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frau.himmelさんへのコメント一覧(143ページ)全1,449件

frau.himmelさんの掲示板にコメントを書く

  • 素晴らしい景色!

    himmmelさん
    さっそくお邪魔しました。

    表紙の写真、何て素晴らしいんでしょう!
    でも旅のベテランのhimmmelさまのブログに私の名前を出していただくなんて
    恥ずかしすぎですわ(照)

    美しい写真と丁寧なコメントに、あーそうだった、へーそうだったんだ〜と
    昨年の旅行を思い出しながら本当に楽しく読ませていただきました。

    それにしてもお天気はラッキーでしたね。
    私が行った時よりも ずっときれいな青空が見えます。
    やっぱりhimmmelさまは晴れ女ですよ!

    今回のオーストリアの拠点はリンツ?
    行ったことはないのですが、きれいな町らしいですね。
    今後も楽しみにしています。        パンジー
    2010年11月20日11時38分返信する 関連旅行記

    RE: 素晴らしい景色!

    パンジーさん
    私の恥ずかしいシャーフベルクをご覧くださって有難うございます。

    > 表紙の写真、何て素晴らしいんでしょう!
    お酒が前面でシャーフベルクはずっと後方に押しやられていますけど、
    私にしてはよく撮れたかなー(ってことは滅多にないですから…)

    > でも旅のベテランのhimmmelさまのブログに私の名前を出していただくなんて
    > 恥ずかしすぎですわ(照)
    そんなそんな、人気ブロガーのパンジーさん、何をおっしゃいます!
    パンジーさんの旅行記を見てシャーフベルクに行こうと思ったのですから
    私の方こそ感謝しています。
    お陰さまでお天気にも恵まれて、素晴らしい景色を堪能できました。

    > 昨年の旅行を思い出しながら本当に楽しく読ませていただきました。
    時期的にはパンジーさんの時と1ヶ月ほどしか違いませんものね。
    私もパンジーさんの旅行記を改めて見せていただいて
    同じような高山植物や、風景など、あらっ、と思いました。

    > 今回のオーストリアの拠点はリンツ?
    そうリンツなんです。
    余りの写真の多さに今から戦々恐々としています。
    きれいな町でした。

    > 今後も楽しみにしています。
    私もパンジーさんの旅行記楽しみにしていますよー。
    2010年11月20日22時43分 返信する
  • RE: 抵抗記念館

    Frau.himmelさん いつか訪れようと思っていたドイツ連邦国防省の写真と解説ありがとうございます。中庭で処刑された人(含むシュタウフェンベルグら4人)は、そのまま(軍服姿など)埋葬されましたが、その後火葬され、灰は下水処理場にばらまかれたようです(追悼者が訪れないように)。
    また、ヒトラー夫妻もブンカーそばの中庭で火葬・埋葬されましたが、ソ連軍が発見し、検査のため一部(頭蓋骨あるいは顎の部分)を持ち帰り、残りをゲッペルス夫妻と子供たちと共に埋葬された。その後、ネオナチの聖地となるのを恐れたソ連政府は遺体を掘り起こし、火葬した後、灰をマグデブルグにあるソ連軍基地近くの川に流したようです。顎の部分はモスクワのどこかにあるようです(未公表)。では
    2010年11月07日21時44分返信する 関連旅行記

    RE: RE: 抵抗記念館

    しょうちゃん様 
    いつもご覧頂き有難うございます。

    この度はまたすごい情報を教えていただき、感嘆いたしました。

    >中庭で処刑された人(含むシュタウフェンベルグら4人)は、そのまま(軍服姿など)埋葬されましたが、その後火葬され、灰は下水処理場にばらまかれたようです(追悼者が訪れないように)。<

    えっ!そうなんですか?
    シュタウフェンベルクらのヒットラー暗殺計画は、ナチスの暗黒時代にあって、まだドイツ人に良心が残っていたとして、敗戦後は英雄視されましたね。追悼者が訪れないようにと火葬され、下水処理場にばら撒かれたとのこと…。皮肉ですね。その後その国防省に追悼記念館が出来るとは…。

