2011/10/22 - 2011/11/06
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kojikojiさん
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「ロダン美術館」をじっくり見学して、その興奮冷めやらぬままに「アンヴァリッド」を抜けて、「アレクサンドル3世橋」を渡って「プティ・パレ」まで行くと臨時の休館日でした。一挙にロダンとカミーユ・クローデルの興奮は醒めてしまいました。11月1日は諸聖人の祭日で、パリ市内のほぼすべての美術館は休みだったようですが、フランス語の分からない観光客には分かりませんでした。仕方が無いので「パレ・ロワイヤル」まで行って、「ヴァンドーム広場」界隈まで足を延ばしてみました。休みに関係のないいくつかのパッサージュを巡って、「グレヴァン蝋人形館」にも行きましたが、それはまた別の旅行記で紹介します。特に観光がメインの日ではなくなってしまいましたが、ヴァンドーム広場界隈の宝飾品店が祭日で休みだったのは幸いでした。その後もブラブラとパリ市内を散歩して、最後は姪と合流してモロッコ料理に舌鼓です。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 観光バス 船 徒歩
- 航空会社
- 中国国際航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
「ロダン美術館」の見学までは良かったのですが、その後の「プティ・パレ」が11月1日は諸聖人の祭日で臨時休業でした。どうやら他の美術館も休みのようなのでこの日は雨の中をパリ市内を散歩することにしました。
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ルーブル美術館も休みなのでこの界隈も観光客の姿もまばらです。「パレ・ロワイヤル」はルーヴル宮殿の北隣のサントノーレ通りといった至近距離に建っています。もともとはルイ13世の宰相リシュリューの城館パレ・カルディナルでしたが、その死後に主君へ寄贈されています。ルイ13世の死後に当時5歳のルイ14世がルーヴル宮殿から移り住んだことで「パレ・ロワイヤル」と呼ばれるようになります。
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太陽王ルイ14世はパリのゲネゴー劇団とブルゴーニュ劇団との統合を命じて王立コメディ・フランセーズ劇団が「パレ・ロワイヤル」に設けられます。
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エントランスまで入れないかと思いましたが、残念ながら扉には鍵が掛っていました。どうやらここも祭日でお休みのようです。
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三島由紀夫は「私は生れてから今までに見た数しれぬ舞台の中から、舞台美術といふ点で、最美のものを示せ、といはれたら、私はちうちよなく、一九六〇年冬のシーズンにパリで見たコメディ・フランセーズの「リュイ・ブラス」をあげる。後にも先にも、私はあれほどに心を奪ふやうな舞台美術といふものに接したことがない」と述べています。
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その後オルレアン家の手に渡りルイ14世の弟オルレアン公フィリップ1世が住むようになります。当時は建物の中には貴族や金持ちしか入れませんでしたが、一般公開されていた庭園で庶民は散歩を楽しむことができたそうです。
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「パレ・ロワイヤル」の中庭と美しい庭園は毎日開いているようです。 中庭はCour d'Honneurと呼ばれ、1986年に設置されたダニエル・ビュランのLes deux plateauxという作品、通称「Colonnes de Buren(ビュランの円柱)」と呼ばれるインスタレーションが印象的です。これは古典的にデザインされた宮殿とは対照的で、それはモノクロームの渦巻きで配列された様々な高さの黒と白の柱280本で構成されています。
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これは個人的にはベットされたルーレットのチップに見えてしまいます。この中庭自体が1から36までの数字が書かれた盤面に思えてしまいます。ディーラーの「No more bet! Thank you!」なんて声が耳の中に蘇ってきます。この旅の数年前に妻と7泊8日の東地中海クルーズでルーレットに嵌まって毎晩カジノに通っていましたが、1人分のクルーズ代金くらい勝てたのは幸いでした。
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18世紀1789年7月に王政に不満を持つ民衆に「武器を取れ!」と呼びかけたのが、この回廊の西寄りにあるカフェ・ド・フォワの前で、その翌日にバスチーユ監獄襲撃事件が起こり、フランス革命へと発展していきます。フランスの歴史の中で最も重要視され、国で一番大切な祝日とされている革命記念日の7月14日に起こったフランス革命はここから始まりました。
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フランス革命前に王位を狙っていたオルレアン公フィリップ・エガリテは、金貸し業者からの借金80万リーヴルを返済するために、借金の抵当になっていたパレ・ロワイヤルの屋敷の庭園をぐるりとコの字を描くような建物を建て、商人たちに貸し出しました。一種の不動産経営のようなものでもありますが、開放された1階にはレストランや商店が並び、中庭にはカフェができます。
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そんな名残のような古い勲章などを扱う店が幾つかありました。需要と供給が成り立つから商売になるのでしょうが、個人的には理解できない世界です。ミリタリーグッズは嫌いではありませんが、他人が叙勲した勲章の価値が分かりません。
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1780年に造られた回廊は中庭の庭園を囲むように西側にモンパンシエ回廊、中庭を挟んで向かいの東側にヴァロワ回廊、そしてボジョレ回廊と3面に設置され、お店が並んだアーケードの商店街のような感じがします。
