少年ガブロッシュ少年の構想を得たと言われるので、視線の先にはこんな蝋人形が並んでいます。赤いフリジア帽を被る自由の女神マリアンヌはドラクロワの描いたほうが官能的で美しいです。
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ここからは歴代のフランス王が立ち並びます。こちらはその衣装からフランソワ1世だと分かります。元はルーブル美術館に収蔵されているティツィアーノの肖像画のままです。ティツィアーノはフランソワ1世に直接はあっておらず、メダルを参考にしたので右を向いているのかもしれません。
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プティ・パレ美術館に収蔵されているドミニク・アングルの「レオナルドの死を看取るフランソワ1世」でも同じ衣装を着ています。前の週に行ったクロ・リュセ城のダ・ヴィンチの亡くなった部屋にも複製画が飾られていました。
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「アンリ4世」は賢明で有能な君主で、反対派貴族を武力で弾圧するのではなく、懐柔することに努め、そのためには賠償金の支払いさえ辞さなかったそうです。さらに国民の生活状態を配慮する姿勢が評価されて絶大な人気を誇り、「良王アンリ」と呼ばれるようになりますが、車に乗ろうとした際に暗殺されてしまいます。アンリ4世はあらゆる芸術家や工芸家を招いてルーブル宮殿に住まわせ、創作活動を行わせました。これはナポレオンが禁止するまで、歴代の王によって継承される政策となります。
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群集がテュイルリー宮殿に押し寄せた際にそのリーダーが王に誠意ある態度を求め、幾人かが槍を王に向け振り回しました。彼は「余は憲法と法令が、余に命じていることをしているにすぎない」と冷静に述べて威厳を示します。その後8月10日事件で王権が停止され、国王一家はテュイルリー宮からタンプル塔に幽閉されます。1793年に革命広場(コンコルド広場)でギロチンで斬首刑にされますが、これに先立つ革命前に「人道的な処刑具」としてギロチンの導入が検討された際にその刃の角度を「斜めにするように」と改良の助言を行ったのはルイ16世本人でした。
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タンプル塔でのマリー・アントワネットの生活は幽閉とはいえ家族でチェスを楽しんだり、楽器を演奏したり、子供の勉強を見たりするなど、束の間の家族団らんの時間があったそうです。10皿以上の夕食に30人のお針子を雇うなど待遇は決して悪くなかったようです。マリー・アントワネットはコンシェルジュリー監獄に囚人第280号として移送されてその後裁判が行われます。死刑判決の後に1晩で髪が真っ白に変わったと言われます。苦なく死ねるように髪を短く刈り取られ、斬首日にコンシェルジュリー監獄を出たときから両手を後ろ手に縛られていたそうです。最期の言葉は死刑執行人の足を踏んでしまった際に発した「お赦しくださいね、ムッシュウ。わざとではありませんのよ。」だったとされています。
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ジャック・ルイ・ダヴィットの「マラーの死」の場面です。18世紀に起きたフランス革命の指導者的立場で革命を推進したジャコバン派の政治家ジャン・ポール・マラーが、対立するジロンド派の美しき擁護者シャルロット・コルデに暗殺された場面です。
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皮膚病の治療のために硫黄風呂へ浸かっていた時、「伝えねばならない重要な情報がある」との理由で近づいてきたシャルロット・コルデに刺殺された瞬間です。手には「私の不幸は貴方の善意に訴える権利を私に与える。」と書かれた血液付きの嘆願書が握られています。
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そして太陽王ルイ14世の登場です!画面は暗いですがヴェルサイユ宮殿のシーンです。歴代の王たちは単独で立ち並んでいるだけなのに、ヴェルサイユのルイ14世のまわりは絢爛豪華な世界が広がっています。
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ルイ14世と言えばフサフサとした頭髪を思い浮かべます。17世紀からカツラを被る王侯貴族が現れますが、その流行を作ったのはルイ14世の父ルイ13世でした。ルイ13世は頭髪が薄かったためにカツラを被りましたが、ルイ14世は身長が160センチしかなかったので少しでも背を高くみせるためにカツラを被ったそうです。また当時は入浴などの習慣が無かったので、髪を剃って清潔さを保ったことも理由の一つだそうです。
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こちらはアレクサンドル・デュマの小説「三銃士」の場面で、ダルタニャンの雄姿です。フランスの片田舎ガスコーニュ出身の立身出世を夢見る若者ダルタニャンが銃士になるべく都会パリに出てきて、銃士隊で有名なアトスとポルトスとアラミスの三銃士と協力しながら、次々と迫りくる困難を解決していく物語は小学生の頃にドキドキしながら読んだ記憶があります。
