2020/11/09 - 2020/11/09
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旅人のくまさんさん
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志段味古墳群(その2)の紹介です。東谷山の麓にある『東谷山白鳥古墳』を見学の後、東谷山の頂上にある尾張戸神社古墳に向かいました。下山の時は、別のルートを通って中社古墳と南社古墳を見学しました。
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前回の志段味古墳群の見学と同様に、地下鉄から市バスのゆとりーとラインに乗り継いで、守山区にある志段味地区にやってきました。最初に見学した『東谷山白鳥古墳』とその周りの光景です。6世紀末~7世紀初めに築造されました。
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『東谷山白鳥(とうごくさん・しろとり)古墳』のタイトルがあった、名古屋市教育委員会名の説明立札の光景です。東谷山の麓、庄内川を見下ろせる標高約43メートルの河岸段丘に6世紀末~7世紀初め頃に築かれたと説明されていました。直径17メートル、高さ3.9メートルの円墳です。築造当時の原形をほぼ留めた横穴式石室からは、馬具や大刀をはじめ、土師器や須恵器なども出土しています。
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イチオシ
西南側から眺めた、『東谷山白鳥古墳』の全景です。横穴式石室が、志段味古墳群の群集墳のなかで唯一、ほぼ完全な状態で残っています。石室の形は、石室の幅が奥から入口に向かって徐々に狭まっていく造りです。後ほど内部は紹介します。
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『国指定史跡・志段味古墳群・東谷山白鳥古墳』のタイトルがあった説明パネルの光景です。濃尾平野の東部に位置する志段味古墳群は、4世紀前半から7世紀末までの間に約70基の古墳が築かれたことから説明されていました。石室内から出土した品などは、現在は名古屋市博物館に収蔵されていることも紹介されていました。地図には、水色で環濠跡も記されていました。
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『史跡・志段味古墳群・東谷山白鳥古墳』の文字が刻まれた、真新しい石標の光景です。平成26年(2014年)6月に、『志段味古墳群』を構成する古墳として『国の史跡』に指定されました。真新しいのは、その指定に伴う石標のためです。
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カメラのレンズが曇ってしまいましたが、石室入り口の光景です。扉が閉まっていましたが、ガラス窓を通じて内部を見学することができました。右手に手動のスイッチがあり、見学時には内部を照明することができました。
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入り口脇の伝統スイッチをオンにして、石室内部の見学です。天井などを中心に、かなり大きな石材が用いられていました。埋葬施設から出土したものは、馬具、大刀、刀子、鉄鏃、土師器と須恵器とされます。先に紹介遺しましたように、現在は名古屋市博物館に収蔵されています。
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イチオシ
少しズームアップした、石室奥付近の光景です。ネット情報では、『床面に並べた人頭大の石の石列で、被葬者を納める玄室と、通路の羨道を分けています』と紹介されていましたが、はっきりとは分かりませんでした。
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石室入り口の左手付近のズームアップ光景です。入り口付近の石材には少し苔が生え、表面だったらしい場所には、シダ類も生えていました。しかし、石室内部はよく乾燥している雰囲気でした。
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石室入り口の右手方面のズームアップ光景です。横穴式石室は全長9.8m、奥壁幅1.48m、高さ2.4mの無袖式で、若干の胴張りがあります。大正時代に鉄鏃、勾玉、土器が、昭和36年に馬具、大刀、刀子、鉄鏃、土師器、須恵器がそれぞれ出土しています。(名古屋市史)
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石室の側面の石積光景です。お城の石垣で例えるなら『野面積み』になるようですが、できるだけ表面が平坦になるような石材が選ばれているようでした。大石の間に小石の積石が使われているのも『野面積み』の特徴になります。
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イチオシ
大きな天井石のズームアップ光景です。少し不安定なような光景ですが、天井に向かって幅が狭くなっているようですから、うまく大石が支えられているようでした。ただし、内部に入って撮影された写真の中には、天井の大石にひびが入ったものもありました。
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石室内部の見学を終え、ほかに見学者の姿はありませんでしたから、照明のスイッチは忘れずにオフにしておきました。場所を移動して、南側付近から眺めた円墳の光景です。
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『東谷山白鳥古墳』のエリアに入場した、西側の出入り口付近の光景です。写真紹介は忘れましたが、年代を経たらしい幅の狭い石段がありました。