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そうそうたるブランドのオートクチュールが並んでいます。プレタポルテには思えないデザインやサイズのものがパリらしさを感じました。この店は後にNHKの「世界はほしいモノにあふれてる」という番組に出てきました。
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こちらには丁寧に使われてきたバックが並んでいます。日本で良くある質流れ品みたいな安っぽさは感じません。現在では手に入らないデザインの質の良いものを買い求めてもよいなと思いました。
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チョーカーネックレスが素敵でしたが、日本で使えるようなパーティーも思いつかないので見る出気にしました。
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小雨の中を防寒着を着せたウィペットを散歩させるカップルってパリらしいけれど、この近くで大型犬を買えるところに住んでいると考えると、どれだけのセレブなんでしょう。
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中央には大きな噴水池がありますが、さすがに雨の日では寒々しい景色です。パレ・ロワイヤルの北側には「ル・グラン・ヴェフール」と言うナポレオンも行ったと言われるお店がありますが、横目に眺めてパレ・ロワイヤルを後にします。
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ミシュラン2星のレストランは諦めて、近くの中華レストランに入りました。パレ・ロワイヤルの周辺は日本食の店やラーメン屋も多いのですが、どうも入る気になりませんでした。
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フランスのレストランは上を見たらきりが無いので、今回の旅では高級店には立ち寄りませんでしたが、どこの店も美味しかったです。
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雨の日には温かいスープや麺が恋しくなります。
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「パレ・ロワイヤル」の後は「ヴァンドーム広場」に目指すのでオペラ通りを横切ります。前日に行った「オペラ・ガルニエ」の中を詳しく見学していながらオペラ通り側からの外観を見ていなかったことに気が付きました。
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とは言っても雨の中通りを延々と歩くのも嫌なので望遠レンズで写真だけ撮っておくことにしました。
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ネオ・バロック様式の典型と呼ばれる「オペラ・ガルニエ」の外観はこの辺りから眺めた方が大屋根のバランスが良いと思います。
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フランスでは11月1日に「諸聖人の日」を祝います。諸聖人の日はカトリック教会の祝日のひとつで、すべての聖人を記念する日です。古くは「万世節(ばんせいせつ)」といいます。フランス語では、Toussaint(トゥッサン)と呼ばれ、すべて(Tous)の聖人たち(Saints)を祝うという意味です。因みにカトリック教会の典礼暦では「諸聖人の日」の翌日、11月2日は「死者の日(Défunts / デファン)」となっています。「死者の日」は亡くなった全ての信者を記念する日とされています。
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そんなお盆のような祭日の昼下がり、しかも雨の中をパリ市内を歩き回るのは酔狂なことに思えてきました。しかし、観光客は歩き続けなければなりません。
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「Le MAROC」というモロッコ料理屋さんの前を通りがかったらクスクスやタジン料理が食べたくなり、この日の晩は姪を誘ってモロッコ料理を食べに行くことにしました。
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メゾン・ド・フーケの美味しそうなチョコレートが売っていました。と言ってもお店は休みですが。
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近くではクスミ・ティーの紅茶を売っています。5缶入りで18ユーロなので、ホテル近くのモノプリで17ユーロで買った方がお得ですね。この旅ではクスミティーにはまってお土産にたくさん買い求めました。何しろ缶がかわいいです。
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ヘアサロンのウインドウには面白いマネキンがありました。この形は古代ローマのマイルストーンであったエルメ像のデザインなので写真に撮りました。普通は男性の顔で、石柱の中間あたりにペニスが彫られているのですが。
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ショコラティエのニナリスの店名より」「Rose de Versailles」、ヴェルサイユの薔薇にの文字に目が留まってしまいます。
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BONNAT(ボナ)はアルプスの近くにあるヴォワロンという町で家族経営を続けている老舗のメゾンです。カカオ豆の仕入れから選別、焙抄からコンチングまでもチョコレート作りの全ての工程を自社のアトリエで行うそうです。そのシングルオリジン(単一原産地)の概念は、1904年に世界で初めて手がけたブランドとして知られ、現在ではフレーバーものも含めて40種類以上のバリエーションがあるそうです。
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かわいいウインドウの窓ガラスにパリの街並みが映り込んでいてとてもきれいです。
