2021/10/31 - 2021/10/31
4位(同エリア535件中)
BTSさん
ご覧いただきありがとうございます。
食欲の秋!
そろそろ、気になっている信州グルメを食べに行きたいな~と思っていたところに、東横インの期間限定「カード会員ポイント3倍プラン」を知り、今回の旅(2泊3日)を企画しました。ワンパターンな行程ですが、「ご当地グルメ」・「レトロな駅舎巡り」・「温泉巡り」・「乗り鉄(撮り鉄)」・「路線バス乗り継ぎ」となっています。
<行程>
・初 日…長野電鉄を取材。
・2日目…上田バスとJR篠ノ井線・姨捨駅を取材。
・3日目…上田電鉄と千曲バスを取材。
最終日(3日目)前半は、開業100周年を迎えた上田電鉄と元千曲バス運転士が打つ蕎麦を取材します。
※表紙…千曲川橋梁(1924年:大正13年竣工)
<関連旅行記>
■[信州グルメ食べ歩きの旅 初日:前編]レトロな駅舎巡り「長野電鉄」と富倉集落(飯山市)の郷土料理「富倉そば」と「笹ずし」
https://4travel.jp/travelogue/11787403
■[信州グルメ食べ歩きの旅 初日:後編]レトロな駅舎巡り「長野電鉄」と我が故郷(上田)のソウルフード「美味(おい)だれ焼き鳥」
https://4travel.jp/travelogue/11789648
■[信州グルメ食べ歩きの旅 2日目:前編]上田交通「真田傍陽線」の廃線巡りと創業1964年の駅前食堂「ぽっぽや定食」
https://4travel.jp/travelogue/11793694
■[信州グルメ食べ歩きの旅 2日目:後編]日本三大車窓の一つ「姨捨駅」と坂城町(埴科郡)周辺の郷土料理「おしぼりうどん」
https://4travel.jp/travelogue/11793774
- 旅行の満足度
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 高速・路線バス 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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おはようございます。
ただ今の時刻は午前6時です。(5時前に起床しています)
現在の気温は6.4℃、曇りの予報です。東横イン上田駅前 宿・ホテル
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朝食はコンビニで購入したものをいただきます。
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大きな荷物はホテルに預けチェックアウトを済ませます。駅前のメイン通りは千曲川の河岸段丘により坂道となっています。【ご参考】上田城は、この河岸段丘によって敵の侵入を防いでいました。
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朝陽を浴び始めた上田駅(お城口)を一枚。
上田駅 駅
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上田電鉄・上田駅(温泉口)を一枚。
北陸新幹線(長野新幹線)開業に伴い、1998年(平成10年)に高架化となり、別所線専用の改札口が設けられました。(かつてはJRとの共同使用) -
★思い出の一枚[上田駅:1980年前後に撮影]
<元祖・丸窓電車(モハ5250形)>
川西線(現・別所線:別所温泉駅 ~ 上田原駅間)と青木線(青木 ~ 上田原 ~ 城下駅間)の開業は1921年(大正10)ですが、上田駅へ(城下駅 ~ 上田駅間)乗り入れたのは3年後の1924年(大正13年)でした。※青木線廃止後に川西線、その後に別所線と路線名を変更しています。 -
お城口と温泉口を結ぶ南北自由通路に上田電鉄の入口があります。かつて自由通路に面したところ(画像左側)には、峠の釜めしで有名な「おぎのや」の立ち食い蕎麦屋があり、もちろん釜めしも購入することができました。残念ながら2013年に閉店しました。
右側の大きな赤ちょうちんは、「やきとり番長 上田駅ナカ店」で、上田のソウルフード「美味だれ焼き鳥」をいただくことができます。今夜時間があれば寄りたいと思います。(以前から気になっていたお店です) -
出札窓口は営業時間外のため券売機で「一日まるまるフリーきっぷ(1180円)」を購入。【ご参考】上田駅 ~ 別所温泉駅の片道運賃は590円。
■お得なきっぷ
https://www.uedadentetsu.com/ticket/index.html -
改札を通過すると幾つかのボードが置いてあります。見てみると、台風により一部区間で長期にわたり不通となっていた別所線への応援メッセージが貼られています。※3コマ先で被災状況や時系列をご紹介いたします。
■手前のボード
別所温泉旅館組合の若旦那衆が企画した「台風復興プロジェクト:チャリティーふるまい鍋」の参加者に書いてもらったメッセージです。当日は別所温泉駅で開催され、きのこ汁が無料で振舞われたそうです。
■奥のボード
上田南幼稚園の皆さんの塗り絵です。 -
城下(しろした)小学校5年1組の生徒さんからの応援メッセージです。読んでいるうちに目頭が熱くなります。
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同じく城下小学校5年1組の生徒さんが作成した千曲川橋梁の「ちぎり絵(貼り絵)」です。ちぎり絵の巨匠・山下清氏がご覧になったら絶賛することでしょう。
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※参考画像[上田電鉄HPより]
■令和元年東日本台風(台風19号)
2019年(令和元年)10月12日に日本へ上陸した台風で、静岡県や関東地方甲信越地方・東北地方などで記録的な大雨となり、甚大な被害をもたらしました。(死者105名・負傷者375人・行方不明者3人)
■上田電鉄・別所線の時系列
2019年(令和元年)
・10月12日より全線運休。
・10月13日に千曲川橋梁崩落。
・10月15日に下之郷駅 ~ 別所温泉駅間で運転再開。上田駅 ~ 下之郷駅間は代行バス輸送を開始。
・11月16日に城下駅 ~ 下之郷駅間で運転再開。代行バス輸送区間を上田駅 ~ 城下駅間に縮小。
2020年(令和2年)
・1月20日 上田市長が崩落した鉄橋を市有化し、2021年4月の全線運行再開に向け支援する計画を発表。
・8月31日 上田電鉄が上田駅 ~ 城下駅間について、出水期の終わる11月に鉄橋復旧工事を再開し「本年度中に復旧工事を終える見通しが立った」ことから、2021年3月28日の全線運行再開を目指すと発表。
2021年(令和3年)
・2月15日 鉄橋の組み立てが完了。
・3月28日 全線運行再開。当日は全線で運賃を無料。 -
思い出深い橋梁の崩落を知った私は一日でも早い復旧に願いを込めてクラウドファンディングに参加させていただきました。
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間もなく電車が到着します。折り返し6時53分発・別所温泉行となります。貫通扉には開業100周年のヘッドマークが取り付けられています。(感動)
