ヤンゴン旅行記(ブログ) 一覧に戻る
朝の8時35分にパガンのニャウンウー空港を飛び立ち、目的地のヤンゴンに到着したのは11時20分頃でした。最後の見学地は、そのヤンゴン市内です。かつてのミャンマーの首都だけあって、大都会でした。

2019春、ミャンマー旅行記(23/25):5月27日(2):ヤンゴン(1):ニャウンウー空港から寄り道してヤンゴン空港へ

37いいね!

2019/05/24 - 2019/05/28

203位(同エリア1419件中)

旅行記グループ 2019春、ミャンマーの旅

0

30

旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

朝の8時35分にパガンのニャウンウー空港を飛び立ち、目的地のヤンゴンに到着したのは11時20分頃でした。最後の見学地は、そのヤンゴン市内です。かつてのミャンマーの首都だけあって、大都会でした。

交通手段
観光バス 飛行機
  • バガンのニャウンウー空港を飛び立ち、へホ空港に向かうプロペラ機の機内からの光景の紹介が続きます。初めて利用した、全席が自由席のミャンマー国内機です。眼下に見えているのは赤土色をした耕作地の光景です。写真の上部には、湖と住宅地も見えていました。

    バガンのニャウンウー空港を飛び立ち、へホ空港に向かうプロペラ機の機内からの光景の紹介が続きます。初めて利用した、全席が自由席のミャンマー国内機です。眼下に見えているのは赤土色をした耕作地の光景です。写真の上部には、湖と住宅地も見えていました。

  • 薄暗い写真ばかり続いてしまいました。起伏がある土地が耕作されて、色合いが異なる、複雑な文様が出現していました。写真の上部に見える低地に家屋が集合していましたが、水の確保のためかもしれません。

    薄暗い写真ばかり続いてしまいました。起伏がある土地が耕作されて、色合いが異なる、複雑な文様が出現していました。写真の上部に見える低地に家屋が集合していましたが、水の確保のためかもしれません。

  • 赤茶色をした、眼下の地面のズームアップ光景です。耕作された土地のようですが、その区画内に樹木が散在していました。樹木の密集具合から見て、耕作されていない区画もあるのかも知れません。

    赤茶色をした、眼下の地面のズームアップ光景です。耕作された土地のようですが、その区画内に樹木が散在していました。樹木の密集具合から見て、耕作されていない区画もあるのかも知れません。

  • 水平方面の機外の光景です。雲は出ていましたが、雨を降らせるような厚い雲ではないようでした。撮影のタイミングの影響でしょうか、6枚羽のプロペラが止まったように見えました。

    水平方面の機外の光景です。雲は出ていましたが、雨を降らせるような厚い雲ではないようでした。撮影のタイミングの影響でしょうか、6枚羽のプロペラが止まったように見えました。

  • カメラ目線を少し手前に戻して、陸地の光景です。一面が平らな土地ではなく、所所に小高い場所もあるように見受けました。耕作地の素地は、全体の色合いから見て赤土のようです。

    カメラ目線を少し手前に戻して、陸地の光景です。一面が平らな土地ではなく、所所に小高い場所もあるように見受けました。耕作地の素地は、全体の色合いから見て赤土のようです。

  • 赤土の大地の中に顔を覗かせていたそれほどは大きくない自然湖の光景です。その周りに緑が多いのは、多分、年間を通じて涸れることがないらしい自然湖のためのようです。常緑樹らしいその林は、植林ではなく自然林のように見えました。

    イチオシ

    赤土の大地の中に顔を覗かせていたそれほどは大きくない自然湖の光景です。その周りに緑が多いのは、多分、年間を通じて涸れることがないらしい自然湖のためのようです。常緑樹らしいその林は、植林ではなく自然林のように見えました。

  • 一面に広がった赤土の大地の光景です。荒れ地ではなく、すべて耕作されているようでした。灌漑施設が見当たらないようですから、稲栽培の田圃ではなく、畑地のようです。川の恵みがある、肥沃なデルタ地帯とは異なって、栄養分の少ない痩せた土地かも知れません。

