2019/05/05 - 2019/05/05
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kojikojiさん
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ヴィリニュスで1泊した翌日はバスに乗ってカウナスへ向かいます。個人旅行でバルト3国を旅しようと考えていた頃に唐沢寿明主演の「杉原千畝」という映画は見ていましたし、ある程度の知識は持っていました。ただ本で知ることよりも映画を観るよりも、実際にその場所へ行くことは意味のあることだと思いました。現在は「杉原記念館」になっている旧カウナス日本領事館の窓から見える景色に何を思うかは、行ってみないと感じる事が出来ないことだと思いましう。また、バスの車中で添乗員さんに教えてもらったドイツ騎士団との戦いの時代やポーランドに併合されていた時代のことなど、歴史の中のカウナスの位置づけなどは勉強になりました。小さいながらカウナスの街を観光するには最低限必要な知識だったと思います。ほんの半日の滞在でしたが思い出深いものになりました。杉原家族がカウナスを発つ前に滞在した「メトロポリスホテル」を見る事が出来たのも良かったです。もっと駅前のホテルだと思っていたのですが、列車を待つのではなく領事館が閉鎖になったために滞在したと知ると、その位置関係に納得も出来ました。そんなホテルの隣で昼食をいただいたレストランも美味しくてよかったです。食事の後はヴィリニュスに戻りながら、トゥラカイへ向かいます。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 鉄道 観光バス 徒歩
- 航空会社
- JAL
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
ヴィリニュス2日目の朝です。今回の旅で一番ジュースが美味しかったホテルです。左右がオレンジジュースですが左側だけが何故かフレッシュジュースです。
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前の晩の夕食もこのレストランでしたが、美味しかったので朝ご飯も期待していました。
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フルーツもたくさんあって期待以上の食事がいただけました。
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午前8時30分にホテルを出発します。
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まずはカウナスまで1時間少々のバス移動です。太陽の周りに「日暈(ひがさ)」が出ていました。中国の四川省の峨眉山の山頂で見て以来です。3年前の5月4日だったのですがこの日は5月5日です。
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ヴィリニュス郊外に建つテレビ塔がきれいに見えました。1980年に完成したこの塔は326.5メートルと東京タワーより少し低いようですがリトアニアでは一番高い建物です。
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高速に乗ってヴィリニュス市内を抜けます。
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これから行くカウナスは現在はリトアニア第2の都市ですが1920年にヴィリニュスがポーランドに併合されるとカウナスは臨時に首都となります。(憲法上はあくまでヴィリニュスが首都とされます。)
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それから第2次世界大戦までの間カウナスはリトアニア最大の都市として工業的にも発展します。大戦が始るとリトアニアを含むバルト3国はポーランド東部と共にソ連に占領されますが、間もなくドイツ軍が侵攻し街は破壊されます。
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ドイツ軍侵攻に伴い隣国ポーランドから迫害を逃れて流入してきた大量のユダヤ人に対し、当時在カウナス日本領事館に領事代理として赴任していた杉原千畝は盟邦ドイツへの配慮から査証発給を避けるよう訓令を発していた本国外務省の意向に反し、ユダヤ人に対して日本通過を可能とした査証及び渡航証明書を発給して欧州からの脱出を支援します。
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その裏には各国領事館の中で唯一ユダヤ人に同情的であったオランダ領事がソヴィエト、日本経由でヨーロッパからアメリカなどの第3国へ脱出したいとする彼らの訴えに対して自領のキュラソーを最終受入国として許可したビザの存在があります。ソヴィエトは自国の次に通過する日本のビザが無ければ通過許可証を発行しなかったからです。
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ちょうどJALのヘルシンキ便の機内映画で唐沢寿明主演の「杉原千畝」を見直していました。日本でも何度か見た映画だったし杉原千畝についてはいろいろ調べたこともあったので、カウナスへ来るのは意味のある事でした。
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バスは緑の多い公園の脇でバスを降りてしばらく歩くことになりました。カウナスは2020年に向けて町中のインフラ整備が行われていて杉原記念館の辺りも工事中で近くまでバスで行けないとのことでした。
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かえってそのおかげで周辺の旧領事館があったであろう古い街並みを歩く事が出来ました。
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旧日本領事館に着く前にこの建物もその当時にあったのだろうとか、この建物はどこかの国の領事館だったのだろうかなどと思いを巡らせてしまいます。
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周辺の建物にはプレートが掲げられた建物も多かったのですが、どれも知らないドイツ系のリトアニア人のジャーナリストについてだったり、ローマカトリックの司祭になった人の家だったり。
