2025/12/25 - 2025/12/25
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クリスマス時期になると居間の壁にはアドヴェンツクランツとロイヤルコペンハーゲンの絵皿を飾ります(この時期に販売される)。
12月25日は亡母の誕生日である。
39歳の若さで亡くなってしまったので、3歳だった私の記憶には母の事は皆無だが、部屋には遺影を掲げて、クリスマス料理として作ったマトウ鯛のキッシュを供え、母を想う。
何と亡母は118歳になった。
【母の日記】
<母の誕生日は大正天皇祭の旗日です。:満21歳>
昭和3年(1928年)12月25日(火):曇、起床午前6時、就寝午前1時15分
私の母は明治40年(1907年)12月25日(この日はご存知のようにイエス・キリストの降誕(誕生)を祝う日)に生まれています。
日記12月25日(大正天皇祭の旗日・基督降誕會)の項を読んだら、
「大正天皇祭、又私の誕生日、満21歳を迎えて嬉しく。(後略)・・・」
この日は先輩のAさん(皇后宮女嬬にょじゅだった)のご自宅での送別会に出席、総勢12名の賑やかな会、Aさんとも満足に話が出来ないほどだったようだ。
午後6時から12時まで、Aさんのお好きなお菓子を頂き、先輩宅の書生さんも参加してカルタ遊びなどに興じて盛り上がったらしい。
只、母は誕生日を自ら祝うこともなく、それについては、日記に何も書いていない。また、時代が時代だけにクリスマス云々の一言もないのが、印象的です。
・・・・・
≪参考:日本のクリスマス≫
・明治時代
日本でクリスマスが受け入れられたのは、明治33年(1900年)に明治屋が銀座に進出し、その頃からクリスマス商戦が始まったことが大きな契機であった。
・大正時代
大正時代になると、児童向け雑誌や少女雑誌の12月号には、表紙をはじめとしてクリスマスにまつわる話や挿絵がたくさん導入された。
大正14年(1925年)に日本で初めてクリスマスシール(結核撲滅の寄付切手)が発行される。
・昭和(戦前)
大正15年(1926年)12月25日に大正天皇が崩御し、昭和時代が幕を開けた。戦前の休日法は当初から「先帝祭」を休日に定めていたため、昭和2年(1927年)3月4日に当時の休日法「休日ニ関スル件」が改正され、大正天皇祭(12月25日)が設定された。
クリスマスの習慣は休日だったこの時代に広く普及したとされている。
昭和3年(1928年)の朝日新聞には「クリスマスは今や日本の年中行事となり、サンタクロースは立派に日本の子供のものに」と書かれるまでに普及していた。
昭和初期の頃、銀座、渋谷道玄坂から浅草にいたるまでの多くのカフェや喫茶店においてはクリスマス料理の献立を用意し、その店員はクリスマスの仮装をして客を迎えた。
(2017年1月17日)
写真は2025年クリスマスの飾り:リヤドロ(スペインの磁器)の祈りと称する人形が新たに加わって。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- レンタカー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
我が家のクリスマスはこの写真(これまでも何度か投稿しているが)からスタートする。
1970年代半ばに、若かった家内がドイツのお料理教室で作った「御菓子の家」です。ヘンゼルとグレーテルのグリム童話を思い起こします。
家内は出来上がった「御菓子の家」を、市内の教室から自宅まで市電に乗って、おそるおそる持ち帰ったそうです。
私の記憶では、この品は長く子供部屋に置かれ、誰も食べないままでした。
写真は1978年冬、家内のお手製の御菓子の家 -
イチオシ
写真は駐在時から始まり、好んでコレクトしたイヤープレート・ロイヤルコペンハーゲンの絵皿(2003年、退職・還暦祝いに娘達から)
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我が家の居間の壁に飾られたアドヴェンツクランツ。
これと共に飾るロイヤルコペンハーゲンのイヤープレートは真ん中に1989年、右上から時計回りに、1991年、1992年、1985年、1984年の順になっている。
写真は2008年アドヴェンツクランツとロイヤルコペンハーゲンの絵皿をこんな風に飾ると、クリスマス時期の到来です。 -
写真は2011年家内が創ったクリスマスの押し絵も居間に飾ります。
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写真は2020年デュッセルドルフAltstadt旧市街:クリスマスカードをスキャンしたもの。絵柄にはマルクト広場に面して市庁舎があり、広場中央に*ヤン・ヴェレム公の騎馬像が立っている。
*ヨハン ヴィルヘルム2世(通称Jan-Wellemヤン ヴェレム)の騎馬像は、バロック様式のブロンズ像で、1711年に設置された。高さ4m、重さ800kg。
ヨハン ヴィルヘルム2世は17世紀後半にこの地を治めていた神聖ローマ帝国プファルツ選帝侯で、町の発展に寄与した人気の高い君主だった。 -
イチオシ
玄関先は写真の様な格好で飾っている。
写真は2025年クリスマス(来年は午年うまどし):例年、ピラミッドと馬の陶器などで玄関を飾ります。 -
我が家のお気に入りで、好ましいWesterwälder Steinzeugヴェスターヴァルト焼き物(陶器)は、現在、玄関のドライフラワー入れ(花瓶)として大変便利に利用している。
ドイツ駐在時に同じアパートの上に住んでいて、たいへんお世話になったデュッセルドルフ大学の講師Dr.Stegieシュテギー博士夫妻(後にフライブルク大学教授)から、写真の様な大きな壺を1979年8月の帰国にあたり、御餞別に頂いたものである。
写真は2025年クリスマス:ヴェスターヴァルトの焼き物(陶器)にクリスマス風の飾りをつけて。 -
ヴェスターヴァルトの焼き物(陶器)は、様々な用途に応じた、食卓用の塩入れ、胡椒入れ、漬物入れ、ジャム入れ、辛子などの調味料入れ、ビール・ワイン用グラス、ワイン・ビール入れ、玉ネギ用壺、ニシン用壺、ワイン用高坏(たかつき)、ワイン壺、そして大きなものとしてドライフラワー入れ(花瓶)といった容器が見られる。
写真は2025年クリスマス:ヴェスターヴァルトの焼き物(陶器)にクリスマス風の飾りをつけて。 -
写真は2025年クリスマス(来年は午年):ドイツ語の家庭教師だったHerr Rufが蚤の市から見つけてきてくれたクリスマスピラミッドはいまだに壊れもせずまだまだ現役である。来年は午年なので馬の陶器を添えた。
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写真は2025年クリスマスの飾り:毎年活躍するくるみ割り人形と小さな音楽隊の人形、それに志賀高原でひろった松の実を添えた。
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イチオシ
写真は2025年クリスマスの飾り:例年の飾りにLladróリヤドロ(スペインの磁器)の祈りと称する人形が新たに加わって、居間に飾っている。
クリスマスの小物はたくさんあるが、今年はこれで決めた。 -
写真は2025年クリスマス:黒い森の家具にはこのパターンが座りが良い。
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写真は2025年クリスマス:黒い森の家具にはこのパターン(拡大版)。
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写真は2025年クリスマス:先般、終活の身辺整理を始めたと云う、中学時代の95歳の恩師から頂いた野菜の陶器を飾ってみた。
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写真は2025年クリスマス:先般、終活の身辺整理を始めたと云う、95歳の中学時代の恩師から頂いた野菜の陶器を飾ってみた。
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恩師は中学から都立高校教諭、そして女子短大の教授となり、女子学生に家政学などを教えていた。テーブルセッティング用にわざわざ福生の横田基地傍のお店に行って、いろいろと買い揃えたらしい。
燭台の横にあるフォンデユセットも教え子の結婚祝いに用意していたらしいが、年代が経っているものの、まだ新品そのものの品を2年前に送って頂いたのだ。
我が家はトマトソースベースのチーズフォンデユを年始などで娘家族が来訪すると、大騒ぎで楽しむので、たいへん重宝している。
