amaroさんのクチコミ(66ページ)全3,113件
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投稿日 2015年04月08日
総合評価:3.0
ちょっと古い話になりますが、2012年11月、紅葉真っ盛りの大山に登った際に乗ったのが大山ケーブルカーでした。いつたどり着けるかと思うほど長々と続く参道の坂道を歩き、ようやく麓の大山ケーブルカー駅に到着(ここで標高400メートル)します。まもなく約20分おきに出発するケーブルカーが戻ってきました。ロープウエーぐらいの小さな車体を想像していたけど案外大きく、数十人が乗り込みます(定員は100人超えています)。走りだすと、あっという間。終点の阿夫利神社駅までの全長0・8キロ、標高差278メートルのコースを6分ほどで結びます。乗った位置から開けた眺めを見ることはできませんでしたが、コース沿いの紅葉がとてもきれいでした。ところで、多くの参拝・登山客を運んだこのケーブルカーは5月17日で引退します。開業から50年間も走り続けたそうです。新型ケーブルカーのデビューは10月1日です。
- 旅行時期
- 2012年11月
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投稿日 2015年04月08日
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投稿日 2015年04月08日
総合評価:3.0
横浜を代表するデートスポットといえば大さん橋でしょう。豪華な大型の旅客船が離着岸する姿は誰が見ても憧れでしょう。2002年に完成しましたが、実はこんな格好いい施設になっているのを知ったのはその数年後でした。今でこそ象の鼻パークなどとして整備されている大さん橋周辺ですが、さん橋を挟んで反対側の山下公園は人気スポットでも、象の鼻パーク側は古くさい船着き場然だったのです。話を戻して大さん橋ですが、何と言っても楽しいのは「くじらのせなか」と称される屋上部分です。海へと突き出しており、横浜ベイブリッジ、みなみとみらいの高層ビル群などがとてもよく見えます。夜景の美しい夜が一番でしょうけど、昼だってとても心地良い場所です。夜になるとみなとみらいの夜景を狙うカメラ小僧(おじさん中心だけど)がちょっとじゃまだけど。売店もあり、潮風を浴びながらのんびりできます。2階には多目的ホールもあり、イベントもよく開かれています。入ったことはないけど、先端部にあるレストランはデートには最高とか。横浜に来たら、ホントにおすすめです。
- 旅行時期
- 2013年06月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2015年04月07日
総合評価:3.0
春風に誘われて東京・銀座の数寄屋橋交差点近くにある日動画廊に入ってみました。1928年創業という日本でもっとも歴史がある画廊です。入り口の左右に中国風というのか石の像がとても印象的でした。もしかして料金がいるのかな、とおそるおそる入ってみましたが、銀座のあちこちにある画廊と同様でした。訪れた日は豊富な色彩と抽象と具象が併存する作風で有名だった木村忠太展が開かれていましたが、常設展示では安井曽太郎の絵画も展示されていました。展示は1階だけかと思ったら、地下1階も常設展示場で奥に階段がありました。降りてみると、箱詰めされたままの作品が置いてあり「あれ倉庫?」。それにして、これだけの作品が民間の施設に展示されているなんて、さすが銀座という雰囲気でした。
- 旅行時期
- 2015年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2015年04月07日
総合評価:3.0
いくらスペースが狭いからといって、これは勘弁してほしいと思ったのが、JR有楽町駅前にある江戸幕府の南町奉行所跡の遺稿を見たときのこと。そう、あの大岡越前が裁きを行った奉行所です。何かのイベントをやっていて、遺稿前は物置状態。外からは見えないようになっていたんです。たぶん、置いた人もどういう場所だったのか気づいてないのでしょう。隅っこに説明板はあったんですけどね。遺稿といっても、開発工事で出土した石組みを再現したまでのことなので、ほとんどの人はデザインとしか思わなかったのかもしれません。南町奉行所がこの地にやってきたのは1707年のこと。大岡越前が執務を行ったのは1717年から36年までだったそうです。
- 旅行時期
- 2015年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2015年04月07日
総合評価:3.0
横浜の中華街を歩いていて、歩道の片隅に「日本国新聞発祥之地」という碑を見つけました。狭い歩道の端で本当に読みにくいというか。碑文を読むと、リンカーン大統領と握手した唯一の日本人、ジョセフ彦が1864年、日本最初の新聞である「海外新聞」を発刊した地だと刻まれてました。この彦さんという人、10代のころ船に乗っていて遭難、50日もの漂流の末、米国船に救助され米国で教育を受け、1859年にはハリスとともに日本領事館の通訳として日本に凱旋。いったん帰国後1864年に再来日し、民主政治発展のためと新聞を発行したようです。しっかしホントに狭い場所で、立ち止まるのも迷惑な雰囲気。工夫してほしかったなあ。