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周辺の建物はかなり傷んだ雰囲気でしたが、旧日本領事館の建物は数日前に出来上がったように美しかったです。これは日本人のボランティアが2017年に来て、修復を行ったそうです。これについて詳しくはNHKのHPで確認ください。
http://www.nhk.or.jp/ohayou/digest/2017/10/1008.html -
周辺のフェンスはありませんが門扉が再現されていました。ただこのステンレスのプレートはちょっと無粋ではないかと思いました。
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館内に入りまずは10分ほどの映像を見せてもらいましたが、知っている話ではありますが胸が熱くなりました。ただ旅行前にイスラエルのベイトシェメシュ近郊で1985年に杉原の功績をたたえて約400本の木が植樹され記念碑も設置されたものが今年になって木々が伐採され、記念碑も撤去されたことがニュースになっていたので複雑な気持ちでもありました。
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ただこの旅行中の2019年5月3日、ここへ来る2日前に新たな記念碑の除幕式があったと知って少し安堵した気持ちになりました。この記念館も最近改修されて2階も新たに公開されたそうです。
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館内に展示してあったカウナスの地図は第2次世界大戦中の縮図のようでした。日本領事館とオランダ領事官の位置を確かめ、ナチスドイツの建物のいくつか確認できました。
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往時のカウナスの鉄道駅の写真パネルを見ると映画のシーンが思い出されます。
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これはあまりに有名な領事館前でビザの発給を待つユダヤ人の方がたを撮った写真です。
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この窓から見える風景は杉原千畝の家族がいた1940年頃と何も変わらないのではないかと思いました。
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2階からは周辺の景色が見えるので、1階だけの見学とは違ったことを感じられます。
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アクリルパネルには杉原千畝の発行したビザのオリジナルも展示されていました。
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今まで映画や本でしか知らなかったことが目の前に現物として現れると言葉を失います。昨年ベルリンへ行った際もツアーだったこともあり、ホロコースト的な博物館などに立ち寄ることは出来ませんでした。近いうちにベルリンとポーランドにも旅しないとならないなと思いました。
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近世の負の歴史の部分をもっと知らなければならないなと感じました。
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わざわざパスポートを持って行ったので、最終ページにカウナス日本領事館のスタンプを記念に押しておきました。
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日本から来た人がどこから来たか分かるように日本地図にピンが打たれていました。どうしてもツアーの出発地となる大都市が多いのは仕方ありませんが、意外に空白地帯が多いのに驚きました。ご出身の岐阜県も結構スカスカです。
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テーブルに座って記念写真を撮りました。
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我が家は「婦唱夫随」なので妻が座ります。実家で正月に家族が集まるときも亡くなった父の席に妻が座っています。
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お子さんは3人の写真が飾られていましたが3男の方は7歳で亡くなっています。4男の方だけが存命のようです。奥様も2008年までご健在だったそうです。
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何度も見た写真ですがこのテーブルの前に立ってみると違って感じます。
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再現されたテーブルの前に座って本人の目線で執務室を感じる事が出来ました。
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このテーブルに座ってペンを持つと気持ちが引き締まる思いです。
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かなりリアルに再現されているので本物ではないかと錯覚するほどです。
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じっくり見学するには少し時間が少なかったです。館内のショップで旧日本領事館のスタンプをプリントしたサシェを母へのお土産に買い求めました。カウナス市内のヤウクース・ナマイというリネンショップの物ですが、市内で買い物は出来ないでしょう。
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裏側の庭にはあんずの気が植えられていました。子供たちはここで遊んだのかもしれませんね。
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最後に門のところで記念写真を撮りました。