    > また、ヒトラー夫妻もブンカーそばの中庭で火葬・埋葬されましたが、ソ連軍が発見し、検査のため一部(頭蓋骨あるいは顎の部分)を持ち帰り、残りをゲッペルス夫妻と子供たちと共に埋葬された。その後、ネオナチの聖地となるのを恐れたソ連政府は遺体を掘り起こし、火葬した後、灰をマグデブルグにあるソ連軍基地近くの川に流したようです。顎の部分はモスクワのどこかにあるようです(未公表)。<

    後ほど続けさせていただきます。

    2010年11月08日12時15分 返信する

    RE: RE: 抵抗記念館

    中断してスミマセンでした。

    > また、ヒトラー夫妻もブンカーそばの中庭で火葬・埋葬されましたが、ソ連軍が発見し、検査のため一部(頭蓋骨あるいは顎の部分)を持ち帰り、残りをゲッペルス夫妻と子供たちと共に埋葬された。その後、ネオナチの聖地となるのを恐れたソ連政府は遺体を掘り起こし、火葬した後、灰をマグデブルグにあるソ連軍基地近くの川に流したようです。顎の部分はモスクワのどこかにあるようです(未公表)。<

    この情報も私にとっては すばらしい! の一言です。
    ヒトラーのブンカー跡に行ったとき、そこには立て札1枚しかなく不思議に思いました。
    ヒトラー政策の是非は別として、歴史上こんなに名を轟かせた人物の終焉の地ですから、記念碑の一つもあるはずだと思って行きましたから。
    ところが見事に何もなく、駐車場のコンクリートで覆われていました。
    立て札がなかったら、そんなに重要な地であることさえわからない…。
    なるほど、ネオナチの聖地ですね。まだ熱狂的なネオナチがいますからね。

    私は旅を楽しんだ後も、こういう歴史的な調べ物をして(高齢者には少々骨の折れることですが)二度楽しんでいます。
    しょうちゃん様には笑止に耐えないこともあるかと思いますが、
    私の解釈が間違っていましたら、是非教えてください。
    どうか今後もよろしくお願いいたします。
    2010年11月08日13時11分 返信する

    RE: RE: 抵抗記念館

    拝復 Frau.himmelさん 舌足らずの説明でごめんなさい。現ドイツ連邦国防省の中庭で処刑された人(シュタウフェンベルグら4人)は、そのまま(軍服姿など)埋葬されましたが、その後ヒムラーの命令で掘り起こされ、階級章などをはぎ取られ、火葬されたあと、その灰はベルリンの下水処理場にばらまかれました。それは謀反人を侮辱し、将来追悼者が訪れる場所を残さないためです。> また、ヒトラー夫妻(エバーは服毒自殺、ヒトラーはピストルによる自決)もブンカーそばの中庭で(ガソリンにより)火葬され、(ドイツ兵により)埋葬されましたが、ソ連軍が発見し、検査のため一部(本人かの確認のため頭蓋骨あるいは顎の部分)をモスクワに持ち帰り、残りをゲッペルス夫妻(ピストルによる自決)と子供たち(ブンカー内で服毒自殺)と一緒に(どこかの)森のなかに(秘密裏に)埋葬されました。その後、ネオナチの聖地となるのを恐れたソ連政府は(ヒットラー夫妻とゲッペルス家族の)遺体を掘り起こし、(再度)火葬した後、その灰をマグデブルグにあるソ連軍基地近くの川に流したようです。なお、下顎の部分(ヒトラー掛かりつけの歯医者に確認するため)はモスクワのどこかにあるようです(未公表)。また、ブンカーの立て札はつい最近できたものです(2003年にはなかった)。それは、ベルリンの歴史を一般市民に知らせるためにボランティアーが立てたと思います。たしか、熊谷 徹さんだったかの本に書いてあります。
    2010年11月08日16時18分 返信する

    RE: RE: RE: 抵抗記念館

    しょうちゃん様 こんばんは!

