2019/09/18 - 2019/10/03
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jijidarumaさん
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ドイツの町々の紋章はお好きでしょうか?
実は私は紋章のデザインやその謂れを知るのが好きで、毎年の旅の写真集に訪れた町の紋章をコピーし、わざわざ紋章の項を作っています。
時々、旅行記で紋章を掲載しますから、目を留めた方もおられると思います。
さて、先日、ちゃたろうさんから「帝国自由都市だった町の古い建物に帝国自由都市の紋章が残っていて、見ることができるか」とのご質問でした。
見た事があるような、ないような・・・正確な意味ではアルバムを見ても分からないでしょう。紋章にフォーカスしていないので・・・と、回答しましたが、丁度、帝国自由都市やハンザ同盟都市を訪れた旅をしてきましたので、改めて調べてみる気になりました。
以下は、私の「ドイツ様々」といったファイルに入れた纏めです。
ご参考に本項に載せました。
写真はMindenミンデンの紋章・・・この町にはSchlacht bei Mindenミンデンの戦いと米国国歌誕生の逸話があります。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- レンタカー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
<帝国自由都市とシンボルの帝国の鷲の紋章について>
Freie Reichsstadt帝国自由都市は、中世よりドイツ(神聖ローマ帝国)で見られた都市の一形態で、地方領主や司教(宗教的権威)の統制下でなく、皇帝直属の地位におかれ、一定範囲における自治を行使した都市を指すとされている。
帝国自由都市は帝国内の各領邦(君主を中心とする半自立の支配圏、例えばウィッテルスバッハ家のバイエルン等)と同等の地位にあり、帝国議会へ代表を派遣することができた。
ドイツの都市は封建領主に属するいわゆる「領邦都市」と、帝国直属の「帝国自由都市」とに分かれていたようです。(神聖ローマ皇帝は元々の領地である「家領」と「帝国領」をわけていて、「帝国領」が帝国自由都市です)
写真は帝国自由都市_1792年:18世紀に存在した帝国自由都市の位置 -
<帝国直属を表す鷲(イヌワシ)の紋章>
ドイツ連邦共和国の国章は古の神聖ローマ帝国の鷲(イヌワシ)の紋章であり、ドイツの歴史を物語っています。
写真はドイツ連邦共和国の国章・・・ドイツの国旗(1990年以降)は三色旗であり、上から順に黒・赤・金の三色で構成されている。この国章も同じ色である。 -
さて、表から数えてみました53の帝国自由都市(Wiki:もっとあるかもしれませんが)、その内ザックリいうと、20の都市が現在も帝国の鷲をデザインした紋章を使用しています。
ドイツを巡った人はこれらの中に知った町を見ることでしょう。
写真は小さな盾が中央にあるゲルンハウゼン(Gelnhausen)・・・2019年の旅で訪れています。 -
<帝国自由都市のリスト>(帝国の鷲の紋章がある町は*印)
アーヘン(Aachen)*
アーレン(Aalen)*
アウクスブルク(Augsburg)
ビベラッハ・アン・デア・リス(Biberach an der Riss)
ボッフィンゲン(Bopfingen)*
ブレーメン(Bremen)*
ブッヒャウ(Buchau、現バート・ブッヒャウ)
ブッホホルン(Buchhorn、現フリードリヒスハーフェン)
ディンケルスビュール(Dinkelsbuehl)
ドルトムント(Dortmund)*
エスリンゲン(Esslingen am Neckar)
フランクフルト・アム・マイン(Frankfurt am Main)*
フリードベルク(Friedberg)
ゲルンハウゼン(Gelnhausen)*
ゲンゲンバッハ(Gengenbach)*