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旧市街から離れた住宅街ですが緑の多いところでした。映画ではこのような場所は写されないし、実際はポーランドロケだったようなので印象が違いました。
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この犬は毎日たくさんの日本人を見送っているのでしょうね。
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バスに乗って旧市街へ移動して観光は続きます。市の南側を流れるネムナス川に架かるアレクソト橋のたもとでバスを降りました。
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「ヴィタウタス大公教会」ではミサが終わった所のようでした。シンプルな建物ですが15世紀前半のゴシック建築です。1946年にカウナスは大洪水に襲われ、その時の水位が教会の壁に残されているそうです。
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「ペルクナスの家」のファサードだけを見学します。上部の煉瓦の意匠がヴィリニュスの聖アンナ教会のフランボワイヤン様式(火焔式)のようにも見えます。15世紀にハンザ同盟の商人によって建造され、その後16世紀になってイエズス会の手に渡された赤煉瓦造りのゴシック様式の建物です。ここには雷神ペルクーナスの神殿があったとされていますが、現在は図書館として使用されています。
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ペルクナスはリトアニア神話のピクラスとパトリムパスと並び主要な3つの神格の1つです。ペルクナスは雷神でありギリシア神話のゼウスなどに相当する神とされます。バルト地方では雷はペルクナスの愚痴や独り言であると解釈されていますが、リトアニアの人々はペルクナスを「親しい神」と呼んでいるそうです。これはリトアニアの古来からの宗教が牧歌的で平和的な要素を有していたことの象徴とされます。
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周辺には往時は見事であったであろう煉瓦造りの建物が朽ち果てようとしていました。ペルクナスの家の前には真鍮の帆立て貝が埋め込まれていて、ここからイベリア半島の西の果てのサンチアゴ・デ・コンポステーラまで巡礼路があったであろうことが想像できました。
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色違いの煉瓦で模様を表しています。
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市庁舎広場まで出ると空が広く感じます。旧市庁舎は16世紀に建てられた美しいバロック様式の建物で、白鳥の姿にたとえられるそうです。現在は結婚登記所や観光案内所になっているようです。
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一見すると教会のようにも見えます。
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1660年から1720年にかけてイエズス会が市庁舎広場にバロック様式で建設したカトリック教会でしたが、1722年に「イエズス教会」として奉献されました。修道院と神学校も併設されています。1824年にロシア皇帝の命令でロシア正教会の教会に宗旨変えさせられ、ソヴィエト統治時代には技術学校の対区間として使われます。リトアニア再独立後に再びイエズス会教会に戻されています。
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ちょうど日曜日のミサが終わり、信者の方が表に出てきました。
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イエズス会はキリスト教カトリック教会の男子修道会で、1534年にイグナチオ・デ・ロヨラやフランシスコ・ザビエルらによって創設され、1540年にパウルス3世により承認されます。世界各地への宣教に務めて日本に初めてカトリックをもたらしたのもこのイエズス会です。
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天気は良くなく小雨も降っていましたが、オランダのデルフトを思い出させるような美しい広場でした。
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広場にはシルクハットを被った昔の市長の銅像が置かれ、記念写真の撮影場所になっていました。
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カウナス大聖堂 (聖ペテロ・パウロ大聖堂)は内部の見学もありました。この大聖堂はリトアニア最大のゴシック建築でバジリカ様式の建物です。17世紀半ばにロシアポーランド戦争の際一部が破壊されましたが、ルネサンス様式で修復されます。18世紀後半にポーランド・リトアニア共和国最後の国王スタニスワフ2世アウグストにより室内装飾が施されます。
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ちょうどミサが終わるタイミングで見学ができました。この旅ではプロテスタント教会を見学することが多かったので、カトリックの豪華な教会の内陣を見るとホッとする気がします。
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側廊には見事なバロック様式の木製の祭壇がありました。
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はめ込まれたイコンや祭壇画から聖母マリアに捧げられた祭壇だと分かります。下段では「聖母マリアの昇天」を表し、上段では父と子と聖霊による「聖母マリアの戴冠」の場面が描かれています。
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この場面はトルコのエフェスの近くの聖母マリアの家で起こったことだろうかと想像してしまいます。キリスト教徒ではありませんが、トルコの地中海沿岸を旅していると聖母マリアや使徒たちの足跡を辿ることが多いです。
