2020/10/31 - 2020/10/31
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旅人のくまさんさん
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前方後円墳の範疇に入る帆立貝式の勝手塚古墳の紹介です。勝手塚古墳は6世紀初めごろに築かれたとされ、庄内川流域の有力勢力を率いた首長の墓と考えられています。
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名古屋市地下鉄から、バス路線の『ゆとりーとライン』に乗り継いでやってきた名古屋市北東部の志段味です。『上志段味駅』でバスを下車しました。その付近の光景です。北側方面の光景になります。ここからは、すべて歩いての『志段味古墳群』の見学になります。最初に向かったのは、『勝手塚古墳』です。6世紀の初め頃に築造された古墳とされます。
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バス路線の『ゆとりーとライン』の上志段味駅付近にあった案内看板の光景です。バス停近くに『勝手塚古墳』の表示がありました。そのほかにも、『しだみ古墳群ミュージアム』、『大塚・大久手古墳群地区』、『志段味大塚古墳』などが順路のように並んでいました。
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案内の立看板があった近くの交差点光景です。この交差点を右に(南方向)に折れて勝手塚古墳方面に向かいました。現在は、勝手社の境内の一部になっているようでした。右手前方に見える本屋さんは、帰路のバスの時間待ちの間に立ち寄りました。
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『勝手社』の石標と、『勝手塚古墳』の立看板があった、勝手社の西側の入口付近の光景です。勝手神社の境内、遊園地と、左手に見える『勝手塚古墳』が一体となったような一角でした。
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真新しい『勝手社』の大きな石標のズームアップ光景です。境内にあった由緒記には、『社三か所。勝手明神、山之神、大明神」の記録有り、既に寛文年代、村内に三社の祭祀せられし事確実なり。内二社の社伝明らかならざるも張州府史(1752年)に「南朝移民乱を避けこの村に移り住んだ際芳野神社に請けひて之を建つ」と勝手神社の由来記述される』と紹介されていました。
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『勝手塚古墳』のタイトルがあった、名古屋市教育委員会名の立札の光景です。前方部が低くて短い「帆立貝式」の前方後円墳と紹介されていました。古墳長が53メートル、後円部の直径が40メートル、高さ6.5メートル、前方部の高さが2.3メートルと紹介されていました。平成26年(2014年)に国の史跡になりました。
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前方後円墳の勝手塚古墳の『前方部』の光景です。名古屋市の公式HPには、『勝手社の境内に、墳丘が良好な状態で残存しています。周堤が墳丘北側を中心に全体の半分強残っており、愛知県下で唯一周堤の高まりが現存している点で貴重です』と紹介されていました。
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前方部に祀られた小さな社の光景です。地元の方が手入れをされていました。同じく、名古屋市の公式HPでは、一部の発掘調査の結果、『後円部テラスには密に埴輪列が並べられていました』と紹介されていました。ただし、墳丘内部の発掘調査はされていません。
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前方部から見下ろした、西側の出入り口門付近の光景です。周辺部の発掘調査で出土したものは、円筒埴輪、朝顔形埴輪、蓋形埴輪と人物埴輪です。周濠は、『馬蹄形周濠』、周堤は『馬蹄形周堤』と確認されていました。(名古屋市公式HP)
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前方部から見上げた、東側の後円部の光景です。策で囲われた中に社が見えていました。その手前の部分が、前方部と後円部の間のくびれになるようです。
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後円部の入口の石段脇に置かれていた狛犬の光景です。風雪に耐えた姿ではなく、まだ新しい造りでした。石段に向かって右手の阿形の雄獅子です。左足の下に玉がありました。
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同じく、後円部の入口の石段脇に置かれていた狛犬の光景です。石段に向かって左手の吽形の雌獅子です。右足の下に居士氏がいました。
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イチオシ
正面から見上げた、後円部に上ることができる石段の光景です。国の史跡に指定される前に施設されたらしい、手すり付きの立派な石段でした。指定された後では、施設することは難しかったかもしれません。
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後円部に施設された『勝手神社』の拝殿の光景です。その吹き抜けの拝殿の先に、しめ縄が張られた本殿が見えていました。
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本殿右脇にあった小さな境内社の光景です。横に『廿二夜』の文字が刻まれた石標がありました。『月待塔』は、『旧暦22日の月待の記念として、二十二夜講中によって造立された塔である。二十二夜講のほとんどは女人講、念仏講である。如意輪観音を本尊とするが、准胝観音を本尊とする地方もある』と紹介されていました。(ウィキペディア)
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イチオシ