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駅名標と6000系を一枚。
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2015年(平成27年)3月から運用開始した6000系は、親会社の東急電鉄1000系の中間車を運転台付に改造したもので、戦国武将真田信繁(幸村)の赤備えをイメージした赤基調の塗装に真田家家紋の「六文銭」をあしらった特徴的な外観となっています。一般公募により「さなだどりーむ号」という愛称が付いています。
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■上田電鉄(二代目)
2005年(平成17)上田交通から鉄道部門を分社し上田電鉄(二代目)が誕生。レトロな社紋は、初代・上田電鉄(1939~1943年)を受け継いだものです。
■沿革
上田温泉電軌(1921~1939年) → 初代・上田電鉄(1939~1943年) → 上田丸子電鉄(1943~1969年) → 上田交通(1969~2005年) → 二代目・上田電鉄(2005年~現在) -
効率よく取材するため箱ダイヤを作成しました。
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イチオシ
6:53 上田駅を発車しました。
高架区間が終わり、間もなく千曲川橋梁に入ります。 -
イチオシ
■上田~城下駅間
超感動!2024年に100歳を迎える「千曲川橋梁」、よくぞ復旧させてくれた東急建設に感謝です。(涙)千曲川橋梁 名所・史跡
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千曲川橋梁から上流を一枚。私の好きな景色です。
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間もなく最初の駅「城下(しろした)駅」に到着します。
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6:55 城下駅に着きました。(上田駅から2分)取材時間は61分です。
■城下駅
・1921年(大正10)青木線・三好町駅として開業。(路面電車)
・1924年(大正13)千曲川橋梁の開通により、上田駅へ乗り入れ開始。
・1927年(昭和2) 駅を専用軌道上に移設し城下駅へ改称。上田原 ~ 城下駅間は青木線と川西線(現・別所線)の単線並列となる。
・1938年(昭和13)青木線廃止に伴い、上田原 ~ 城下駅間は単線並列から単線になる。同時に路線名を川西線(既に別所温泉 ~ 上田原駅間の路線名)に変更。
・1939年(昭和14)川西線を別所線へ路線名変更。
・1972年(昭和47)無人化。城下駅 駅
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待合室には上田電鉄からの感謝のメッセージが貼られています。
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城下駅構内を一枚。
構内踏切には警報機や遮断機が設置されてないので横断する際は列車の進入・進出に注意しなければなりません。 -
■ホームの年輪
旧ホーム跡を見ることができます。 -
駅前を一枚。
開業当初の城下駅(当時は三好町駅)は、約200m離れたところにありました。6年後の1927年(昭和2)に上田原 ~ 城下駅間の線路を移設(専用軌道化・単線並列)し現在に至っています。 -
かつて上田原 ~ 城下駅間は、川西線(現・別所線)と青木線の単線並列でした。今でも青木線の橋台跡(矢印)を見ることができます。すでに94年が経過しています。
※単線並列…線路を複数並べたもので、複線の機能を持たないもの。 -
単線並列の遺構 ①
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単線並列の遺構 ②
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今回の取材で発見した古い鉄柱の信号機跡です。(今まで気付きませんでした~)推測ですが、上り列車(上田方面)に対する場内信号機かと思われます。色々調べてみましたが詳細は分かりませんでした。
※場内信号機…停車場(ポイントのある駅)の入口に設置されている信号機。 -
千曲川橋梁を撮影するため開業当初の始発駅「三好町駅(現・城下駅)」に来ました。私が小学生の時、まだ周辺には木造の商店跡が何店舗か残っていました。
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※参考資料[Googleより]
■短命の青木線
開業当初の青木線(青木 ~ 上田原 ~ 城下駅間:10.6km・13駅)は浦野川橋梁を除き、現在の県道77号線・国道143号線上に線路が敷かれていました。いわゆる路面電車でした。6年後の1927年(昭和2)に上田原 ~ 城下駅間は専用軌道に移設し、青木線と川西線(現・別所線)の単線並列となりました。その後、経営不振の影響から青木線・青木 ~ 上田原駅間において専用軌道化の着工が進まず、1938年(昭和13)に長野県からの道路借用期限が切れたため、青木 ~ 上田原駅間が廃止となりました。17年の短さでした。※川西線(現・別所線:別所温泉 ~ 上田原駅間)は開業当初から専用軌道。 -
イチオシ
城下駅から歩いて10分弱で千曲川橋梁に着きました。上り列車(上田行)を一枚。本来ですと平行する上田橋(下流側)から撮影するのがベターなのですが、間近で鉄橋の通過音を聞きたかったので、このようなアングルになりました。良いですね~徐々に遠ざかっていく通過音は何とも言えません。(震えます)
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■難易度の高い災害復旧工事
資料は100年前の図面しか無く、しかも崩落した鉄橋で復旧しなければならないため、3D技術を取り入れ、計測・調査しながらその都度、設計図を作成し工事が進められたそうです。
■2024年に100歳を迎える千曲川橋梁
・竣工:1924年
・橋長:224.18m
当時は地方私鉄の多くが国鉄からの払い下げによる橋桁を架橋していましたが、上田温泉電軌(開業当初の社名)は独自の設計によるトラス橋を架設しました。 -
■思い出
小学生の時、橋台と橋梁の接合部分(黄色〇印)に潜り込んでは列車の通過音を楽しんでいました。※良い子の皆さんはマネしないように! -
★思い出の一枚[2005.8.13撮影]
東急7200系(1967~1972年製造) -
★思い出の一枚[2005.8.13撮影]
まるまどりーむ号(初代)東急7200系 -
★思い出の一枚[1980年前後に撮影]
■モハ5370形
1954年(昭和29)と1955年(昭和30)に日本国有鉄道(国鉄)より2両を導入。 -
千曲川橋梁の撮影を終え城下駅に戻って来ました。次は八木沢駅へ向かいます。
7:56 別所温泉行が到着します。
この編成(1004F)は「まるまどりーむ号Mimaki(二代目)」で、車体側面の一部が丸窓になっています。前面の運行番号表示器(赤矢印)は開業100周年を記念し「100」の表示をしています。※通常は2桁表示(01~04)です。