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さらに歴史は遡り、聖バルテルミー大虐殺の場面です。1572年にサン・ジェルマン・ロクセロワ教会の鐘の音を合図にプロテスタント信者の大虐殺が行われたという事件です。階段の上には残酷に笑うカトリーヌ・ド・メディシスの姿があります。事件の発端は国王シャルル9世の母后カトリーヌ・ド・メディシスの提案により、ユグノー(プロテスタント)とカトリックとの融和を図るため、ユグノーの指導者であるナバラ王アンリと王妹マルグリットが結婚することになります。1572年結婚式が行われ、ユグノーの中心人物であるコリニー提督はじめ多くのユグノー貴族が結婚を祝うためパリに集まっていました。最初にコリニーが狙撃されて負傷する事件が起こると、2日後のサン・バルテルミの祝日である8月24日、カトリック強硬派のギーズ公の兵がコリニー提督を暗殺し、シャルル9世の命令により宮廷のユグノー貴族多数が殺害されます。事態は宮廷の統制を超えて暴発し、市内でもプロテスタント市民が襲撃され、虐殺は地方にも広まり、犠牲者の数は約1万人から3万人とされます。
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レオナルド・ダ・ヴィンチが戦車の模型を手にして思案中です。ダ・ヴィンチが晩年を過ごしたクロ・リュセ城には数々の発明模型が置かれていて、興味深く見学しました。
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ミシェル・ノストラダムスはルネサンス期フランスの医師で占星術師で詩人です。日本では「ノストラダムスの大予言」の名で知られる詩集を著し、その予言は現在に至るまで非常に多くの信奉者を生み出し、様々な論争を引き起こしてきた。ただ1999年の7の月も終わってしまい、これから復活することはあるのでしょうか。
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ヴィクトル・ユゴーの「ノートルダム・ド・パリ」のエスメラルダとカジモドの姿です。子供の頃に「ノートルダムのせむし男」という邦題で読んだ記憶はあります。その後はディズニーのアニメーションで見たくらいで、大人になってからは読み直していません。
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これも気に入ったスリーピー・ホロウ風の騎馬像です。絵画だと「死の凱旋」と言ったところでしょうか。
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井戸の中からスケルトンの騎士が現われますが、これがどういうものなのかキャプションには「ミドルエイジ」としか書かれてありませんでした。そう考えるとブリューゲルの「死の勝利」などの絵画の題材になっている「ペスト」を表してるのだと思います。
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ポール・ドラローシュの「ウィンチェスター枢機卿の尋問を受ける独房のジャンヌ・ダルク」の絵を彷彿させます。ただ、ジャンヌ・ダルクの姿はルーアンのヴィユ・マルシェ広場で火刑に処された場面に変わっています。
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暗黒のミドルエイジを抜けると少しホッとしました。
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最後の部屋は大宮殿の広間です。1882年の開館当時はこのホールだけしかなかったそうです。
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見事な装飾なので部屋のインテリアだけでも見応えがあります。
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ナポレオン1世の家族たちが大広間のソファーで寛いでいます。若い頃のナポレオン1世かオリジナルに忠実なのか、あまりダヴィッドの描く美化された肖像画と似ていないですよね。前日にアンヴァリッドで息子や兄弟の墓所を参拝してきたばかりなので少し不思議な気分です。
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皇后ジョゼフィーヌの姿もあるので、1810年にオーストリア皇女マリ・ルイーズと再婚する前の家族の肖像です。
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マドンナは非常によく似ていると思いました。80年代のミュージック・ビデオが全盛だった頃やMTBやベスト・ヒットUSAなんて番組が最高に面白くて楽しかったです。
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ハリソン・フォードはやっぱり「インディー・ジョーンズ」の姿ですね。「スター・ウォーズ」もよいですが、個人的にはリドリー・スコット監督の「ブレード・ランナー」のデッカードがいいですね。レイチェル役のショーン・ヤングに恋したけど最近の写真を見てショックを受けました。「刑事ジョン・ブック目撃者」も好きな映画ですが、アメリカ人の友人と話をしていて邦題を説明したら「日本人はなんで題名を変えるんだ。」と笑われたことを覚えています。