- 旅行時期
- 2013年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2015年04月07日
総合評価:3.0
早稲田大学の正門を入って、まもなく見えてくるのが創始者である大隈重信の像です。ガウン姿でまっすぐ立っていますが右手で杖をついています。明治22年、暴漢に爆発物を投げつけられ右足を失ったためです。なかなか厳しい顔つきに彫られています。建立は1932年。早稲田大学創立50周年と大隈重信没後10年を記念したものだそうです。制作は彫刻家の朝倉文夫。早稲田らしくかなりの大物の起用だなあ。戦災も乗り越えてずっと立ってるなんて、さすが大熊。
- 旅行時期
- 2015年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2015年04月07日
総合評価:3.0
世界遺産にもなった三保松原で注目スポットといえば羽衣の松でしょう。大半の観光客は駐車場から階段を登って松へと向かっていきます。すると枝振りがとても良い松が見えてきます。隣には枯れてしまった2代目の松。先が切られて何だか切断された指のようで悲しい状態。初代は1707年の富士山宝永噴火の際に海中に没したとか。こーなってくると、松はしょせん松。「別にぃ」とへそを曲げたくなりますよね。さっさと波打ち際まで行って松林越しの富士山の幻想的な姿を楽しんだ方がいいなと思っちゃいます。ところで三保松原には世界遺産登録前の2013年春と登録後の2014年春に出かけました。13年は富士山が全く見えないあいにくの天気で人の姿を見かけない寂れた観光地。それが世界遺産登録後は一変。観光客でごった返す人気スポットに変わってました。とはいうものの、神の道を歩いて御穂神社に向かう人の流れはできていませんでした。羽衣の松ってこの神社のご神体なんだけどなあ。
- 旅行時期
- 2013年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2015年04月07日
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投稿日 2015年04月07日
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投稿日 2015年04月07日
総合評価:3.0
きらびやかな本殿、厳かな神廟。徳川家康の最初の埋葬の地、久能山東照宮は見所いっぱいです。でも、一番印象に残ったのは表参道の石段でした。何といっても、きついのです、この坂道は。いくら遺命だからといって、三代将軍徳川家光はこんな急坂の上によくあんな大規模な開発をやったものだと感心してしまいます。確かに途中、休憩すると、駿河湾の雄大な光景が眼前に広がります。それとイチゴのハウスの多さにもびっくりします。観光地ということでハイヒールの女性も見かけたけど、絶対におすすめしません。こちらは観光というより山登りです。足の悪いみなさん、日本平ロープウエーをご利用ください。段数は1159段。「いちいちごくろうさん」と呼ばれるぐらいの段数なんだから。
- 旅行時期
- 2013年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2015年04月07日
総合評価:3.5
久能山東照宮の観光ハイライトはきらびやかで華麗な本殿の参拝と言いたいところですが、一番奥まった標高の高い場所にある神廟でしょう。徳川家康が当初、埋葬された墓です。鬱蒼とした樹木に囲まれ、とても厳かな空間です。1616年、家康が死去した際、遺骸はここに埋葬され、小さな祠が建てられました。その翌年、三代将軍徳川家光は久能山東照宮を創建、埋葬場所には高さ5・5メートル、周囲8メートルの石塔を建てました。その後、実際の遺骸は日光東照宮に改葬され、空墓ではあるんですけどね。お参りするという雰囲気ではありませんが、当時の徳川家の勢いを物語る迫力があります。何せ神の廟って言っちゃうんだからなあ。
- 旅行時期
- 2013年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2015年04月06日
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投稿日 2015年04月06日
総合評価:3.0
青山霊園といえば、幕末から明治、大正、昭和にかけての著名人の墓があり、墓のマップさえ作られていますが、東京の桜の名所でもあります。墓と墓の間で宴会というと、びっくりしますが、夜になると、結構、花見を楽しむグループを見かけます。歴史上の人物の墓となると、生々しさは感じにくいのかもしれません。そんなこともあって、お花見を楽しんできました。桜が満開の平日、昼間のせいか花見客もあまり多くなく、静かにお花見が楽しめました。おすすめのスポットは霊園の真ん中を、外苑前から西麻布へと抜けるまっすぐな道路の桜並木。それほどの巨木ではありませんが、木々のピンクの花びらが重なり合ってとても見事でした。
- 旅行時期
- 2015年03月
