amaroさんのクチコミ(75ページ)全3,113件
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投稿日 2014年12月21日
総合評価:3.0
広島市の平和大通りを中心に今年も年末年明けのイルミネーションショー「ひろしまドリミネーション」が始まってました。「ピース城からの贈り物」「氷の女王」など、エリアごとにテーマが設けられ、多くの人で賑わってました。今年で13回目といいますから、もう冬の風物詩なんですね。残念ながら雨模様だったので、実際に歩いてみるとイマイチだったけど。中には被爆70周年を前に平和への思いをテーマにしたようなものもあるようなのですが、歩いてみるだけではよく分かりませんでした。暗い中で説明パネルを読むのも、雰囲気を壊しちゃうかな。
- 旅行時期
- 2014年12月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2014年12月21日
総合評価:3.0
広島市の中心部に平和への祈りを込めて建てられたカトリック幟町教会の世界平和記念聖堂があります。建築家村野藤吾設計による建物で原爆投下5年後の1950年8月6日着工、1954年8月6日に完成しました。戦時中、古い教会がありましたが原爆によって倒壊・焼失。被爆したドイツ人司祭ラッサールが聖堂の建設に尽力し、ローマ法王ピオ12世の指示もあり、世界中からの浄罪で造られました。欧州の教会を思わせる神々しい姿は世界平和と核兵器のない世界の実現を強く訴えています。1981年、ローマ法王ヨハネ・パウロ2世が広島を訪れた際にも立ち寄っています。2006年には国の重要文化財に指定されました。
- 旅行時期
- 2014年12月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2014年12月21日
総合評価:3.0
広島市中心部にある被爆建物一つ日銀広島支店に初めて入りました。日銀らしいいかめしい建物で私が知る限りずっと現役。1992年まで日銀の支店があったそうです。そのためか被爆建物のイメージはなく、エンタシス風の柱が気になる程度でした。最近、前を通ったとき、ホールとして一般公開されていることを知り、中に入ってみました。カウンターなどが残されており、いかにもかつての銀行の造り。被爆などみじんも感じさせませんでした。もちろん利用するために改修されてきたのでしょうけど、爆心から数百メートルほどの近さでこの残り方は、いかに堅牢な造りだったかと思ってしまいます。1936年の築ですが、耐震が心配される原爆ドームと違って、ずっと生き残っていけそうです。原爆投下2日後の1945年8月8日に業務を再開したといいますから、ホントに強い建物だったのでしょうね。
- 旅行時期
- 2014年12月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2014年12月21日
総合評価:3.0
広島市の平和公園に入る元安橋のたもとにあるレストハウスに久々、入ってみました。観光案内所になっており、市内観光のパンフのほか、カープグッズなども売ってました。でも、この建物は100メートルほど北側にある原爆ドームと同じく、被爆建物なのです。1929年、呉服店の店舗として造られ、戦争中は別の用途で使われていました。1945年8月6日、すさまじい爆風と熱戦で中にいた多くの人が亡くなりましたが、かろうじて倒壊はまぬがれ、現役の建物として使われてきました。さすがに老朽化で建て直し計画もあったようですが、爆心地近くの貴重な被爆建物だけにペンディング状態にあるようです。しかし原爆ドームがあんな惨状になっているの、こちらが現役とは。考えてみれば、よほど頑丈な建物だったのかしら。
- 旅行時期
- 2014年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2014年11月30日
総合評価:3.0
姫路城の西側、お堀の真ん中を貫くような遊歩道がありました。「千姫の小径」と名付けられていますが、実際に千姫が歩いたわけではなさそうです。じっくり見ると、まるで歌舞伎の道行きのようにも見えました。左右には姫路城の木々。ふと見上げれば、美しい城の姿が見えてきます。ぼーっと眺めていたら、手をつないだ若者のカップルが歩いて行く姿。もはや2人の世界でしょう。関係ないおじさんが邪魔したら悪いっすよね。
- 旅行時期
- 2014年06月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2014年11月30日
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投稿日 2014年11月30日
総合評価:3.0
谷川岳に向かう途中、道の駅水上町水紀行館に立ち寄りました。駐車場待ちの車が結構、連なっており、谷川、水上温泉という観光スポットを抱える道の駅らしい人気ぶりでした。ちょっとした土産物中心の道の駅かと思いましたが、ちょうど紅葉前の時期で、店舗前ではリンゴ販売のテントが立ち、買い物客で賑わってます。店内に入ると、リンゴだけでなくキノコや各種の野菜などが並び、周囲は農業地帯だったのね、と教えてくれました。淡水魚の水族館やクライミング施設も併設されていて、施設はなかなかの充実ぶり。隣接して利根川上流の美しい流れが楽しめる清流公園もあり、なかなかよく考えられた道の駅だと思いました。
