2018/11/07 - 2018/11/07
106位(同エリア390件中)
まりも母さん
筑波神社への参道である「つくば道」の入り口 北条地区
そこにある登録有形文化財の矢中邸を見学してきました。
2012年に一度来たものの イベント期間で混んでいそうだから
次回ゆっくり・・・と
気がついたら6年も経ってましたー!
近いから いつでも行かれる と 思っていたからね・・・。
今日は この矢中邸をガチでじっくり見学です。
- 旅行の満足度
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 自家用車
-
北条商店街の表通りからは この大きな門の先に矢中邸へのアプローチが続きます。(内側から撮影しています)
旗竿地のような敷地です。竿の部分の路地はかなり広いです。
今は シートがかけられて中はみえませんが 広めの敷地通路には
矢中氏が使っていたというふる~い車が保存されてもいるのです。
前に来た時はチラッと見えていたっけ。
とてもかわいいレトロカーなので いつか公開されるといいなぁ。 -
矢中邸は 基本的に毎週土曜日が公開日です。
NPO法人 矢中の杜の守り人 によって 維持管理がされている事は前回来て知っていました。
公開日には3回のガイドツアーもあります。
webサイトで団体予約などチェックしてからやってきました。(邸宅公開ページのカレンダーに イベントや貸切りなどの情報が掲載されています)
矢中の杜Webサイト
http://www.yanakanomori.org/
アプローチを進むと黄色い建物が見えてきました。 -
大谷石の階段を上がり 少し高くなった場所に玄関があります。
ここで 係りの方にガイドツアー参加の申し込みをします。
邸宅維持修繕協力金1人500円
旧矢中家住宅 国指定登録有形文化財 昭和13~28年
セメント防水材「マノール」など建材を研究・開発した矢中龍次郎の邸宅。
和風の本館と和洋折衷の迎賓棟の別館があります。 -
この日は午前中 団体客のツアーがあったので 13時からのツアーに参加するつもりで来ました。
13時まであと10分ほど 中に入って開始時間まで 自由に建物内を見て待ちます。
早速 目に入ったのは鶴の板戸絵 -
13時になりガイドツアーの始まりです。
私たち夫婦の他に男性4人+ガイド(北条地区のガイドツアーらしい)、若い女性1人が玄関あたりで話を聞きます。
まずは この矢中邸を造った矢中龍次郎氏についてから
北条出身で実業家であった矢中氏は 建材研究家であった事から この邸宅を建設するにあたり
自らが考案した建材や建築方法などを実験的に組み入れているのでした。
当時最先端となる建材の利用や 換気システムが特徴的で
矢中御殿と言われた豪華な建物 というだけではない見どころがあるのです。
玄関は格天井。床は 表面ににすべり止めの効果もありそうな布目タイルが敷き詰められています。 -
最初の驚愕ポイントとしては 目地の全く無いタイル張り。
当時 精度は さほど高くはなかったであろう四角いタイルを 目地無しでぴっちり張った職人の腕をみせつけられます。
微妙に焼き色の異なるタイルが美しく、現代でも通用するデザイン性ですね。 -
玄関を上がった先の玄関ホール。
野菜と果物の描かれた衝立がかわいらしいです。
そして、もうひとつ、とってもかわいらしいものが!
奥に見えるアップライトのピアノ。
画像では奥にあるので 一見判りませんけど 実はこのピアノ 高さが1m位しかないのです。
つまり ミニサイズ!