■まるまどりーむ号Mimaki
長野県 東御(とうみ)市にある、業務用大判インクジェットプリンターメーカー「ミマキエンジニアリング」が特別協賛しており、6000系(画像左:さなだどりーむ号)の外装フィルムを制作しています。 -
■三好町駅
・1921年(大正10)上田温泉電軌の三好町三丁目駅として開業。
・1927年(昭和2) 駅を専用軌道上に移設し三好町駅へ改称。
・1939年(昭和14)飛行場口駅と改称。※帝国陸軍の上田飛行場(熊谷陸軍飛行学校上田分教場)開場に伴うもの。
・1945年(昭和20)終戦により上田飛行場が廃止、駅名を三好町駅に復す。三好町駅 駅
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■赤坂上駅
・1932年(昭和7) 開業。
・1951年(昭和26)駅移設。※詳細不明赤坂上駅 駅
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■上田原駅[後ほど取材します]
かつては車庫がありました。現在は下之郷駅に移転し、同時に駅を上田駅寄りに140m移設しました。上田原駅 駅
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■寺下駅
・1921年(大正10)上田温泉電軌・川西線の駅として開業。
駅名の由来は超誓寺(ちょうせいじ:1568年建立)の下に駅があるので「寺下」と命名されました。寺下駅 駅
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■神畑駅
・1921年(大正10)上田温泉電軌・川西線の駅として開業。
・1990年(平成2) 駅改築。神畑駅 駅
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■大学駅前
・1921年(大正10)上田温泉電軌・川西線の下本郷駅として開業。
・1966年(昭和41)本州大学前駅に改称。
・1974年(昭和49)校名変更に伴い、大学前駅に改称。大学前駅 駅
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■下之郷駅[後ほど取材します]
私が小学生の時、下り線側(左側の線路)は使われておらず1面1線の駅でした。構内踏切は廃止されており、代わりにホームと駅舎(現在は取り壊されています)を結ぶ渡り板が架けてありました。私も何度か渡り板を歩いたことがあります。 -
上り列車と行き違いのため少々停車します。
下之郷駅 駅
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■下之郷~中塩田駅間
下之郷駅を発車し大きな右カーブ区間が終わると、広大な田園地帯と山並み(独鈷山:とっこさん)が八木沢駅まで続きます。私の好きな景色です。この周辺の山々はマツタケ山となっており、秋になるとマツタケ小屋がオープンします。 -
■中塩田駅[後ほど取材します]
現在は保線の基地となっていますが、かつては列車交換設備がありました。中塩田駅 駅
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■塩田町駅
・1934年(昭和9) 上田温泉電軌・川西線の上本郷駅として開業。
・1965年(昭和40)塩田町駅に改称。
・1993年(平成5) 無人駅となる。 -
■中野駅
・1921年(大正10)上田温泉電軌・川西線の駅として開業。
・1943年(昭和18)交換設備を廃止。中野駅 駅
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イチオシ
■舞田駅
・1921年(大正10)上田温泉電軌・川西線の駅として開業。舞田駅 駅
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間もなく八木沢駅に到着します。
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8:20 八木沢駅に着きました。(城下駅から24分)鉄道むすめ・別所線キャラクター「八木沢まい」が出迎えてくれます。取材時間は10分です。
■鉄道むすめ「八木沢まい」
2016年(平成28)に誕生。八木沢駅と隣の舞田駅にちなみ命名。八木沢駅 駅
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まるまどりーむ号Mimakiとコスモスを一枚。
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2005年に取材したときは合成樹脂製の4連ベンチでしたが、現在はレトロな木製のベンチに代わっています。このベンチは「ハートベンチ」と呼ばれており恋愛成就にご利益があるとのこと。
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イチオシ
■八木沢駅
・1921年(大正10)上田温泉電軌・川西線の駅として開業。
・2015年(平成27)駅舎などを改修。 -
★思い出の一枚[八木沢駅:2005.8.13撮影]
1993年(平成5)から運用を始めた東急7200系、2005年(平成17)に「まるまどりーむ号(初代)」が誕生。 -
駅舎は上田丸子電鉄時代(1943年に上田電鉄と丸子鉄道が合併)のもので、かつては駅員配置駅でした。
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イチオシ
駅舎の中に階段があるのは珍しいかも…
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コンパクトな駅舎。2015年(平成27)までは駅舎脇に木造のトイレ(上田丸子電鉄時代に建てられたもの)がありました。
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取材時間が10分と超短めなので急いで色々なアングルで駅舎を撮影します。かつて列車交換設備(行き違いできる設備)の計画があり、用地は確保されていましたが、着工されなかったため、現在は地元住民が管理する「八木沢水土里会(みどりかい)」が駅前植栽地(花壇)として利用客の目を楽しませています。
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80年余りの古い駅舎ですが、造りがしっかりしているので末永く残ることでしょう。
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★思い出の一枚[2005.8.13撮影]
白地に黒文字の駅名標が懐かしいです。 -
8:30 上り列車(上田行)が到着します。次は車庫がある下之郷駅へ向かいます。
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間もなく下之郷駅に着きます。
留置線には上田交通(現・上田電鉄)で第二の人生を送った東急5200系が留置してあります。1986年(昭和61)から1993年(平成5)まで別所線で運用されていました。現在は倉庫になっています。