    一面に広がった赤土の大地の光景です。荒れ地ではなく、すべて耕作されているようでした。灌漑施設が見当たらないようですから、稲栽培の田圃ではなく、畑地のようです。川の恵みがある、肥沃なデルタ地帯とは異なって、栄養分の少ない痩せた土地かも知れません。

  • 一面に広がった赤土の大地のズームアップ光景です。耕作地の区画単位に色の違いがありましたが、耕作後の施肥などの影響で変わった色合いかも知れません。写真の奥(南側)に向かって高くなった土地でしょうか、地平線のような光景になっていました。その奥(南側)には山並みがないためのようです。<br />

    一面に広がった赤土の大地のズームアップ光景です。耕作地の区画単位に色の違いがありましたが、耕作後の施肥などの影響で変わった色合いかも知れません。写真の奥(南側)に向かって高くなった土地でしょうか、地平線のような光景になっていました。その奥(南側)には山並みがないためのようです。

  • 窓ガラスがすっかり曇ってしまいましたが、ヘホ空港への到着です。この空港でも搭乗したままで出発を待ちました。ヘホ空港は、インレー湖観光の最寄り空港となります。『ヘホ』空港は、『ヘホ』、『ヘーホ』、『ヘーホ―』など、日本語表記が一定していないようですから、この旅行記では『ヘホ』に統一しておくことにします。

    窓ガラスがすっかり曇ってしまいましたが、ヘホ空港への到着です。この空港でも搭乗したままで出発を待ちました。ヘホ空港は、インレー湖観光の最寄り空港となります。『ヘホ』空港は、『ヘホ』、『ヘーホ』、『ヘーホ―』など、日本語表記が一定していないようですから、この旅行記では『ヘホ』に統一しておくことにします。

  • 同じく、曇った窓ガラス越しに眺めた、『へホ空港』のターミナルビルの光景です。この空港では、降りる人もいましたが、搭乗客が多く、満席に近い状況になりました。ネット情報でも、『へホ空港』は、『インレー湖、タウンジー、カクー遺跡、ピンダヤ、カローなどへ行く場合の玄関となる街』として賑わっていると紹介されていました。

    同じく、曇った窓ガラス越しに眺めた、『へホ空港』のターミナルビルの光景です。この空港では、降りる人もいましたが、搭乗客が多く、満席に近い状況になりました。ネット情報でも、『へホ空港』は、『インレー湖、タウンジー、カクー遺跡、ピンダヤ、カローなどへ行く場合の玄関となる街』として賑わっていると紹介されていました。

  • 『へホ空港』で駐機中の7Y131号機の機内光景です。撮影したタイミングは、少しだけヘホ空港で人が降りた後で、まだ搭乗者が乗り込む前でした。撮影しているのは、機首に向かって右側の列ですが、混み合わない内に、左側の列の後方に移動しました。

    『へホ空港』で駐機中の7Y131号機の機内光景です。撮影したタイミングは、少しだけヘホ空港で人が降りた後で、まだ搭乗者が乗り込む前でした。撮影しているのは、機首に向かって右側の列ですが、混み合わない内に、左側の列の後方に移動しました。

  • 『へホ空港』を定刻に飛び立って、間もない時間帯での撮影です。遠くに山並みが重なって見えました。旅行記を記しながら手元の地図で確認しましたら、ミャンマー北部の西側には、中国の雲南省が隣接し、かつて旅行した、昆明(こんめい、クンミン)などが記されていました。西側には、インドとバングラディシュが隣接し、その間に山脈が横たわっています。

    『へホ空港』を定刻に飛び立って、間もない時間帯での撮影です。遠くに山並みが重なって見えました。旅行記を記しながら手元の地図で確認しましたら、ミャンマー北部の西側には、中国の雲南省が隣接し、かつて旅行した、昆明(こんめい、クンミン)などが記されていました。西側には、インドとバングラディシュが隣接し、その間に山脈が横たわっています。

