pedaruさんへのコメント一覧(9ページ)全3,470件
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新宿の思い出
pedaruさん 、おはようございます。
書き出しに新宿の話しが出てましたので私の思い出を少々。
私にとって新宿と言えば「歌声喫茶ともしび」です。3年間の間に100回、いや200回近く通いました。JR新宿駅から東口に出て靖国通りにあるお店に行くときには自然に足取りも軽やかに。店に入るとあちこちに知り合いが。ここはアンチカラオケ派の歌好きが集う場所で、中には「老いらくの恋」も芽生えていたようです(笑)。
https://4travel.jp/travelogue/11682329
あれから四半世紀、特に退職してからは新宿に行く機会は殆どありませんでした。当時から大きく変貌してるのでしょうね。
先に私事を書きましたが、江戸東京たてもの園の存在は知りませんでした。私はこのような建物の野外博物館(ヨーロッパでいうスカンセン)を見るのが好きで、国内でも外国でも旅行の途中によく立ち寄ります。建物を見るとその土地、その時代の文化や生活を知ることが出来るからです。
万歩計 -
西武新宿線
norisaさん おはようございます。
一番乗りのnorisaさんのコメントから始まります。やはり定番です。
奇しくも男性トラベラーだけから4件のコメントを頂きました。女性だけが好きという陰口はこれで解消するでしょう(笑)。
江戸東京たてもの園は兄の家に行かなければ一生知らないでいたことでしょう。
遠くもないのになかなか会えないのが現実で、加齢なる一族くらいでしか顔を合わせませんでしたが、長兄の死亡がきっかけで会えました。
次兄はひとより遅れがちな(勉強、スポーツなど)私と違って、学校では目立っておりましたから、学校で顔を合わせると、無視されたりしました(笑)。
あんな奴、俺の弟じゃない、なんて見栄を張っていたのですね。ある意味、子供っぽい兄でした。
いったん駅の外に出てから別の駅から乗り換えるなんて、田舎者には困難なことです。ヒースロー空港のトランジット並みですよー( ´艸`)。
上高地の素敵な絵、とりあえずけなせば偉そうに見える、これは愚者の見栄、虚栄心がなせるものでしょうね。
>この3,4,5日は関東は好天でしたが明日から雨、我が人生と同じように先細りで寂しくならないように祈るばかりです(爆)。
そうです、すでにpedaruは鉛筆で言えば芯の先まで細くなっております。norisaさんの先細りはもともとが電柱並みなので細くなり様がないのです。奥様を大切にされるご褒美なのかな?我が身を反省しきりであります。
pedaru
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八王子千人同心組頭の家
pedaruさん、
今晩は。
花小金井ならば、やはり高田馬場駅の方が分かりやすいでしょうね。
さて、驚きました。結婚した頃、中神から1969年12月に小金井の個人宅の二階に転居しました。小金井公園にはその頃遊びに行ったこともありますが、現在こんな風な「江戸東京たてもの園」があるとは思いませんでしたので。
千葉県人にはちょっと出だしが、立派な家ばかりで、違和感がありました。
さすが豊かな税収に恵まれた東京都だなと・・・。
終わりの方になって、八王子千人同心組頭の家が出てきて、あれ故郷青梅にも似たような家があったな・・・江戸末期の農家・旧宮崎家住宅(国指定重要文化財)でしたか!
それに八王子千人同心組頭について、口コミで天然理心流師範増田蔵六(八王子千人同心窪田組の組頭)や、八王子千人同心組頭三木家十一代愛之助栄攄の肖像画について書いたことがありましたので、組頭の家を身近なものとして拝見できました。
ご興味あれば:
≪あきる野市:伊達の萩寺と称する大悲願寺で森田五水の天井絵(天女の絵)を楽しむ。≫ 口コミ投稿:20250217
『あきる野市:伊達の萩寺と称する大悲願寺で森田五水の天井絵(天女の絵)を楽しむ。』by jijidaruma|大悲願寺のクチコミ【フォートラベル】 (4travel.jp)
それでは次の「江戸東京たてもの園」②投稿をお待ちしています。
jijidarumaRe: 八王子千人同心組頭の家
jijidarumaさん おはようございます。
帰りの電車は兄に教えてもらい、高田馬場で乗り換えて中央線で帰ってまいりました。あの恐ろしい新宿駅に降りずに済みました(笑)。
廃屋になってしまう貴重な家屋を保存するのはありがたいことです。
jijidarumaさんが越してきたころにはまだたてもの園は無かったのですね。
ドイツに行っている間に、各地から集めて出来たのですね。
家の中の間取り迄、詳しく見られて、興味に任せて写真をたくさん撮っていたので、兄の家に帰るのが遅くなってしまいました。
文化財級の建物はともかく、商店などが保存されていると、興味津々です。
レジスターとか電話機とか懐かしいですね。
千人同心の家がjijidarumaさんの心にささったのですね。まさか生まれ故郷の青梅の千人同心は私の祖先です、なんてことにならないでしょうね。
あとで、口コミで拝見しようと思っております。ありがとうございました。
pedaru2025年05月06日07時02分 返信する -
迷路
pedaruさん、こんにちは。
新宿駅は、今は迷路ですね。
毎日のように利用していますが、それでもまっすぐ行けません。。。
大規模再開発中で、迷路のようです。
西武新宿駅は、新宿駅から離れているので、わかりづらいですよね。
知人は、ゴールデン街で呑んだ後、近いので、そこから特急で帰っています。
青梅に住む友人も。
私は滅多に使いませんけど、東京たてもの園に行くのなら、使いたい。
まだ訪れたことが無いですし。
レンタサイクルがあるのですか?