■東急5200系
1958年(昭和33)1編成のみ製造、日本初のステンレス製車体です。外板に多数のコルゲーション(波型の凹凸)が入っていた外観から「湯たんぽ」、あるいは5000系「青ガエル」のステンレス版であることから「ステンレスガエル」や「銀ガエル」などの愛称が付けられていました。 -
8:40 下之郷駅に着きました。(八木沢駅から10分)取材時間は18分です。写真付き駅名標は駅から300mほど離れたところにある「生島足島(いくしまたるしま)神社」となっています。
■生島足島神社
神社延喜式にもその名が記されている由緒ある古社。生島大神と足島大神の二神が祀られ、武田信玄や真田昌幸・信之をはじめ歴代の上田城主からも厚く崇敬されたという。昌幸の朱印状など、国の重要文化財に指定された94通の古文書が残っています。下之郷駅 駅
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かつての駅舎はロータリー側(画像右側:次のコマを参照)にありましたが、1980年代にホーム上の待合室を改築ならびに増築し駅舎ができました。朱色の柱と白壁の駅舎は、駅近くにある生島足島(いくしまたるしま)神社の旧斎館「報恩殿」(2014年解体)の塗色を模しています。
■下之郷駅
・1921年(大正10)上田温泉電軌・川西線の駅として開業。
・1926年(大正15)依田窪線(西丸子 ~ 下之郷駅間)が開業、同線の起点駅となる。
・1939年(昭和14)川西線が別所線、依田窪線が西丸子線に路線名を変更。
・1961年(昭和36)西丸子線が梅雨前線豪雨被害により雨天休止。
・1963年(昭和38)西丸子線が廃止。
・1986年(昭和61)車両基地・車両工場が上田原駅より移転。
・2005年(平成17)上田交通より鉄道部門を分社化、上田電鉄の登記上の本社所在地となる。 -
※参考画像[Googleより]
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■旧西丸子線ホーム
駅舎のように見えますが、当時は板張りの壁面は無く風通しの良い待合室でした。屋根と柱は開業当初のものです。壁面の板張り部分(赤点線より下部)は、西丸子線廃止後(1963年以降)に改築しています。現在、この駅舎風の建物は、上田電鉄直営の鉄道資料館となっていてイベント時に見学ができるとのことです。 -
旧西丸子線ホームには西丸子線の歴史や路線図の案内板が設置されています。開業当初は上田 ~ 下之郷 ~ 西丸子駅間を結ぶ直通運転(一部列車と思われます)を行っていましたが、上田丸子電鉄時以降(1943年に上田電鉄と丸子鉄道が合併)は、下之郷 ~ 西丸子駅間の折返し運転をしていました。
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★思い出の一枚[旧西丸子線ホーム:2005.8.13撮影]
壁面の板張りは後付け(改築)ですが、これはコレで木造駅舎風でレトロが漂っていて私は好きですね。廃材利用かつ色違いの木戸は地方鉄道らしさがありポイント高しです。 -
※参考資料[Googleより]
西丸子線の終点・西丸子駅がある小県郡(ちいさがたぐん)丸子町[現・上田市]には別路線の駅もありました。(西丸子駅と丸子駅は直線距離で390m離れています)
■西丸子線[8.6km・11駅]
・1926年(大正15)依田窪線・下之郷 ~ 西丸子駅間開業。
・1939年(昭和14)西丸子線に改称。(軌道から鉄道に変更)
・1943年(昭和18)上田電鉄と丸子鉄道が合併し上田丸子電鉄が誕生。
・1960年(昭和35)老朽化のためダイヤの半分近くをバスで運行。
・1961年(昭和36)梅雨前線豪雨により被災、運行を休止。
・1963年(昭和38)廃止。
■丸子線[11.9km・16駅]
・1918年(大正7) 丸子鉄道が大屋~丸子駅間を開業。
・1922年(大正11)丸子鉄道が上田東~大屋駅間を開業し全通。
・1943年(昭和18)上田電鉄と丸子鉄道が合併、上田丸子電鉄が誕生。
・1969年(昭和44)廃止。 -
下之郷駅からは上田バスが運行する2路線が発着します。
・西丸子線(下之郷駅 ~ 丸子町)
・信州上田レイライン線(下之郷駅 ~ 別所温泉)
停まっているのは、下之郷駅 ~ 塩田平(前山寺・中禅寺)~ 別所温泉を結ぶシャトルバス「信州上田レイライン線」です。後ほど取材したいと思います。 -
今日は出番が無いのでしょうか、構内には東急カラーの1001Fが休んでいます。
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下りホーム(別所温泉方面)には下之郷止り(入庫待ち)の列車が停まっています。これから車両の入換(側線への転線作業)が始まるので見学したいと思います。
■入換作業 ①
上田電鉄では入換信号機が未設置のため、手信号(日中は旗・夜間は合図灯)による車両の入換(転線作業)を行います。駅長は運転士に対し「入換合図(入換注意)」を現示しています。 -
■入換作業 ②
上田駅方向にある所定停止位置まで進行します。 -
■入換作業 ③
車両が所定停止位置に停止すると、駅長は転てつ器(ポイント)を「定位(本線)」から「反位(側線)」に切り換えます。 -
■入換作業 ④
駅長は、車両が進入する進路を確認後、運転士に「入換合図(入換注意)」を現示します。 -
■入換作業 ⑤
所定停止位置まで進行します。 -
■入換作業 ⑥
車両は旧西丸子線ホームを通過し所定停止位置に停止しました。これで入換作業(転線作業)が終わりました。(駅長・運転士お疲れさまでした~)列車が到着するまで待合室で一休みします。 -
車両の入換作業が行われていたので出札窓口は閉められています。
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8:58 別所温泉行が到着します。次は中塩田駅へ向かいます。
このラッピングはお初です。調べてみると、取材した4か月ほど前(2021年6月)に「日本遺産認定1周年・別所線開業100周年」を記念して製作された「れいんどりーむ号(1002F)」です。
■日本遺産「信州上田・塩田平」
別所線が走る塩田平一帯は、「信州の鎌倉」と呼ばれており、鎌倉時代から室町時代にかけて造られた神社仏閣など、数多くの文化財が残っています。その塩田平が2020年6月19日 文化庁より日本遺産に認定されました。 -
9:01 中塩田駅に着きました。(下之郷駅から3分)お化粧直しされたレトロな駅名標識が出迎えてくれます。
中塩田駅 駅
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れいんどりーむ号を見送ります。
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■中塩田駅
・1921年(大正10)上田温泉電軌・川西線の五加駅として開業。
・1929年(昭和4) 中塩田駅に改称。
・1972年(昭和47)無人駅となる。
・1986年(昭和61)下之郷駅の交換設備復活(車両基地・車両工場の移設)により中塩田駅の交換設備を撤去。 -
イチオシ
白黒に画僧処理をすると当時へタイムスリップした感じを味わえます。(実に良い!)