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ようやく「ヴァンドーム広場」に到着しました。この広場は11年前の旅行で最後に訪れた場所です。なんて感慨に浸っていたら、VCAの前で「もう歩けない。」なんて言い出しました。祭日なので安心していたらこの店だけ営業しています。昔横浜でデートしていて、水上バスで横浜そごうに着いたら同じことを言われて、ブラックシェルの四葉のクローバーの指輪を買う羽目になったので店には近づきません。
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こちらの店では安心してウインドウショッピング出来ます。5大宝飾店などと呼ばれることもあるグランサンクですが、そのメンバーは創業年度の古い順にメレリオ・ディ・メレー(1613年)、ショーメ(1780年)、モーブッサン(1827年)、ブシュロン(1858年)、ヴァン クリーフ&アーペル(1906年)で、グランサンクは正しくは「フランス高級宝飾店協会」と呼ばれるそうです。
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現在住んでいるマンションに引っ越すタイミングと2か月の大阪の出張が重なってしまい、引っ越しをすべて妻に委ねてしまったことがありました。その仕事ではショーメのショップを造ることもあって、会社の方に「妻に引っ越しを委ねて、2か月も家を空けているので指輪をプレゼントしたいのですが。」と相談していました。予算的にもこれくらいかなという指輪を決めていたのですが、オープンの時に来た妻は「あたしは指が太いからこの倍の幅が無いとだめ。」といい、幅は倍になりましたが、予算は倍では済みませんでした。そんな思い出の店の本店です。
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ヴァンドーム広場は1702年にルイ14世の栄光を称えるために敷設され、「征服広場」から「ルイ大王広場」へと名前を変えましたが、この時期フランスは占領地を失いつつありました。その当時は王の騎馬像も広場の中央に設置されていました。
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ナポレオン1世はアウステルリッツの戦勝を祝賀して、ローマにあるトラヤヌス記念柱を模したコラム(円柱)と自らの像を建てました。コラムには浅い浮き彫りを施したブロンズの延べ板が螺旋状に巻きつけられ、この彫刻はピエール・ノラスク・ベルジェレによるものです。彼のプロパガンダによれば使用されているブロンズは、ヨーロッパ連合軍から奪い取った大砲を材料にしていると言われます。
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元々はマンサールが設計した広場で据えられた騎馬像は革命時に無くなり、ナポレオンがオステルリッツの戦いの勝利を記念してプロシアから奪った戦利品の大砲を溶かしてこの塔を造ったそうです。
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ナポレオン1世の失脚の後にカエサル姿の皇帝像はコラムの上から降ろされ、そのブロンズはポン・ヌフの上のアンリ4世の騎馬像を造り直すために提供されます。7月王政期にはちび伍長姿のナポレオン像がルイ・フィリップ王によって再度掲げられ、第2帝政期になってより古典的で堂々とした像がナポレオン3世によって造り直されています。
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祭日なので閉店しているレポシのガラス扉に広場が美しく写っています。ショーメもみんな休みで良かったです。仏教徒ですが諸聖人に感謝の祈りを捧げます。
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ヴァンドーム広場と言えば「オテル・リッツ」ですね。ヘミングウェイの小説「日はまた昇る」にも出てきますし、ビリー・ワイルダー監督のコメディ「昼下りの情事」やウィリアム・ワイラー監督の映画「おしゃれ泥棒」も思い出されます。どちらもオードリー・ヘップバーンの美しさと愛らしさが印象的です。
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そして思わず口ずさんでしまうのはタコの「踊るリッツの夜」ですね。
If you're blue and you don't know
Where to go to why don't you go
Where fashion sits
Puttin' on the Ritz
Different types who wear a day
Coat pants with stripes and cutaway
Coat perfect fits
Puttin' on the Ritz -
歌を謡いながら北に進むとカルティエの本店がありました。カルティエも妻が指輪をお取り置きして、後からお金を払いに行ったことがありました。それと寝起きが悪い妻のために母が目覚まし時計をプレゼントしてくれたのですが、音が小さくてピクリともしないので、翌年もう1つ買ってくれましたがそれでもダメでした。
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ペ通りを少し北に進むとドームの店がありました。古いドームは好きなのですが。
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アラン・セシャのエロチックな火星人のどこが良いのか分かりません。
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ペ大通りからドヌー通りに入ると有名な「ハリーズ・ニューヨーク・バー」があります。この店は1923年に初代オーナーでバーテンダーのハリー・マッケルホーンがアメリカの旅行客のためにパリに開いた店です。ホワイト・レディーやサイドカーやブラッディ・メアリーやブルー・ラグーンはこの店が発祥です。
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フィッツジェラルドやヘミングェイやここシャネルも通った老舗のバーで、午前10時から深夜まで営業しているので1杯飲もうかと妻を誘いましたがあっさりと断られました。ここまで来て…。