    ヒトラーの最後について、しょうちゃん様のご説明で猛烈に興味が湧いてまいりました。

    今しがた、ネットで
    エイダ・ペトロヴァ/ピーター・ワトソンの「ヒトラー最後の日:50年目の新事実」藤井留美訳 原書房
    を、読んできたばかりです。

    すごいです!
    私はヒトラーの遺体はエヴァ・ブラウンとともに完全に焼却されて、
    ほとんど何も残らなかった(2つの歯のブリッジだけ)と思っていました。

    ところが、しょうちゃん様の仰るように、モスクワでヒトラーの頭蓋骨が発見されているのですね。
    その他、ヒトラーの影武者説のこと、ゲッペルス一家の殉死のこと、
    ヒムラーの裏切り、など興味はつきません。

    でも、写真で見たゲッペルス家の6人の子供達のあどけない顔、切なくなりました。

    有難うございました。
    2010年11月08日23時02分 返信する
  • 私も行きました

    frau.himmelさん、こんばんは。
    近鉄バッファローズです。

    私もカンシュタット市民祭り(Cannstatter Volksfest)に行きました。
    おっしゃるようにミュンヘンのオクトーバーフェストと
    比較してしまうと雰囲気はかなり劣ると思います。
    民族衣装で来る人もほとんどいないですし、
    テントも小さかったと思います。
    でも、テントはいくつかありましたよ。
    で、オクトーバーフェストほど人が混まないので、
    実はビールが飲みやすくて、ビールを楽しむには
    こちらの方がいいのじゃないかと思っていました。
    写真を見返すと4つはテントがありました。
    私には、その他にあった出店の方が面白かったです。
    色々な食べ物の屋台が出ていましたし、
    いろんな移動遊園地の遊具も見ていて楽しかったです。

    恐らく想像と違った、と言うのが大きいのではないでしょうか?

    何かの御参考になれば幸甚です。
    2010年11月03日23時37分返信する 関連旅行記

    RE: 私も行きました

    近鉄バッファローズさま 書き込みありがとうございます。
    お名前は以前から拝見しておりまして、ドイツのことにお詳しい方だなーと…。
    そんな方に書き込みいただけるなんて光栄です。

    カンスタット祭り、実は楽しみにしてたのです。
    帰ってからネット情報で調べても、やはりビールのテントはあったようで…。
    やっぱり違った方向に行ってしまったようです。
    もう少し探し回ったらよかったんですね。簡単に諦めすぎました。
    雨も降っていたし…、フェダーヴァイサーが飲めたからもういいか!って(笑)。

    それからクーヘンのこと、確かにそうですね。
    甘くないし、どちらかと言えば、食事の代用にするようなもの。
    私も、昨年秋の旅行では、何度もツヴィーベルクーヘンをお昼ご飯がわににいただきました。
    ドイツではケーキのこと、トルテって言いますものね。

    また後ほど、別の旅行記でお会いさせてください。
    2010年11月04日11時58分 返信する
  • キッシュの語源

    frau.himmelさん、こんばんは。
    近鉄バッファローズです。

    先日、テレビで見たのですが、
    フランス語のキッシュの語源は
    ドイツ語のクーヘン(Kuchen)らしいですよ。
    だから、クーヘンを「ケーキ」と訳すのは
    あまり正しくないみたいですね。
    私もクーヘンと名が付くもので
    全然甘くないものもよく食べましたから。

    何かの御参考になれば幸甚です。
    2010年11月03日23時27分返信する 関連旅行記 関連写真
  • ベルリンの壁資料センターについて情報あります

    frau.himmelさん、こんばんは。
    近鉄バッファローズです。

    ポツダム広場のソニーセンターには
    ああいう話しがあったんですね。
    全然知りませんでした。為になりました。

    一方、私はチェックポイントチャーリーの
    壁博物館を見学しました。
    frau.himmelさんが中を御覧になれば、
    かなり興味を示されるであろうものがたくさんありましたよ。
    チェックポイントチャーリー周辺は、
    観光客目当ての土産物屋も多いですが、
    でも、歴史的なところであることは間違いないですし、
    分かりやすくてはじめていく人には良いと思いました。