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柱や床面を見ると木製ラッチ跡を確認することができます。かつての集札口(出口用)は、2ラッチ設置されていたようで、改札口同様に幅は狭くコンクリート製のお立ち台もありました。
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構内踏切跡を一枚。かつては交換設備があり、列車の行き違いをしていました。1986年(昭和61)隣駅の下之郷駅に車庫が完成(交換設備復活)すると中塩田駅の交換設備は撤去、旧上り線は側線となり、保守用車両が留置されています。
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イチオシ
狭い改札口、しかも木製ラッチの両側にはコンクリート製のお立ち台があります。(謎)
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待合室は広めで天井は高く大きな窓が特徴的な駅舎です。当時は利用客が多かったことでしょう。板で覆われていますが、出札窓口と手小荷物扱い窓口の跡は残っています。
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2009年(平成21)国の鉄道軌道輸送高度化事業の一環として駅舎の改良修繕工事が行われました。2005年(平成17)に取材したときは壁面の一部剥がれていました。(次のコマを参照)
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★思い出の一枚[2005.8.13撮影]
駅舎は上田丸子電鉄時代に建てられました。英語表記が良い感じです。 -
入口には上田丸子電鉄の社紋が残っています。
・1943年(昭和17)に上田電鉄と丸子鉄道が合併し上田丸子電鉄に社名変更。
・1969年(昭和44)丸子線廃止に伴い、上田交通に社名変更。 -
瓦葺屋根で例えると「鬼瓦」でしょうか、屋根の端部にも上田丸子電鉄の社紋が入っています。合併当時の意気込みを感じます。(これは珍しいかも…)
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駅構内を一枚。
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この感じだと、かつては左側に貨物用のホームと倉庫があり、側線は2本くらい敷かれていたのではと推測します。現在は、保線車両が留置されている側線(画像右)を使って新車の搬入や旧車の解体を行っています。
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アングルを変えて駅全体を一枚。
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9:25 上田行が到着します。次は旧車庫があった上田原駅へ向かいます。
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9:38 上田原駅に着きました。(中塩田駅から13分)取材時間は45分です。
上田原駅 駅
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列車を見送ります。
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駅移転の際に建てられた駅舎は、木の温もりを感じる造りとなっています。
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駅舎内に列車接近表示器を設置してありますが使われていません。
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・1921年(大正10)上田温泉電軌・青木線ならびに川西線(現・別所線)の駅として開業。
・1938年(昭和13)青木線(青木 ~ 上田原駅間)廃止。
・1986年(昭和61)車両基地・車両工場が下之郷駅へ移転。同時に無人駅となる。
・1992年(平成4) 旧駅から上田寄りに約140m移設。 -
※参考資料[1974~1978年の航空写真:国土交通省 国土地理院より]
駅移設後は旧駅や車庫の土地を売却。 -
★思い出の一枚[旧上田原駅:1980年前後に撮影]
昔は「超・ゆる~い」時代でした。駅員さんに「撮影させてくださ~い!」と申告すれば「電車に気を付けてね~」の一言でOKでした。当時は車庫内にも自由に立ち入ることができました。今では考えれませんね。
下りホーム(画像左)には、当駅始発の中塩田行が停まっています。緑色の電車は東急から移籍したデハ3300形+クハ3660形(2両固定編成:一日一往復限定運用)です。上田原駅を午前7時前後に発車するので早起きしてチャリで来た記憶があります。 -
★思い出の一枚[旧上田原駅構内:1980年前後に撮影]
構内には凸型の小型電気機関車(ED25)が留置してあります。
■ED25形電気機関車
・1937年(昭和12)製造。宇部電気鉄道(山口県 宇部市)後に国有化(宇部線)で運用。
・1961年(昭和36)国鉄より上田電鉄・丸子線に転入。貨物列車牽引機の主力として運用。
・1969年(昭和44)丸子線廃止に伴い別所線へ転属。1975年(昭和50)頃までは貨物列車牽引を主体に運用されていましたが、貨物の取扱いが廃止になると、車庫内の待機が多くなりました。(時折、構内の入換と保線列車牽引に使われていました)
・1986年(昭和61)同線の昇圧により廃車。現在、工業百年公園(上田市 丸子町)に動態保存してあります。 -
上田原駅を発車する「れいんどりーむ号」を一枚。
-
これから千曲バスで上田市に隣接する小県郡(ちいさがた)・青木村へ向かいます。
-
10:25 2分遅れで青木行が到着します。