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先ほどの通りから1ブロック「オペラ・ガルニエ」に近くなったので正面からちゃんと撮っておきます。吹き抜けのある劇場の南破風の頂点に立つのは空に向かって高々と竪琴を掲げる音楽の神アポロンです。
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アポロンの竪琴のデザインは劇場のホワイエの中にもたくさん見る事が出来ました。建物上部の両側には金色に輝く彫像が立ち並んでおり、左側が「ハーモニー」と右側が「ポエジー」で、こちらの2つの銅像は金メッキが施されています。ロッジアの上には、モーツァルトやベートーヴェンなど名高い作曲家の銅製の胸像も並んでいます。
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そのままオペラ大通りを横切って、パッサージュ・ジュブロアの中にあるグレヴァン蝋人形館に向かいます。
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この日はこの観光以外に7つほどのパッサージュも巡っていました。前の晩から降り続いていた雨も上がったので助かりました。
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途中ラファイエット通りの先に「モンパルナスの丘」と「サクレクール寺院」が美しく望め、その手前の「ノートル・ダム・ド・ロレット教会」と一直線に見えました。
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グレヴァン蝋人形館の見学が終ったところで姪と合流して、いくつかのパッサージュを一緒に見て回った後にモンパルナス駅の近くのシェ・ベベールに行きました。
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店内に足を踏み入れた途端、そこは超ハデなマグレブの世界です。パリでも有名なマグレブ料理の店で人気があるようです。今回の旅では6回か7回は食事に招待しました。まあたまには妻孝行をしておいた方が良いでしょう。姪もパリに来て日が浅いので友人も少なく、行きたくてもいけないレストランもあるみたいです。
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最初にアミューズ・ブッシュが運ばれてきましたが、オリーブ、ポテト、にんじんグラッセなど計7種となかなかバリエーションに富んでいます。モロッコにはスペイン旅行の延長で最南端のタリファの港からフェリーでタンジールに行ったくらいで、本格的なモロッコ料理は初めてでした。
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北アフリカから入ってきたクスクスも大好物で、この店のメニューは大まかにアントレ、クスクス、タジン、グリヤード(焼き物)の4種のようです。
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続いてはチキンとジャガイモとオリーブのタジン。レモンコンフィの香りが食欲をそそります。
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さらに山盛りのクスクスがやってきました。絶対に全部食べられないと確信します。
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モロッコ料理は野菜をたくさん使っていて、素朴な味なのでいくらでも食べられます。
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クスクスにかけるスープもこんなにたくさんです。かければかけるほどクスクスは膨らんでしまいますが、これがまた美味しいので困ったものです。
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ひよこ豆と白いんげん豆を煮たものも素朴な味わいです。
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グリルの盛り合わせはアルコールランプで冷めないようにしてあるのが嬉しいです。
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チキンの串焼きとビーフの串焼きとスパイシーなソーセージのグリルも美味しいです。
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デザートは3種類のアイスクリーム。ピスタチオとクランベリーとレモンシャーベット。
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食事は白ワインでいただいて、ナントかデザートまでたどり着きました。
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妻はまたヘビーなストロベリーネイチャーズ。少しもらったけどこれも美味しかったです。
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そして最後はミントティー。グラナダのアラブ街で初めて飲んだ時の印象は強烈でした。
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その後妻を連れてグラナダでその店で飲んたあとに近くの店でティーセットまで買って、オランダのデルフトのレストランでも店のご主人にサービスしてもらい、エジプトのカイロのハン・ハリーリのカフェやトルコでも飲む機会がありました。香りのよいフレッシュな民都が無ければ楽しめない味です。
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お勘定は100ユーロちょっとで、チップを入れて110ユーロ。おばちゃんは楽しいだけだけどおじちゃんは大変です。
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モンパルナス駅で姪とはお別れです。3日ほどロワール渓谷の旅でパリを離れるのでしばらくお別れです。
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ダンフェール・ロシュロー駅からほろ酔い気分でヴィラ・モンパルナスに帰ります。
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