小さな社の『勝手神社』の本殿光景です。右の門柱に『大正2年(1913年)、左の門柱には『講(?)中安全』らしい文字が刻まれていました。御祭神は、天忍穂耳尊(あめのおしほみみのみこと:アマテラスの子)、天照大神(あまてらすおおかみ:主神)、日本武尊(やまとたけるのみこと:伝説的英雄)、大山祇命(おおやまつみのかみの:山の神)四柱です。
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後円部から見下ろした周りの光景です。堀跡なども一部現存しているようでした。先に紹介した『勝手塚古墳』の立札には、『濠は、もとは二重であったといわれるが、現在は内堀の西側周堤だけが残っている』と紹介されていました。
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後円部の上部の見学を終えた後、振り返って眺めた石段と、欝蒼とした今は鎮守の杜となった樹木の光景です。先に紹介した一対の狛犬は、古墳の周りの一段高くなった、基壇の石垣の上にありました。
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『史跡・志段味古墳群・勝手塚古墳』の文字が刻まれた、真新しい石標の光景です。『志段味古墳群(しだみこふんぐん)』は、愛知県名古屋市守山区上志段味地区及び瀬戸市鹿乗町一帯にある古墳群です。現存する古墳のうち、7基が国の史跡に指定されています。 かつては、100基以上の古墳が存在していたとされる地域です。
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『史跡』の石標の側面光景です。平成26年(2014年)10月6日・史跡指定、平成27年(2015年)3月25日・建設の文字が刻まれていました。建設されてから、まだ5年半ほどか経っていません。現存する古墳のうち、白鳥塚古墳は1972年に国の史跡に指定され、2014年(平成26年)10月6日付で尾張戸神社古墳、中社古墳、南社古墳、志段味大塚古墳、勝手塚古墳、東谷山白鳥古墳の6基が追加指定されました。これに伴い、史跡としての指定名称が『志段味古墳群』と改められました。
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先ほどとは反対側の側面光景です。『文部科学省』と『名古屋市』の連名による国の史跡に指定された記念碑でした。ついでながら、裏面には何も刻まれていませんでした。
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『勝手塚由緒』のタイトルがあった石標の光景です。その内容の一部は、すでに紹介しました。御祭神は、天忍穂耳尊(あめのおしほみみのみこと:アマテラスの子)、天照大神(あまてらすおおかみ:主神)、日本武尊(やまとたけるのみこと:伝説的英雄)、大山祇命(おおやまつみのかみの:山の神)四柱で、例祭日は10月15日です。
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イチオシ
振り返って眺めた、勝手神社の『鎮守の杜』の光景です。高木はすべて常緑樹ですから、古墳の上の勝手神社が姿を見せることはないようです。『鎮守の杜』は、古神道における神奈備(かむなび、かんなび)という神が鎮座する森のことで、神代・上代(かみしろ)とも呼ばれます。
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少しズームアップした、『鎮守の杜』の中央付近の光景です。話が少し逸れますが、古神道では、奈良県の三輪山を信仰する大神神社のように山そのものが御神体、神霊の依り代とされる神社が、今日でも各地に見られます。
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右手が後円墳の前方部寄りの部分、左手が前方部の『鎮守の杜』の光景です。明治以前は集落ごとに大小様々な神社があり、その多くに鎮守の杜がありました。これが大いに減少させられたのが、いわゆる神社合祀令とされます。この結果、多くの神社が廃止されると同時に、そこにあった『鎮守の杜』は伐採されました。
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勝手神社の境内と思われる場所にあった、公民館らしい建物の光景です。明治時代の神社合祀は、神社を行政村一つに一つだけに整理することにより、土着の信仰を国家神道に組み込むために行われました。一説には、その木材資源、あるいはそれに伴う副産物の利権獲得が目的だったとも言われています。(ウィキペディア参照、以降も)
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『勝手社』の石標とその背後の『勝手塚古墳』の光景です。神社合祀は、特に本州中部以南の神社には、クスノキやタブノキなどの大木が多く、これが高額で扱われたのではないかとの説があります。クスノキの精油の主成分の樟脳は、血行促進作用や鎮痛作用、消炎作用、鎮痒作用、清涼感を与える作用などがあります。
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『南方熊楠(みなかた・くまぐす:1867~1941年)』は、当時からこの伐採による大規模な自然破壊を危惧し、神社合祀に反対しています。南方熊楠は和歌山県に生まれ、東京での学生生活の後に渡米、さらにイギリスに渡って大英博物館で研究を進めました。多くの論文を著し、国内外で大学者として名を知られましたが、生涯を在野で過ごしました。
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熊楠の学問大系は博物学、民俗学、人類学、植物学、生態学などさまざまな分野に及んでいます。その学風は、ひとつの分野に関連性のある全ての学問を知ろうとする膨大なものであり、書斎や那智山中にこもっていそしんだ研究からは、曼荼羅にもなぞらえられる知識の網が生まれました。孫文や柳田国男との交流があり、戦艦長門艦上で昭和天皇に進講し、粘菌標本を献上しています。
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勝手塚古墳の見学を終え、次に向かう途中で目にした案内図です。『古墳エリア』の矢印の下に、『志段味古墳群』の主な古墳と古墳群が記されていました。今回は、名古屋市で一番高い東谷山の頂上にある尾張戸神社古墳などの見学はやめることにし、次回に回しました。
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