  • 『へホ空港』を飛び立った後、暫くは山並み光景が遠くに見えていました。ヤンゴンに向かって南下のフライトですから、機首に向かって左側の席からの光景です。概ね東側方面の光景になるようです。中国の南側では、ラオスとタイがミャンマーと国境を接しています。

    『へホ空港』を飛び立った後、暫くは山並み光景が遠くに見えていました。ヤンゴンに向かって南下のフライトですから、機首に向かって左側の席からの光景です。概ね東側方面の光景になるようです。中国の南側では、ラオスとタイがミャンマーと国境を接しています。

  • 『へホ空港』を飛び立った後の山並み光景が続きます。地図で確認しますと、ヘホの町と空港は、次に紹介するインレー湖の西北方面に位置していました。また、インレー湖がある付近は、ミャンマー内陸部で、東西にある国境からは、かなり離れた場所でした。

    『へホ空港』を飛び立った後の山並み光景が続きます。地図で確認しますと、ヘホの町と空港は、次に紹介するインレー湖の西北方面に位置していました。また、インレー湖がある付近は、ミャンマー内陸部で、東西にある国境からは、かなり離れた場所でした。

  • この後紹介するインレー湖は、シャン州の標高900メートルの高原にある湖です。インレ-湖周辺は、ミャンマ-でも特に自然の美しいところとして有名です。残念ながら。今回は付近の上空を通過しただけでしたが、現地ガイドさんからは、次回のミャンマー旅行では、湖畔か湖上のホテルへの宿泊を勧められました。

    この後紹介するインレー湖は、シャン州の標高900メートルの高原にある湖です。インレ-湖周辺は、ミャンマ-でも特に自然の美しいところとして有名です。残念ながら。今回は付近の上空を通過しただけでしたが、現地ガイドさんからは、次回のミャンマー旅行では、湖畔か湖上のホテルへの宿泊を勧められました。

  • 現地ガイドさんが座席の傍までやってきて、『そろそろ、インレー湖が見えてきます』と説明してくれました。『手前の山並みが切れたところで、その先に見えます』とも教えてくれました。

    現地ガイドさんが座席の傍までやってきて、『そろそろ、インレー湖が見えてきます』と説明してくれました。『手前の山並みが切れたところで、その先に見えます』とも教えてくれました。

  • インレー湖の姿が少しだけ見えて来ました。写真の中央よりやや上に白っぽく横に伸びた部分です。ネット情報では、先に紹介した、インレー湖の入り口の町(ニャウンシュエ)までは約1時間、タウンジーまでは約1時間、カクー遺跡へは更に約1.5時間と紹介されていました。教えてもらわなければ、見落とし間違いなしのようでした。

    インレー湖の姿が少しだけ見えて来ました。写真の中央よりやや上に白っぽく横に伸びた部分です。ネット情報では、先に紹介した、インレー湖の入り口の町(ニャウンシュエ)までは約1時間、タウンジーまでは約1時間、カクー遺跡へは更に約1.5時間と紹介されていました。教えてもらわなければ、見落とし間違いなしのようでした。

  • インレー湖の姿が、さらに大きく見えてきました。同乗の現地ガイドさんが、予め教えてくれましたので、見落とすことはありませんでした。インレー湖は、シャン丘陵に位置する淡水湖で、ビルマ語で『イン』は湖、レーは『4』を意味するようです。湖の近くに住む鬼により四つの湖が水路で繋げられ、大きな湖が誕生したという伝説があります。

    インレー湖の姿が、さらに大きく見えてきました。同乗の現地ガイドさんが、予め教えてくれましたので、見落とすことはありませんでした。インレー湖は、シャン丘陵に位置する淡水湖で、ビルマ語で『イン』は湖、レーは『4』を意味するようです。湖の近くに住む鬼により四つの湖が水路で繋げられ、大きな湖が誕生したという伝説があります。