写真は2025年クリスマス:先般、終活の身辺整理を始めたと云う、95歳の中学時代の恩師から頂いた品々(陶器)を飾ってみた。 -
恩師からせっかく頂いた大事なものゆえ、狭い家ながら必ず飾ることとしている。
古い箱ごと送られてくるので、念入りに汚れを落とし、一部は改修し、きれいにした後、写真に撮って、恩師には時機をみて写真集を贈るのだ。
昨夜はこの燭台に蝋燭を立て、食卓上で火を灯してみた。上々の柔らかい光加減で、イブの料理(マトウ鯛のキッシュ)もなにやら良く映った。
写真は2025年クリスマス:燭台、白鳥の陶器、蝋燭とロウソク台、野菜柄の入れ物(陶器)。 -
以下はドイツのクリスマスマーケットを巡った時のもの(抜粋)。
【ドイツのクリスマス :2009年12月7日(月)~15日(火)】
2009年の冬、ドイツのWeihnachtsmarktヴァイナハツマルクト(クリスマスマーケット)のいくつかを、初めて訪れる事が出来た。
いつものようにレンタカーの旅ですが、冬場のスノータイヤも別に依頼した。
ANAも安い便を幸いゲットできた。
・・・ということで今回は南が中心で、2009年の春の行程に似ている。
次回はDresdenドレスデンなど、北にも行けたらと思うのだが・・・。
この旅のクリスマス市は
Würzburgヴュルツブルク、
Ludwigsburg ルートヴィヒスブルグ、
Esslingenエスリンゲン、
Stuttgartシュトゥットガルト、
Rothenburgローテンブルク、
Nürnbergニュルンベルク、
Forchheimフォルヒハイム、
Frankfurtフランクフルトなどが主な観光地でしたが、
Waldenburgヴァルデンブルク、
Schwäbisch Hall シュベービッシュ・ハル、
Kirchberg a.d.Jagstキルヒベルク(アン・デアー・ヤグスト) 、
Volkachフォルカッハ 、
Ochsenfurtオクセンフルト、
Iphofenイプホーフェン、
Miltenbergミルテンベルクといった小さな町々も回りました。
写真は2009年ドイツのクリスマス:最初のWürzburgヴュルツブルク -
≪ヴュルツブルクのクリスマスマーケット≫
12:15~13:00
バロック様式のファルケンハウスやマリエン礼拝堂のある、美しいマルクト広場を背景にして、もっとも華やかな、雰囲気のあるクリスマスマーケットが開かれる。フランケン地方の産物やおいしい物を眺めたり、買ったり、食べたりするのは実に楽しい。
写真は2009年ドイツのクリスマス:Würzburgヴュルツブルク・・・クリスマス・クリッペ -
午後は嬉しい事に晴れてきた。
さすがにマーケットでは日本人観光客の姿を見かける。若い女性も多い。
キリスト教徒がイエズス・キリストの生誕を祝うところには、必ずクリスマス・クリッペ(降誕の場面を再現した模型。Krippeクリッペとは飼葉桶のこと)があり、最初の屋台がそれでした。
焼栗屋さん(マロン)はマーケットに欠かせないと思うのは栗好きの所為だ。
西洋栗は日本栗や天津甘栗のようにはすごく甘いわけではないが、焼き栗だけにほかほかとして、寒い冬には手の中に入れて、皮を剥き、中のやや黄みかかったものを食べると、ホッとする気分になる。
マロンの味も冬の風物としては美味しく、暖かく、楽しいものでした。
お客がいない時に来た所為か、21個はEuro5でしたが、お兄さんがサービスしてくれて、袋の中には30個ぐらい入っていました。
写真は2009年ドイツのクリスマス:ヴュルツブルクの焼栗屋さん(マロン) -
≪クリスマス≫
キリストの礼拝を意味するクリスマスはキリスト教徒がイエス・キリストの生誕を祝う祭りである。11月下旬になるとヨーロッパの国々はクリスマスの準備に忙しくなる。冬の寒さを忘れるように、華やぎ、活気づいてくる。
とりわけ、ドイツのクリスマス市は世界中に知られたもので、町の中心・マルクト広場や市庁舎広場などに色とりどりに飾りつけられた屋台が数多く並び、夜になると、見事に美しいイルミネーションが輝き始める。
この時期にクリスマスのマーケットを訪ねてまわる観光客の姿も多くみられる。
私共もついにその一人となったわけだ。
写真は2009年ドイツのクリスマス:Neckarwestheimネッカーヴェストハイムの町とSchloss Liebenstein 古城ホテル リーベンシュタイン城のレストランLAZULIラズリーの間のクリスマスの飾り。 -
Neckarwestheimネッカーヴェストハイムの村内を抜け、葡萄畑の斜面裾を、丘の上の古城ホテルに車を走らせる。念願であった古城ホテル リーベンシュタイン城には早めの16:00に到着した。
(2泊)Schloss Liebenstein古城ホテル リーベンシュタイン城
D-74382 Neckarwestheim 、Liebenstein 1
全24室・3星 Euro151x2=302* (4F・205号室)
Heilbronnハイルブロンの南の丘陵地帯、赤ワインのブドウ畑に囲まれた小高い丘にこの古城ホテルがある。
起源は12世紀に遡り、重厚な高いBergfried天守閣塔を残し、16世紀後半にルネサンス様式で改造された。元来は11世紀にフランスの南アルザス出身のHerren von Liebenstein騎士リーベンシュタインの居城であったものが時代を経て、ヴュルテンベルグ公の城になり、17、8世紀には狩猟の城館として利用された。
第二次大戦ではフランスの砲兵が放った砲撃で、塔と城の一部に被害が出たと城の歴史にある。
1985年、大改修を行い、古城ホテル・レストランになっている。
グルメ・レストランとしてLAZULIラズリーがあり、
郷土料理にはKurfürst選帝侯のレストランがある。
かつてドイツでも稀少であるゴルフ場(1984年4月オープン・27ホール)つきの古城ホテル リーベンシュタイン城として人気が高かった。
その後はドイツにおけるゴルフ人気の上昇と共に、ゴルフ場に併設されたゴルファーたちの為の古城ホテルという感じになっているようだ。
写真は2009年ドイツのクリスマス:Neckarwestheimネッカーヴェストハイムの町とSchloss Liebenstein 古城ホテル リーベンシュタイン城のレストラン ラズリーの間の飾り。 -
≪夕食:Schloss Liebenstein 古城ホテル リーベンシュタイン城≫
LAZULIラズリーの間で4品とそれに相応しいワイン付きの夕食
18:30~21:15
アレンジメントでは最初の日は郷土料理とあったので、セーター姿で出かけてしまった。実際は順序が逆で、この夜はグルメ・レストランに案内され、メニューは4品とその料理にあった美味しいワインを、その都度提供された。
丸天井のレストランはかつて領主の礼拝堂であったような雰囲気を持ち、クリスマスの飾りで装われた、素敵なレストランで大変満足の夕食となった。
Ein 4-Gang Gourmentmenü "mit harmonierenden Weinen "in LAZULIラズリーの間での4品のグルメメニューと料理に相応しいワイン付きの夕食内容;
飲み物:
2007年リースリング白・辛口、
2008年ヴァイスブルグンダー白・辛口、
2007年赤、
アウスレーゼ白・甘口の4種。
ソムリエ自慢の4種はいずれも自慢するだけのものだ。
ワイングラスの脚が長いのにビックリした。
写真は2009年ドイツのクリスマス:レストランLazuliラズリーの間・・・古城での美食Schlemmen im Schloss“を楽しむ -
料理:
① シェフのご挨拶:白身魚のカルパッチョ、ディル、プラム入り。
珍しくパンと共に籠に入ったナッツ、ピスタチオなどが。
バター・塩・鵞鳥のラードが出てきた。
② 前菜:ホタテのサフランソースかけ。更にシェフが挨拶に出てきながら、プラムのブランディをシュシュと掛けてくれた。周囲をダークチョコレートで飾られている。
③ メイン:①ウズラの胸肉とレンズ豆、ブラウンソース、
ショウガ入りビスケット添え。
②鹿肉のロースト、ブラウンソース。
黒クルミとセロリークリーム。
④ デザート:ヴァリエーション・チョコレートにほうずきのせ、
ナッツクリーム、モカアイス、チーズケーキなど。
XXX
写真は2009年ドイツのクリスマス:食後はらせん階段を上がって部屋に -
≪雰囲気あふれるアドベント待降節≫
待降節はクリスマスを待つ楽しい風習。
クリスマスの前の4週間はアドベント(待降節)と言い、ドイツの一年で最も雰囲気ある季節となります。昔ながらの風習にならってお祝いしますが、新しいアイデアも加わってさらに色彩豊富になっています。
来るべきクリスマスへの喜び、もういくつ寝るとクリスマス、という喜びの時期です。 子供も大人もクリスマスまでの24日間、アドベントカレンダーの小さい扉を毎日ひとつ開けるのを楽しみにしています。