ギィエンゲン・アン・デア・ブレンツ(Giengen an der Brenz)
ゴスラー(Goslar)*
ハンブルク(Hamburg)
ハイルブロン(Heilbronn)*
イスニ(Isny im Allgaeu)
写真は小さな盾の中央に魚が入るゲンゲンバッハ(Gengenbach) -
カオフボイレン(Kaufbeuren)
ケンプテン(Kempten)
ケルン(Koeln)*
ロイトキルヒ(Leutkirch im Allgaeu)
リンダウ(Lindau)
リューベック(Luebeck)*
メミンゲン(Memmingen)*
ミュールハウゼン(Muehlhausen、テューリンゲンの)
ネルトリンゲン(Noerdlingen)*
ノルトハウゼン(Nordhausen)*
ニュルンベルク(Nuernberg)*
オッフェンブルク(Offenburg)
プフレンドルフ(Pfullendorf)
ラーフェンスブルク(Ravensburg)
レーゲンスブルク(Regensburg)
ロイトリンゲン(Reutlingen)*
ローテンブルク(Rothenburg ob der Tauber)
ロットヴァイル(Rottweil)
シュヴェービッシュ・グミュント(Schwaebisch Gm?・nd)
シュヴェービッシュ・ハル(Schwaebisch Hall)
シュヴァインフルト(Schweinfurt)*
シュパイエル(Speyer)
トゥール(Toul) - ヴェストファーレン条約以前
ユーバーリンゲン(Ueberlingen)
ウルム(Ulm)
ヴァンゲン(Wangen im Allgaeu)
ヴァイル・デア・シュタット(Weil der Stadt)
ヴァイセンブルク(Weissenburg in Bayern)*
ヴェッツラー(Wetzlar)*
ヴィンプフェン(Wimpfen、現バート・ヴィンプフェン)*
ヴィンツハイム(Windsheim)
ヴォルムス(Worms)
ツェル・アム・ハーマースバッハ(Zell am Harmersbach)
写真はアーヘン(Aachen)の紋章ですがこの鷲は珍しい。 -
現在も帝国の鷲をデザインした紋章を使用している都市を以下に列挙しましたが、これらの都市を検索すると、紋章が分かります。
色々なデザインになっていて、デザインの謂れを見ると、面白いです。
アーヘン、アーレン、ボプフィンゲン、ドルトムント、フランクフルト・アム・マイン、ゲルンハウゼン、ゲンゲンバッハ、ゴスラー、ハイルブロン、ケルン、リューベック、メミンゲン、ネルトリンゲン、ノルトハウゼン、ニュルンベルク、ロイトリンゲン、シュヴァインフルト、ヴァイセンブルク、ヴェッツラー、バート・ヴィンプフェン、
写真はヴァイセンブルク(Weissenburg in Bayern)の双頭の鷲*・・・2018年の旅で訪れています。
(尚、要塞都市であったヴァイセンブルクのEllinger Torエリンガー門や、
マルクト広場に立つ旧市庁舎の壁に*双頭の鷲の紋章が見られる) -
「それらの町の古い建物に帝国自由都市の紋章が残っていて、見ることができるか」については上記のヴァイセンブルクの紋章の例があります。
しかし、其々の町を訪ね、紋章にフォーカスしてみないと、全ては分からいところです。
また、逆に帝国自由都市の表には歴史的経緯で含まれていないが、紋章に双頭の帝国鷲を使用する例です。
ノルトライン・ヴェストファーレン州ミンデン(Minden )の紋章は1853年から公式な市の紋章となっているが、用いられているデザインはともに古くから習慣的に用いられている意匠である。
向かって左側に描かれている双頭の帝国鷲の紋章は三十年戦争後、この戦争で多大な犠牲を払いながらも皇帝軍を受け容れ援助した都市として皇帝から特別な保護権(帝国自由都市)を与えられていたことを示している。
向かって右側に描かれた2本の鍵は、旧領主のミンデン司教の紋章から採られたもので聖ペテロの鍵を表している。
写真はMindenミンデンの紋章・・・2019年の旅で訪れています。