    あと、「ベルリンの壁資料センター(Gedenkstaette berliner Mauer)」は
    是非行きたいと思いました。
    先日、4traの「教えてトラベラー」の質問で
    このセンターの質問がありちょっと調べたので、
    「こんなところがあるんだなぁ」と思っていました。
    センターのホームページには
    野外展示について今工事中である旨が書いてありました。
    次にまた行かれると、変わっていると思いますよ。

    何かの御参考になれば幸甚です。
    2010年11月03日23時05分返信する 関連旅行記

    RE: ベルリンの壁資料センターについて情報あります

    近鉄バッファローズさま こんにちは!
    いろいろと有意義な書き込み有難うございます。

    > ポツダム広場のソニーセンターには
    > ああいう話しがあったんですね。
    > 全然知りませんでした。為になりました。

    カイザーザール(皇帝の間)のことですね?
    突然場違いな建物に遭遇した…、って感じで私もビックリしました。
    帰ってからネットで調べたら上記のような記述があり、何か日本人として嬉しくなりました。

    > 一方、私はチェックポイントチャーリーの
    > 壁博物館を見学しました。
    > frau.himmelさんが中を御覧になれば、
    > かなり興味を示されるであろうものがたくさんありましたよ。

    壁博物館はまだ入っておりません。
    入場料も結構高いし、私の性格からして、じっくり時間をかけてモトをとらなければ…(笑)と思っていますので、次回にとってあります。
    (なんて、次回も行きたいところ満載なのです)

    > あと、「ベルリンの壁資料センター(Gedenkstaette berliner Mauer)」は
    > 是非行きたいと思いました。

    ここは昨年秋、野外展示場はちょうどベルリンの壁崩壊20周年パネル展をやっておりました。
    最近の情報で見ると工事中だそうですね。
    次回はどうなっているか楽しみです。

    ベルリンって日々変貌しており、その変わりようを見るのも楽しいです。
    また、いろいろ情報お願いいたします。
    2010年11月04日12時25分 返信する
  • 隣の芝生

    frau.himmelさん、こんばんは。
    何度も書き込みしている、近鉄バッファローズです。

    東西ドイツが分裂している頃、
    壁ができる前は一方的に人口が西へ流出していました。
    アメリカからの経済援助で西は大きく発展していましたから。
    ソ連もそうですが、計画経済では
    利潤追求がないためか技術革新などが一向に進まず
    また効率化も進まないため、特に重工業は
    時代が経てば経つほど衰退していました。
    第二次産業の物品は不足していたようですが、
    第一次産業の産品にはそれほど困らなかったようですし、
    また、医療や保育はタダだったりしました。
    で、壁が崩壊して統一ドイツになってみると、
    東ドイツの人はなかなか市場経済について行けず、
    東側は未だ以て失業率が高かったりしています。

    私には、結局「隣の芝生は青く見える」という
    諺が当てはまるように見えます。
    まさに「オスタルギー」が良い証拠だと思います。
    西ドイツをパラダイスのように思っていた人々が
    統一しても別の悩みで苦しんできた結果だと思います。

    あくまで私の意見ですので、
    間違っていると思えば聞き捨てて下さい。
    2010年11月03日22時48分返信する 関連旅行記

    RE: 隣の芝生

    近鉄バッファローズさん、こんばんは!

    私も難しいことは解からないのですが、
    旅行記を書くにあたり、東西ドイツ統一のことを少しだけ勉強しました。

    ですから、近鉄バッファローズさんが仰ること理解できます。
    まさに、「隣の芝生は青い」、そうですね。

    統一してみたはいいけれど、
    西側の人は東側よりいい生活をしているじゃないか、
    失業率も東側が高いじゃないか
    昔は良かった、東側には失業がなかった、
    などとグチばかりが聞こえてくるように思います。

    最も旧西側の人も旧東側の人を格下にみているようなところも
    あるようですから、どちらが悪いともいえないと思いますが…。

    昨夜、深夜映画で「善き人のソナタ」を見ました。
    シュタージに監視される生活、あれはいやだと思いましたね。
    あれだけでも、私が東側の人間だったら、西に逃亡したいと思いますね。