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チャールス・ブロンソンはよく似ています。「大脱走」や「狼たちの挽歌」とか「レッド・サン」を思い出しますが、子供の頃にテレビCMで見た大林宣彦監督の「ウーン、マンダム!」が忘れられません。勝手な思い込みでメキシコ系の方かと思っていましたが、リトアニアのタタール系がルーツだそうです。
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クリント・イーストウッドもジュリアーノ・ジェンマと共に大好きな俳優で、「荒野の用心棒」や「夕日のガンマン」はかっこよかったです。その後の「ダーティ・ハリー」シリーズの最初の方は好きでした。それとラロ・シフリンの音楽もよかったです。
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1955年アインシュタインが亡くなったとき、その死体を前にした解剖担当医のトマス・ハーヴィーは脳を取り出して重さを計ったそうです。それは平均的な脳よりやや軽かったそうで、予想に反した結果に納得がいかずに彼はその脳を元に戻さず盗み出します。その後なんとか近親者の許しを得た彼はアインシュタインの脳を家に持ち帰えりますが調べ方がわからず、脳のスライス標本を各国の脳研究者に一方的に送りつけました。それから40年たってカナダの学者に調べてもらえることになり、脳のかけら14個と無傷のときの写真を送ったところ下頭頂小葉という視覚的・空間的な思考をつかさどる部分が通常より15%大きいことがわかったそうです。現在分散された脳を集めることもされているようですが、個人的に持っていたい人や、思惑はそれぞれだとNHKの番組で知りました。
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ライザ・ミネリと言えば「キャバレー」で、それ以外の何ものでもないように思えます。1930年代のベルリンなんていけるものなら行ってみたい気がします。中学生のころに映画を見てそんなこと思いました。ベルリンには現在もキットカットクラブという「クラブ」があります。1997年にヨーロッパ最大の屋内レイヴ・パーティーMaydayに参加したDJ石野卓球ってすごいなと思う。ちょっと脱線しました。
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「刑事ジョン・ブック目撃者」話のアメリカ人の友人が百合の花の話になった時、マリリン・モンローと言ったら大笑いされたことがありました。この蝋人形館でアメリカに帰ってしまった友人のことを思い出しました。「七年目の浮気」の名場面の地下鉄の通気口の上に立っています。
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ナポレオン一族に向かって微笑むエルヴィス・プレスリーです。この辺りは混んでいるのでどれが人間で、どれが人形か混乱してきます。
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デヴィッドの絵とは違ったご家族がいらっしゃいます。
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マイケル・ジャクソンはあまり動きが無いので面白くありません。もっと気障にポーズを取った方が良いかな。マイケル・ジャクソンはジャクソン5のころから好きでマドンナと同じく80年代のミュージック・ビデオの帝王でした。スリラーのミュージック・ビデオがテレビで流れた時には感動しました。
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ここまで楽しませてくれると高い入場料も納得がいきます。
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周辺でも色々な物語が語られています。空中を歩いているのは人間離れした綱渡りパフォーマンスで知られているフランス人大道芸人フィリップ・プティでしょうか。場違いな服装に見えるマハトマ・ガンディー。
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モーツァルトはシェーンブルン宮殿でマリア・テレジアの前で演奏した際、宮殿の床で滑って転んでしまい、6歳のモーツァルトはそのとき手を取った7歳の皇女マリア・アントーニア(マリー・アントワネット)に「大きくなったら僕のお嫁さんにしてあげる」と言ったそうです。7歳のときフランクフルトで演奏した際に作家のゲーテがたまたまそれを聴き、そのレベルは絵画でのラファエロ、文学のシェイクスピアに並ぶと思ったとのちに回想しています。
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エリザベス女王はエディンバラ公を探しているのでしょうか。一人座る姿は少し寂しげです。
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ガンジーはただ微笑むだけです。糸車は持っていませんでした。