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円墳がほとんど日陰になってしまいましたが、朝日が背後になる東南側から眺めた円墳の光景です。現在は草に覆われていますが、もともと、葺石は使われていなかったようです。
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更に東側に移動して眺めた古墳の光景です。アスファルトの歩道を横断して、白いタイルが敷設されていましたが、環濠の縁を表しているようでした。『国指定史跡・志段味古墳群・東谷山白鳥古墳』の説明パネルにも、その旨が紹介されていました。
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『東谷山白鳥古墳』のエリア内から眺めた、東方向の光景です。こちら側にも出入り口がありましたから、帰り道は東出入り口を使いました。一段低くなった右側(南側)に案内看板らしいものも見えました。
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東側から眺めた『東谷山白鳥古墳』の円墳光景です。志段味古墳群の初期の頃には、ヤマト王権の影響で巨大な前方後円墳が造られましたが、古墳時代の末期の6世紀になると、小型化し、円墳となったようです。
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左上のタイトルは『東谷山白鳥古墳』、右上の地図のタイトルが『志段味古墳群』の案内板の紹介です。今見学している『東谷山白鳥古墳』は、地図の中央上部、庄内川に一番近い位置に、赤い円墳が記されていました。次に目指すのは、右手方面に記された古墳群です。
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『東谷山白鳥古墳』の東側の入口付近から眺めた円墳の光景です。円墳に向かって登り購買になっていました。現在は右手(北側)が道路用地として削られているようですが、環濠の北側部分が設けられていた場所になるようです。
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『東谷山白鳥古墳』のすぐ近くを小川が流れていましたが、その川に架かる橋の『白鳥橋』の標識です。地図に名前も記されていない、庄内川の支流のようでしたが、『白鳥橋』の名前は記憶に残りました。
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道案内標識の紹介です。上が東谷山山頂と尾張戸神社古墳への1500メートルの案内でした。道の矢印が波打っているのは、山道を表しているようでした。下が東谷山フルーツパークへの案内で、途中から右折する経路が記されていました。東谷山フルーツパークで昼食を摂りましたので、帰路の道案内になりました。
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『東谷山白鳥古墳』の見学を終えて、東谷山山頂に向かう途中の光景です。前方に見えてきたのが東谷山のようです。東谷山(とうごくさん)は、愛知県名古屋市守山区と瀬戸市との境界に位置する、標高198 mの名古屋市最高峰の山です。
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しばらくの間、東谷山の山頂を目指して登坂が続きます。この辺りは住宅地の中ですから、車道として整備された道でした。ここからは、右手奥に東谷山が見えていました。
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少し平坦な場所になってきました。振り返って眺めた後方の光景です。若い頃にも東谷山に上る機会がありましたが、古墳巡りとは無縁の時代でした。この山で印象に残ったのは、万葉集で詠われている馬酔木(あしび)の花でした。
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道の脇の民家の庭で咲いていた『ツワブキ(石蕗、艶蕗)』の花です。キク科ツワブキ属の常緑多年草です。今は花の見頃ですが、花の干渉だけでなく、葉柄は食用になります。和名ツワブキの由来は、『艶のある葉を持ったフキ』の意味の『艶葉蕗(つやはぶき)』から転じたとする説のほか 、『厚い葉を持ったフキ』の意味の『厚葉蕗(あつはぶき)』から転じたとする説もあります。(ウィキペディア)
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見頃だった、ツワブキの黄色の花のズームアップ光景です。この季節の散策では、山茶花(のさざんか)の花と競って目を楽しませてくれます。日本に広く分布しますが、日本国外では朝鮮半島、鬱陵島、済州島などの島嶼や中国東南部や台湾に分布します。
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小休止して、振り返って眺めた麓方面の光景です。不確かですが、西北方面になるようです。中央奥に見える中高層の建物群は、構造時ニュータウンかもしれません。庄内川は、家の陰になってしまったようです。
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登り路は、まっすぐな部分も、曲がりくねった部分もありました。かなり急な登り道が続きましたので、もう一度小休止し手麓方面の光景です。少しだけ景色が変わったようです。
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所々にあった道路標識です。この標識には、三つの注意事項が記されていました。①この先100m行き止まり、②この先危険、③夜間の通行はできませんの3項目です。①の行き止まりの注意事項は、車に対するもののようでした。東谷山頂上に向かう順路ではないようでしたが、そのまま進みました。
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