最近、シャアサイクルばかりで、面倒になって。。。
旅猫Re: 迷路
旅猫さん おはようございます。
毎日のように利用している旅猫さんでさえも、真っすぐいけません、という
コメントを読んで安心いたしました。
私は別の意味でつまり老人なのでまっすぐ歩けません(笑)。
ネットのブログで駅近くに公営のレンタサイクルがあって、無料で借りられると書いてありました。いざ駅に着いて検索すると、そこの住所が違っているので面倒なことになりそうだという予感がしたので、自転車は利用しませんでした。
最近シェアサイクルとかのアプリを入れましたが、使いこなすのに不安があってまだ利用してません。何事にも一歩踏み出す気力が萎えてきたのが不安です(笑)。
pedaru2025年05月06日06時24分 返信する -
かわりゆく街
日本にいるときは家が小田急線沿線でしたから、新宿は我が町でした。渋谷も我が庭同然。
36年日本を留守して帰って、新宿駅を出たら呆然。
渋谷はわけがわからなくなっておりました。
その後も房総の田舎暮らしでしたから、分からないままです。
先日秋葉原でつくばエクスプレスなるものに乗り換えようとして迷子になりました。
私に断りもなく街をどんどん変え、新しい電車の線路ができております。
もはやついて行けません。
最近やっと、国鉄ではなくJRというのに慣れました。
呼び鈴みたいなものが二つ着いている電話機、見たことはありますが使ったことはありません。
黒電話は父の家で使っていました。その下の置き時計は似たような物が父の家にもありました。
たしか坪内逍遙訳のシェークスピア全集の横に並んでいました。
いつのまにかなくなっていました。旧漢字ではありましたが、どうせ再版の安物でしょう。
「みなさーん、並んで、ならんで、ラランデー」
久しぶりに出ました。座布団1枚差し上げます。
八王子千人同心の家。
縁の下、今は床下というのですか。「床下の力持ち」じゃないと通じないのでしょうか。
びゅーっと風が通り抜けて気持ちよかったのを覚えています。
野良にゃんこの産院だったはずです。
長火鉢。後ろに神棚があって、その前にはたしか銭形平次が座っていました。
このお勝手だと床に座って洗い物をしたり料理することになります。
江戸時代後期だとそうかもしれません。
この時代のナントカ草紙とかいう本に、調理場で板さんが料理中の挿絵を見たことがあります。座って魚をさばいていました。
なるほど、現物はこうなんですか。
Re: かわりゆく街
しにあの旅人さん おはようございます。
地味な旅行記にコメントをありがとうございました。
こういう旅行記は書くことが限られてしまって難しいですね。ここだけの話ですが、ほとんどパンフレットのコピペです。パンフレットはありがたいですね。
それにWikipediaがありがたいです(笑)。
>最近国鉄をJRと呼ぶようになったですと?私などは未だに省線とよびます。
(これは嘘です)
壁掛け式の電話機、向かいの酒屋さんにありました。近所の人に電話がかかってくると、酒屋のおかみさんが走って知らせに来てくれました。
今から思うと迷惑な話ですね。お金持ちの義務みたいな感覚でした。
右側にハンドルみたいのがあって、ぐるぐる回すと、「はい、交換です。何番?」 「東京でました、お話しください」「もし、もーし」長距離電話はどうしても声が大きくなりましたね。
古民家の写真を見ると、どうしても話が弾みますね。包丁、まな板、まだ
あるんですか?
pedaru2025年05月06日06時05分 返信する -
江戸東京たてもの園
pedaruさん
こんにちは。
GW真っ只中、賢人は混雑する場所に行きませんね(笑)
(自慢ではありませんーー)
さて、西武新宿駅ってそんなに難しかったですかね?
