2020/11/03 - 2020/11/03
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旅人のくまさんさん
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見晴台遺跡の発掘調査は、調査のほぼすべての過程を市民参加で実施することを特徴としています。各地で同様の体験発掘事業が行われていますが、長期間にわたって、発掘調査の各工程が体験できる見晴台遺跡の市民発掘調査は、全国的に見ても他に例の無い事業とされます。
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外から眩しい光が差し込んで、ほとんど読めなくなってしまった年表の光景です。タイトルは、左上にあった『名古屋考古年表』です。上から二欄が『なごやの出来事(見晴台)』、次の二欄が『日本の出来事』でした。5~4万年前の『名古屋(熱田)台地の成立』から始まっていました。
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先ほど紹介した年表では、文字が読み取れませんでしたから、3分割にして、拡大して主な出来事の紹介です。左端は、一番古い5~4万年前の『名古屋(熱田)台地の成立』の紹介です。見晴台遺跡で見つかった約2万年前の角錐型石器も紹介されています。縄文時代から弥生時代にかけての蘭に、2020年11月にミュージアムがオープンした『朝日遺跡」や、弥生時代に『見晴台遺跡』が主な発掘品と合わせて紹介されていました。右端に44~7世紀の志段味古墳群のことが記されていましたが、『古墳時代』の時代区分はありませんでした。
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時代区分が古代から中世にかけての出来事です。写真入りで四つのことがピックアップされていました。6世紀初め~中頃の断夫山古墳と白鳥古墳の築造、733年の笠覆寺の前身のお寺の建立、鎌倉~室町時代の笠覆寺の影響と、その当時の陶器の出土品などの紹介でした。
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3分割の最後の部分の時代区分は、近世~近代・現代でした。この時代区分での写真紹介と囲み記事は、1610~1615年の名古屋城築城、幕末の1868年の青松葉事件、1942年の笠寺高射砲陣地の建設と、1979年の見晴台考古資料館の建設でした。青松葉事件は、尾張藩で発生した佐幕派弾圧事件です。これにより、徳川御三家であったものの勤王側で戦うことになりました。
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『重なる竪穴住居』のタイトルがあった説明パネルの光景です。竪穴住居が密集して建てられていたわけではなく、建て替えを繰り返したためにできた、輻輳した住居跡であることが説明されていました。重なり合った住居跡は、その上下関係で新旧を見極めて掘り進むようです。それにしても、次代が接近している住居同士では、中々判断が難しそうです。
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『見晴台考古資料館』の『住居跡観察舎』の中にある柱や溝跡の展示です。本物は砂を被せて保護された地下にありますが、その遺跡から型取りされた樹脂製の方が敷き並べられています。
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同じく、大小の柱跡の穴がある土壌表面の光景です。同じく、本物の土ではなく、遺跡から型取りされた樹脂製の地面です。この後も紹介しますが、『住居跡観察舎』の床面中にありました。
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『原子・古代の建物』のタイトルがあった説明パネルの光景です。原始時代は、文明が開けず、人間が原始的な生活を営んでいた時代で、有史以前をさしていう場合が多いとされますが、ここでは『狩猟・採取を生活の基盤としていた時代』と表現されていました。その時代には、一時的な住居で、しばしば場所を移していました。人々が植物を栽培して、定住が可能になった初めの頃を古代と定義しているようでした。古代では、集落が出来、建物も住居用の竪穴式、収蔵用の高床式、祭祀のための祭殿などに多様化したことが紹介されていました。
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『竪穴式と高床式』のタイトルがあった説明パネルの光景です。冒頭に、住居に求められる基本事項として、『寒い地域での採暖保湿』と『暑い地域での耐暑性』が求められることが述べられ、日本の大部分が温帯に属し、季節風の影響により四季の変化が大きいことが特徴として挙げられていました。その日本における、弥生時代の高床式と竪穴式(平地式)の利点の違いに対する序論でした。下の写真は、佐賀県の弥生式遺跡の吉野ケ里の航空写真です。
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『竪穴住居』の中見出しがあった説明パネルの光景です。地面を掘り下げた、半地下式の竪穴譲許は、その起源が北の寒い地方と紹介されていました。また、19世紀真S津ころまでは、北アジア、北西アメリカの民族の住居は、半地下式で、雪にも耐えられる構造だったことが紹介されていました。その例として、イヌイトの竪穴住居(左)と、アメリカ・インデアンのナバホ族の竪穴式住居のホーガン(右)が紹介されていました。
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『竪穴住居』のタイトルがあった説明パネルの続きです。日本の豪雪地帯では、地面を10~20センチ掘り下げ、蓆を敷いて暮らす『土座住まい』が残っていたことが紹介されていました。竪穴式住居の利点は、夏は涼しき、冬は暖かいことにありますが、湿潤になることが欠点として挙げられていました。下の写真は、台湾離島の雅美(やみ)族の竪穴式住居(左)と、信濃秋山郷の民家(右)です。