  • インレー湖の姿は見えなくなりましたが、インレー湖の伝説のついての私感です。地殻変動や、火山活動で川が堰き止められて湖が生まれることはよくあることです。インレー湖もそれらのことが伝説に入りこんだかも知れませんが、ウィキペディアでは、『石灰岩質の地層が水の浸食によって溶解したことで生まれた湖』と紹介されていましたので、別の要因で出来た湖のようです。

    インレー湖の姿は見えなくなりましたが、インレー湖の伝説のついての私感です。地殻変動や、火山活動で川が堰き止められて湖が生まれることはよくあることです。インレー湖もそれらのことが伝説に入りこんだかも知れませんが、ウィキペディアでは、『石灰岩質の地層が水の浸食によって溶解したことで生まれた湖』と紹介されていましたので、別の要因で出来た湖のようです。

  • 現在時刻は10字50分頃、到着予定まであと30分ほどとなりました。雲で霞んでいますが、次第に建物や道路などが見えるようなりました。雲が切れてきたようですから、ヤンゴン市内の天候も大丈夫そうでした。

    現在時刻は10字50分頃、到着予定まであと30分ほどとなりました。雲で霞んでいますが、次第に建物や道路などが見えるようなりました。雲が切れてきたようですから、ヤンゴン市内の天候も大丈夫そうでした。

  • 次第にはっきりと見えるようになってきた、地上の光景が続きます。街並みも点在から、密度が増してきました。道路の密度も増し、その分、耕作地が分断されてきました。

    次第にはっきりと見えるようになってきた、地上の光景が続きます。街並みも点在から、密度が増してきました。道路の密度も増し、その分、耕作地が分断されてきました。

  • ヤンゴン国際空港に到着しました。旅行計画書では、8時35分発の国内機でニャウンウ空港を飛び立ち、11時20分にヤンゴン国際空港に到着予定と記されていました。現在時刻が11時20分頃ですから、定刻より少し早く到着したようです。

    ヤンゴン国際空港に到着しました。旅行計画書では、8時35分発の国内機でニャウンウ空港を飛び立ち、11時20分にヤンゴン国際空港に到着予定と記されていました。現在時刻が11時20分頃ですから、定刻より少し早く到着したようです。

  • 空港まで出迎えに来てくれたマイクロバスに乗って、早速ヤンゴン市内の見学です。木立の先に見える塔は、レンガ作りのビクトリア様式の建物です。『High Court(高等裁判所)Building 』と呼ばれている、『旧最高裁判所』の建物です。現在時刻は、丁度12時、時計塔になっていました。

    空港まで出迎えに来てくれたマイクロバスに乗って、早速ヤンゴン市内の見学です。木立の先に見える塔は、レンガ作りのビクトリア様式の建物です。『High Court(高等裁判所)Building 』と呼ばれている、『旧最高裁判所』の建物です。現在時刻は、丁度12時、時計塔になっていました。

  • ヤンゴン市役所の建物光景です。建設は1926年に開始され、 1936年に完成しました。建物はヤンゴン市の遺産リストに記載されています。名建築とされる、どっしりとした風格のある外観です。

    イチオシ

    ヤンゴン市役所の建物光景です。建設は1926年に開始され、 1936年に完成しました。建物はヤンゴン市の遺産リストに記載されています。名建築とされる、どっしりとした風格のある外観です。

  • マハバンドゥーラ公園の中心に聳える『独立記念塔』の光景です。1948年イギリスから独立した時を記念して建立されました。公園の名前は、第一次英緬戦争でイギリスと戦ったMaha Bandula将校に由来しています。第一次英緬戦争は、1824年にイギリスのビルマ攻撃に始まり、1826年にヤンダボ条約を結んで、ビルマはベンガルを諦めた上、自国の最南部アラカンとテナセリムをイギリスに占領されました。第一次英緬戦争では、1852年にイギリスが再びビルマに侵攻してペグーを占領、海に面した下ビルマを自国領に併合しました。