なんでも 戦後の一時 物資の少なかった時代に1台のピアノで2台分・・・のように
縮小サイズで造られたものだそうです。
ピアノ職人の腕が鈍らないように 小さいサイズでも良いから作り続ける事が必要だったからだそう。
当然 台数も少ない貴重品。
椅子も同スケールで小さくてとてもかわいいのです。 -
野菜や果物が描かれた衝立の後ろ側は 色々な種類の魚が描かれていました。
で、おもしろいと思ったのは、
一枚板の中に虫食い部分があるのですが
その虫食い部分に色を入れ 海の海草に見立ててあるのです。 -
玄関ホールから隣の六畳へ続くガラス戸は 下部が無双窓仕立てになっています。
スリットを調整して開ける事で換気が行える訳です。
この邸宅、あちこちに「換気」に配慮された見どころポイントがあるのです。 -
玄関ホールの照明器具。
一段高くなった格天井に下がっています。
一段高くなった部分には 桟が見えます。これは、通気口です。
この建物は 施主である矢中龍次郎によって 特に換気に配慮がされた造りとなっているのです。
高温多湿な日本の気候では 建物の保存と保健衛生上も換気が重要。と 考えたと言うことです。 -
次に1階のお部屋を見ます。
鶴の描かれた板戸の先が四畳間と書斎。
畳敷きのお部屋ですが テーブルや椅子、デスクが置かれています。
後に見学する同様の和室もそうですが、畳敷きの部屋に椅子・・・なので
椅子を引く時 畳が傷まないように 椅子の足にはソリのような横棒が付けられています。
そうそう この邸宅の素晴らしい鑑賞ポイントとしては
置かれている家具、日用品、小物までが、当時の品そのまま と 言う事です!
矢中氏がこの邸宅を使わなくなり 保存活用されるまでの40年程の間
手付かずの状態で放置されていたからだそうです。 -
書斎の窓。
障子の先に出窓っぽい空間があります。
障子の先には、網戸、カーテン(当時)、ガラス戸、雨戸とあって、
矢中氏はこれを「五層窓」と命名したそうです。
ガラス戸と障子の間に空気層があれば、断熱効果が得られる との発想だったそうですが
ガラスと障子の間が離れすぎていて 実際は全く断熱効果は無く
この点に関しては 発想は良かったが、失敗・・・であったと。
でも ほぼ、全ての窓に網戸がちゃんとついている所は画期的だと思いますな。 -
四畳間に続く居間です。
大きな神棚の下 作りつけの引き出しがあります。
若い職人に任せたものだそう。
職人も 初の大仕事に張り切ったのか 80年(昭和13年に作ったとして)を超えても隙間も狂いもない出来だそうです。
調度品も昔のままで レトロな空間です。 -
居間の障子は雪見障子。
が ここに又しても驚愕ポイントが!
障子の雪見部分を閉じたのがこの画像。 -
そっと 雪見の部分を開いてみます。
???ちょっと~~真ん中の開いた部分の桟が半分の厚さじゃないかー!!
って~~~。閉じると他の桟の厚みとほぼ変わらなくなり
「ここ開きますよ」的なかんぢが無いって~~。
そこまでこだわるのか?おいおい! -
書斎と四畳間の間の板戸絵は秋の植物とスズメでした。
このあちこちに描かれた美しい板戸絵は
矢中氏と懇意だった絵師の南部春邦氏の作品だそうです。 -
書斎に繋がる座敷には板戸ではなく、襖絵が。
こちらの4枚の襖を閉じると 右の二枚とも繋がり 紅葉の木と菊の図が現れました。
左の襖2枚、左右で色が異なっています。
これは 長年左の襖が 開けた状態になっていた為 日に焼けて少々変色したからだそう。
右の一枚の方が 元の色に近い、と 言う事です。
しかし 近くで見ると 当初の金粉も残っていますし
描かれてから60年は超えたとは思えない保存状態の良さです。 -
この座敷には掘炬燵がありました。
炬燵の中を覗いてみると・・・炭を置く底の上に素敵な透かし柄の鋳物蓋がありました。 -
座敷の筬欄間(おさらんま)
枠には漆が塗られているようですね。
細工の細かい 贅沢な欄間です。 -
庭側廊下から見た本館座敷と書斎。
-
玄関ホールの隣に 女中部屋
映画のセットみたいに家具や道具が並んでいてびっくり!
