横浜臨海公園さんへのコメント一覧(111ページ)全1,512件
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おめでとうございます☆
横浜臨海公園様、お誕生日おめでとうございます。
&明けましておめでとうございます。
昨年一年間、ブログへのご訪問ありがとうございましたm(__)m
昨日今日と、とても冷え込みますが、お身体、お変わりないでしょうか。
この一年も、素晴らしい一年となりますように☆
本年もどうぞ宜しくお願いします。
昭和生まれです♪2011年01月01日12時52分返信する -
織田家も
横浜臨界公園さま こんにちは!
長男が本能寺の変で亡くなっていなければ
また、歴史は変わっていたかも知れませんね。
二男三男には荷が重すぎたようですが、
しっかり家を残す事が出来てたんですね。
じぃ〜RE: 織田家も
zzr-cさま、おはようございます。
拙稿旅行記にメッセージと投票と賜りまして誠に有難うございました。
> 長男が本能寺の変で亡くなっていなければ
> また、歴史は変わっていたかも知れませんね。
>
> 二男三男には荷が重すぎたようですが、
→本能寺の変以後、豊臣秀吉が実権を掌握する中で、秀吉が織田一族を意図的に排除させようとする傾向が強まります。
信雄はバックに徳川家康がいた為に生き残れたようなもので、家康がいなければ殺害されていた公算が高かった可能性があります。
運がよかったのか、したたかな性格だったと見てよいでしょう。
横浜臨海公園2010年12月31日04時41分 返信する -
織田家は
徳川家ほど繁栄できませんでしたがそれでも江戸幕藩体制の中をしぶとく生き残り、信長の血を伝えていますね。
それに比べて豊臣家は・・・RE: 織田家は
吉備津彦さま、こんにちは。
メッセージと旅行記への投票を賜りまして誠に有難うございました。
織田家は最終的に幕末の時点で大和高田藩と出羽天童藩が存続して明治維新を迎えます。
出羽天童は正しく甘楽小幡が転封させられた所で、転封後は武士も収入を得る為に手内職で将棋の駒を作る様になり、現在でも天童の駒と言えば此れが発端になったそうです。
> それに比べて豊臣家は・・・
→それでも、親類が豊後國木下日出藩として存続したので傍流とは申せ何とか明治維新以降も残っております。
横浜臨海公園2010年12月30日13時03分 返信するRE: 織田家は
> 徳川家ほど繁栄できませんでしたがそれでも江戸幕藩体制の中をしぶとく生き残り、信長の血を伝えていますね。
>
> それに比べて豊臣家は・・・
北政所の実家木下家は備中足守藩、豊後日出藩で徳川時代を外様大名として生き残りますがいずれも北政所の兄の子孫なので秀吉の縁戚ではありますが血脈を直接は受け継いでおりません。
しかし、豊臣秀吉の甥である豊臣秀次の弟である秀勝(秀吉の姉ともの子)は、徳川秀忠の正室お江与の方が秀忠に嫁ぐ前に結婚していた人物であり、この秀勝とお江与の間には一人娘の豊臣完子(さだこ)がいる。お江与の方は旦那様であった秀勝が朝鮮出兵中に陣没してしまい、徳川秀忠へ再嫁しますが、完子自身はその後も秀吉側室でお江与の姉である淀の方に養育され、最終的には公家で関白になる九条忠栄(後、幸家)に嫁ぎ。その後、忠栄との間には数人の子供が生まれ、子供の九条道房から連綿と繋がっていき、最終的には今上天皇まで繋がっている。
豊臣完子−九条道房−九条侍姫(道房娘:九条兼晴室)−九条輔実−九条幸教−二条宗基−二条治孝−九条尚忠− 九条道孝−貞明皇后−昭和天皇−今上天皇
2011年01月07日03時42分 返信する -
那須の地の開拓と華族農場…
横浜臨海公園さん、おはようございます^^
下野國那須野の旅行記にお邪魔しております。
いつもながらずっしりと重みが伝わってくる豊富な知識に、心打たれながら拝見いたしました^^
那須を農地としての将来性着目した松方正義(当時)大蔵省局長は凄いですね。
でも明治の世では、民に恵みをもたらすはずの豊饒なる農耕地を開墾され、更に開墾された農地が買収対象となり優雅な華族農場に欧米化、西洋化されて行くのですね…。
その優美な元家族農場も今は、雨月物語状態…。
時代の流れを感じます…。
横浜臨海公園さんの解説を伺い、優美な洋館に、美しい紅葉の大山公園を拝見しながら、明治の時代よりの日本の歴史にも想いを馳せて拝見致しました…。
kuritchi -
いいローアングル!
ちょうどいい高さのローアングルですね
散歩道の枯れ葉が見事に表現されていて
私の場合は少し低いよなあと自分で感じながら写していました
もう少し考えて写そうっと! -
サスペンスドラマ!
サスペンスドラマに出てきそうな洋館ですね
とてもいい風景です!拝復
鴨川の夕立!(Shower of Kamogawa)さま、こんばんは。
メッセージを賜りながら返事を差し上げるのが遅くなりまして誠に申し訳ございませんでした。
松方邸は木立のなかにポツンと存在しておりまして、正しくサスペンスドラマの舞台にでもありそうな雰囲気を有した建物でした。
松方家の御当主の案内で敷地内を廻りましたが、手が入っていない天然状態の木立など、今時珍しいものを感じさせられました。
特に、石造り蔵や使用人小屋の存在は今回、初めて公になったものだと思われます。
ただ、イノシシやマムシが頻々と出没するのが御当主は閉口されているそうです。
横浜臨海公園2010年12月24日00時22分 返信する -
凄い
横浜臨界公園さま こんにちは!
もみじの落葉がこんなに沢山ある風景を見た事無いです。
すごいですね!樹齢90年のもみじがあるのも凄いです。
じぃ〜拝復
zzr-cさま、こんにちは。
旅行記にメッセージと投票を賜りまして誠に有難うございました。
> もみじの落葉がこんなに沢山ある風景を見た事無いです。
→実は、小生もこんな膨大に敷詰められたモミジは初見です。
ただ、残念だったのは撮影直前まで現地は集中豪雨状態で、敷き詰められたもみじの参道が雨で水溜りだった事で、晴れていれば、乾燥状態で亦違った見応えが期待できたかと思うと残念でした。
> すごいですね!樹齢90年のもみじがあるのも凄いです。
→町の方々からも愛され続けている様子が見て取れ、充分管理が行き届いた状態だったと感じられました。
横浜臨海公園2010年12月13日12時37分 返信する -
圧巻ですー!
大山公園の落葉は圧巻ですね。
道いっぱいに広がる重なった落ち葉が紅い絨毯を作って… 圧巻としかいいようがないです。本当に素晴らしいです!
たけし