この町にはSchlacht bei Mindenミンデンの戦いと米国国歌誕生の逸話があります。 -
尚、帝国自由都市の表にあるローテンブルク・オプ・デア・タウバーの古い旗は(Fahne mit Reichsadler und Rothenburger Brustschild)、つまり1545年の帝国の鷲とローテンブルクの胸板(塔と橋のある城のデザイン)があり、そこに帝国の鷲を見ることができました。
写真はローテンブルクの紋章・・・2018年の旅で訪れています。 -
が、現在の町の紋章は「銀地に、赤い2本の胸壁のある塔のある城。塔の間には三角屋根の小楼」という古くからのデザインを使用しており、帝国の鷲は見当たりません。
写真はWappen_von_Rothenburg_ob_der_Tauberローテンブルクの現紋章・・・2018年の旅で訪れています。 -
ブレーメンの自由ハンザ都市を象徴する「Bremen Rolandローラント像」はマルクト広場に1404年に立てられた。
帝国自由都市のリストにブレーメンは載っていますが、現在の市の紋章には帝国の鷲の紋章がありません。
但し、この市を代表する、この「ローラント像の楯」には帝国の鷲の紋章がある。
写真はBremenブレーメン:Rolandローラント像の楯には帝国の鷲の紋章が・・・2019年の旅で訪れています。 -
帝国自由都市のリストにブレーメンは載っていますが、現在の市の紋章には上部に王冠と下部に赤い楯の中に市の鍵があるもので、帝国の鷲の紋章がありません。
写真はBremenブレーメンの現在に紋章・・・2019年の旅で訪れています。 -
神聖ローマ皇帝フリードリヒ1世(バルバロッサ)は1186年にブレーメンを帝国自由都市とした。1260年に都市ハンザが形成され、ブレーメンは1358年にハンザ同盟に加盟している。ブレーメン大司教との争い中で、その自由な気風の象徴としてローラント像(1404年)や市庁舎(1409年)がマルクト広場沿いに建設されたとされている。当初は木像だったが、ブレーメン大司教の手によって放火され消失した後、石造で再建された。
19世紀当初のナポレオン戦争でドイツが占領され、その支配が及ぶとブレーメン、ハンブルク、フランクフルト・アム・マイン、リューベックの4都市以外は帝国自由都市から除外された。
戦後のウィーン会議(1815年)で「Deutscher Bundドイツ連邦」が35の邦国と上記の4帝国自由都市によって構成された。
現在の「Bundesrepublik Deutschlandドイツ連邦共和国」では4都市のうち、ブレーメンとハンブルクだけが独立した連邦州の地位を保ち、それぞれ「Freie Hansestadt Bremen フライエ・ハンゼシュタット・ブレーメン=自由ハンザ都市ブレーメン」、「自由ハンザ都市ハンブルク」を名乗っているのが面白い。
かつての輝かしい歴史、ナポレオンすらその地位を認めたからなのだろう。
・・・・・
写真はRolandローラント像の楯の拡大:帝国の鷲の紋章が・・・2019年の旅で訪れています。 -
アーレン市(シュトゥットガルト行政区、人口 67千人)の紋章は金地に、舌を出した黒い鷲が描かれている。その胸部を赤地に曲がりくねった銀のAalウナギ を描いた小盾が覆っている。鷲とウナギは1385年の市の印章に紋章動物として描かれており、鷲は帝国直轄都市アーレンを表している。
写真はアーレンの紋章・・・ウナギが紋章に起用されている例は珍しく、面白い。 -
ボプフィンゲン市(シュトゥットガルト行政区、人口 12千人)の紋章は金地に黒い帝国鷲である。鷲の中央にある小盾には、赤地と青地に左右に分割され中央に金の留め金が描かれている。
写真はボプフィンゲンの紋章 -
ヴェッツラー市(ギーセン行政区、人口 53千人)の紋章は赤地に金の冠を被り、金の爪と嘴で威嚇する黒い帝国鷲である。向かって左の翼の上に黒く縁取られた銀の先広十字が見られる。
銀の先広十字については、少なくとも3つの解釈がなされている。
