きままな旅人さんのクチコミ(8ページ)全3,246件
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投稿日 2024年01月08日
総合評価:3.5
笹尾山交流館や石田三成陣跡近くの田園地帯の中にあります。
「決戦の地」は各陣営の分布からかなり北に位置していますが、開戦後積極的に参戦したのは石田隊、宇喜多隊、小西隊、大谷隊で、比較的南方に陣を構えていた小早川隊、毛利隊、島津隊などは積極的に参戦しなかったため、最大級の激戦が繰り広げられたのはこの地といわれています。
陣跡碑より大きな石碑が建てられていますが、多くの戦死者が出た地と思うと寂しい気がします。- 旅行時期
- 2023年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2024年01月08日
黒田長政 竹中重門陣跡 / 岡山 ( 丸山 ) 烽火場 関ヶ原・垂井
総合評価:4.0
東軍各陣営の北東の丘陵にあり、竹林の道を進んだ先にあります。
竹中重門は当初西軍側であったが、井伊直政の説得により東軍に転じた武将です。
開戦後石田三成を攻撃したが苦戦を強いられ、戦力の一部を石田三成陣の側面に迂回させて攻撃したが、これが功を奏し戦いを有利に進めたと言われています。
陣跡からは関ヶ原一帯が良く見渡せる丘陵にあり、戦況も良くわかったことと思います。- 旅行時期
- 2023年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2024年01月08日
総合評価:3.0
開戦地碑の近くにあり、周辺には西田運動公園があるためでしょうか、広い駐車場がありました。
西軍の小西行長は約6,000の兵で寺沢隊や戸川隊と戦うが、小早川の裏切りなどにより敗退し、京都の六条河原で処刑されました。
「小西行長陣跡」碑は他の陣跡と同様の大きさで、兵数にしては寂しい記念碑と思います。
ただ、すぐ近くで井伊隊と宇喜多隊による「開戦地」があるのに小西隊が関与しないのは不自然で、どちらかが違うように思えます。- 旅行時期
- 2023年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2024年01月08日
総合評価:3.5
西軍・小西行長陣跡の近くにあり、周辺には西田運動公園があるためでしょうか、広い駐車場がありました。
福島正則が東軍の先鋒の予定であったが、井伊直政と松平忠吉が抜け駆けして宇喜多隊に発砲し、関ヶ原の戦いが始まった地と言われていますが、すぐ近くに「小西行長陣跡」があるのでどちらかが違うように思えます。
記念碑は陣跡碑よりも大きく、決戦地碑と同じ位の大きさでした。- 旅行時期
- 2023年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2024年01月07日
総合評価:4.0
関ヶ原古戦場の中心地にあり、周囲に広い無料駐車場が整備されています。
館内には関ヶ原の戦いに関する多くの展示があるほか、臨場感あるシアターなどがありましたが、展示室内は全て撮影禁止でした。
5階の展望台は360度ガラス張りで関ヶ原の地形が一望できるうえ、手元に武将の陣地の説明板があり景色と比べながら見ると理解が深まります。
併せて隣接地にある歴史民俗学習館に訪れることをお勧めします。- 旅行時期
- 2023年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 展示内容:
- 4.0
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投稿日 2024年01月07日
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投稿日 2024年01月07日
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投稿日 2024年01月07日
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投稿日 2024年01月07日
総合評価:4.5
関ヶ原古戦場記念館の隣接地にあり、こちらは入館無料のうえ館内は撮影可能です。
古戦場記念館から歴史民俗学習館への通路の両側には、各武将の旗が立ち並んでいました。
1階には、関ヶ原をはじめ歴史や武将に関する本や資料が並べられ、自由に読むことができます。
2階に上ると先ず目に入るのが時代劇で良く見かける「高札」ですが、読もうとしてもなかなか難しかった。加えて東軍と西軍の各武将の陣跡や鎧が並び、全て無料で見ることができるので立寄る価値はあると思います。- 旅行時期
- 2023年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 関ヶ原古戦場記念館の隣接地にあります
- コストパフォーマンス:
- 4.5
- 入館無料
- 展示内容:
- 4.5
- 関ケ原に関する資料が揃っています