- 利用した際の同行者
- 友人
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投稿日 2015年04月06日
総合評価:3.0
東京・銀座から日本橋にかけては全国の自治体が運営するアンテナショップ地帯。大消費地の東京に売り込みをかけたいという気持ちはよく分かります。だけど、東京通勤圏内の関東近県はどうかなあ、と思ったのが茨城県のアンテナショップ茨城マルシェ。名物の納豆はもちろんのこと、新鮮な野菜が並んでいます。とはいうものの、都内のスーパーなどに並ぶ野菜では、かなりの部分が茨城産。群馬、栃木もアンテナショップを出店していますが、茨城の方がより近いイメージがあり、わざわざ銀座で買わなくてもという気もするんです。茨城も広くて、つくば辺りと県北の福島県境辺りとでは、かなりの違いがあることは分かるんですけどね。
- 旅行時期
- 2014年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2015年04月06日
総合評価:3.0
「おいでませ山口館」や「ふじの国やまなし館」などの自治体アンテナショップがある東京・日本橋の日本橋プラザビル1階にたくさんの観光パンフを備えた「ふるさと情報コーナー」があります。2つの壁面いっぱいのボックスに全国各地の自治体の観光・イベント・物産などのパンフが並んでいました。その数、約2600種類。もちろん、持ち帰りもできます。しかも無料なのです。こちらを利用していると、申し訳ないけど、観光ガイドブックを購入する気にはなれません。ただし、欲張ってたくさん持ち帰ろうとすると、大変な重さになっちゃいます。東京はこういうものがあるからホントに便利。でも地方の人たちには申し訳ない気もします。
- 旅行時期
- 2014年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2015年04月03日
久賀歴史民俗資料館 八幡生涯学習のむら 周防大島 (屋代島)
総合評価:3.0
周防大島の民具や民族資料を集めた久賀歴史民俗資料館が、国の重要文化財である「久賀の石風呂」の向かいにありました。地域で民俗資料館が作られていますが、こちらは地元出身の大民俗学者である宮本常一の指導を受けながら進められた本格派です。展示は生活、漁業、農業、伝統芸能・信仰の4つのコーナーに分かれるなど、整理されたものとなっています。もともとは醤油倉を改造した建物でしたが、1991年に現在の建物になりました。立派な設備ではあるけど、見学者は見かけず、人口減少に悩む島にとって、運営はかなり難しそうに感じました。
- 旅行時期
- 2013年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2015年04月03日
総合評価:3.0
1943年6月、瀬戸内海に停泊中に大爆発を起こして沈没した戦艦「陸奥」の遺品などを収蔵した陸奥記念館を中心に整備されているのが陸奥記念公園です。もちろんメインは記念館ですが、キャンプ場、多目的広場、水族館まであるレジャー施設になっていました。公園内を歩くと、退役した飛行艇を展示。さらには、陸奥から切り離されて引き上げられた艦首や砲なども屋外展示されていました。レジャー施設とほとんど慰霊の施設が同居するのは、不思議な感覚に襲われますけどね。周防大島の先端というロケーションを考えると複合施設も仕方ないのかな。
- 旅行時期
- 2013年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2015年04月03日
総合評価:3.0
京都御所などがある京都御苑に南側から入ると、すぐに厳島神社に遭遇しました。小さな祠に池、さらには茶室のようなものもありました。厳島神社と言えば宮島を思い出しますが、平清盛が母親の祇園女御のために厳島神社の神さまを祀ったのが始まりという、実際に縁のある神社でした。もっとも、その後はすぐそばにあった九条家の鎮守社の位置づけで、池や拾翠亭は九条家のものでした。ところで、全体的にこぢんまりした印象を受けました。東京の大名屋敷跡には大きな日本庭園が残っていますが、それに比べるとかなり小さめ。京都では、やっぱりスペースがとれなかったんでしょうね。
- 旅行時期
- 2013年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2015年04月03日
総合評価:3.0
下鴨神社の朱塗りの楼門をくぐると、正面に見えるのが舞殿です。巳年のお正月だったためか蛇の絵が飾ってありました。説明文を読むと、重要文化財で1628年築。それにしては、しっかりした造りで壁など新しくも見えます。21年おきの式年遷宮に合わせて解体修理が行われていることが理由のようです。ところで、2015年の今年は式年遷宮。参拝したのは2013年なので、あの舞殿はすっかりリニューアルされたことになるんだけど。御所が災害にあったとき、臨時の内侍所に定められていたそうです。
- 旅行時期
- 2013年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅