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チャーリー・チャップリン。ベトナムのハニのメトロポールホテルのバーには彼の名前を冠したチャ-リー・チャップリン・マティーニがありましたっけ。
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「マイネーム・イズ・ハーン」の映画ポスターがあるのでシャー・ルク・カーンだと分かりました。後年の映画ですが、「チェンナイ・エクスプレス」は面白かったです。
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列車の中でヒッチコックは新聞を読んでいます。その肩には映画「鳥」を想像させるカラスが新聞を覗き込んでいます。
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ヒッチコックと同じコンバートメントの対面の座席に座る男は透明人間です。
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ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世とマザー・テレサが微笑んでいます。
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サン・ピエトロ大聖堂の地下墓地へ行ったときに亡くなってから数年経っているにもかかわらず大勢の方が祈りをささげて泣いている姿に感動しました。
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アラン・デュカスもよく似ています。史上最年少で3つ星を獲得し、ミシュランから異なる国で3つ星を獲得した世界初のシェフです。
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そしてフランス料理と言えばポール・ボキュースで、彼が作った料理のひとつに「スープ・オ・トリュフ・ノワール・ヴェ・ジェ・ウ」というスープがあります。フランス共和国大統領ジスカール・デスタンのためにエリゼ宮での午餐会に出されたものです。このとき大統領はポール・ボキューズにフランス料理の大使という名目でレジョン・ドヌール勲章を授与しています。
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ギリシャ神話の豊穣を司る精霊であるフォーンはフルートの一種であるショームの達人です。
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フォーンは男の子ですがここには女の子もいました。
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時間が過ぎるのも忘れてしまいそうな初めての蝋人形館体験でした。シャルル・ド・ゴールの背中の大きさにはびっくり。ド・ゴールを暗殺しようとするフレデリック・フォーサイス原作の映画「ジャッカルの日」を思い出しましたが、こんなに大きい人なら狙撃しやすいなと思いました。
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パサージュ・ジュブロアに面した窓から怪しい男が「面白かっただろう。」と笑っていました。
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この旅行記へのコメント (2)
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- サウスピーチさん 2011/12/24 01:10:40
- グレヴァン蝋人形館
- kojikojiさん、こんにちは♪
グレヴァン蝋人形館、めっちゃ楽しかったです! 昨年私達がパリを訪れた時は、
ここは時間がなくて行けなかったので、詳しく載せて下さって感謝です☆
ほんと、蝋人形館の建物も素晴らしいですね。 それに! kojikojiさんご夫婦の楽しそうなこと!(笑)
いいですねー、色々な小道具も置いてあるなんて粋な計らいがあって、お二人共、ノリノリって感じ。
こちらまで楽しくなりました。(*^^*)
次回は必ず寄りたいです。
Merry Christmas☆
サウスピーチ :)
- kojikojiさん からの返信 2011/12/24 12:58:52
- RE: グレヴァン蝋人形館
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> サウスピーチさん
こんにちわは。
グレヴァン蝋人形館はよかったですよ。2000年の年末にも二人でパサージュ巡りをしていて入ろうか迷ったのですがその時は入りませんでした。その時の沸々した思いが11年経っても残っていたので今回は迷いなく入りました。日本人には馴染みのない人も多いですが、何しろ人数が多いので充分楽しめました。建物の素晴らしさもあったので大満足の2時間でした。他の見学者もノリノリで楽しんでいるので、こちらも楽しくなります。次回はぜひ行ってみてくださいね。入場料がちょっと高いですが見終ったら気になりませんでした。
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