a) 帝国都市の貨幣鋳造権を表す、
b) 1228年に市を訪れた皇帝ハインリヒ7世の紋章の意匠を少し加工したもの、
c) ドイツ騎士団を意味する。
写真はヴェッツラーの紋章 -
ニュルンベルク市(人口518千人)の大紋章は青地に、金の冠を被った王の顔を持つ金の鷲を描いたものである。この紋章はすでに1220年の印章に描かれており、帝国都市を象徴化したものである。
写真はニュルンベルクの大紋章 -
こちらはニュルンベルクの小紋章で、左右二分割のものである。
向かって左側は金地に、赤い爪と赤い嘴をもつ黒鷲の半身。
向かって右は5回入れ替わる赤と銀の斜めストライプである。
写真はニュルンベルクの小紋章 -
シュヴァインフルト市の古い紋章(1590年)は双頭の鷲でZeughaus兵器庫の階段塔に現在も掲示されている。鷲は2つの都市の紋章を持っている。
写真はシュヴァインフルトの古い紋章(1590年) -
シュヴァインフルト市の一番新しい紋章、といっても1771年から使用されているのは青の地に銀色の鷲の紋章である。
写真はシュヴァインフルトの現在の紋章(1771年) -
ロイトリンゲン市(バーデン・ヴュルテンベルク州、人口116千人)の紋章は鷲の中央にあるBrustschild胸楯=小盾に黒、赤、銀で3色、赤い舌、Reichsadler黒い帝国の鷲が金地に描かれたデザインになっている。
写真はWappen_Reutlingenロイトリンゲンの紋章
・・・・・・・・・・
以上のように、様々な「帝国の鷲」の紋章が見られる。
また、ヴァイセンブルク市、ローテンブルク市、ブレーメン市、シュヴァインフルト市のように、古い紋章が違った形で残っていますから、ドイツの町々を巡る際に見つける事ができるかもしれませんね。
(2019年11月02日Wiki参照・編集・加筆)
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この旅行記へのコメント (2)
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- ちゃたろうさん 2020/01/06 12:25:50
- Jijidaruma さん
- こんにちは。紋章についての詳しい情報ありがとうございます。紋章はデザインも美しく
長い歴史を感じさせてくれますね。興味がつきません! 紋章が残っている街をたくさん訪問したいですが、なかなか無理なので、こちらで見せていただきうれしいです。今回の記事でシュバインフルト市の紋章も見られて
良かったです。こちらの記事は何回も読み返しています。今後もよろしくお願いします。
- jijidarumaさん からの返信 2020/01/06 14:43:20
- Re: Jijidaruma さん
- <ドイツの町々の紋章について>
ちゃたろうさん、
今日は。
あけましておめでとうございます。
本年も引き続きよろしくお願いします。
本項も元々はちゃたろうさんの質問から始まったもので、私にとっても
良い機会でした。私の「ドイツ様々」といったファイルに入れた纏めと
上述しましたが、再度読んでみても、興味深いですね。
本項をデーターにおとすなり、コピーを作るなりして、旅のお供に
是非、加えてください。
以前、エルツ城の旅行記を拝見しました。ここに行くツアーがある
とは、少し驚きでした。近くのピルモント城もルートに入れたら
面白かったでしょう。
ご参考:こちらは口コミに書いたものです。
旅行記並みに詳細を書きました。
2006.5.:“ドイツ ライン・モーゼル周遊の旅”
ドイツ一の名城Burg Eltzエルツ城
https://4travel.jp/overseas/area/europe/germany/koblenz/kankospot/10316718/tips/12623708/
それではまた。コメントありがとうございました。
jijidaruma
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