町の建物の窓が、たとえば市庁舎の窓が使われることが多いのですが、アドベントカレンダーになっていることもあります。
家庭では待降節の間、毎日曜日にアドベントクランツ(クリスマス・リース)に立つ4本のキャンドルを一本ずつ点けてゆきます。
部屋にはエルツ山地で作られた手作りクリスマスピラミッドがキャンドルの熱で廻り、窓に置いたシュビープボーゲン(エルツ山地製木製ろうそく立て)が燈っています。庭の木々にはイルミネーションがめぐらされ、サンタクロースや天使が現れます。町の市街地やショーウィンドーも華やかに飾られます。
どこでもクリスマスツリーが光り輝き、家庭の居間にはクリスマスのお祝いのための樅の木にデコレーションをつけます。
この華やかなお祝いの雰囲気を味わってください。ドイツのムード溢れるアドベントと美しい風習に必ずや虜になってしまうことでしょう。
<三つのクリスマスマーケットを訪ねる一日:(A)Ludwigsburgルートヴィヒスブルグ>
≪Ludwigsburgルードヴィクスブルグのクリスマス市≫
10:20~12:10
ドイツで最も美しいと称されるクリスマスマーケットには約170の屋台が並び、美しい飾りが屋台の屋根を彩り、マルクト広場の天使たちは青空と教会をバックに優雅に翼を広げている。
そこには“きらめきのメルヘンチックなクリスマス“を見る事でしょう。
この町でさらに知られているものに「ドイツの七名窯」の一つであるLudwigsburgルートヴィヒスブルグ磁器工房がある。
1758年、ヴュルテンベルグ大公国のカール・オイゲン公が創立し、発展させた、ルートヴィヒスブルグ磁器は王冠にCとCを組み合わせたブランドマークで知られている。
今でもルードヴィヒスブルグ磁器工房の絵付け室が宮殿の一角にあり、常に高品質・少量生産を守って生産されている。
ヨーロッパにおけるハンドメイドの磁器窯の中で最高峰の一つとされているそうだ。
写真は2009年ドイツのクリスマス:Ludwigsburgルートヴィヒスブルグ・・・アルゴイ地方のチーズ製品 -
クリスマスの前の4週間はアドベント(待降節)と言い、ドイツの一年で最も好ましい、雰囲気のある季節となる。また、このアドベント待降節はお菓子・料理を味わい・楽しむ時期とも言えましょう。
訪れるクリスマスマーケットにはきれいに飾った様々な屋台があり、そこからは焼きソーセージの香り、グリューワインの香り、香ばしいアーモンドの香り、大鍋で茸類やジャガイモなどを炒めた香り、いろんな香りが漂って、食欲をそそる。
そして、家庭では子供も大人も喜ぶ、それぞれの家庭直伝・伝統の味をした、クッキーとシュトレンが食卓にあがるのだ。
料理は鴨、鵞鳥や七面鳥の中に生のリンゴを入れて焼く料理が一般的だそうだ。リンゴの酸味と香りが肉に移り、美味しい味になると言う。これに添えるのは赤キャベツを煮込んだものやジャガイモ。意外にも鯉料理もある。
町のパン屋さんにもこの季節になると、いろいろなレシピで作った、クリストシュトレン、レープクーヘンやサンタクロースなど様々な形のクッキー、マルチパン・ポテト、マロンなどがショーウィンドーにならぶ。
是非、お土産に・・・。
写真は2009年ドイツのクリスマス:Ludwigsburgルートヴィヒスブルグ・・・パン屋、店先にはお馴染みのシュトレンを筆頭にケーキや菓子が並ぶ。 -
写真は2009年ドイツのクリスマス:ルートヴィヒスブルグ・・・黒い森の蜜蝋で固めた蝋燭とレープクーヘン
-
おなじみのピラミッド(羽つき)の数々;
値打ちもので、評価も高い木工製品は芸術品とも言われる質の高さがあります。そうした事からクリスマスマーケットには、これは必須のものでしょう。
旧東独の南に位置して、チェコとの国境にも近い場所、エルツ山系一帯には木工製品が有名。
写真は2009年ドイツのクリスマス:たくさんの木工品であるピラミッド(羽つき) -
蝋燭の炎でくるくる回る金物細工品(2x6=Euro12)はあまり良く回るので感心し、娘たちのお土産にした。
≪キャンドルとアドベントリース≫
これらの歴史はそれほど古いものではなく、19世紀にある神学者がシャンデリアを樅の木の葉で飾り、24本のロウソクを立てました。
そして聖夜までの毎日、ロウソクを一本ずつ灯していったのが、キャンドルの初めだと云う。
4本のキャンドルを立て、待降節の各日曜日に一本のロウソクを灯し、徐々に増やしていく慣わしは、1925年にケルンで最初に行われた。
この辺りの教会でも良く見られる。
その10年後はアドベントリース・・・樅やトウヒ、コケで飾ったリースがドイツの各家庭の居間に飾られるようになった。
XXX
写真は2009年ドイツのクリスマス:蝋燭の炎でくるくる回る金物細工品など -
<三つのクリスマスマーケットを訪ねる一日:(B)Esslingenエスリンゲン>
二つ目の町Esslingen am Neckarエスリンゲン(ネッカー川畔)(人口91千人)は過去に訪れた事が無い。
大いに期待しての訪問だ。12:10にLudwigsburgを出て、B27・B10と国道経由で38kmだった。
Stuttgartの市内も通る道で、Canstatter Volksfestカンシュタット祭り(150年の歴史のあるビール祭り)の広大な会場そばも通る。
≪Esslingen am Neckarエスリンゲン(ネッカー川畔)のクリスマス市≫
13:10~15:10
旧市街の中心に立つ聖ディオニソス教会(8世紀の創建)の周りに新旧の市庁舎があり、マルクト広場、Hafenmarktハーフェンマルクトまでが、冬のメルヘン・クリスマスマーケットに大変身している。
ここには様々な180余りの屋台が並ぶ。
この町はエスリンゲンの中世クリスマスマーケットと称するように、歴史的な木組み建築の家々を背景に、曲芸師や職人、芸術家、大道芸人などが中世の衣装を着て、彼らが演ずる中世を楽しめる。
写真は2009年ドイツのクリスマス:Esslingenエスリンゲン・・・最初に目に入った、風船の様なガラス細工の屋台には色とりどりに彩色されたが吊るされてきれいだ。 -
中世の色濃い町エスリンゲンは、町の周辺をブドウ畑の丘が囲み、なだらかな丘陵の麓にある。
シュヴァーベンワイン街道の町であり、町の中心を流れるNeckarネッカー川沿いに発展した町である。
ネッカー川の利便を利用して、イタリアとドイツを結んだ商業路の中継点として繁栄し、帝国自由都市(1219年)でもあった。
さて、夜に訪れるのか? 午後の明るいマーケットには、日本人は私共だけ。
大きな木作りのピラミッドが市庁舎前にあります。
写真は2009年ドイツのクリスマス:Esslingenエスリンゲン・・・大きなピラミッド -
そばのクリスマスのパン屋ではシュトレン、レープクーヘンを陳列している。
<美味しいクリスマスレシピ>
ドイツのクリスマス前のアドベント待降節は、味わう楽しみの祭りでもあります。
子供も大人も一年中待ちに待った美味しいものが、食卓に登場する季節です。きれいに飾ったクリスマスマーケットのスタンドからたまらない香りが流れてきますし、町のベーカリーやお店もレープクーヘンやクッキー、クリストシュトレン、サンタクロースの形のクッキー、マルチパン・ポテト、マロンなどでいっぱいです。
家庭ではクッキーとシュトレンケーキを作ります。
とくに好まれるのはシナモン味の星型のツィムト・シュテルン、マカロン、バタークッキー、それにアーヘン名物プリンテンやフランクフルト・ベートメンヒェン、ドレスデン・クリストシュトレン、ニュルンベルク・レープクーヘンといった地方独特のお菓子です。
11月から12月の間だけ、美味しいクリスマス料理がテーブルに載ります。赤キャベツとポテト団子添えのカリッとしたクリスマス鵞鳥、あるいはクリスマス鯉料理です。
焼きりんごのデザートもこの時期だけのものです。
Guten Apetit! / グーテン アペティート / よい食事を!
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写真は2009年ドイツのクリスマス:Esslingenエスリンゲン・・・パン屋の屋台前で -
小さな観覧車:
大道芸人は目下、昼食中でお休み。
子供たちが楽しむ所を撮ってみたかったのですが。
元祖ボーリング・Bauerkegelbahnバウアーケーゲルバーンお百姓さんのボーリングが行われていたり、Hafenmarktハーフェンマルクトに進むと、アクロバットの芸人一家が大勢の観客を集めている。夫婦に小学生ぐらいの子供が中世風な衣装を身につけ、道化役の化粧をして、何やら口上を述べている。
面白おかしく、立ち回り、宙返りをしながら、二人が肩にのる、肩車の形を取った。大きな拍手!