ワンピースまで掛けてあるんですもの。
それも後からの寄せ集めではなく 本当にここの女中さんたちが使っていたままなんて! -
居間と座敷の裏、庭に面する廊下です。
廊下の床は幅広のケヤキ張りでこれも豪華な材が使われているのですが
窓上の梁は北山杉の磨き丸太。超長い1本の美しい丸太が使われています。 -
庭側から見た廊下越しの居間と座敷。
庭には 大きな石がゴロゴロと積んであります。
これは 元々そういう土地だった のではなく
わざわざ築山風に大きな石(岩)を積んだのだそうですよ。
それだけでも、大変だったのでは???と思います。
座敷から庭を見ると 積まれた石山の向こうに
筑波山の女体山山頂が いい具合に見えました。 -
和館の長い廊下を進みます。
これは 内玄関。
最初に入って来た 大谷石の階段上の玄関は 家族や使用人はほとんど使わなかったそう。
この内玄関を使ったと言うことです。
でも、畳三畳の次の間もありますし 一般住宅からすれば 充分豪華ですね。 -
玄関の隣には なんともレトロな台所が!
食器棚の中身も古い炊飯器、花柄のポット。生活感溢れる台所がそのままに。 -
タイル張りのシンク。レトロなお台所がそのまんま。
これ 今も現役で使われているのです。
カランやガスコンロはさすがに新しいものに替えられていますが
ほぼ、昔のままで
今も、NPOの方たちがここでお茶を入れたりしています。 -
古い配電盤は今も現役。
配電盤の上にも換気口がありますね。 -
なんと 昔の氷冷蔵庫もそのまま残っていましたよ。
上には蝿帳。 -
台所からつながる土間のような部分が炊事場。
ここにかまどや洗い場が見えます。
調理は基本的に こちらの調理場で行い 台所の方は最後の仕上げや温めなおしに使っていたようです。 -
調理場は結構広いです。
中に石蔵もあります。貯蔵庫だったのでしょうね。 -
あんまり見た事無いダイヤルのない電話。
これは 交換手につなげてもらうタイプのやつですかね? -
別館方面に伸びる廊下沿いにはいくつもの生活に必要な設備が並んでいます。
台所・洗面所・トイレ・浴室・・・。
洗面所の天井はデザイン性の高い意匠で もちろん通気口がありました。 -
トイレの天井にも菱型のデザインの中に通気口。
至るところに通気口、換気口があります。
住む者が居なくなって 約40年残された生活用品もそのままに
フリーズしていた建物が
保存状態良くそのままになっていたという事は
矢中氏がこだわった換気システムの効果が実証された と 言う事なのでしょうねぇ。 -
小便器のある所は壁がタイルになっていました。
なんとトイレは水洗式!これは、現役で使用可能です。 -
見学の皆さんと共に別館へ移動します。
本館とは内廊下でつながっています。 -
別館の玄関につながっていました。
別館へのお客様は 庭園からアクセスする事もできるようになっていたのです
別館玄関の扉。ドアではありませんでした。
現在は締め切ったままです。
お庭は公開されていないからです。
床は 本館玄関と同じ布目タイル。
こちらは 額縁のように 周りが小石の混ざる洗い出しモルタルになっていました。 -
別館玄関から別館内を見ます。
蔵への入り口みたいですね。3枚の輸入タイルが飾られています。
別館は1階がコンクリート造で 2階は木造です。
玄関から一段上がったホールは畳敷き -
玄関からは 洋風な意匠となり、天井には漆喰が塗られていました。
-
玄関ホールから2階への階段。ケヤキの素敵な階段です。
-
玄関ホールにある納戸の扉は 中国っぽいデザインになっていました。
別館の意匠は和洋折衷ですね。 -
1階のお部屋から見ます。
奥の食堂
並んだ板戸絵とぐるりと描かれた水墨画の豪華さに驚きます。
14畳の広さです。
この部屋は 食事でお客様をもてなす為の部屋だったそうです。 -
本館の板戸絵と同じ谷中氏の友人であった南部春邦氏の筆による美しい植物画。
黒漆の縁で引き締まっていますね。
ちなみに この扉の奥が気になりますが お部屋ではなく 押入れのような納戸ですって。 -
鴨居の上 部屋一周描かれた墨絵は 北川金鱗氏による当時の12国立公園の風景。
これは「伯耆大山北絶壁」大山隠岐国立公園の大山の荒々しいノースフェイスの景色。
ここでの食事でもてなされたお客様は
居ながらにして 全国の国立公園の景観美を堪能できた と 言う事ですね。 -
食堂の天井の照明。こちらも一段上がってやはり換気口が造られていました。
-
しかも よ~く見ると格子の奥に張られた網には青海波の柄入り。
さすが 迎賓棟だけあって 細かい部分も手抜き無しです。 -
14畳の広さのある食堂は 中央のペンダントの他に四つ角に
今で言う ダウンライトのような洒落た照明もありました。
もちろんここにも通気口あります! -
窓の下に作りつけられたキャビネットは・・・天板が~~!
