2018/04/19 - 2018/04/25
1016位(同エリア1569件中)
binchanさん
- binchanさんTOP
- 旅行記680冊
- クチコミ170件
- Q&A回答216件
- 482,533アクセス
- フォロワー70人
旅行三日目、午後はタリン市内を観光しています。
この後は市庁舎とロシア博物館を見学します。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
14:48
Raekoja plats(市庁舎広場)へやってきました。
日本人観光客がガイドさんの説明を聞いています。今朝会ったご夫婦のツアーかな、と思って見てみましたがさすがにそんな偶然はありませんでした。今日の午後リガへ移動とおっしゃっていたので、もうバスの中かなあ。ラエコヤ広場 広場・公園
-
旧市庁舎の歴史は13世紀にさかのぼることができるほど古いのですが、建物がこの姿になったのは15世紀初期。
-
通常4月は内部見学ができないのですが、今年は独立100周年の企画展が行われているので入場できました。
タリン旧市庁舎 史跡・遺跡
-
Joy in the Heart of the City:Paintings from Enn Kunila's Collection
Kunilaはエストニアの著名な実業家であり芸術愛好家でもあります。今回の企画展は彼の絵画コレクションから20世紀初期に描かれた絵画を集めたものでした。 -
入口にあった「1629」の年が刻まれたレリーフ。
タリン市議会が最初に文献にあらわれるのは、デンマーク時代の1248年。市議会は町の商人によって選出され、立法、行政、司法の全てが市議会に所属していました。しかしその統治は下町のみで、トームペア(山の手)はこれには従属せず、封建的な法律が適用されていたそうです。 -
参観料は5ユーロ。
-
旧市庁舎の「風見おじさん」ことオールドトーマス。現在屋根の上で頑張っているのはレプリカで、本物は建物の中でのんびりすごしています。
それにしても股間がスゴイですね。 -
オールドトーマスは1530年からあるんですね。日本だったら室町時代だよ。
-
同じくエントランスホールにあった樫の旅行用チェスト(1756年)。
-
エントランスから市議会の間への階段上にあった額。どの時代のものかわかりませんが、すでにエストニアの徽章のようなデザインがあります。
-
市民の間。
カラフルな柱のアーチ型天井が素敵です。 -
この部屋は現在も政府の迎賓会に使われることがあるそうです。
-
市民の間に展示されていたPaul Burmanの作品。
1916年の市庁舎広場が描かれています。壁の色こそ違いますが、現在も同じ建物が並んでいますね。 -
市議会の間の壁画。
「バプテスマのヨハネの首を持つヘロディア」。この部屋で裁判が行われたことから、正義についての絵が描かれています。 -
「スザンナの裁判」。これも正しい裁きについての聖書のエピソード。
これらの絵に添えられている文はドイツ語。19世紀までエストニアではドイツ語が公用語でした。 -
横木の彫刻。この部屋は17世紀に改修されたとのことなので、これはその当時のものかな。
-
一部は1971~75年に修復したものだそうです。
-
Lavatoriumという手を洗うための道具。
-
オランダから輸入されたという真鍮のシャンデリア。
-
窓のある壁の装飾はオリジナルなんでしょうか。もうすっかり剥げてしまっていますが。
-
拡大してみると人が描かれているのがわかります。
-
そしてこの樫のベンチは15世紀のもの。
横板の彫刻は「サムソンの髪を剃るデリラ」とその下に「フィリスの馬になるアリストテレス」。女に惑わされてはいけない、という戒めですね。 -
反対側には「ダヴィデとゴリアテの戦い」。イタリアで見かけるダヴィデ像はほぼフル〇ンに武器というスタイルだったけど、このダヴィデはちゃんと服着てますね(小さい方がダヴィデ)。あんな格好で巨人とは戦えないもんね。
部屋のもう一方にもう少し古い(14世紀後半)ベンチもあったのですが、そちらは見るのを忘れました。そっちがより貴重なのに…。 -
ベンチ全景。
後ろに立っている女性は係員さん。中世風の制服を着ています。 -
この部屋に展示されていた絵。
Amandus Adamsonが描いた「橋のある風景」(1928年)
作者は昨日見たルッサルカ号の記念碑を作った彫刻家。画家でもあったんですね。かなり晩年の作品です。この風景はイタリアのものらしいです。 -
屋根裏への階段。今回は屋根裏での展示はないようで登れないようになっていました。
-
下に降りる階段へ。
-
ワインの間。
子供向けの体験コーナー。 -
18世紀のワインサーバー。
-
もう一階下へ降ります。
-
階段は狭いので一方通行。
-
地下貯蔵庫。
ここには多くの絵が展示されていました。 -
Konrad Mägi作、南エストニアの風景(1916-1917)
-
暖炉の跡でしょうか。
-
17世紀のもののようです。
-
Accounting Chamber(会計の間?)