街中を流れるネッカー川、景観も良いが、エスリンゲンはなかなか楽しい町だ。
別の季節に訪れて、丘の上の城塞に登り、町や葡萄畑、ネッカーの流れを一望してみたいものだ。
XXX
写真は2009年ドイツのクリスマス:エスリンゲン・・・観覧車と食事中の大道芸人 -
<三つのクリスマスマーケットを訪ねる一日:(C)Stuttgartシュトゥットガルト>
エスリンゲンからは17km、Stuttgartシュトゥットガルトは少し渋滞したが車で30分。16時に市内中心地の駐車場に入る頃はもう暗くなった。(駐車料金Euro4.6)
暗くなった方が光も活きてきて、美しいクリスマスマーケットを楽しめるだろう。
シュトゥットガルトは世界の名車・メルセデスやポルシェの本拠地であるが、それはどうでもよい。今日は世界最大の規模と称されるクリスマスマーケットを見たい。本日、3ヶ所目の町だ。
バーデン・ヴュルテンベルク州の州都(人口59万人)は黒い森の北東の端にあたり、少し車で走ると黒い森に至り、ヘルマン・ヘッセの生まれ故郷のCalwカルフや、其のヘッセが青春を過ごした大学の町テュービンゲンも近い。
≪Stuttgartシュトゥットガルトのクリスマス市≫
16:00~17:10
1692年に最初に市が開かれ、今では最も美しく、盛大なものになっていると云う。
250 の屋台が4 週間の間、宮殿広場や参事会聖堂前のシラー広場を楽しいクリスマスマーケットに変身させる。
クリスマスの雰囲気が満ちた場所には、昔ながらの屋台の屋根の飾りが一段と趣を添えている。
大きなサンタクロースとトナカイそりは珍しい、良くできたクリッペ(キリスト生誕)の木彫り像やクリスマス菓子の屋台の屋根にも大きなクリッペがのって、光に照らし出された感じはなかなのものだ。
聞いていたように屋台の上の飾りは他のマーケットを確かに凌駕するものだ。グリューワインの屋台が入口にも拘らず、何軒も立ち並び、人だかりがしている。
当地は日本人観光客も多く見かけました。
今夜はここに泊まるグループなのでしょう。
写真は2009年ドイツのクリスマス:Stuttgartシュトゥットガルト・・・屋台の上の飾りがすごい。 -
エルツの木工細工品の屋台、クリスマスグッズを一堂に販売している大きな屋台は普通の屋台の数倍の広さで、お客を集めていた。
写真は2009年ドイツのクリスマス:Stuttgartシュトゥットガルト・・・エルツの木工細工品の屋台 -
毎年何百万人もの観光客がこの期間に訪れると云われているが、私共はもう個々の屋台を見る高揚感が薄れてきた。
三都市を続けて見た所為だろう。屋台のデコレーション、イルミネーションが一層輝きだしたので、もうこの美しさと雰囲気だけで十分だ。
写真は2009年ドイツのクリスマス:Stuttgartシュトゥットガルト・・・クリスマスマーケット -
暗くなっても子供列車は盛況です。
宮殿広場はたいへん広く、こんな楽しい乗り物が子供たちに用意されている。
大人が見ていても楽しいもの・・・。
写真は2009年ドイツのクリスマス:シュトゥットガルト・・・子供列車 -
街角のウインドーに楽しい洋服のクリスマスツリーを初めて見かけた。
中心地のケーニヒ通りを歩くドイツの人たちは不思議に関心がなさそうでした。
このお店の傘下店はこの時期に一斉に飾るのでしょうか?!
なかなかのアイデア作品と思えましたが・・・。
XXX
写真は2009年ドイツのクリスマス:シュトゥットガルト・・・洋服のクリスマスツリー -
<古城街道に沿ったローテンブルクのクリスマス市を訪れる>
第4日目はWaldenburgヴァルデンブルク、Schwäbisch Hall シュベービッシュ・ハル、Kirchberg a.d.Jagst キルヒベルク・アン・デア・ヤークスト、Rothenburg ob der Tauberローテンブルク・オプ・デア・タウバーを巡る。
キルヒベルクの町からは、一気にL?・A6・A7・L? 61kmを走り、本日の終点となる古城街道・Rothenburg ob der Tauberローテンブルク・オプ・デア・タウバーには14:25に 到着した。
古城街道はこの“活きている中世都市”ローテンブルクでロマンチック街道と交差する。その昔、駐在時に何度か訪れている。
今年の春も訪れたにも拘らず、タウバー川の近辺にまで行った事が無い。
今回初めて、シュピタール門から坂道を下り、二重橋から渓谷沿いにトップラー別荘まで車を走らせ、この町の観光をスタートした。
≪ローテンブルク観光≫
14:25~16:00
城塞都市、二重橋、トップラーの別荘、聖ヤコブ教会(聖血の祭壇・・・リーメンシュナイダー作)、クリスマス市。
このフランケン地方に残る“中世の宝石”と称される町は人口12千人と小さな町である。
旧市街の周辺をぐるりと高い市城壁が囲み、3つの門、北と南に2つの稜堡、城壁に沿った数々の塔を持ち、その姿は見事な城塞都市である。
今は美しい庭園・教会がある場所はこの町の基礎となったホーエンシュタウフェン王家の帝国城塞があった所だ。
この町は第二次大戦の被災で旧市街の40%を失ったが、赤レンガ屋根の建物も昔のままに再建されている。
ケーテ・ヴォールファールトはクリスマス市を一年中常設する店だ。
クリスマス用品とドイツの民芸品を商う店で、昔貰ったパンフレットには700㎡の店内に一万点の民芸品を展示していると書いてあるが、当時とは違って、華やかで、大きくなったようだ。
一年中、日本人だけでなく、世界中の観光客が入るので、大発展したようだ。道の反対側にも支店が出て、ニュルンベルクでも見かけた。
写真は2009年ドイツのクリスマス:Rothenburgローテンブルク・・・ケーテ・ヴォールファールト -
≪Rothenburgローテンブルクのクリスマス市≫
16:00~16:50
“Reiterlesmarktライターレスマルクト”と呼ばれるクリスマス市です。
この呼称があるとは知りませんでしたので、調べてみると、"Reiterle"の名はゲルマンの伝説に起源するらしい。
Weihnachtsmannバイナハツマン(サンタクロース)と同じように、人々に幸福を運んでくると信じられていて、人々はその訪れを待ち、其の来訪を喜ぶのだと・・・。
ライターレの訪れる間、町々の通りにその印をつけ、人々に公正と平和を与え、人々はその一年を静かに、反省をもって振り返ってみる。
冬のローテンブルクはクリスマスの季節、その美しさを復活させる。
市庁舎と聖ヤコブ教会の間で開かれるライターレスマルクトはこの地方で最も魅力のあるものと云われる。
市庁舎前で子供たちがクリスマスの歌を歌い、彼らが作った提灯風蝋燭立を配っている。子供たちは色とりどりの帽子をかぶり、元気に歌う。
写真は2009年ドイツのクリスマス:Rothenburgローテンブルク・・・子供たちが合唱を披露する。 -
フランケン地方のオーナメントの屋台には後の壁にフランケンの文字が見える。
お土産にも、クリスマスに自宅で飾っても素敵な小物だ。
ドイツで見る、こうした細工品はドイツ人のイメージとは、とても違って思えますが、その芸術性は見事なものです。
写真は2009年ドイツのクリスマス:ローテンブルク・・・オーナメントの屋台 -
マルクト広場を中心にクリスマスマーケットがあり、大きなクリスマスツリーが市参事会員酒場の前に立っているのが見える。
まだ明るい為にツリーに付いた明かりも柔らかい光だ。さすがに午後3時を過ぎたので、仕掛け時計は8時まで待たねばならない。
<Glühweinグリューワインを頂く>
16:25~50
市庁舎裏の路地にグリューワインの店があった。
(ワイン と 香辛料 などを温めて作るホット・ カクテル の一種)
もう夕闇が訪れて、寒々としてきたので、一つ頼んだ。ワインの入ったカップは絵柄も違って、面白い。
ここは黒がベースの色、Reiterlesmarktライターレスマルクトと書かれ、星印、左右にローテンブルク一番の光景・プレーンラインが色違いで描かれていた。2009年・0.2L・町の名前も。(Euro3.5)
ドイツ人老夫婦にグリューワインを飲んでいる所を撮って頂いた。
彼らは奥様の誕生日祝いでHeilbronn am Neckarハイルブロンの近郊から小旅行に来たのだと言っていました。
結婚して43年、子供が二人、孫が5人と、私共と全く同じ環境に親しさを感じて頂いたようです。
ご主人は日本にも14日間の旅行に行った事もあるとのことで、懐かしげでした。たまたま年齢に話が飛びました。御夫人と私共が同じ年でしたので、ご夫妻はビックリしたのです。白髪の私はともかくとして、やはり黒髪の家内が同じ年だとは信じ難い、日本人は若い!とのコメントでした。
寒い日に嬉しかったのはグリューワインであり、ご夫婦と弾んだ会話でした。
写真は2009年ドイツのクリスマス:ローテンブルク・・・グリューワインの店で -