    2010年11月04日22時19分 返信する
  • ベルリンの変貌

    frau.himmelさん、こんばんは。
    近鉄バッファローズです。

    私が行った頃とは、色々変わってますね。
    私が行った頃は、中央駅もまだなく、地下鉄55号線もありませんでした。
    私はZooのそばにホテルを取りました。
    Brandenburger Tor駅の駅舎は良いですね。
    何だか、歴史博物館へ行ったみたいな感じで。
    ここを見てるだけでも、何時間か過ごせそうな気がします。

    取り急ぎ、感想まで。
    2010年11月03日21時51分返信する 関連旅行記
  • 私も見ました

    frau.himmelさん、こんばんは。
    近鉄バッファローズです。

    私もこちらのGoldener Saalを見に行きました。
    黄金の間の横の小部屋で紹介されていた
    姉妹都市の部屋にも行きました。
    展示は当時と変わっていないようですね。
    展示されていた写真が結構古くて、
    みんな昔のファッションだなぁ、
    と言うところに妙に感心してしまいました。

    あと、天照大神の像がなかったですか?
    私が行ったときは、甲冑と共に置いてありました。

    Augsburgは今もいくらか城壁が残っており、
    また城門や塔も残っているので、詳しく見ると良いですよ。
    他に、大聖堂やモーツアルトハウス、
    フッゲライに聖アンナ教会、聖ウルリヒ・アフラ教会など
    見るところが多々あります。

    何かの御参考になれば幸甚です。
    2010年11月03日21時28分返信する 関連旅行記
  • 非常に興味深かったです

    frau.himmelさん、こんばんは。
    近鉄バッファローズと申します。

     表紙には「ちっとも面白くない研究発表のような旅行記」と
    お書きになっていましたが、私は大変興味深く拝見しました。

     私もベルリンへは一度行ったことがあるのですが、
    チェックポイントチャーリーの博物館や、
    テロのトポグラフィーをとても興味深く見学をしました。
    ヴァンゼー会議のことは知っていましたが、
    時間的に見に行くことが出来ず、
    今回交通手段まで確認することができてよかったです。
    展示内容も充実しているようで、見に行きたくなりました。
     私はドイツでダッハウの強制収容所を見学しました。
    そこは強制収容所で行われた様々な出来事が展示されていました。
    もし、機会があればお越し頂ければ興味深いと思います。
     また、カイザーヴィルヘルム記念教会の中身も見れてよかったです。
    当時は外から眺めただけで、中には行かなかったので。

     一つ、「Haus der Wansee Konfrenz」の入り口にあった
    プレートの文章についてですが、
    私の勝手な考えなので気を悪くされたら申し訳ありませんが、
    『悪名高い』と言うのは、ナチス政権が悪かったのであって、
    一般のドイツ市民はそんなことはなかった、
    自分たちは悪くなかったと言っているように私には聞こえます。
    実際そういう風に思っているドイツ人は少なくないと思います。
    今でもナチス系政党を禁止する憲法が厳然と存在することが
    そのことを端的に著しているように私には思えます。
    ですが、ナチ政権は暴力革命で発足したのではなく、
    選挙によって政権を獲得し、独裁制を敷いたのです。
    ソ連や中国の共産党政権とはここが違うのです。
    ナチスも政権を獲得する中では暴力的なこともしました。
    ですが、これは左派政党(社会民主党、共産党など)も
    同じように政党の私兵など暴力組織を持っていて
    お互いに盛んに応酬をしていました。
    議席獲得数や得票率は過半数とは行きませんでしたが、
    独裁が始まる前の最後の選挙では第一党となっています。
    多くの民衆はナチスに期待したのは間違いありません。
    そして、ナチスの悪い面と言われる反ユダヤ主義についても
    建前とは別にドイツ人の心の底には今でも多かれ少なかれ
    残っていると思います。だからこそ、ナチスに共感できたのだと思います。
    独裁前のドイツは過大な第一次大戦の賠償金と
    世界大恐慌の波を受けて、未曾有の大不況でした。
    そう言う状況を打破してくれるものとして、
    あるものは社会民主党に、あるものは共産党に、
    あるものはナチスを支持したのだと思います。
    一般民衆だけでなく、資産家層もナチスを支持しています。
    積極的な支持と言うよりは、左派政権ができては
    自分たちの資産を奪われてしまうとおそれていたのと、
    ナチスなら自分たちの言う通りに支配できると
    たかをくくっていたようです。