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『高床建築」の中見出しがあった説明パネルの光景です。地面に高い柱を立て、その上に床を張った高床式建築は、中国南部や東南アジアなどの高温多湿な地域で、今でも使われている様式です。例外は、シベリアの厳冬地区の高床式ですが、室温で永久凍土が解け、家が傾くのを防ぐ目的と紹介あSれていました。左下の写真は、インドネシア・スマトラ島のトバ・バタックの家、右下は、タイ北部のランナー・タイの家です。
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『高床建築』のタイトルがあった説明パネルの続きです。日本での高床建築は、銅鐸や鏡などの絵からも推測されています。現在に伝わる建物は、伊勢神宮・出雲大社の本殿、東大寺の正倉院などです。高床式建築の特長は、通風性に優れ、熱帯周辺の湿潤な環境に適していることです。また、害獣や害虫を防ぐ効果もあります。
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締め括りは、竪穴式住居と竪穴建築の日本での得失比較を述べた説明パネルです。竪穴住居は、決してベストな住居ではなかったようですが、造るのが簡単なことから、平安時代まで用いされてきました。一方、構造が複雑になる高床式は、倉庫や祭殿など、特定な目的で造られてきたようです。
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イチオシ
周回しながら、少し高い場所から見学できる『住居跡観察舎』の内部光景です。中央奥に見えるのが、遺跡跡に再現された弥生時代の竪穴式住居です。見晴台遺跡は、弥生時代の密集する建物遺跡がありますが、古墳時代が空白に近いのは不思議です。
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『弥生時代(紀元前4世紀~3世紀頃)の世界各地の建造物』のタイトルがあった説明パネルの光景です。左右に全部で7カ所の建造物が写真入りで紹介されていました。弥生時代の『見晴台遺跡』と、同時代の世界の建造物の規模の差に驚かされます。
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先程のパネルの左側に掲示されていた5箇所の建築物です。イタリア・ポンペイの『ポンペイ遺跡』、シリア・タドモルの『ベル神殿』、エジプト・アスワンの『イシス神殿』、フランス・ガールの『ポン・デュ・ガール』と、イタリア・ローマの『コロッセオ』の5箇所です。
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こちらは、先程のパネルの右側に掲示されていた2箇所の建築物です。中国・西安の『始皇帝陵及び兵馬俑坑』と、メキシコ・テオティワカンのテオティワカン遺跡です。全部か、ほとんどが世界文化遺産に指定されている遺跡のようでした。大部分が見学したことがある、懐かしい場所でした。中でも、『始皇帝陵及び兵馬俑坑』は3度見学しました。
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西南側から眺めた、『住居跡観察舎』の中の竪穴式住居の光景です。入口に人形のようなものが置かれていました。
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イチオシ
復元された弥生時代の竪穴住居の入口付近のズームアップ光景です。リアルな造りの縄文時代のカップルの像が置かれていました。判断付きませんでしたが、ロウ人形の技法でしょうか。
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樹脂で型取りされた住居跡や溝跡などの展示光景です。先にも説明しましたが、樹脂を使って型取りをした地面です。新旧の住居が輻輳していました。
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同じく、樹脂で型取りされた住居跡や溝跡などの展示光景です。
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樹脂で型取りされた住居跡の穴や溝跡などのズームアップ光景です。
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一度倒壊したために、鉄パイプを用いて補強された竪穴式住居の光景です。建物の裏側から眺めた光景です。展示のために、裏側は壁を作らずに、オープンにされていました。
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1箇所だけ、通路から遺跡跡の上に張り出して、住居跡などを更に近くから見学できる場所がありました。遺跡痕がないか、少ない場所を選んで、その上に張り出していたようです。
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『住居跡観察舎』の正面のズームアップ光景です。
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少し離れた場所から眺めた、『住居跡観察舎』の建物正面光景です。
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イチオシ
見晴台遺跡の台地の上から眺めた西側方面の光景です。
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同じく、見晴台遺跡の台地の上から眺めた西北側方面の光景です。
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西側から眺めた、『住居跡観察舎』の建物光景です。
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2021編集、尾張の古墳巡り(その1)
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