<お茶:Rothenburg市内・マルクト広場にも近い上鍛冶屋横町10番地
Fischer(Ansbachのパン屋さんの系列)・Zuckerbaeckereiお菓子屋さんで>
ローテンブルク名物の粉砂糖のかかった雪球Schneeballシュネーバルとココアを頂く。
大きいので私共は半分ずつ二人で食べた。
好みもあるだろうが、私共は美味しいと思った。
写真は2009年ドイツのクリスマス:ローテンブルク・・・雪球Schneeball -
今は半分サイズもあり、いろんな種類が8個、箱に入ったものも売られている。
日本人のお土産にはちょうど良いサイズでした。
その種類は粉砂糖、シナモン、レモン、チョコレート、ナッツチョコレート、バニラの多様なものが入っている。
お茶とお菓子がEuro8。お土産代には小8個XEuro 0.95=7.6、小8個X1.6=12.8、それに箱代1 =Euro21.4 10:40~11:05
写真は2009年ドイツのクリスマス:ローテンブルク・・・パン屋さんの店内には様々なパンも -
≪Forchheimフォルヒハイムのクリスマス市≫
10:15~11:40
市庁舎自身がアドベントカレンダーになる姿を今回見に来た。
アドベントの時期に市庁舎は『世界で最も美しいアドベントカレンダー』に変貌する。
ドイツの小さな町で行われているクリスマスに、こうした姿のアドベントカレンダーがあるのは、あまり知られていない。これを最初に考え、始めた人・町はスゴイことで、世の中には知恵者がいるものだ。
ニュルンベルクから40kmほど北にあるフォルヒハイムで行われると知ったのも、春の旅でたまたま町の観光局のHPを読んで、分かったものでした。
クリスマスの旅に是非ここを行程に入れたいと思ったのです。
フランケンのスイス地方の西の玄関口にあたり、1200年の歴史を誇る古城街道・Forchheimフォルヒハイムの町は古い王都であり、『Fränkische Schweizフレンキシェ・シュヴァイツの表門』を称している。
ここでの観光はKaiserpfalz-Die Pfalz『皇帝の宮廷』・王宮博物館と市庁舎だが、小さな町の中心にあった。
Paradeplatzパラーデ広場に、モミの木の販売所があって、皆さん適当なものを選び、購入したモミの木はネットを被せる機械を利用して持ち運びの良いようにしてから、持ち帰る。
これが結構な力仕事!のようで、機械から女性がモミの木を旨く引き出せずに、往生しているので、親切な男性が引き出していました。
やはりドイツ人にとって、クリスマスはモミの木が不可欠なものなのでしょう。
写真は2009年ドイツのクリスマス:Forchheimフォルヒハイム・・・モミの木の販売所 -
<『世界で最も美しいアドベントカレンダー』となるForchheimフォルヒハイム市庁舎とクリスマス市>
市庁舎の建物は後ゴシック様式の木組み建築様式であり、旧市街には木組み建築様式の美しい建物が多い。
今日は右端の12の窓が夕刻になると開くらしい!
茶色の筋に緑の窓、窓の中の数字は黄色と色彩も好ましい。
木組み建築の市庁舎を利用した、この町のアドベントカレンダーはなるほど、評判通りのものです。
毎日窓を開いた後は、絵はそのままにしているので、それが見える。黄色が背景になって、白い犬、熊、サンタクロース、贈り物を載せた橇、花、贈り物の本を読む子、蝋燭、兵隊(クルミ割り人形?)など11の窓が開かれている。
12日の窓はどんな絵柄なのだろうか?!
写真は2009年ドイツのクリスマス:Forchheimフォルヒハイム・・・『世界で最も美しいアドベントカレンダー』となる市庁舎・午前中 -
≪アドベントカレンダー ≫
アドベントカレンダーそのものは1851年からある。当時のアドベントカレンダーは家庭で作るもので、今は様々なものが商品として販売されている。
12月1日から24日まで毎日、カレンダーの一つの日付窓を開け、絵やチョコレートなどが入っているのを見つけ出す楽しみは子供たちにとっては大きなものであろう。
市庁舎の窓を巨大なアドベントカレンダーにしている町はまだ珍しく、24日間の間、窓が毎日ひとつ開き、集まった観客にとって、それはたいへん楽しいものだ。
私共の写真を撮ってくれた地元の方から、夕方まで過ごしたらと勧められましたが、残念ながら夜までおられません。午後6時過ぎの夜の景観を見てみたいものだ・・・。
ここはバンベルクとニュルンベルクの中間ぐらいにあり、あまり知られていないようで、日本人は殆ど来ないだろう。
フォルヒハイム意外に似た美しいアドベントカレンダーを行っているのは
Adventskalender・Gengenbachゲンゲンバッハ市庁舎
Adventskalender・Rathaus Hünfeldヒューフェルト市庁舎
Adventskalender・Wallenfels’schen Haus in Giessenギーセン がある。
写真は2009年ドイツのクリスマス:フォルヒハイム・・・『世界で最も美しいアドベントカレンダー』となる市庁舎、ここの市庁舎の窓を巨大なアドベントカレンダーにしている。 -
≪様々なサンタクロースについて:その起源と変遷≫
第二次大戦後、私共が見聞きする“Santa Clausサンタクロース”はアメリカ産ですが、その起源や変遷を知ると、その多様さに驚きます。
日本では子供たちに贈り物を届ける、授ける役を、一般にサンタクロースと呼んでいる。
サンタさん、つまりアメリカ産Santa Clausサンタクロースであるが、ドイツでは同じ役割を持ちながら、違った呼び方が様々にある。
ドイツではHeiligen Nikolaus聖ニコラウスとWeihnachtsmannバイナハツマンが、更にイエスの使いであるEngel天使がいて、今日では、いずれもクリスマスプレゼントを子供たちに与えてくれる楽しい存在になっている。
聖ニコラススには伝説が残る。
「ある日ニコラウスは、貧しさのあまり、三人の娘を嫁がせることの出来ない家の存在を知った。ニコラウスは真夜中にその家を訪れ、金貨を投げ入れる。
このとき暖炉には靴下が下げられていたため、金貨は靴下の中に入っていたという。この金貨のおかげで娘の身売りを避けられた」という。
この逸話が由来となり、「夜中に家に入って、靴下の中にプレゼントを入れる」という今に至るサンタクロースの話に繋がるのだ。
白い髭を生やし、赤いマントを着て、杖を持った子供の“守護聖人”を“Heiligen Nikolaus聖ニコラウス”として、ドイツなどで広く崇拝されてきた。
中世以来、聖ニコラウスが良い子たちに、12月6日・聖ニコラスス祭の日に贈り物をあげていたと云う事になっていて、大人の間でもこの日に贈り物を贈りあう習慣ができていた。
子供の通う幼稚園では、この日に聖ニコラウスがお菓子と共におでましになった。
写真は2009年ドイツのクリスマス:ニュルンベルクのクリスマス・・・・Christkindle幼児天使クリストキンドルが空中に浮かんでいる。 -
宗教改革者マルティン・ルターは1545年に、子供たちに贈り物を授ける役をHeiligen Christkind聖なる幼児キリストとした。
これはプロテスタント新教派がカトリック旧教派のシンボルでもある、聖ニコラウスを排除しようとしたらしい。つまりカトリックの聖人の日を祝う事を嫌った事による。
その後、年を経て、幼児天使が出現してくる。
16~17世紀にはヨーロッパのプロテスタントは子供たちへの贈り物を授ける役を、聖ニコラウスから“Christkind ・Christkindle幼児天使クリストキンドル”へ切り替えたのである。
しかも贈りものを授かる日を12月6日から12月24日のクリスマスイブにした。
<ニュルンベルクの”Christkindle幼児天使クリストキンドル“ >
ニュルンベルクは“世界一有名なクリスマス“と言われる。
旧市街のHauptmarktハウプトマルクト(中央広場)で催されるクリスマスマーケットは正式にはChristkindlesmarktクリストキンドレスマルクトと言われる。
その主役は”Christkindle幼児天使クリストキンドル“と称し、子供たちにプレゼントを持ってくる天使として、クリスマスマーケットのシンボルになっている。
クリストキントは1933年から1968年までは、女優さんが役を務めていたが、1969年以降は2年に一度、16~19歳のニュルンベルク生まれ若しくは育ちの女の子から選ばれる。
クリストキントは金髪の髪を縮らせ、金色の王冠をかぶり、白と金色の天使の衣装を着て、クリスマスマーケットの開幕宣言(11月27日17時30分)を行う。
しかもSchwäbisch Hall シュベービッシュ・ハルなどフランケンの諸都市を訪ね、クリスマスマーケットを祝う。