なんと山桜の一枚板!
桜なんて そうそうまっすぐに育たないし これだけの幅を取れる大木ってのもあるのか!?
この一枚の材だけで 家が一軒建ちそうです・・・。 -
2階へ上がります。
階段室(三畳間)の隣には五畳のサンルーム的なお部屋が。
窓から見える本館の屋根部分。
なんと!切妻の瓦屋根じゃありませんでした!
真ん中が平らになった陸屋根(ろくやね)
通常は雨仕舞いが良くないので こんな屋根にする訳がないのにあえて陸屋根にしたのは
自らが開発したセメント防水材の効果を立証する為にこうしたと考えられるようです。 -
五畳間からは 今は 出る事ができませんが ベランダもあります。
本館の陸屋根部分を見てもらうのには必要なベランダだったのでしょう。 -
三畳間の階段ホールと応接間の間の襖は ちょっと不思議。
真ん中にガラスのはまったもので 唐紙ではなく 西陣織の生地張り。
その西陣織の柄も洋風な柄。 -
別館2階は和室が2つありました。
二間共畳敷きですが
手前はソファーが置いてありますので 洋風のしつらえ。
これだけ 使われていた時代のまま状態良く残されていると言う建物は 昭和の中期完成とは言え
60年は経っているのですから凄いと思います。
いや こんなに家具や生活用品がそのまんまってのは 初めて見たかも。 -
豪華な格天井の手前の部屋。
照明もシャンデリア風です。
洋風に使うお部屋の天井は 格天井の角部分が斜めの合わせになっています。
本館の書斎も同様です。
これは 天井高を感じさせる為の工夫。 -
応接間に飾られた沢山の鳥が描かれた額
本館玄関ホールの衝立には野菜・果物、魚の色々が描かれていたし
これも色々な鳥たちが図鑑のように一同に描かれていました。 -
手前の洋風な応接間にはマントルピース風の石組み部分が。
が、中に入っているのは電気ストーブ。
煙突も・・・なく 建築当初からここには電気ストーブが納められていたそう。
なんでも 当時 出始めの電気ストーブはめちゃ高価なものだったそうです。 -
奥の応接間は大きな床の間、付け書院のある12畳の格式ある和室
床柱は四方柾。当然 長押もぜーんぶ柾目~!
使われている材の豪華さハンパなし。 -
付け書院に飾られた菱型の組子
三つあるものは良く見ると全部 組子が異なってます。
これは 麻の葉。 -
こっちは 多分 菱の実モチーフです。
-
これは下の部分。美しいですね。
そして 換気にこだわった家だからこそでしょう。
保存状態もすばらしいのです。 -
付け書院の裏側。縁側スペース。
かわいい籐椅子が置いてありました。 -
これは 床の間のある応接間の照明。
真ん中 多分 グローブが割れてしまったか 他に外して保管されているのでしょうね。
ちょっと不思議に思ったのは
このバッチリ格式高い和室に このシャンデリア風の照明器具がついているのに
1階の洋風な食堂のランプがかなり和風なデザインだった事。
まりも母のインテリア感覚としては 逆なんだけどなぁ。なんでやろ??? -
座卓の上には 矢中氏の会社の製品カタログなどが。
ところで この建物 正式な設計者の名前はどこにも出てこないのでした。
誰が図面を描いたのかは不明なままです。
でも 矢中氏自身が多くの場面に関わったのは確かですね。 -
襖の引き手も素敵なデザイン。
迎賓館だけあって ぱっと見てもじっくり見ても
贅を尽くした材料が使われていて それらが美しい状態で見られる事に感激しましたよ。 -
別館2階の見学を終えて、ガイドツアーは終了です。
各自本館の方へ戻ります。戻りかけ 別館1 階 階段脇のトイレを覗いてみます。
なぜか 手洗い場が2つありました。 -
お庭から見る本館と奥の別館。
別館は1階がコンクリート造、2階が木造の為、2階の方が大きい、というちょっと変わった造り
(雨仕舞いの都合上らしい)
本館の黄色っぽい色は矢中氏の会社で開発した塗料だそう。