    マハバンドゥーラ公園の中心に聳える『独立記念塔』の光景です。1948年イギリスから独立した時を記念して建立されました。公園の名前は、第一次英緬戦争でイギリスと戦ったMaha Bandula将校に由来しています。第一次英緬戦争は、1824年にイギリスのビルマ攻撃に始まり、1826年にヤンダボ条約を結んで、ビルマはベンガルを諦めた上、自国の最南部アラカンとテナセリムをイギリスに占領されました。第一次英緬戦争では、1852年にイギリスが再びビルマに侵攻してペグーを占領、海に面した下ビルマを自国領に併合しました。

  • 中央付近に見える建物も、イギリス植民地時代のもののようです。『アヤ・バンク(AYA BANK)』の表示がありました。私の記憶間違いかも知れませんが、現地ガイドさんの説明によれば、かつては百貨店だった建物のようです。

    イチオシ

    中央付近に見える建物も、イギリス植民地時代のもののようです。『アヤ・バンク(AYA BANK)』の表示がありました。私の記憶間違いかも知れませんが、現地ガイドさんの説明によれば、かつては百貨店だった建物のようです。

  • 『旧最高裁判所』の時計塔の建物を撮影した時に、左端に見えていた建物です。屋根の部分だけですが、同じ時代に建設されたコロニアル様式の建物のようでした。コロニアルは、植民地を示す英語のコロニー、またはスペイン語のコロニアの形容詞形で、『植民地の』の意味です。アジアでは、狭義にイギリス統治時代を指すこともあります。

    『旧最高裁判所』の時計塔の建物を撮影した時に、左端に見えていた建物です。屋根の部分だけですが、同じ時代に建設されたコロニアル様式の建物のようでした。コロニアルは、植民地を示す英語のコロニー、またはスペイン語のコロニアの形容詞形で、『植民地の』の意味です。アジアでは、狭義にイギリス統治時代を指すこともあります。

  • 12時を回りました。ここからは、昼食のレストランに向かう車中からの撮影になります。オレンジ色の花が満開だった樹木の光景です。ブーゲンビリアではなく、別種の花木でした。ノーゼンカズラとも違っていました。

    12時を回りました。ここからは、昼食のレストランに向かう車中からの撮影になります。オレンジ色の花が満開だった樹木の光景です。ブーゲンビリアではなく、別種の花木でした。ノーゼンカズラとも違っていました。

  • サイゴン中心街の脇道の街路光景です。外壁が補修をされていない、年代物の建物の姿もありました。その前に並んだカラフルなパラソルは、屋台の日除けのようです。

    サイゴン中心街の脇道の街路光景です。外壁が補修をされていない、年代物の建物の姿もありました。その前に並んだカラフルなパラソルは、屋台の日除けのようです。

  • 街路樹越しに見える、赤レンガの建物も、イギリス統治時代の建築物です。この建物も、コロニアル様式と呼ばれているようです。ドイツの国境近くの都市ケルンの語源は、ローマ植民市(コロニア)のようです。塩野七生さんの大作、『ローマ人の物語』に記してあった記憶があります。

    街路樹越しに見える、赤レンガの建物も、イギリス統治時代の建築物です。この建物も、コロニアル様式と呼ばれているようです。ドイツの国境近くの都市ケルンの語源は、ローマ植民市(コロニア)のようです。塩野七生さんの大作、『ローマ人の物語』に記してあった記憶があります。

この旅行記のタグ

37いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

旅行記グループ

2019春、ミャンマーの旅

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

ミャンマーで使うWi-Fiはレンタルしましたか?

フォートラベル GLOBAL WiFiなら
ミャンマー最安 766円/日~

  • 空港で受取・返却可能
  • お得なポイントがたまる

ミャンマーの料金プランを見る

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

PAGE TOP