写真は2009年ドイツのクリスマス:ニュルンブルクのChristkindlesmarktでは登場したChristkind幼児天使がクリスマスの開会宣言をする。 -
ニュルンベルクはバイエルン州のミッテルフランケンにあり、フランケン地方の経済・文化の中心的な役割を担っている。人口は50万人を超え、バイエルン州第2の都市である。
当時、“ドイツの宝石箱”と称された、美しい町はPegnitz ペグニッツ川の両岸に広がり、この川はローレンツ教会側と、城砦のあるゼーバルト教会側とを二分している。
中世の城壁で囲まれた旧市街は歴史と伝統を受け継ぎ、現在も魅力にあふれている。
≪ニュルンベルク旧市街観光≫
13:45~15:15
St. Lorenz聖ローレンツ教会(受胎告知など)、中央広場のクリスマス市、聖母教会。
春の旅では訪れた時はもう閉まっていたので、ここも見逃した場所だ。
1270年から1477年にかけて建てられた教会はゴシック式の立派な教会である。
天蓋から吊り下げられた“受胎告知のレリーフ”を見る事が出来た。
彫刻家ファイト・シュトースの最高傑作と言われる作品で、別称は“天使の挨拶”という。マリアと大天使ガブリエルの優美さは特筆もの。デューラーの師や弟子などが手掛けたカタリーナ祭壇も見事に彩色されたものだが、同時代のリーメンシュナイダー作品とは大きな違いがある。
クリスマス市目指した人たちが行き来している。Hauptmarkt中央広場に着いて、近くのレストランのテラスに登った。土曜日の中央広場のにぎわいを感じる。
180もの数のテントが立ち並び、高い所から見た眺めは普段の季節と異なる印象です。左手にある“美しい泉”もかたなしで、全く目立たない存在になっていた。右手の聖母教会はさすがに負けておらず、いい感じに見えた。
写真は2009年ドイツのクリスマス:ニュルンベルク名物のレープクーヘンの屋台・・・さすがに名物だけあって、品揃えも多種多様だ。お客さんも真剣に品定めしてから購入だ。ナッツの粉と香料で作った8cm位のお菓子はクリスマスには欠かせない味だ。 -
≪ニュルンベルク旧市街再観光≫
12:30~19:15
Handwerkerhof職人広場、手芸品などの土産品、中央広場のクリスマスマーケット、Bratwursthäusle名物焼きソーセージ、名物Lebkuchen・Stollen購入、橋巡り。
中央駅前にケーニッヒ塔と城壁のケーニッヒ門がある。ここに楽しみにしていたHandwerkerhof職人広場があり、狭い敷地で様々な工芸品、食品を販売している。
≪Handwerkerhofハンドベルカーホフ・職人広場≫
12:30~13:30
ケーニッヒ門の横にある職人広場は、1971年、フラウエン城壁塔の後に建設された。かつての兵器庫だったそうだが、小さな木組みの家々が立ち並ぶ横町に、木工・金細工の店、陶器屋、アンティーク屋、或いは名物レープクーヘン販売、焼きソーセージ、ワイン酒場・飲み屋といった、いろいろな店があり、混雑している。
中央広場に戻り、マーケットをのぞいて歩く。
段々、見るものに感動がなくなるのも、クリスマスマーケットの梯子!をしてきた所為だろう。
雪もやんで、聖母教会のステージではトランペットの吹奏中だ。
<Frauenkirche聖母教会>
14:45~
14世紀のカトリック教会。Tucher-Altar聖壇・1440年作、中央広場に向けた仕掛け時計;カール4世と7人の選帝侯が知られている。今日は仕掛け時計どころではなさそう・・・。
写真は2009年ドイツのクリスマス:ニュルンベルクの聖母教会とクリスマス市 -
≪≪Die Bocksbeutelstrasseボックスボイテル街道:Volkachフォルカッハのクリスマス市≫
9:40~10:30
この町で知られたマリア巡礼教会はVokachの北西1km・Kirchberg教会の丘にある。“Maria im Weingartenぶどう園のマリア”とこの地では称されているが、Maria im Rosenkranzローゼンクランツのマリア像は1521~22年のリーメンシュナイダー作品で世に知られている作品である。
キリストを抱いたマリア像の周りに見事なバラの冠が彫られていると云うが、この日は教会の戸は閉められていた。
1100年以上の歴史を誇る、ワインの町Volkachに入ると、春には復活祭の飾り卵で覆われていた市庁舎前の噴水像は、小雪の降る中で、今度はたくさんのクリスマスプレゼントで飾られていた。
その横には三階に届く高さのモミの木が立ち、イルミネーションの飾りも見えたがマーケットはなさそうだ。
写真は2009年ドイツのクリスマス:フォルカッハのクリスマス市・・・クリスマスプレゼントがいっぱいの市庁舎前の噴水像。 -
<ボックスボイテル街道>
ボックスボイテルはずんぐりした、丸みを帯びた独特のボトルの形状で有名である。この形のフランケンワインを飲まれた方もおられるでしょう。
ボックスボイテル街道はフランケン地方のヴュルツブルクを中心にしたフランケンワインの産地を結ぶ街道である。
ドイツワイン街道の一つとして、第二次大戦後に創設されたもので、この街道は東西南北に幾つも別れてあり、主にマイン川の流域に多い。
上質な辛口の白ワインの産地として、この街道沿いの町々をワイン愛好家がよく訪れる。
この街道はたくさんの町・村をつなぎ、古城・宮殿、修道院・教会そしてワインの醸造所を見ることができる。
街道の出発点として、古都ヴュルツブルクがあり、西はAschaffenburgアシャッフェンブルクまで、東はCastellカステル、Iphofenイプホーフェン、Ippesheimイッペスハイムの町までである。
北のルートはマイン川沿いに下り、Volkachフォルカッハを中心にした地域と、Veitshöchheimファイツヘーヒハイムから、KarlstadtカールシュタットとHammelburgハンメルブルクの古城ホテル一帯のワイン畑に至る地域である。
南は国道13号線に下る道で、Sommerhausenゾンマーハウゼン、Ochsenfurtオクゼンフルトや Tauberタウバー川に沿った一部である。
写真は2009年ドイツのクリスマス:Ochsenfurtオクゼンフルトの木組みの家並み -
≪Ochsenfurtオクゼンフルトのクリスマス市≫
11:15~13:00
Ochsen(雄牛)は、昔、車を牽くのに使われた動物で、牛車でマイン川を渡れる場所(Furt = 渡河地点)を意味した(Wik)。この町は私共にとっても初めての町で、マイン川の渡河点にもあたり、古くから、交通の中継点であったらしい。
ドイツの北からイタリア・ローマへの道、ドイツハンザ同盟の交易路にも繋がるものだが、大変興味深いのはPilgerweg巡礼街道もあったことだ。
オクゼンフルトは中世の旧市街を囲む市城壁、門、塔、堀があり、小城が立つ。
新旧の市庁舎と仕掛け時計、St.Andreas聖アンドレアス教会にHl. Nikolaus聖ニコラス像がある。この像がリーメンシュナイダー作品と聞いて、これを見に立ち寄ったのだが、思っていた以上に旧市街の様子が良い。
フランケンワインの産地。ロマンチック街道の入口であるヴュルツブルクからも近い。残念ながら、マーケットの屋台らしきものは無い。
Ochsenfurt市庁舎は小さな旧市街の中心にあり、Die Monduhr 月時計・市庁舎の仕掛け時計が見られる。町に因んだ、青、黄、茶などの色つきの牛が数匹、旧市街の各所にあって、面白い。
<昼食:Gaststätte Purzl プルッェル >
D-97199 Ochsenfurt 、Hauptstr. 20
12:10~12:50 Euro10。
外壁に貼られた、レストランのメニューを眺めていたら、中で飲んでいたお客の小父さんに中に入ったらどうかと言われた。
小父さんの鼻は赤鼻だ!酒好きの典型と言えるが、とても親切で、私共の写真も撮ってくれた。中はTVでサッカーの観戦中のグループや、昼間からビールを楽しむ連中などが、騒がしくしゃべっていた。
まず、グリューワインを頼み、Gulaschsuppeグーラッシュズッペ(パプリカ風味の肉入りシチュー)を二人とも注文した。
相変わらずスープが美味しい。
写真は2009年ドイツのクリスマス:オクセンフルトの旧市街・・・グリューワインを飲む -
<フランケンワインの産地・城塞都市Iphofenイプホーフェンのクリスマス市>
14:00~14:50
8世紀半ばに歴史書に登場する城塞都市。
1293年から10年以上をかけて、ヴュルツブルクの領主司教が、この町に城壁と堀をめぐらせ、城塞を築いた。
この時に町のシンボルとなった Rödelseer Torレーデルゼー門を作り、稜堡としている。街中から見ると、尖塔を中央に、木組みの建築なので、よくこれで防御塁の役目を果たせたものだと思ったが、門をくぐって外周から見てみると、がっちりとした石造りの姿をしていた。