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周囲には聖母マリアを讃える王冠のレリーフが囲みます。「天使の女王」「預言者の女王」「処女の女王」「教令の女王」などの文字が読み取れます。
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主祭壇には磔刑のキリスト像を中心として、天上には父なる神と聖霊が天上空を舞い、イエスを取り囲む聖ペテロと聖パウロと福音書記者その足元にはアレゴリーとなる獅子や雄牛が控え、十字架に磔にされたイエスの足元には悲しみに暮れるマリアの姿、骸骨はゴルゴダを意味するものです。その周囲には十二使徒の姿もあります。
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主祭壇には磔刑のキリスト像を中心として、天上には父なる神と聖霊が天上空を舞い、周囲を天使が遊びます。父なる神の後頭部は三角形になっているのでプロビデンスの目(神の全能の目)を表しているのでしょう。
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中央に立つイエスの横にひざまずく2人は手に持っている鍵から左側が聖ペテロだと分かります。「わたしはあなたに天の国の鍵を授ける。あなたが地上でつなぐことは、天上でもつながれる。あなたが地上でも解くことは、天上でも解かれる。」というマタイによる福音書にあります。右側の長剣を持つのは聖パウロの像だと判分かります。パウロが長剣によって表されるのは、彼が剣によって斬首され殉教したからです。この教会が聖ペテロ&パウロ大聖堂に捧げられたことを意味しているのでしょう。
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磔刑が行われた場所は諸説あり、はっきりとは分かっていないようですが、エルサレム城内の聖墳墓教会のある場所だといわれています。コンスタンティヌス帝の母ヘレナが326年にエルサレムを訪れた際、この地にあったウェヌス神殿で磔刑に使われた聖十字架と聖釘などの聖遺物を発見したとされ、この地がゴルゴタとされ現在の聖墳墓教会が建てられたとされています。「ゴルゴタ」も「カルワリオ」も「カルヴァリ」もすべて「髑髏」という意味です。
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ピエタのイコンも飾られていました。聖母マリアの頭上の7本の剣は「マリアの七つの悲しみ」を表し、カトリック教会の信心業の中でも普及しているものです。「シメオンの予言 」「エジプトへの逃避」「幼子イエスをイエルサレム神殿で見失う」「十字架の道行きでのイエスとの出会い」「ゴルゴタの丘でのイエスの磔刑 」「イエスが脇腹を槍で突かれ、十字架から降ろされる」「アリマタヤのヨセフによるイエスの埋葬」を意味します。頭上の12の星について聖ヨハネの黙示録の第12章に「それから、壮大なしるしが天にあらわれた。太陽に包まれた婦人があり、その足の下に月があり、その頭に十二の星の冠をいただいていた。」とあります。
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2018年9月に教皇フランシスコはカウナス市内のサンタコス公園でミサを捧げ、正午の祈りを唱えられ、午後になってこの聖ペトロ・聖パウロに捧げられたカテドラルで司祭や修道者や神学生らとの出会いを持たれたそうです。
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教会の見学後に20分の自由時間がありました。何が出来るわけでもありませんが10分歩いて10分で戻ることを考えながらぶらぶらしました。
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小さな商店が開いていたのでミードという蜂蜜酒を買うことにしました。こちらはスクティニス(Suktinis)という14種類のハーブと3種のベリーが配合されたアルコール度数50%のお酒です。これの小瓶を1本買いました。ミードと初めて出会ったのはマルタ共和国のマルサシュロックの港でした。これがあまりに美味しくて6年後にまた買いに行ったほどです。
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マルタのミードは甘く香りのあるワインで、この写真の左側のスタクリシュケス(Stakliskes)が近い味です。アルコール度数も12%と普通のワインと同じ程度です。
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そんなことにはお構いなしに妻はカップ麺を買っていました。こんなところでと思いましたが、YATEKOMOというチキンラーメンは味の素がスペインのGallina Blancaとコボラしたもので、夜食に食べたら美味しかったです。
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自由時間の20分はあっという間に終わり、カウナス城に向かって歩きます。
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途中の家の側面にはアート作品になっています。
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鳥の巣の止り木に座った女の子。このアートについて調べてみましたがよくわかりませんでした。
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「カウナス城」は1363年にチュートン騎士団に占領され破壊されたが、15世紀初頭のヴィタウタス大公の時代になって再建されます。1410年のジャルギリスの戦いでチュートン騎士団(ドイツ騎士団)に勝利した後は城としての重要性がなくなり、外賓を接客する際などに使われるだけになります。
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1430年にヴィタウス大公が死去するとカウナスの支配はポーランドに移り、1549年にはポーランド王でリトアニア大公のシギスムンド・アウグストゥスにより城は妻のバーバラに与えられ城の増強や改築が行われます。ここでは写真を撮るだけのストップです。