山富貴酸化黄という 今もマノール社で作られている色みたいです。
ガイドさんのお話によると 戦時中軍関係の建物に多く使われたそうです。 -
帰りがけ 熱心に見ていたからか 通常非公開だそうですが
今は使っていないから と言う事で地下室も見せて頂けました。
本館玄関と玄関ホールの下あたりに 地下室(玄関を1階とするなら)がありました。
ノミの跡が残る手掘り時代の大谷石がいい感じの所に木製の扉がありました。 -
傾斜地に建つ建物だし 地下部分となるから
もっと頑丈な造りかと思ったら本当に大谷石が積んである部屋だった。
木骨に石を積んだのではなく 石だけで積まれていました。
構造的には 中に鉄筋とか入っているのでしょうかね? -
自転車、大きなブリキのタンクみたいなのは お米を入れるものだったみたい。
どちらも古いものがそのまま。 -
地下室は奥にももう一部屋。
現在は ギャラリーやイベント時に使う事もあるそうです。 -
玄関への階段があるように お庭も道路からは一段高くなった場所に。
左に庭へ上がる階段もありました。
下にも石灯籠や庭石が飾られています。
赤い石は この辺りの石ではなく 地方から持ってきたものだそう。
四角い壁の穴は 中に水が流れる水路のあった跡。
庭には川や池、滝まで造られていたそうです。 -
お庭が公開されていないので(公開できるような手入れができていないそう)
最後に 外観は階段下辺りから眺めます。
この景色からでは 中の豪華さも陸屋根になっている事も判りませんね。
手入れの良いちょっと古いおうち にしか見えない。 -
玄関への階段の前には池だったのだろうなぁ と 思う庭園部分も。
石灯篭の後ろには井戸もあります。 -
おまけの見学です。
旧谷中邸 「矢中の杜」の通り向かいにあるカフェポステン。
旧常陸北条郵便局 昭和8年(1933)国指定登録有形文化財
道路に面した部分が郵便局で2階と奥に住居部分のある建物です。
通りに面したブルーのドアは現在使われていなくて、いつも赤い自転車が置かれています。
お休みかな?と思ってしまいますが カフェの入り口は建物左側路地の奥
住居部分の玄関が現在の入り口になっています。
カフェポステン
http://www.cafe-posten.com/ -
今日は このカフェも利用して内部も見ようと思っていました。
矢中邸を見た後 お茶しにきました。
間口が狭く奥に長い鰻の寝床式の敷地は昔ながらのもの。
狭い路地を進むと引き戸の純和風の玄関がありました。 -
ランチには遅い時間でも結構お客さんが居ました。
旧郵便局をリノベーションして こじんまりした居心地の良いカフェとなっています。
作家物の陶器などが並べて売られていたのは押入れだったのかな?と思うコーナー。 -
郵便局時代の看板もありました。
漢字表記は右から書かれています。 -
案内されたのは 郵便局の局舎だった部分のお部屋。
中は 郵便局の面影はありませんでした。
こちら側にはキッチンとカウンターとテーブル席が3つほど。
開かずのドアあたりにはトイレがありました。 -
朝昼一緒のような軽食を食べて出かけてきたので
お腹もそろそろ空いて来ましたが、
食事メニューは終了してしまったとの事。
ケーキと飲み物を頂きました。
作家物の器に入れられたおいしいコーヒー。
ダンナはモンブラン。私はかぼちゃのムース。
久しぶりの北条で やっと見学できた矢中邸。
想像していたよりずっと見ごたえのある建物に 瞬間冷凍されたようなレトロな生活用品がそのまま残され 大変興味深く、楽しい見学でした。
ボランティア団体に運営されて大切に維持管理されている所もよかったです。
近すぎて あと回しになっていた北条は 楽しいレトロタウンでした。
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