画家や写真家がこの景観をモチーフにするのも、もっともなことだ。
城壁沿いに延びるかつての堀は、今は犬を連れた老人たちの散歩道だ。
1414年建設の、Pfarrkirche St.Veit聖ファイト巡礼教会など、中世当時のままの趣を残している。人口4.5千人は村の規模だ。
この町のクリスマスは落ち着いたもので、今日はマーケットが無い。ここでは静かな、楽しい、情趣豊かなクリスマスを志向しているようだ。
この町全体をアドベントカレンダーとする考えであり、11月29日(日)のスタート日には旧市街のワイン醸造所で、グリューワイン・クリスマスマーケットが催されたと云う。
地元の女声合唱団、子供合唱団が歌い、提灯を掲げた子供たちも集まり、夕方にはタイマツ行列が行われた。
クリスマスイブまでの日々は、教会、礼拝堂や、ホテル、カフェなどで、コンサート、合唱、お茶を楽しむなど、様々な催しが行われるようだ。
本日・13日は聖ファイト巡礼教会でアドベントコンサートが夕方から予定されている。
写真は2009年ドイツのクリスマス:Iphofenイプホーフェン・・・ロマンチックホテル ツェーントケラーに飾られたクリスマスの鹿 -
≪Romantik Hotel Zehntkellerロマンチックホテル ツェーントケラー≫
D-97346 Iphofen、Bahnhofstrasse 12
全46室・?星 Euro118 (別棟 2F・87号室)
辛口の白ワインとして知られるフランケンワインの産地にある旧僧院をホテルにしたもの。ヴュルツブルクの南東にあたり、車で20分ほどの距離である。
旧僧院は15世紀に起源がさかのぼるもので、18世紀の半ばから、教会に支払われる10分の1税で運営された施設であったことから、ツェーントケラーと呼ばれるようになったと云う。
ホテルはレストラン・ワインケラー・レセプションのある本館と宿泊3棟がある。
私共の部屋は本館前の別棟にあり、2Fの87号室。思っていた以上に広い、中庭に面した部屋でした。
ワインの醸造所はフランケン最高の畑として世に知られたIphoefer Julius-Echter-Bergイプホーフェンの畑名:ユリウス・エヒター・ベルク(時のWürzburgヴュルツブルク領主司教、ユリウス・エヒター・フォン・メスペルブルン侯の名を取った)やKronsberg、Kalbなどの葡萄畑に凡そ25haの規模のブドウ畑を所有する。
ホテルは中心から数分と外れた所だが、この町・城塞都市は歩いて回れる。
写真は2009年ドイツのクリスマス:Iphofenイプホーフェン・・・ロマンチックホテル ツェーントケラーに飾られたクリスマス。 -
ここのレストランのフレンドリーさは大変評価が高く、伝統と独特な雰囲気、新鮮で格調の高い醸造所の料理とワインの提供があって、「快適な雰囲気の中で、美味しい料理とワインを楽しめると云う。
お茶を楽しんだKatzzimmer猫の間、夕食のレストランBürgerstube市民の間、朝食を頂いたEchterstubeエヒターの間といった様々なレストランがある。
≪夕食:Iphofen ・Hotel ZehntkellerのレストランBürgerstube市民の間で≫
18:30~20:30 ; 総計Euro106.5
ミシュランBib、 Gault Millauゴー・ミヨは14点。全独287位(2010年)。
メニュー; 5品Euro65、 ワイン;??種、従業員18名、140席。
シェフ;Werner Düring
辛口の白ワインとして知られるフランケンワインの産地にかつての旧僧院をホテルにしたもので、このホテルにははレストラン・ワインケラー・レセプションのある本館と宿泊3棟がある。
さて、飲み物は辛口のシェリー、フランケンの白・赤のグラスワイン(0.125L;白2.6X2、赤6.5X2)を。
食事はA LA CARTEアラカルテで選んだ。選んだ品は皆正解でした。
前菜:
家内は辛子のドレッシング野菜サラダ・南瓜の種入り。
私が鴨のカルパッチョに野菜添え、
メイン:
家内は牛肉の玉葱炒め、ワイン漬けのキャベツ、シュペッツレ(パスタの一種)添え、ブラウンソース。
私がブラウンソースをかけた牛の背肉、ほほ肉のシチュー、揚げたてのジャガイモ添え。
デザート:二人ともフルーツシャーベット。
XXX
食後、ドイツ人のご夫婦と食後の会話を・・・昨春のドイツの旅など、とりわけSchloss Egg古城ホテル エック城(レーゲンブルクとパッサウの中間にある古城)で古城ホテルに二人だけの宿泊、幽霊の話を話すと大口を開けて、笑っていた。
彼らも年金生活者だと言う。
写真は2009年ドイツのクリスマス:Iphofenイプホーフェン・・・ロマンチックホテル ツェーントケラー(レストランBürgerstube市民の間)の夕食 -
<ヴェルトハイムからミルテンベルクのクリスマス>
≪Wertheimヴェルトハイムのクリスマス≫
10:50~11:10
この町でマイン川はさらに蛇行し、街の一角でタウバー川がマインに注ぎこむ。
Rothenburg o.d.Tauberローテンブルクから、マイン川沿いのヴェルトハイムまで伸びている”Liebliches Taubertal美しいタウバー渓谷”はドイツでも有名なサイクリングルートでもあり、距離は凡そ100kmである。
しかも渓谷沿いはワイン産地で知られている。
町の中心に旧市街があり、その町を見下ろす丘に、ヴェルトハイム伯の居城であったBurg Wertheimヴェルトハイム城址があり、ドイツ最大、かつ美しい城址だと云う。15~17世紀のもので深い堀に守られていたが、1619年の火薬の爆発やら、30年戦争での攻撃で破壊されている。今は町の所有。
二つの川に沿った、田園的な風景の中にあるこの町は人々が休暇や観光で訪れる、人口24千人の小規模な町である。
クリスマスのイルミネーションの飾りはあったが、月曜日なのでマーケットは無し。
≪Miltenbergミルテンベルクのクリスマス≫
12:00~14:00
ミルテンベルクの町の旧マルクト広場は”ドイツで最も美しいマルクト広場”と謂われている。ここで、4回あるアドベントの週末、つまり金・土・日の三日間だけ、クリスマスマーケットが開かれる。
小さな町のクリスマスはこうしたもののようだ。
第三回目のアドベントが終わった翌日に訪れたわけで、クリスマスマーケットが開いていたら、もっと楽しい事になっていただろう。
旧マルクト広場が16世紀の正義の女神像が立つ泉を中心に、素晴らしい木組み建築の家々に囲まれている。
小ぢんまりとした中世の趣いっぱいの広場である。
昨日の名残の屋台がいくつか置かれているが、閑散としたものだ。
写真は2009年ドイツのクリスマス:Miltenbergミルテンベルクのクリスマス・・・ミルテンベルクの町の旧マルクト広場は”ドイツで最も美しいマルクト広場”と謂われている。 -
ミルテンベルグは”Die Perle des Mains:マイン川の真珠”と呼ばれ、ドイツでもっとも美しい町の一つに数えられる。
ロマンチックな中世の街は高台にMildenburgミルテンブルク城があり、旧市街の中心のHaupt通りには木組みの美しい家並みが続く、そしてドイツ人に大変好まれている旧マルクト広場を見ることができる。
旧市街の屋根には雪が積り、春とは違った趣がある。
道の途中に帽子をかぶり、化粧と衣装を付けた大道芸人が寒さで震えながら、立っていた。
特別パフォーマンスをするわけでもない彼はブルブル震えているのがわかる。
寒さをこらえての商売は辛いでしょう!と、些少ながらEuro2を寄進した。
嬉しかったようで、帰り道でも挨拶された。
写真は2009年ドイツのクリスマス:Haupt通りで震えながら立っていた大道芸人。 -
この通りには旧市庁舎や、道の両側に木組み建築の家並みが続き、一際目立つのはGasthaus zum Riesenホテル・リーゼンだ。
今日は是非ここで昼食を食べたい。
写真は2009年ドイツのクリスマス:ホテル・リーゼン -
<昼食:Gasthaus Zum Riesenホテル・リーゼン>
D-63897 Miltenberg 、Hauptstr. 99
13:00~13:50 Euro32。
大皿に載って出てきたHirschgulasch鹿肉のグラッシュを久しぶりに堪能した。
炒めたジャガイモ添えは家内、私はシュペッツレ添え。
飲み物はリンゴジュース。
1、2階で140席、夏場は外に60席。
12世紀創業。ドイツ最古の王侯宿泊所として知られるホテル・リーゼンはこの町一番のホテル・レストラン。独特の色合いをした木組み建築の家はなかなかのもので、フランケン地方色あふれた、ホテル・レストランである。
