2020/11/04 - 2020/11/04
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旅人のくまさんさん
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古墳時代の4世紀を中心にして、伊勢湾沿岸部には壷埴輪を巡らせた古墳がいくつか確認されています。近畿地方から埴輪が伝えられる以前に、東海地方から東には、壷埴輪を巡らせる風習が広く普及していたようです。
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青塚古墳からの出土品では、石鏃3点と、これらの埴輪が印象に残りました。2種の壷形埴輪、二種の円筒埴輪と樽形埴輪です。盗掘があった『東之宮古墳』は、緊急に発掘調査が行われ、石槨から三角縁神獣鏡を含む銅鏡11枚などが出土しました。青塚古墳も地中探査レーダなども駆使して、石槨の有無などを調査すれば、新たな発見があるかも知れません。
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こちらもすでに紹介した、最近では『仁所野遺跡』と呼ばれる『白山神社古墳』の出土品です。発掘調査の結果、弥生時代から古墳時代までの間、墓地として神聖視されてきた複合遺跡であることが確認されています。犬山市に隣接する大口町地内になります。
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『現在から過去の旅に出かけよう・タイムスリップ年表』のタイトルがあった年表とイラストが描かれたパネルの光景です。縄文から始まり、弥生時代の次の古墳時代の380年頃に『青塚古墳』が築造されたことが記されていました。先立つ300年頃に『東之宮古墳』が築かれたことも記されていました。
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一通り見学を終えた後で、印象に残った展示品をピックアップしての撮影です。『東之宮古墳』から出土した11枚の銅鏡は、国の重要文化財として、国立京都博物館に収蔵されています。こちらの展示はレプリカです。卑弥呼が魏から貰ったとされる『銅鏡100枚』が、三角縁神獣鏡と想定されています。2014年、複製品による実験で、鏡の背面の文様が浮かび上がる魔鏡の現象が確認されました。
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『古墳ってなあに?』のタイトルがあった、イラストが描かれた説明パネルの光景です。後円部分の石室(横穴式または竪穴式)に埋葬され、古墳の外観は円墳・前方後円墳などの6種に分類され、副葬品には、銅鏡、鉄刀、勾玉、首飾りなどがあることが紹介されていました。
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『青塚砦』のタイトルがあった説明パネルの光景です。天正12年(1584年)の『小牧長久手の戦い』の時に、秀吉軍の森長可が陣を敷いた砦です。砦の詳しい構造は分かりませんが、テラス部分を掘り拡げて平地を作ったようです。家康陣の小牧山城が眺望できた場所です。
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ロビーのような場所に置かれていた写真類と展示品だったようです。写真だけの展示で、展示品用らしいガラスケースは空っぽでした。史跡公園ができるまでの記録と記念の写真でした。
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青塚古墳の、空撮のモノクロ写真の光景です。円墳部分がかなり削り取られた跡が残る写真でした。1584年の小牧長湫の戦い時の、『青塚砦』の名残のように見えました。左中央から上側中央に走る直線部分は、寛文4年(1664年)に完成した『新木津(しんこっつ)用水です。1650年に完成した木津用水(合瀬川)は、『古木津(ここっつ)用水』と呼ばれるようになりました。
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入場する時には気が付かなかった『青塚古墳・展示室』の表示の紹介です。お子さん向けらしいイラスト入りのカラフルな表示でした。
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展示室の見学の前に見学していなかった、青塚古墳の南側から西側にかけての見学です。まずは、展示館の前から眺めた後円部のズームアップ光景です。ほぼ東面になります。ここからは時計回りでの見学です。一段目の立ち上がり部分に、真新しい壷埴輪が行儀よく並んでいました。
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少し引いて、右が後円部、左が前方部の光景です。その中間方、工場の屋根が少しだけ見えていました。墳丘部は、自然の地形ではなく、100%盛り土でできていることが確認されています。
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前方部の南側をを通り過ぎて、西南側から眺めた青塚古墳の光景です。右手に葦らしい水生植物が生えた池か沼の光景が見えていました。ガイダンス施設で入手した小冊子には、『がまがまノ池』と記載されていました。ガマガエル辺りが生息していたのかもしれませんし、ガマの穂を指しているのかもしれません。
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前方部の南角が正面に見える位置からの撮影です。5メートル低い前方部が、後円部より少し高く見える光景です。赤い壷埴輪が巡っている部分が、基壇の上の一段目の立ち上がり部分です。
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南西側から眺めた、手前の前方部と、その先の後円部の光景です。前方部に並べられた赤い壷形埴輪が、後円部に向かって伸びていました。最下段の埴輪の数は、発掘調査で181点が数えられています。長く伸びた影は、民家の屋根です。