青木線は上田市と青木村(小県郡)を結ぶ(跨ぐ)路線で、この路線に限り、上田市が実施している「運賃低減バス」を全区間で適用しています。ご参考までに、上田駅 ~ 青木BTの運賃は、適用前は680円、適用後は300円です。 -
お店のオープンに合わせて移動するのですが、早く着いてしまうので終点の青木BTまで行き折り返します。
-
※参考資料[国土交通省 国土地理院より]
■千曲バス
・1926年(大正15)小池自動車を設立。
・1937年(昭和12)千曲自動車に社名変更。
・1943年(昭和18)上田電鉄(初代)などのバス部門を買収合併し、東信地方最大のバス事業者となる。(ほぼ独占)
・1968年(昭和43)車掌不足により青木線をワンマン化、1982年までに全路線ワンマン化となる。
・1982年(昭和57)千曲バスに社名変更。
・1988年(昭和63)グリーンキャブの傘下に入る。
私が信州上田へ引っ越して来たのが1975年(昭和50)。当時はバス天国で、多彩な路線網でした。上田と長野を結ぶ「川中島自動車(現・アルピコ交通)」、上田で唯一の鉄道とバスを持つ「上田交通(バスは分離し売却:現・上田バス)」、東信地方(赤色点線枠)の全市町村(当時は3市11町10村)をカバーしていた「千曲バス」、上田と菅平高原・下諏訪・草津温泉を結ぶ「国鉄バス」が走っていました。
当時の千曲バスは、10営業所・50余りの路線を運行していましたが、時代の波には逆らえず、現在では2営業所・10路線(子会社へ移管・受諾運行・高速バスは除く)で運行しています。私の記憶では、最長路線(一般路線)は上田駅(下秋和:上田営業所)と小海駅(JR小海線:小海営業所)を結ぶ路線(60km弱)でしょうか。
■東信地方(東信州)
縦長の長野県を4分割(北信・中信・東信・南信)した時、東側の地域を指します。
私が上田へ引っ越して来た1975年(昭和50)の東信地方は「3市11町10村」でした。その後、2004年(平成16)~2006年(平成18)には市町村の合併があり、現在は「4市6町5村」となっています。 -
10:44 2分遅れで青木BTに着きました。
■青木バスターミナル
1980年代までは千曲バスが上田駅から当BTを経由し5路線(田沢温泉・沓掛温泉など)へ直通運行していましたが、現在は路線を分割し、青木BTから各集落へは青木村営バスが運行しています。このバスターミナルは、旧千曲バス青木営業所が併設されていました。更に遡ると上田温泉電軌の青木駅でした。 -
待合室には1931年(昭和6年)頃の青木駅の写真が飾ってあります。駅舎の駅名板を見ると「あをき」と書かれています。
-
15分ほど時間があるので国道沿いを歩きます。小高い所(画像左)にあるのが青木村役場です。(人口:4176人 世帯数:1732世帯)青木村と言えば東京急行電鉄(東急)の創業者「五島慶太」の出生地です。
-
■ご当地マンホール[小県郡 青木村]
村の花「アイリス」をデザインしたものです。 -
お腹が空きましたね~そろそろお店に向かうとします。
11:00 青木BTを発車しました。 -
11:04 当郷バス停に着きました。(青木BTから4分)
間もなくバスは青木村から上田市に入ります。(赤丸印) -
お店は11:30オープンなので付近を散策します。長閑な田園風景を一枚。この道路脇には6つの集落があります。(青木村営バスの運行経路です)
-
青木村営バス・当郷バス停を一枚。かつては千曲バスの路線でした。
-
そろそろ開店時間となりますので店へ向かいます。
お邪魔するのは当郷バス停から直ぐの「そば処 さかい」です。
■そば処 さかい[食べログ]
https://tabelog.com/nagano/A2004/A200401/20016762/ -
矢印に従って歩きます。お店は庭先を通る感じでしょうか。
-
二つ目の矢印を発見!迷路を歩いているような感じで楽しいですね。
-
お店に入口に着くと女将が出迎えてくれます。(予約はしていません)
-
店内は12名程度が入れるでしょうか、囲炉裏席とテーブル席があり、テーブル席は田園風景を眺めることができます。
-
私はテーブル席に座ります。手作りの箸置きがホッとします。
-
メニュー ①
セットメニューも気になるところですが、「並そば(800円)」を注文します。こちらのお店では、石うすを手で回しながらそばの実を挽き、手打ちの十割そばを提供しています。手間暇かけてこの値段は安すぎます。 -
メニュー ②
信州の銘酒「真澄(熱燗)」を飲みながら待つとしますか~ -
※参考資料[信州古バス見聞録:(株)カマド]
さかいの店主は元千曲バス(旧青木営業所所属)の運転士をされていました。立派なひげが特徴的で、利用客からは「ヒゲの運転士さん」、社内では「ヒゲの坂井」と呼ばれていたそうです。当初は運転士を続けながら予約制で営業していましたが、67歳で引退し現在に至っています。
※店主にも会いましたが、マスク着用していたので立派なひげを見ることはできませんでした。(残念) -
■おまけ
元千曲バスで勤務していたこともあり駐車場の案内板は千曲バスのバス停を再利用しています。 -
田園風景を眺めながら熱燗をいただきます。実家に居るような感じです。筍の煮物が信州の銘酒「真澄」に合うんです。
-
女将から勧められた「そばの実」、手の平にのせていただきます。(初体験)食感はクルミに近いでしょうか、甘みがあり、茶豆を食べているような感じです。塩を振っていただくと美味いかも…熱燗にも合いますね。
-
10分ほどで運ばれて来ました。
青木村には特産品「タチアカネ(蕎麦の品種)」があるのですが、こちらの店では八ヶ岳産のそばの実を使っています。今日は残念ながら北海道産を使っているとのことでした。 -
まずは、何も付けずにいただきます。
一昨日いただいた飯山市の「富倉そば」や日本三大蕎麦の一つ「戸隠そば」とは違う食感と喉越し、スーっと入っていきます。これは美味い! -
そば汁は、口の中に残らない甘さで、醤油のキリっとした辛さが蕎麦の風味を引き立ててくれます。(この汁を持ち帰りた~い!)