まあ、かなり前に行ったきりなので忘れましたが。
江戸東京たてもの園という名所があるのですね。
大川邸の平凡な絵と一刀両断にされましたが、素敵な上高地の風景ではありませんか?
pedaru師匠には物足りないでしょうが(苦笑)
その他多くの名建築風建物があるのですね。
田園調布とかから移築するなど貴重な建物が多いですね。
この3,4,5日は関東は好天でしたが明日から雨、我が人生と同じように先細りで寂しくならないよう祈るばかりです(爆)
norisa
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国府台
pedaruさん、こんにちは。
国府台と言う地名は、私の中では青春です。
高校が国府台なので、あの辺りはまさに青春時代。
イタリアンと言えば、サイゼリアですが(笑)
アカシアがあるとは知りませんでした。
さらに、『辻切り』と言う、ひとつ間違えれば物騒な風習も。
この大蛇の目玉、今でも見られるのでしょうか?
絵は良いですよね。
叔父が画家だったので、よく銀座の画廊へ足を運んでいました。
喫茶を営んでいて、私の拙い写真を飾ってもらったのが懐かしいです。
『売れたよ!』と連絡をもらった時は嬉しかったです。
学生の頃ですが。
山名武さんは知りませんでしたが、素敵な絵ですね。
私は国内しか知らないのですが、白馬や戦場ヶ原など、その風情が伝わってきます。
葉書も素晴らしい。
今の絵手紙とは違う、手紙なのに絵が添えられている。
こんな葉書を送りたいものです。
旅猫RE: 国府台
旅猫さん おはようございます。
4トラベルの設定では、古い旅行記でも誤字脱字に後から気づき、訂正すると旅行記の最初に来てしまうようです。
この山名武さんのブログも例にもれず、幸か不幸か、再び皆さんにお目見えすることになってしまいました。NHKの得意な再放送というところです。
国府台は娘が旅猫さんと同窓だそうなので親近感を抱いております。
娘は市川の端から反対側の端まで毎日自転車で通学しておりました。
通学用の自転車は高校のステッカ‐が貼ってあり、それを見た知り合いは
お子さんは優秀なんですね、などと言われたものです。
叔父様が画商だったなどと訊くと、そんな職業に憧れたりします。しかし、私の場合、好きな画家しか扱わないので、店は即閉店に追い込まれるでしょう。当時人気があるとか、お勧めで絵を買うことはありませんでしたので、今では絵の価格は下落していることでしょうが、もともと金銭的価値は考えたことはありませんでしたので、子供たちには不満かもしれません。
旅猫さんの撮られた写真が売れるとは、すごいですね。そのころからカメラ持参でご旅行をされていたのですね。私もカメラは持参しましたが、今になって見ると、必ず東海林太郎のように棒立ちの人物が入っていて、旅行記には使えません。 東海林太郎、しょうじたろう、ご存じないでしょうね。手回しの蓄音機でよく聞きました。これは本当のお話です。
アカシアの林、意外なところがあるものですね。そのほかきつねのかみそり、という花が群生するところも北国分にありましたが、先日ここを通ったら、コンクリートの壁になっておりました。
pedaru2025年05月01日06時26分 返信する -
六角氏
pedaruさん、こんにちは。
五個荘は、未踏の地です。
やはり、学生の頃に計画したものの、その後足が向かず。。。
就職してからは、仕事が忙しく、学生時代には行きたかった場所には訪れることが出来なくなり、いつの間にか忘れてしまった場所も数多く。
最近は、当時のことを思い出しながら、少しずつ足を運んでいます。
観音寺城跡、近江源氏六角氏の居城ですね。
ここも訪れたかった場所です。
定頼の銅像があるとは知りませんでした!
結構、滅ぼされた武将でも、地元では人気があり、銅像や石碑が立っていることが良くありますね。
以前、秋田の横手城跡を訪れましたが、小野寺氏の石碑があって驚きました。
五個荘の街並みは、やはり風情がありますね。
昔から古い町並みが残る場所として名が知れていますが、思いのほか観光地化はされていないように見えます。
実際はどうなのでしょうか?
