hijunoさんのクチコミ(50ページ)全1,191件
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投稿日 2022年08月11日
総合評価:5.0
浅野家の菩提寺として1645年に建立されました。
境内には浅野家、森家、大石家、赤穂義士、浅野家臣のお墓もありました。
宝物館や義士木像堂もあり、貴重な資料が展示されていました。
大石内蔵助が赤穂を去る時、名残を惜しんだとされる松の樹は幹が保存されています。二代目の松も大きな立派な樹でした。1703年、義士46名が自刃した知らせを受けた町民が悲しみのあまり、寺にある鐘をつきまくり、音を失ってしまったといわれています。
そのとき「鳴らずの鐘」といわれていたそうですが、1787年に再改鋳されます。
義士とのゆかりが深いとの理由で、第二次世界大戦での金属供出も免れました。- 旅行時期
- 2022年08月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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投稿日 2022年08月11日
総合評価:5.0
予約が必要でした。海外からの賓客をおもてなしするための施設として平成17年に建設されました。日本の伝統の美が堪能できます。蒔絵、西陣織、截金、庭園などあらためて
日本の伝統的技術に感動しました。説明を聞きながら、見学します。- 旅行時期
- 2021年10月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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投稿日 2022年08月11日
総合評価:5.0
開基が和気清麻呂、824年の創建の歴史のあるお寺です。国宝も多く、伝源頼朝像などがあります。紅葉の名所でもあり、西明寺の槙尾、高山寺の栂尾とあわせて神護寺の高雄で三尾と呼んでいます。山の中の静かなお寺です。坂道を登っていくため、歩きやすい靴をお勧めします。
- 旅行時期
- 2021年09月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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投稿日 2022年06月17日
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投稿日 2022年08月09日
総合評価:5.0
予約をして見学をしました。栄西が宋より持ち帰った茶の実が高山寺の明恵上人にもたらされ、山内で育てました。中世から栂尾のお茶を本茶とよび、他は非茶と呼ばれていました。
現在もそのお茶は茶園に息づいています。日本最古の茶園という石碑もありました。- 旅行時期
- 2021年09月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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聖徳太子の御廟があります。近くの西方院とも深いつながりがあります。
投稿日 2022年08月09日
総合評価:5.0
聖徳太子の御廟があり、太子信仰の中核となったお寺でもあります。
境内は広く、見どころも多いお寺でした。聖徳太子の御廟は特に厳かな雰囲気がしており
美しい廟でした。太子が亡くなったあと、推古天皇が土地と建物を寄進し、お墓を守る堂を建てたのがお寺の始まりともいわれています。
近くにある西方院がありますが、お寺の山門からまっすぐに太子の御廟につながっています。太子が亡くなったあと、御廟の前に塔頭を建て、遺髪を納め、太子作の阿弥陀如来像を祀った、三人の侍女(蘇我馬子、物部守屋、小野妹子のそれぞれの娘たち)たちのお寺が現在の西方院です。叡福寺と深いつながりのあるお寺で、訪れたとき蓮の花がとても綺麗でした。- 旅行時期
- 2022年08月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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投稿日 2022年08月09日
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投稿日 2022年08月08日
総合評価:5.0
醍醐寺は874年に創建された由緒あるお寺で、上醍醐と下醍醐に至って広い境内には多くの建物があり、国宝などの文化財が豊富です。豊臣秀吉が愛した「醍醐の桜」も有名ですが、秀吉が自ら設計したといわれる庭園もみごとです。見学の予約をして、説明もしてもらいました。とてもわかりやすく、醍醐寺についての歴史などを説明してもらい、心に残りました。桜の樹は約700本があり、春にはみごとです。秋の紅葉の季節も美しいです。
広い境内には国宝の五十の塔がありますが、951年の京都府下で最も古い木造物建築です。金堂も国宝です。広い境内は見どころが沢山あり、散策がとても楽しいお寺です。開放的な雰囲気のお寺でした。- 旅行時期
- 2021年09月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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投稿日 2022年08月07日
総合評価:5.0
空海の高弟 智泉が神護寺の別院として創建しました。824年~834のころと言われています。神護寺からは独立しましたが、室町時代に兵火にあい荒廃、明忍によって再興されます。江戸時代には桂昌院の寄進により本堂も再興されました。
本尊は運慶作と伝わる釈迦如来像。
自然に囲まれた静かなお寺でした。- 旅行時期
- 2021年09月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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投稿日 2022年08月07日
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投稿日 2022年08月06日
総合評価:5.0
第36代孝徳天皇は乙巳の変の後、元号を大化と改め、新しい政策、政治を推し進めてきました。その後、中大兄の皇子との確執もあり、妻や皇族、群臣の多くが中大兄皇子側についたため、一人、孤独のうちに、難波の宮で亡くなったといわれています。
陵は清少納言の枕草子のなかにでてくる「うぐいすのみささぎ」ともいわれ、美しい陵です。「薄葬令」が出され、直径が32mの小さな円墳です。
「海獣葡萄鏡」も出土しています。
日本最古の竹内街道を通っていきます。竹内街道は難波と飛鳥の宮を結ぶ大切な官道でした。とても情緒があります。
陵に着いてからは、苔むした坂道を登っていきます。歩きやすい靴をお勧めします。- 旅行時期
- 2022年08月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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投稿日 2022年08月06日
総合評価:5.0
聖徳太子の墓所は叡福寺の中にあります。高貴な雰囲気が漂うお墓でした。
推古天皇の摂政として、十七条憲法や冠位十二階の制などを制定し、遣隋使の派遣など、大陸の文化も採り入れ、政治の改革を行い、仏教も篤く信仰、その偉業は多くありますが、621年に亡くなりました。
こちらの墓所は円墳で、およそ、直径は50m、高さは10mの横穴式石室です。
「三骨一廟」と呼ばれるように、こちらには聖徳太子と妻の膳郎女、母親の穴穂部間人皇后の三人の棺が納められています。
近くに父親である用明天皇の御陵もあります。
「近つ飛鳥博物館」で聖徳太子の墓所について、石棺の様子などの詳しい説明がありました。博物館を先に見学して、墓所を訪れるのもお勧めです。- 旅行時期
- 2022年08月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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推古天皇の時代に遣隋使として活躍した小野妹子の墓所と言われています。
投稿日 2022年08月06日
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投稿日 2022年08月07日
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もともとは関西学院大学のチャペルでした。赤いレンガの美しい建物です。
投稿日 2022年08月03日
総合評価:5.0
1889年にアメリカ人宣教師のランバス氏によって関西学院大学が創立されました。その後1904年にアメリカ人銀行家のブランチ氏らの寄付によりチャペルが建てられました。
関西学院大学は西宮市上野原にキャンパスは移りますが、チャペルはそのまま残りました。戦災などで被害を受けつつも修復をされ様々な用途に使われ、1993年に一粒社ヴォーリズ設計事務所により尖塔部分なども完全に復元されています。
2006年には内部をリニューアルし、「神戸文学館」として、神戸にゆかりのある文学者たちの資料などを展示しています。
外壁の赤いレンガやステンドグラス、ブドウ柄の窓ガラスなどもとても素敵です。- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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灘の酒造巡りの一つです。酒造りのわかりやすい展示豊富な資料館です。
投稿日 2022年04月23日
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投稿日 2022年08月04日
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投稿日 2022年08月04日
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投稿日 2022年08月04日
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投稿日 2022年06月30日
















































































































































