-
女将から「塩で食べてみて~」と、出してくれました。
■オホーツクの自然塩[株式会社つらら]
https://tsurara.jp/ -
早速、いただきます。
市販の塩と違い、優しい塩辛さが甘みのある蕎麦に合います。これクセになりそうです。 -
ワサビを多めに付けていただきます。鼻ツーンの後に蕎麦の香りが抜けます。
-
食べ終わるとそば湯を持ってきてくれます。
一般的なそば湯は「茹で汁」ですが、この店はそば湯のために「そば粉」だけで作っています。このドロドロ感が何とも言えません。 -
濃厚なそば湯は身も心も温めてくれます。そばの香りが口の中で広がります。そば汁も美味しいのですが、やはり「オホーツクの自然塩」がメチャ合います。手抜きを知らない店主には脱帽です。最後の最後まで楽しませていただきました。また帰省した際には寄りたいと思います。
-
お手製の名刺は、上が店主で下は女将が書いたのでしょうか、仲の良いご夫婦でした。ご馳走さまでした。
-
この後は、別所温泉へ向かいます。
-
【番外】
2023年3月18日に東急新横浜線と相鉄新横浜線が開業しました。翌19日に新横浜へ行く用事がありましたので取材してきました。
新横浜駅は東急と相鉄の境界となる駅で、北改札は東急(画像)、南改札は相鉄が担当しています。改札口からホームまでは2分ほど掛かります。かなり深い地下駅となっています。ホームは島式ホームの2面3線で、東急・相鉄の新横浜駅折り返しダイヤが設定されています。メインは目黒線(都営三田線・東京メトロ南北線・埼玉高速鉄道)への直通運転で、東横線(東京メトロ副都心線・東武東上線)への直通運転は概ね30分間隔です。 -
運よく、新横浜駅から「相鉄21000系(画像)」に乗ることができました。3分ほどで自宅最寄り駅「新綱島駅」に着きました。
-
新綱島駅も新横浜駅同様に深い地下駅でした。今日は南口に出ましたが、東横線への乗り換えは北口です。また新綱島駅のバスターミナルは、これから工事が始まり、完成は2023年の冬を予定しています。簡単ではありますが、東急新横浜線の取材報告でした。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
次回は最終回です。ご覧いただきありがとうございました。
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この旅行記へのコメント (7)
-
- Akrさん 2023/03/24 17:49:32
- 塩で蕎麦
- BTSさま
こんにちは。
上田電鉄の復旧は本当に喜ばしいニュースでした。
あの台風は長野県も相当な被害となってしまいましたね。上田電鉄の落橋、長野の新幹線基地の浸水。本当に自然災害は恐ろしいです。
でも、昨今は災害の度に廃止論が出るローカル線が多い中で、地域の足を守るべく復旧させたのは素晴らしいことです。以前、北陸新幹線の車窓から赤い橋が見えた時は嬉しかったです。
ちらっと湯たんぽが出ましたが、東急5200系はどこかアメリカンな雰囲気が好きでした。ずっと保存して行って貰いたいですね。
そして、蕎麦を塩で食べる!
これも斬新ですね。BTSさまの影響で七味で食べるのが病みつきになってしまいました。本当に蕎麦の風味がしっかり感じられるんですよね。今度は私も塩で食べてみたいです。
Akr
- BTSさん からの返信 2023/03/26 06:56:20
- RE: 塩で蕎麦
- Akrさまへ
おはようございます。
いつもコメントをいただき恐縮です。
ここ数年、自然災害により地方鉄道は大打撃を受けていますね。復旧作業には莫大な費用が掛かるので、どうしても廃止の方向へ検討する鉄道会社が多いでしょうか。私の中では、只見線の復活が記憶に残ります。全線開通まで11年を要しましたが、県や各市町村の取り組みがあったからこそだと思います。
上田電鉄も地域の方々や市・県の応援があったからこそ短い期間で復旧できたのではないでしょうか。千曲川橋梁は私の思い出が一杯詰まっています。最初に電車で渡った時の感動は今でも忘れません。来年は千曲川橋梁が100歳を迎えます。お祝いに行こうかと思っています。
日本初のステンレス車体の5200系、Akrさんの仰る通り、どこかアメリカンを感じさせますね。上田交通に転籍し7年間、別所線で活躍しました。乗った記憶はありませんが、東急・上田交通で走っていたのを見たことがあります。車体はステンレス製なので錆びることはないでしょう。
>BTSさまの影響で七味で食べるのが病みつきになってしまいました。
ありがとうございます。
以前も書いたかもしれませんが、上田で超有名な蕎麦屋「刀屋」で常連さんが蕎麦に七味をかけているのを見てマネしたところ七味の香りが口中で広がり、斬新さを知り、クセになりました。今回、お邪魔した「そば処 さかい」、店主が全てに拘りを持っていて、店主が打つ十割そばに、オホーツク産の自然塩が合います。蕎麦の香りや味をストレートに感じることができます。ぜひお試しください。個人的にはヒマラヤ岩塩も合うとかと思います。
BTS
- BTSさん からの返信 2023/03/26 06:56:20
- RE: 塩で蕎麦
- Akrさまへ
おはようございます。
いつもコメントをいただき恐縮です。
ここ数年、自然災害により地方鉄道は大打撃を受けていますね。復旧作業には莫大な費用が掛かるので、どうしても廃止の方向へ検討する鉄道会社が多いでしょうか。私の中では、只見線の復活が記憶に残ります。全線開通まで11年を要しましたが、県や各市町村の取り組みがあったからこそだと思います。
上田電鉄も地域の方々や市・県の応援があったからこそ短い期間で復旧できたのではないでしょうか。千曲川橋梁は私の思い出が一杯詰まっています。最初に電車で渡った時の感動は今でも忘れません。来年は千曲川橋梁が100歳を迎えます。お祝いに行こうかと思っています。
日本初のステンレス車体の5200系、Akrさんの仰る通り、どこかアメリカンを感じさせますね。上田交通に転籍し7年間、別所線で活躍しました。乗った記憶はありませんが、東急・上田交通で走っていたのを見たことがあります。車体はステンレス製なので錆びることはないでしょう。