この部屋はお金が保管される場所。議員の最も重要なポストの一つが会計で、ここで財政とビジネス問題に取り組んでいました。19世紀末、会計の間は市長の執務室になりました。隣に宝物室があり現在も市の職員が仕事に使っているそうです。 -
マネーチェスト。
絵が描かれた鉄製のチェストで蓋の内側に人魚の装飾があるそうです。17世紀のもので、3つの錠前があり3つのそれぞれ施錠できる小部屋にわかれているとのこと。 -
現在の床の下に、15世紀のオリジナルのタイルが保存されています。
-
15:30
次の目的地へと向かいます。
ロシア博物館を目指しているのですが見つかりません。ロシアの旗があるのでここかと思ったら大使館でした。ロシア大使館 (タリン) 建造物
-
Pikk通りの小さなチャペル。これ前も気になったんだよね。グリーンマーケットという広場の一角にあります。
グリーンマーケット 広場・公園
-
十字架の形から正教会のチャペルだとは思うのですが情報がない。
-
中をのぞくとイコンが架けられています。
-
説明らしきものはこのロシア語の記述しか見当たりません。
-
ロシア文字の筆記体は読み取るのすら困難で、翻訳ソフトで解読できたのは「ニコライ2世の治世15年を記念して1909年に建てられた」ということだけ。
ロシア語がわかる方、コメントお待ちしております。 -
1909年建築のヒストリシズム(歴史主義)の建物。タリン旧市街地だからと言って全ての建物が中世のものというわけではありません。旧市庁舎のような15~16世紀のものは数えるほど。ほかにもルネサンス式、ゴシック、ユーゲントなど様々な時代、様式の建物が軒を連ねています。数えたわけではありませんが、一番多いのは20世紀の建物ではないかと。
-
15:41
やっと発見、Vene Muuseum(ロシア博物館)。
エストニア語で「ロシア」はVene。Tallinna Vene Muuseum 博物館・美術館・ギャラリー
-
割と小さな建物で博物館っぽくないので見落としがち。
特別ロシアに関係のある建物ではないそうです。 -
参観料は3ユーロ。
受付の人(いかにもロシア人って感じの髭のおじさん)が館内の簡単な説明をしてくれました。
これは現在のロシア文字が制定された当時のアルファベット表。 -
博物館の趣旨は、エストニアにおけるロシア人の歴史や生活を紹介するということなのですが、生活用品や衣服などの展示は少なく、そのほとんどがロシア語の出版物についてでした。
ロシア語で書物が出版されたのは1564年のモスクワが最初とされています。 -
活字を入れ替えられるタイプライター。
ロシア文字と英語アルファベットを取り換えられるんです。便利かも。 -
ロシア語の新聞。
1940年2月24日。エストニアがソ連に併合される直前のものですね。エストニアのロシア新聞はどんなテンションでニュースを伝えているんでしょう。 -
かつて自由広場がPeetri plats(ピョートル広場)と呼ばれていた頃、広場にはピョートル大帝の像があったそうです。ピョートル大帝が大北方戦争に勝利しエストニアを征服した200周年を記念し1910年に建てられたものです。タリンの名所としてお土産にプリントされたりしていたらしい。
博物館のおじさんは「ドイツ人が壊しちゃったからもうないよ」と言っていましたが、説明書きには「エストニア独立期の1922年に撤去された」とありました。ですよね~、独立したらさっさとそんな銅像撤去したいですよね。でもおじさんの中では、ロシア時代のものを壊したのはみんなドイツだってことになっているのかな。 -
当時のお土産の数々。
今のエストニアでは、私の見た限り「ソ連時代はアウト、帝政ロシア時代はギリセーフ、特にピョートル大帝は歴史モチーフとしてアリ」って感じです。 -
エストニアは19世紀以前はドイツ語が公用語でした。13世紀以来ドイツ系の商人たちがエストニア経済の実際の支配者だったからです。それが19世紀にロシア化が進み、ロシア語が公用語となりました。
しかし1918年にエストニアが独立宣言をすると、支配層だったロシア人はエストニアにおける少数民族になってしまったのです。1925年に文化的少数者のための自治法が制定されるのですが、ロシア人はそれと認められませんでした。そんな中でロシア人がアイデンティティを保つ手段として使ったのが出版物でした。
ただ、当時のロシア語出版物はソ連時代に大量に廃棄されてしまったそうです。なるほど、エストニアに残ったロシア人は共産主義化されていなかったからですね。ですのでここが所蔵する文献はとても貴重なんだそうです。この博物館が印刷物の展示に力を入れているのはそのせいかもしれませんね。 -
ブレて映っているのが博物館のおじさん。
この部屋の壁画は16世紀だか17世紀のオリジナルだよって言っていたような…。何気なく古いものが残っているのがタリンの街。 -
ロシア文字のタイプライター。タイプ体験OKです。
-
二階の企画展を見に行きます。
-
Pavel Varuninによるロシア正教古儀式派の木彫イコンと図版展。
-
Pavel Grigoryevich Varuninは1961年5月1日、タルトゥ生まれで、エストニアの古儀式派教区の会長を務める人物です。長年にわたって古儀式派コミュニティの文化の研究と保存を目的とした数多くの活動の促進をすすめてきました。
彼はまた芸術家として海外でも知られています。木彫のほか、ロシアの伝統的な色刷り木版を用いて印刷物のデザインをしたり、図案を考案したりしているそうです。 -
エストニアの古儀式派信者は東部のロシアとの国境地帯にわずかしかいません。
-
こういったものを見られる貴重な機会かも。
-