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投稿日 2024年01月07日
総合評価:3.5
関ヶ原古戦場記念館の西側隣接地にあります。
徳川家康は当初東軍の後方に構えていたが、戦がたけなわとなると家康は本陣をこの地点に進出させ、ここで陣頭指揮に当たった地です。
総大将が敵陣からほど近い所まで進んで陣を構えるのは驚きですが、理由は諸説あるようです。
また、徳川家康最後陣地の奥にある「床几場(しょうぎば)」は、関ヶ原の戦いに勝利した徳川家康が味方の武将の論功行賞のため、打ち取ってきた敵将の首実検のために座ったという腰掛け台(=床几)があった場所で、盛土の上に記念碑が立っていました。- 旅行時期
- 2023年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2024年01月06日
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投稿日 2024年01月06日
総合評価:4.0
関ヶ原古戦場記念館の近くにあります。
関ヶ原合戦が終り、勝者となった徳川家康の首実検を終えた武将や戦死者を埋葬するために、この地の領主竹中重門に命じて造営した首塚で、東西2カ所あるうちの一つです。
東首塚にある朱色の門は、山王権現社(名古屋)から移築された唐門です。
東首塚にあるこの井戸は、徳川家康の首実検を終えた首級の汚れを落とした「首洗いの井戸」と言われている恐ろしい井戸ですが、蓋がされていて中を覗くことはできません。
この他にもスダジイの古木、供養堂が残っていて、西首塚と比べると敷地も広く手厚く供養されているようでした。- 旅行時期
- 2023年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2024年01月06日
総合評価:3.0
JR関ヶ原駅に近い東首塚の隣にあり、徳川家康の四男・松平忠吉と、徳川四天王の一人・井伊直政が布陣した地です。
井伊直政は全国の諸大名を東軍に取込む工作を行うなど東軍の中心的存在で、関ヶ原の戦いが初陣となる徳川家康の四男・松平忠吉に先陣を切らせるため、東軍の先鋒として月見の宮に布陣した福島忠則を抜け駆けしたことで有名です。
陣跡は他と同じ石碑と説明板のみで、徳川四天王の記念碑としては寂しく感じました。- 旅行時期
- 2023年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2024年01月06日
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投稿日 2024年01月06日
総合評価:4.0
JR東海道線の南側にある関ケ原中学校の敷地内で、正門のすぐ横にあります。
豊臣秀吉や徳川家康に仕えた藤堂高虎は関ヶ原の戦いで東軍に属し、開戦後京極高知と共に西軍の大谷吉継や平塚為広と戦い、東軍に寝返った小早川秀秋や脇坂安治らと共に大谷隊に勝利し、徳川家康の重臣として仕えることとなります。
記念碑は中学校の敷地内にありますが、記念碑はじめきれいに整備されていました。- 旅行時期
- 2023年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 見ごたえ:
- 4.0
- きれいに整備されていました
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投稿日 2024年01月06日
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投稿日 2024年01月05日
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投稿日 2024年01月05日
総合評価:4.5
JR関ヶ原駅前の便利な場所にあり、施設内には観光案内所と売店があります。
観光案内所にはパンフが豊富に揃っておいて、スタッフも親切に対応して頂けましたし、ホームページから資料請求をすると、希望する資料を送って頂けるので、旅行前に利用すると便利です。
売店に入ると武将の家紋が描かれたコインロッカーがあり、ロッカーの大きさ(大中小)は武将の兵力に応じていて、好みの武将のロッカーに入れる方が多いそうです。
売店には「関ヶ原」の名が付いたグッズやお菓子が盛りだくさんに揃っていました。- 旅行時期
- 2023年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- JR関ヶ原駅前にあります
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投稿日 2024年01月05日
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投稿日 2024年01月05日




























