(2001年、地ビール醸造のFaust zu Miltenbergが経営を握り、建物の大改装をすると共に新たな出発をした。)
写真は2009年ドイツのクリスマス:Hirschgulasch鹿肉のグラッシュ…昼間でも歓迎の印に小さな蝋燭に灯が点されて、気分も良し。 -
<フランクフルトのクリスマス(最終日)>
空腹を満たして、ミルテンベルクの町を14:00にフランクフルトに向かって走り出す。L? ・B469・(Stockstadt)A3・(Offenbach)B3、もう距離も83kmと短い。Frankfurtフランクフルト市内のマイン川沿いにあるMuseumufer美術館通り前に車を停めて、最後のクリスマス市を楽しむ事とした。
≪Frankfurtのクリスマス市≫
15:15~16:00
フランクフルトのクリスマスマーケットは1393年にはもうすでに始まったと云う。
毎年、国内外から300万人の観光客が訪れると云う大きなマーケットだ。
フランクフルトのシンボル・旧市庁舎Römerレーマー前のレーマー広場、其の近くのPaulskircheパウルス教会前の広場、マイン川岸に200以上もの屋台が並ぶ。
旧市庁舎レーマー前には30mの高さである、大きなモミの木のクリスマスツリーが立ち、後景に見える銀行の高い高層ビルにも負けていない。
写真は2009年ドイツのクリスマス:フランクフルトのレーマー広場のクリスマス・・・レーマー前に30mの高さの大きなモミの木のクリスマスツリーが立つ。 -
川面を渡る風はさすがに寒く、早く暖かいものが飲みたい。
もう少しで夕闇が迫る時刻だが、思っていたよりも人は少ない。
メリーゴーラウンド(回転木馬)も華やかだが、わびしい感じだ。
まだこれからなのだろうが・・・。
写真は
写真は2009年ドイツのクリスマス:Römerレーマー広場のメリーゴーラウンド(回転木馬)も回って
待っている。 -
4つ目のグリューワインをここでゲットした。
フランクフルトのグリューワインのカップは黄色、中側は緑と珍しい。
レーマー広場と、自慢の30mのクリスマスツリーが絵柄だ。2
009年・Frankfurt名・0.2L容量も全く同じだ。
さて、最後の走り。市内からFrankfurt空港にいつものように向かう。
L? ・B44 13kmと市内から直ぐだ。
レンタカーのメルセデス A-180 D・1800cc 5T オートマチック・エアコン付き、ディーゼル車の総走行距離は1,249kmとなった。
例年とは日数も少なく、距離は半分だ。
写真は2009年ドイツのクリスマス:Römerレーマー広場・・・Glühweinグリューワインを飲む。 -
シュトレンとレープクーヘンは、11月頃に毎年同じ所から購入し、娘達と3等分してお裾分けする。孫たちにも人気が高く、楽しみにしている。
今年は値上がりに驚いた。
≪クリスマス時期のStollenシュトレンは美味しい≫
ドイツでクリスマスの時季に食べるお菓子といえば、レーズンなどのドライフルーツがたくさん入った、 “ずっしりと重い”長方形のパン菓子"Stollen"(シュトレン)である。
クリスマスに欠かすことのできない、このStollenとは元来、ドイツ語の“坑道”の意味があり、長方形の姿が山の形に見え、この上に雪に見立てた白い粉砂糖をまぶしたものだ。
シュトレンは11月頃に焼き始め、クリスマスまでに少しずつ切って食べるのが一般的です。焼きたてよりも、時間が経った方がしっとりとして美味しさが増すと言われている。
香辛料が入ったものなので長期間の保存も可能なのです。
2009年のクリスマスの旅で購入したシュトレンは
ニュルンベルクの旧市街にあったパン屋では長方形シュトレンButter Meisterstollen(バターベース)1個1kg=Euro16.06(当時のレートで@133円=2,136円)でした。
Miltenbergミルテンベルクの旧市街に入る角にあったパン屋で購入した、伝統的な白い粉砂糖をまぶした長方形のシュトレン1個1kg=Euro14.2(=1,889円)でした。
今年購入したシュトレンは日本円で750gが5,076円X2=10,152円でした。
現地で購入して帰るのがベストですが、もうチャンスが無いのです。
写真は2009年ドイツのクリスマスのお土産:シュトレン、左は*Rothenburgのシュネ-バル(雪玉)
*ローテンブルクの名物として知られる、シュネーバル(Schneeball )はひも状のクッキー生地を雪球のように丸め、油で揚げ、粉砂糖などでコーティングしたものです。
粉砂糖、シナモン、バニラ、ナッツ、レモン、イチゴ、チョコなどや、大小といった様々なバリエーションを楽しむ事が出来る、サクサクした食感の焼き菓子ですが、私の好みから言えば、ニュルンベルクのレープクーヘンやシュトレンの味の方が好ましい。また、食べるなら、ぼろぼろとするので、小さい方が食べやすい。 -
レープクーヘンは小麦粉、砂糖、蜂蜜にシナモンなどの香辛料を加えて、或いはオレンジ・レモンの皮、ナッツ類を用い、重曹でふくらませて作った菓子です。
ドイツを中心に中央ヨーロッパ各地で作られていて、プフェッファークーヘンともいう。
ここドイツではクリスマスに飾ることでも知られ、特に家の形をしたものは文字通りのPfefferkuchenhausプフェッファークーヘンハウスと呼ばれる。
今年のレープクーヘンは500gが3,240円でX3=9,720円とやはり円安もあって、値上がりしています。
写真は2009年ドイツのクリスマスのお土産:レープクーヘン -
写真は2009年ドイツのクリスマスのお土産:4都市のクリスマス市・4個のグリューワインの絵柄は楽しいカップ、木製ピラミッド、雪ダルマとモミの木、錫の蝋燭立
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写真は2007.12.01.香港・マンダリンオリエンタルホテル(文華東方酒店)にて:クリスマスの装いのケーキショップ(美味しそうなチョコレート、ケーキが並んだケースから、日本土産にGrd Marnier Cake 、4pcs Cho-Box、16Pcs Cho- Boxを選ぶ。ケーキを大事に携行して、心配した形崩れは無かった)
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写真は2007.12.01.香港・マンダリンオリエンタルホテル(文華東方酒店)にて:クリスマスの装いのケーキショップ
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クリスマスの飾り:ドイツではなく北欧・エストニアの首都、タリンの絵蝋燭です。街歩きでたまたま入ったお店に絵蝋燭がありました。
お土産にたくさん購入したから店員さんも大喜び。
持ち帰って、クリスマス時期に飾ると、絵柄が実に良い感じで、娘達も友人たちにも気に入ってもらえた。
写真は2009年バルト三国のお土産:エストニアの首都タリンの絵蝋燭。
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2009年のクリスマス市巡りは南ドイツが中心で、春のフランケンの旅の行程に似ています。
私共にとって、初めて訪れた町も多く、次もまた訪ねてみたい気になりました。
中でも、一番気に入ったのはStuttgartの近郊にあるEsslingenエスリンゲンでした。そして今春も訪れたForchheimフォルヒハイムは、アドヴェンツカレンダーになった市庁舎がとても良かった。次回はこの町に泊まって夜景を楽しみたい。
クリスマスは恩師からの品もあって、賑やかに飾る事が出来た。
これらの写真に加えて、2009年小クリスマスの旅の写真から抜粋して、本編にしてみた。抜粋だから、簡単と思っていたが、2日間かかり、力仕事となった。
(特にがっかりしたのは、下書が出来上がったと思って投稿したら、4Traの方が何故かログインされておらず、折角完了した文章などが何処かに飛んで行ってしまった。このケースが時々あるので用心しているが、今回もコノー!であった。
このケースは度々あるが何故だろう???)
(2025年12月24日Wiki・HP参考、訳・編集追記)
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御挨拶:
Ich wünsche Ihnen und Ihrer Familie frohe Feiertage und viel Glück und Gesundheit im neuen Jahr!
メリークリスマス!
そして幸せで、健康な新年をお迎えください。
jijidaruma
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