- 旅行時期
- 2014年10月
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投稿日 2014年11月30日
総合評価:3.0
おばあちゃんの原宿、巣鴨地蔵通り商店街を歩いていると、行列のできている店がありました。看板を見ると、塩大福発祥の店と書いてあります。「塩大福?」とさっそく列に並び、一つだけかって歩きながら食べてみました。確かに「塩」大福です。あんこは入ってるけど、ちっとも甘くありません。大福と言えば甘いというイメージを持っていましたが、こちらは別でした。あっさりしていい、という声もありそうです。でも、やっぱ甘い方が好きだなあ。もちろんみたらし団子など甘い物も並んでました。
- 旅行時期
- 2014年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 一人当たり予算
- 500円未満
- 利用形態
- その他
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投稿日 2014年11月30日
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投稿日 2014年11月30日
総合評価:3.0
姫路城の周囲を一周していると、東側に赤煉瓦造りの美しい姫路市立美術館に遭遇しました。きれいに整備された広場のあちこちに彫刻が見えます。こういう建物をよく造ったなあ、と思ったら元は姫路陸軍兵器廠の倉庫として造られた建物で、戦後、市役所にも利用され、1983年美術館として再生されました。とても美しく、まるでヨーロッパの美術館を見ているようでした。訪れたときにはすでに開館時間を過ぎていましたが、印象派など近代フランス絵画のほか、ベルギーのシャルルロワ市と姉妹都市関係にあることで、ベルギー美術コレクションもあるそうです。なかなか訪れることがない姫路。そこに大好きな印象派絵画なんて、もっと早くに来たら良かったと後悔です。
- 旅行時期
- 2014年06月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2014年11月30日
総合評価:3.0
全国的にも有数の規模を誇る潮来市の水郷潮来あやめ園。毎年開かれる「水郷潮来あやめまつり大会」でのお楽しみが「ろ漕ぎ舟遊覧」です。最大5、6人ほど乗れるろ漕ぎ舟に乗って、あやめ園沿いの前川を遊覧する趣向。約40分ほどの短い船旅ですが、船頭さんがゆったりこぐ小舟に乗って、小さな橋をくぐったり、かつて津軽藩や仙台藩の蔵があった場所の説明を受けたりできます。大会期間中の土日には「嫁入り舟」も。2014年の今年は、やらせなし30組以上の正真正銘の花嫁が舟に乗って嫁入りするとか。有名な歌の「潮来花嫁さん」の世界も味わえます。ちょっと寂しかったのは説明がラジカセだったこと。船頭さんの話を聞きながらやりとりした方がもっと楽しかったかも。
- 旅行時期
- 2014年06月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2014年11月30日
総合評価:3.0
潮来市の水郷潮来あやめ園から道路を挟んで前川の堤防沿いに半円状に突き出したスペースが作られてました。道路から降りることができました。「WAiWAiファンタジア」と妙にハイカラな名前がついており、「コイ」「ナマズ」「モクズガニ」の3つのモニュメントがあり、どこからか噴水が出るようになってました。100円を入れると5分間の特別プログラムが見られるとか。有名な潮来花嫁さんを乗せた嫁入り舟の到着先にもなっています。縁結びのパワースポットとしてカップルにも人気といわれているそうですが、この種の人工物でそれは言い過ぎのような気もしますな。
- 旅行時期
- 2014年06月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2014年11月30日
総合評価:3.0
ホントに久々に訪れた恵比寿ガーデンプレイス。へたすると、10年以上は来ていなかったので、あの頃と印象が全く違うのは仕方ないことかもしれません。でも、こんな建物あったっけ?あんなエンタメ系の設備があったかな、と驚きの連続でした。JR恵比寿駅側から入っていくと、レストランのガラス越しに休日の遅めの食事を楽しむ若者グループが見えます。回廊のような太い柱が並ぶタワー1階のエントランスを通っていくと、お城のようなレストラン。階下をのぞき込むと、吹き抜けの下の広場でのんびり歩く人の姿が見えました。8月の終わりのことでしたが比較的、涼しい風が吹き抜け、休日をぼんやり過ごすにちょうどよかったみたいです。かつて、ここを訪れたのは、ほとんど冬場だったためか薄ら寒いイメージばかり残ってましたが、季節が変わればイメージも変わるんですね。休日にわざわざ来る場所ではないと思ってましたが、混み合ってない分、穴場スポットになっているのかもしれません。