    私は、人間というのはどこまで行っても
    陰と陽を併せ持つ存在だと思います。
    その陰の面を如何にして害のない形で処理するのか、
    そのことを人類は問い続けていかないといけないように思います。

    勝手なことばかり申し上げましたが、
    お気に召さなければ、聞き捨てになさって下さい。

    何かの御参考になれば幸甚です。
    2010年11月03日20時03分返信する 関連旅行記
  • ベルリン再統一20年

    frau.himmmelさま、こんばんわ。

    10月3日はベルリン再統一20年でしたね。
    毎年この日は違った都市で式典があるそうですが
    今年はブレーメンの当番(?)で、メルケル首相も来て演説をされたと
    ドイツ語の先生が授業の冒頭で話されました。

    タイムリーにベルリンのパネル展をアップしていただき
    興味深く拝見しました。
    現地でのパネル展、やはり迫力がありますね。
    昔見て衝撃を受けた映画、「善き人のためのソナタ」を
    思い出しました。

               パンジー
    2010年10月09日00時31分返信する 関連旅行記

    RE: ベルリン再統一20年

    パンジーさん おはようございます。
    お久しぶりです。
    しばらくお見えにならなかったので、心配しておりました。

    おおっ、ついにドイツ語を始められましたか?
    いよいよ次回の旅に向けての始動ですね。
    (かくいう私は、教室に行かなくなって早1年半…。トホホ)

    > タイムリーにベルリンのパネル展をアップしていただき
    > 興味深く拝見しました。
    > 現地でのパネル展、やはり迫力がありますね。
    まだ作成中なんです。パネルについての説明を調べるのに時間をとられて…。
    近いうちに、時系列に並べて編集しなおしますので、また見てくださいね。

    追伸
    なかなかシャーフベルクには行き着きません。
    忘れてしまいそうです(笑)。
             
    2010年10月09日09時40分 返信する

    RE: RE: ベルリン再統一20年

    さっそくのお返事ありがとうございます。

    > しばらくお見えにならなかったので、心配しておりました。
    >
    ま!心配をおかけしてすみません<(_ _)>
    この秋は行きたい展覧会が目白押しで
    仕事の合間にせっせと通っておりました。
    空いた時間にびゅっと一人で行って 気兼ねなく自分のペースで
    見て回るのが何よりの楽しみでございます(^_^)v

    > おおっ、ついにドイツ語を始められましたか?
    > いよいよ次回の旅に向けての始動ですね。
    > (かくいう私は、教室に行かなくなって早1年半…。トホホ)
    >
    ドイツ語クラスは個性豊かないろいろな方々がいて楽しいのですが
    私の上達はカメの歩みのごとくであります。


    > なかなかシャーフベルクには行き着きません。
    > 忘れてしまいそうです(笑)。

    ちょっと、ちょっとhimmelさん、
    忘れないでくださいね〜
    楽しみに待っていますね(^。^)y-.。o○         パンジー          
    2010年10月09日23時17分 返信する

frau.himmelさん

frau.himmelさん 写真

18国・地域渡航

11都道府県訪問

frau.himmelさんにとって旅行とは

4トラベル会員になりいつの間にか15年以上経ちました。
私の拙い旅行記でも多くの方が読んでくださり、大変励みになっております。
齢をとりますとだんだん文章も書けなくなり、また投稿頻度も遅くなってまいりましたが、これからも老化防止・ボケ防止、そして自分自身の旅の備忘録として、この4トラベルを利用していきたいと思います。

自分を客観的にみた第一印象

………?

大好きな場所

ヨーロッパ。特にドイツ語圏

大好きな理由

歴史ある落ち着いた雰囲気が最高。

行ってみたい場所

広く浅くは好みませんので、やはりヨーロッパをもっと極めたいですね。

現在18の国と地域に訪問しています

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動かせます。

現在11都道府県に訪問しています