>BTSさまの影響で七味で食べるのが病みつきになってしまいました。
ありがとうございます。
以前も書いたかもしれませんが、上田で超有名な蕎麦屋「刀屋」で常連さんが蕎麦に七味をかけているのを見てマネしたところ七味の香りが口中で広がり、斬新さを知り、クセになりました。今回、お邪魔した「そば処 さかい」、店主が全てに拘りを持っていて、店主が打つ十割そばに、オホーツク産の自然塩が合います。蕎麦の香りや味をストレートに感じることができます。ぜひお試しください。個人的にはヒマラヤ岩塩も合うとかと思います。
BTS
-
- Tagucyanさん 2023/03/20 21:10:13
- さすが地元、お詳しい
- BTSさま
こんばんは
BTSさんが小学生のときに自由研究のテーマにもしたという上田電鉄、さすがすごい情報量ですね。
千曲川に架かる鉄橋、さっそく復旧したところをチェックしに行きましたね。あの昔の写真を、同じアングルで今撮ろうとしたら、たぶん電車が止まってしまうでしょう(笑)
現在の路線は上田からの路線が途中から分岐して、その先でまた分岐した支線の部分だけ残っていて、そういう目で見れば現在でもわかりやすい線形ですよね。でも、細かく路線が置き換わっているんですね。これは乗っているだけでは気がつかないところです。
中塩田の駅舎は、私が乗ったときも「ここ、いいねえ」と思った記憶があります。モノクロ写真にすると余計雰囲気出ますね。駅舎に書いてある英語表示も、当時の先端を行ったデザインではないかと思います。別所温泉駅も同じデザインですね。
元バスの運転士さんがやっているそば屋さん、こだわりがありそうで良さげです。そばに塩を振って食べるのもうまそうですね。機会があったら試してみたいです。
先週末、東急と相鉄がつながりましたね。そうか、現在のBTSさんのまともに地元、早速行ってきましたね。私も防衛戦に行かないとならないのですが、会社帰りにでもいつでも行けそうな場所だと思ってしまうと、なかなか気合いが入らずに・・・(笑)
---
Tagucyan
- BTSさん からの返信 2023/03/23 09:18:29
- RE: さすが地元、お詳しい
- Tagucyanさまへ
おはようございます。
コメントを頂戴しお礼を申し上げます。
今回の旅行記「上田電鉄・開業100周年」は気合を入れ過ぎたのと、パソコンを買い替え初期設定に時間を要したため公開が遅くなりました。(結局、業者を読んで設定してもらいました)
Tagucyanさんの仰る通り、あのアングルで今撮影したら鉄道営業法で捕まるでしょうね。旅行記でも書きましたが、千曲川橋梁の橋台と橋梁の接合部分に潜り込み、列車の通過すると直ぐに撮影します。当時はオートフォーカス機能が無いので一発勝負でした。旅行記には書きませんでしたが、レールの上に一円玉を置いたこともありました。見事に踏みつぶされ一円玉は原型を留めていませんでした。多分、運転士は気付いていたと思います。
地元ということもあり、他の方に比べ上田電鉄に関する情報量は多く持っていますが、今回の取材で発見したこともありました。それは旅行記にも書きましたが、城下駅の鉄柱製の場内信号機です。今まで存在に気付きませんでした。Tagucyanさんの仰る通り、乗っているだけでは分からないですね。
別所温泉駅と中塩田駅は上田丸子電鉄時代に建てられた駅舎です。英語表記は当時のハイセンスを取り入れたことでしょう。そういえば富山地方鉄道にも幾つかありました。先ほどパソコンの買い替えについて話しましたが、画像編集の種類が豊富で色々と試したところ、あの画像となりまし3た。
ランチでお邪魔した「そば処 さかい」、拘りすぎて儲けがあるのか心配になりました。女将さんの接客は素晴らしく居心地の良いお店でした。また帰省した際には寄りたいと思っています。
3月18日に東急・相鉄新横浜線が開通しました。翌日、新横浜へ行く用事がありましたので簡単に取材してきました。新綱島駅から新横浜駅まで所要時間は4分です。東海道新幹線で旅行するときは、とても便利になります。Tagucyanさんの取材をお待ちしております。
BTS
-
- エヌエヌさん 2023/03/20 18:51:59
- 上田電鉄
- BTSさま
こんばんは!
復旧したのですね。
千曲川橋梁は親会社の関連企業の東急建設が担当したのですね。
うちの叔母の元勤務先です。(^^)/
5200系は昔、大井町線で乗りました。当時の大井町線はバラエティに富んでおり(良く言えば)6000系.5000系.7200系なんかも走ってましたね。いやはや懐かしい。
下之郷と聞いて確か松茸で覚えてました。
いずれ上田電鉄応援乗車で信州の奥座敷の別所温泉に逗留したいと思いますよ。
けど上田電鉄より上田交通の方が自分はしっくりきます。
- BTSさん からの返信 2023/03/23 08:31:17
- RE: 上田電鉄
- エヌエヌさまへ
おはようございます。
コメントを頂戴しお礼を申し上げます。
エヌエヌさまのご親戚で、かつて東急建設で勤務されている方がいらっしゃったんですね。千曲川橋梁の復旧工事は、鉄道土木を得意とする東急建設が行いました。何としてでも開業100周年に開通させたいとの想いで工事を進めたのではないかと思います。
私が就職のために横浜へ移り住んだときは、目蒲線の3000系・7200系、大井町線の5000系、東横線の7000系を記憶しています。それぞれの車両は第二の人生を送るために各地へ旅立ちました。旅行先でその車両たちに合うと懐かしさと嬉しさが同時に来ます。
塩田平の山々はマツタケ山となっていて、秋になるとマツタケ小屋がオープンします。まだ私は行ったことがないのですが、一度はフルコースを食べてみたいです。
ぜひエヌエヌさまには秋に別所温泉へお越しいただきマツタケを召し上がっていただきたいと思います。
BTS
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