- 旅行時期
- 2014年08月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2014年11月30日
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投稿日 2014年11月30日
総合評価:3.0
広島市の護国神社の境内南側に石碑があり何だろうと見てみました。中国軍管区司令部の地下通信室と書いてあり、閉鎖用のフェンスの向こう側に地下への入口が見えました。碑文によると、太平洋戦争中、この場所には半地下式の作戦司令室、通信室がありました。原爆投下の際、広島からの通信が途絶しましたが、生き残った軍事専用電話を使って広島壊滅の知らせが送られたとあります。原爆被災の第一報といわれる通信です。驚いたことにそれを送ったのは学徒動員されていた比治山高等女学校の生徒だったそうです。原爆投下の第一報については諸説がありますが、これは初めて知りました。この辺りは爆心地から数百メートル程度。地上にいれば、一瞬にして消滅した距離。半地下なので何とか生き残ったのでしょうが、猛烈な放射線は浴びていたのかもしれません。
- 旅行時期
- 2014年08月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2014年11月30日
総合評価:3.0
増上寺の南側、都立芝公園との間に挟まれザ・プリンスパークタワー東京の入口となっている場所に壮麗な門が立っています。かなり唐突なので、何だろうと思いますが、これが徳川二代将軍徳川秀忠の墓である台徳院霊廟の惣門なのです。霊廟は東京大空襲で多くが焼失。秀忠の墓は改葬され、焼け残った門などの大半は所沢市のユネスコ村に移築されたのだそうです。1960年のことといいますが、どんな経緯があったのか、とても不思議です。それに惣門の中に安置された仁王像はもともと、川口市の西福寺にあったものを1948年に浅草寺に譲渡され、58年に惣門に安置されたとか。戦後の混乱の時代、いろんなことがあったんでしょうね。しかし、とっても朱塗りが美しく、管理が行き届いているようですが、いったい、だれの所有なのかしら。プリンスホテル?
- 旅行時期
- 2014年08月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2014年11月30日
総合評価:3.0
何、とぼけたこと言ってるの?何年も前からのこと。と知り合いから指摘されたのは「新宿の三越が丸井になってる」と話した時のこと。つい先日、久々に新宿のホコ天を歩き、伊勢丹の真向かいに丸井があるのを見て、素朴に驚いたからでした。正直、何年、新宿に行ってないんだと言われそうだけど、確かにホントに新宿に用がない、今日このごろ。別に私1人がいかなくても、なんてことないと思うけど、かつては何でもかんでも新宿に集まっていたような気がします。もしかしてパワーが落ちてるのかも、と感じちゃいました。そうそう、丸井、あの三越の建物とは思えないほど手が加えられていました。それとも建て替えたのかな。
- 旅行時期
- 2014年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2014年11月30日
総合評価:3.0
最近、絵画に興味が出てきて(といっても見るだけですが)、わざわざ中国・深せんまで印象派絵画の模造画を買いにいったほどなのですが、残念ながら額がなく、飾ることはできていません。そんなとき、新宿の世界堂の本店を通りがかりました。絵画を描く趣味もなく以前であれば素通りだったのですが、気になりました。さすが世界堂だけあって、高価な物から安価なものまでそろってました。といっても、安価な物でも確実に絵よりは高い。ここはやっぱり手作りしかないなあ、とあらためて思ってしまいました。でも、銀座の額縁屋さんなどに比べると、全体に庶民的な価格設定。学生さんとか、幅広い客層のことを考えているんでしょうね。
- 旅行時期
- 2014年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2014年11月30日
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投稿日 2014年11月30日
総合評価:3.0
歩くと次々お寺に出逢い、地方都市だと寺町というんだろうな、思ってしまう東京・四谷の須賀町。そんなお寺群の一つが真宗大谷派の寺院、西応寺です。本堂のデザインは結構、おしゃれです。江戸時代に創建されました。何か特徴的なことはあるのかなと思ったら、「最後の剣客」と呼ばれる直心影流榊原鍵吉の墓があるとの、案内板が掲示されていました。幕末に幕府の剣術教授方となり上野戦争でも活躍。いったん徳川家とともに静岡に移住しましたが、その後江戸に戻り道場を開設。1894年に亡くなるまでまげを切らなかったそうです。といっても、この人のこと、全く知りませんでしたけどね。
- 旅行時期
- 2014年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅