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青塚古墳に脇に実っていたミカンの光景です。色付き始めていました。民家の庭先の木だったかもしれません。夏ミカンの系統なのか、その他のミカンなのか、詳しい樹種は分かりませんでした。
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更に時計回りに進んだ場所からの撮影です。前方部の南側に並んだ赤い壷埴輪の光景です。前方部の南端の幅は、62メートルとされます。約2メートル間隔に置かれていますから、南編には、ざっと30個の壷埴輪が並んでいる計算になります。
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民家と青塚古墳の敷地が接近した場所に近付いてきました。前方部の壷埴輪も、この部分だけは途切れていました。右端付近に見えるのが、その壷埴輪の並びの終端になるようです。
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イチオシ
西南側から眺めた前方後円墳の光景です。前方部の壷形埴輪は南面では途切れた部分がありますが、同じ高さで、後円部へと続いていました。前方に見える葦が生えた池は、『がまがまノ池』と呼ばれているようです。『周濠跡』の一部になります。
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『がまがまノ池』越しに眺めた後円部の光景です。右端付近に前方部との接合部分が見えています。修景用らしい木がぽつんと植樹されていました。樹種は分かりませんでしたが、枝垂れ梅か桜のような枝振りでした。
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イチオシ
同じく、『がまがまノ池』越しに眺めた、前方部と後円部の接続部分付近の光景です。右手に見える前方部の高さが7メートル、左手に見える後円部の高さが12メートルですから、その差が5メートルです。
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時計回りに移動しながらの撮影です。右手が『がまがまノ池』の北端になり、後円部のほぼ西側に位置する場所からの撮影になるようです。西日を背にしての撮影ですから、後円部が一様の明るさになりました。
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壷埴輪がずらりと並んだ後円部の西北方面の光景です。古墳時代の4世紀を中心にして、伊勢湾沿岸部には壷埴輪を巡らせた古墳がいくつか確認されています。近畿地方から埴輪が伝えられる以前に、東海地方から東には、壷埴輪を巡らせる風習が広く普及していたようです。
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青塚古墳見学の最初に紹介した『青塚古墳史跡公園総合案内板』のタイトルがあった案内看板の光景です。事業者の犬山市の名前の説明文では、『周濠』は自然の地形を利用した空堀と紹介されていました。
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北西側から眺めた『後円部』の光景です。前方後円墳を取り囲むように高さ1メートルほどの基壇部があり、赤い壷埴輪が並んでいるのは二段の前方部と三段の後円部のそれぞれの一段目になります。
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更に時計回りに回り込んで、東北側から眺めた『後円部』の光景です。西側半分ほどが西日を受け、東側半分ほどが日陰になりました。左端にガイダンス施設の『まほらの館』が顔を出していました。
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後円部の北東角付近から眺めたガイダンス施設方面の光景です。ほぼ南側方面の光景になるようです。芝生の部分は、内側が『周濠跡』、外側が『外堤跡』になるようですが、左端に見える『ろくごうノ森』辺りまでは『周濠跡』になります。南東側のガイダンス施設の位置は、『外堤跡』の外になります。
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イチオシ
これで『青塚古墳』の見学はおしまいです。最後に眺めたのは、ススキの穂が白くなり始めた後円部の光景です。東北側からの光景になります。後円部の明るい部分が西側、陰ってきた部分が東側になります。
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ここからは、青塚古墳の見学を終えて、楽田駅に向かう途中の光景です。色付き始めた街路樹の『ナンキンハゼ(南京櫨)』の光景です。色付き始めた樹木を選んでの撮影ですから、街路樹全体としては、まだ紅葉らしい色より緑色が主体でした。原産は、中国中南部です。
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色付き始めた街路樹の『ナンキンハゼ(南京櫨)』のズームアップ光景です。ナンキンハゼ(南京櫨・南京黄櫨)は、トウダイグサ科ナンキンハゼ属の落葉高木です。以前はシラキ属に分類されていました。街路樹としてよく見かける樹木の一つです。可愛らしい白い実は、野鳥の餌にもなります。
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生垣のように仕立てて栽培されていた、オレンジ色と黄色が混じった『キバナコスモス(黄花コスモス)』です。キク科キバナコスモス属の植物ですが、ふつう見掛けるコスモスのオオハルシャギクとは交配できません。楽田駅近くに到着したら、名古屋に戻る前に楽田城跡を見学する予定です。
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