木版画。
-
古儀式派の生活が描かれています。
-
ちょっと面白い絵もあります。
-
古儀式派の村があるというペイプシ湖(ロシア国境にある湖)の島へ行ってみたくなりました。
-
展覧会の看板。
タリン観光は続きます。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
2018 独立100周年のエストニアへ
-
前の旅行記
2018-4月 100周年のエストニアへ 13 ロッテルマン地区、自由広場、Popular front博物館
2018/04/19~
タリン
-
次の旅行記
2018-4月 100周年のエストニアへ 15 市議会薬局、アートショップIhthus、お買い物、夕食
2018/04/19~
タリン
-
2018-4月 100周年のエストニアへ 01 セントレアからヘルシンキのフェリー乗り場まで
2018/04/19~
ヘルシンキ
-
2018-4月 100周年のエストニアへ 02 タリンクシリヤラインでタリンへ
2018/04/19~
タリン
-
2018-4月 100周年のエストニアへ 03 タリン港フェリーDターミナル
2018/04/19~
タリン
-
2018-4月 100周年のエストニアへ 04 タリン海岸、ルッサルカメモリアル、歌の原
2018/04/19~
タリン
-
2018-4月 100周年のエストニアへ 05 丘の散歩道、ドイツ人墓地、ソ連時代のモニュメント
2018/04/19~
タリン
-
2018-4月 100周年のエストニアへ 06 エストニア歴史博物館
2018/04/19~
タリン
-
2018-4月 100周年のエストニアへ 07 テレビ塔、森林墓地
2018/04/19~
タリン
-
2018-4月 100周年のエストニアへ 08 ピリタ修道院、ピリタ港、オリンピックセンター
2018/04/19~
タリン
-
2018-4月 100周年のエストニアへ 09 ヘスティアホテルイルマリーネ
2018/04/19~
タリン
-
2018-4月 100周年のエストニアへ 10 ビールとサラダの晩ごはん、オレフ教会のコンサート
2018/04/19~
タリン
-
2018-4月 100周年のエストニアへ 11 火力発電所跡、市民ホール、パタレイ要塞跡、魚マーケット
2018/04/19~
タリン
-
2018-4月 100周年のエストニアへ 12 Viimsi 戦争博物館
2018/04/19~
タリン
-
2018-4月 100周年のエストニアへ 13 ロッテルマン地区、自由広場、Popular front博物館
2018/04/19~
タリン
-
2018-4月 100周年のエストニアへ 14 旧市庁舎、ロシア博物館
2018/04/19~
タリン
-
2018-4月 100周年のエストニアへ 15 市議会薬局、アートショップIhthus、お買い物、夕食
2018/04/19~
タリン
-
2018-4月 100周年のエストニアへ 16 クローガ
2018/04/19~
その他の観光地
-
2018-4月 100周年のエストニアへ 17 パルディスキ駅、Amandus Adamson博物館
2018/04/19~
その他の都市
-
2018-4月 100周年のエストニアへ 18 教会、Peetri tollレストラン、ピョートル大帝の要塞...
2018/04/19~
その他の都市
-
2018-4月 100周年のエストニアへ 19 Pakri灯台、海岸の断崖、パルディスキの風景
2018/04/19~
その他の都市
-
2018-4月 100周年のエストニアへ 20 鉄道支線クローガランナ、タリンに戻って夕食
2018/04/19~
その他の都市
-
2018-4月 100周年のエストニアへ 21 軍人墓地、タリン応用化学大学
2018/04/19~
タリン
-
2018-4月 100周年のエストニアへ 22 ソ連時代の建築、エストニア防衛連盟本部、街角のレトロ建築
2018/04/19~
タリン
-
2018-4月 100周年のエストニアへ 23 科学館、ロシア文化館
2018/04/19~
タリン
-
2018-4月 100周年のエストニアへ 24 旧市街地散策、KGB監獄跡、修道女の塔と城壁
2018/04/19~
タリン
-
2018-4月 100周年のエストニアへ 25 Balti jaam turg、トームペア
2018/04/19~
タリン
-
2018-4月 100周年のエストニアへ 26 早朝のタリン、タリンクシリヤMegastar号
2018/04/19~
タリン
-
2018-4月 100周年のエストニアへ 27 ヘルシンキ大聖堂、カウッパトリ、観覧車
2018/04/19~
ヘルシンキ
-
2018-4月 100周年のエストニアへ 28 カタヤノッカ
2018/04/19~
ヘルシンキ
-
2018-4月 100周年のエストニアへ 29 帰国<終>
2018/04/19~
ヘルシンキ
旅行記グループをもっと見る
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったスポット
もっと見る
タリン(エストニア) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
タリン(エストニア) の人気ホテル
エストニアで使うWi-Fiはレンタルしましたか?
フォートラベル GLOBAL WiFiなら
エストニア最安
568円/日~
- 空港で受取・返却可能
- お得なポイントがたまる
旅行記グループ 2018 独立100周年のエストニアへ
0
66