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チュートン騎士団(ドイツ騎士団)との戦いを記念する像だと思います。ガイドさんの説明もなかったので重要なものではないのかもしれません。ただ後ろ脚だけで立つ騎馬像はバランスを取るのが難しいのは間違いありません。ウィーンのホフブルク王宮のヘルデンプラッツ(英雄広場)に屹立する一対の騎馬像くらいしか思い当たる像はありません。
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カウナスでは道を歩いていて様々なアートを見つけることがありしたが、もっとも有名な作品がこの壁画だそうです。
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ここからバスに乗ってお昼を食べに行きます。
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「ヴィータ・プード(VITA PUODE)」というトリップアドバイザーにも掲載されているレストランでした。
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フェイスブックには毎日のランチのメニューをアップしているお店でした。トラピックスのツアーでは御用達のようで、関西からのバルト3国のツアーの方が食事していました。こういった情報はツアーの方がトイレに行ったときとかに仕入れてきて教えてくださいます。
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料理は決まっていますが、飲み物を注文を聞いてくれた店の女の子はすごい真面目な子で何度も確認しながら運んでいます。
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まずはリトアニアのビールをいただきました。ビールのつぎ方がドイツやチェコとは違う気がしました。ほとんど泡が無い状態で出てくることが多かったです。
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大学生のアルバイトなのかなと感じました。初々しいサービスが良かったです。
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パントリーに並んでいるのを見て気になったので注文してみました。ノンアルコールビールということでしたが、ロシアでよく飲んだクワスでした。エストニアではカイミシュカス・ギラと呼ばれるようです。クワスはライ麦と麦芽を発酵させて作る飲み物で、この店のものはサクランボのような果実が入っていました。
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ものすごく美味しいというわけではありませんがロシアの旅を思い出しました。ペットボトル入りのクワスがまだ家に残っていたはずです。
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この日は寒いうえに小雨も降っていたので、トマトとセロリの熱々のスープが美味しかったです。
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メインはオヒョウ(カレイの巨大な魚)のムニエルでした。クリームソースとブラックペッパーが効いていて美味しい料理でした。付け合わせのズッキーニとえんどう豆も美味しかったです。
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今回のツアーは料理が美味しいのも印象に残りました。関西のトラピクスのメニューはツェぺリナイというドイツの飛行船「ツェッペリン」に形が似ているジャガイモ料理を食べていましたが、それも食べてみたかったです。そういった意味では名物料理などの説明はありませんでした。
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品のいい店内は店の看板と同じニワトリをモチーフにした絵画が飾ってありました。
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約1時間の食事の後は店の前に出てびっくり。
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隣が「メトロポリスホテル」でした。ここはカウナス日本領事館が閉鎖された後に杉原千畝が家族と滞在したホテルです。
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ホテルの外壁にはその事を記したプレートが貼られてありました。
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多分1940年代からあまり変わっていないであろう外観です。
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入り口の回転ドアが雰囲気を醸し出しています。松任谷由実の「時のないホテル」というアルバムのジャケットを思い出します。東西冷戦時代のスパイが暗躍する世界をホテルになぞらえた曲だということもあったのかもしれません。
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右手に小さなフロントがあり、スタッフの女性がいたので「日本から来たのだけど、写真撮らせてね。」と声を掛けて数枚写真を撮りました。この雰囲気もその当時のままなのではないでしょうか。
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「堅いニュースはすぐに忘れて ゴシップだけが残る 回転ドアを少しまわせば 外の空気が流れ込むけどあわてて とめに来るよ 制服着たボーイが 世界のあちこち目には映らない 激しい河がうず巻いてる ここは置き去りの時の無いホテル 20世紀を楽しむ場所 ひげを抜かれたお客はみんな けっしてここを出てはいけない」
なんて歌詞が似合うホテルでした。
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