水路に生えているのは、梅花藻でしょうかね。
綺麗な花が咲くので好きなのですが、花期が真夏の8月なので、最近は観ることが出来ません。
ここ数年、真夏は旅を止めていますので(^^;
そう言えば、冒頭で書かれているtokotokoさんですが、私も記憶があります。
私の名前まで出していただき、恐縮です。
旅猫Re: 六角氏
旅猫さん おはようございます。
歴史あるところに旅をしても、その歴史を全く知らないと記憶にのこりませんね。調べてから出かけるのは王道だとは分かっているのですが、
なかなか理想どおりには行きません。
帰って来てから旅行記を書く段になってから気づくのです。ほとんどの場合、まぁあれだけ見られれば満足というのが普通ですが、近くにまで行ったのに寄らなかった悔しさは、歯ぎしりするほどのことがあります。
観音寺城は後日ネットで調べて写真などを見ると、安土城を凌ぐほどの名城に見えてきて、知っていれば予定を変えても行きたかったと思います。
しかし安土と言う名称には、何処を差し置いても惹きつける魅力があります。行っておいて良かったと思います。
私たちがいった五個荘金堂と言う町は、月曜日ということも手伝って、
観光客はゼロでした。これから類推するととても観光客で賑わうということはあり得ません。けばけばしい案内図もないし土産物屋もありません。
知る人も少なく交通の便も良くない、(その点では安土城も同じですが)
私たちにとっては絶好の条件です。親せきの家を訪ねて来た、という感じです。
水路に藻が繁茂しているほどのきれいな水が流れている、これも豊かな環境にあると思われて、好感がもてますね。
tokotokoさんですが、旅猫さんもご存じでしたか?旅猫さんほどの人気はありませんでしたが、旅を愛する人と言う共通点を持っていました。
今は過去になってしまったトラベラーさんを思い出すことがありますが、寂しいですね。昔の掲示板などを気まぐれに見ると、今でも活躍中の方、いつの間にか旅行記がストップしている方、いろいろですね。
自分の知らない土地を旅して、その良さを教えてもらう、自分の旅を
他の方に知ってもらう、これも人生の幸せです。
pedaru2025年04月29日06時36分 返信する -
五個荘金堂の重要伝統的建造物群保存地区・・・
pedaruさん、こんにちは。
五個荘金堂の重要伝統的建造物群保存地区とは、
なんてレアな場所を選択されたのでしょう。
でも、とても素敵な街並みですね。
私好みです。
東日本より西日本の方が、このような町並が
しっかりと保存されているのはなぜなんだろうと、
時々、思います。
そして、日本の歴史も、
西から始まったんだろうと言うのが、
良く理解できますよね。
当時の近江商人は、相当財を成したのでしょうね。
立派な邸宅がたくさん続いてますね。
ですから、鯉を盗む必要もないのでしょう。
うな重で旅を閉められるとは、粋ですね。
yamayuri2001RE: 五個荘金堂の重要伝統的建造物群保存地区・・・
yamayuri2001さん おはようございます。いつもありがとうございます。
私が知っているロンドン郊外の一般住宅は、軒並み百年以上たった古い家が普通でした。
住人は器用な人は自分で壁を塗り替えたり、リフォームしたりしていました。
地震がないというのも古い家に住める利点だとは思います。
災害大国である日本で、江戸、明治の住宅を保全するのは並大抵のことではありません。
ここ市川でも農家の家などは百年以上経っているのは珍しくありません。
建築費用は高いですが、百年以上も住めればこの方がいいと思います。
関東でも田舎によってはレトロな街並みの町もありますが、こういうのを見ると
ほっとしますが、経済的な理由で古い家が残っているのは問題のある所です。
五個荘金堂の町は、上質な建築に誇りを持ち、保存をしようとする努力の結果ですね。
それに火災も出さずに、地震にも耐える家であることが肝要です。
田園地帯の真ん中に、交通の不便さももろともせず、富裕層があつまり住んでいるなんて
ここはユートピアか?と思ってしまいます。
pedaru2025年04月25日06時39分 返信する -
奈良か出雲か
前日光さん おはようございます。
怪我等による痛みは、想像するだけでも身震いがしますが、癌をはじめとする難病を想うと、ややこれでもいいのかと思うしかありません。
体の面倒を見ながら、好きな所へ出かけられるだけ幸せです。(勝手なことを申しました。お許しください)。
私は知力、財力、には恵まれませんでしたが、健康と容貌にだけは恵まれました(笑)。と言いたいところですが、容貌は小さいころからコンプレックスに苛まれ、
なんど美容整形手術を重ねたか知れません(爆笑)。
私には此処と言って大好きな場所はありません。奈良や出雲がどこよりも好き、と言えるところがあるのは幸せです。私が敢えて言うとすれば奥日光でしょうか?
ここの魅力にひかれて何度も行きました。車に乗らなくなってから、行ってませんけどね。
草紅葉の草原の上にスポットライトのように部分だけ照らす光、自然がつくる舞
台、その瞬間は音がすべて消え、しばし自分だけの世界が出現します。
最終バスの行ってしまった道をトボトボと歩くとき、薄暗い森の奥から何時クマが出てくるか怯えながら歩くスリル、たまりませんねー( ´艸`)。
怖かった実話ですが、洒落になりません。
上質なエッセーを読むような前日光さんの旅行記、腰にカイロを貼って、ご旅行をされてください(笑)。私に比べればまだ未だお若いのですから。
pedaru



