2018/04/19 - 2018/04/25
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binchanさん
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最近エストニアがお気に入り。その第一の理由はアクセスの良さ。どんなに素敵な国でも、たどり着くのに24時間以上かかるとか、旅費が何十万もかかるとなるとハマりたくてもハマれません。それ以外にも治安がいいとか国のサイズがお手頃とか、英語でも情報収集できるとか、実際的な理由がいくつかあることは確かなのですが、はやりエストニアに魅力があってそれが私を引き付けているのだと思います。それを簡潔に説明できるほどまだエストニアを知らないのですが、より理解を深め本当の魅力を人にも伝えられたらいいなと思っています。
この旅行記では「Russalka mälestussammas(ルッサルカメモリアル)」と「Tallinna Lauluväljak(歌の原)」へ行きます。
ルッサルカメモリアルは、タリン沖で沈没し乗組員177名が犠牲となった帝政ロシア海軍軍艦ルサルカ号のための慰霊碑。1902年にエストニア人彫刻家Amandus Adamsonが設計しました。
歌の原は1960年に建造された大型の野外コンサート会場で、1988年には30万人以上の国民が集い歌を歌ってソ連から独立の機運を高めたという場所です。1991年のエストニア独立への運動は「歌いながらの革命」と呼ばれ、今でも5年に一度開催される歌とダンスの祭典は世界的にも有名です。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
08:20
フェリーDターミナルからUus-Sadama通りを歩いていきます。Uusは新しい、Sadamaは港の意味なので、「新港通り」ですね。 -
Tuukri通りとの交差点に古そうな建物を発見。
ファサード上部の船のレリーフが商人の館っぽいけれど、調べても何もわかりませんでした。 -
文化財マークがあります。
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この漢字はソ連時代の建物?
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この窓の鉄枠なんかはばっちりそれっぽいですけどね。
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お向かいの建物は石灰岩の外壁と特徴的なレンガ色の軒石。たぶん19世紀から20世紀初頭にかけての建築物。
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Tuukri通りを東へと進むと、メソジスト教会が見えてきました。さすが首都タリンですね。いろいろな建物があります。
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壁に1965って書いてある集合住宅。これは正真正銘ソ連時代の建物ですね。フルシチョフ書記長時代の住宅、いわゆる「フルシチョフカ」。当時大量に建てられたこの集合住宅は現在でもエストニア各所で見かけます。
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築50年超の5階建集合住宅。間取りはどうなってるんでしょうね。
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上の写真からさほど遠くないところで、最新のマンションを建設中。
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遠くにフェリーターミナルが見えました。
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この壁も古そう。何の跡なのか調べてもわかりませんでした。
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それにしてもこの辺り、腹が立つほどおしゃれなマンションが立ち並んでます。
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そして海岸沿いへと続く素敵な並木道。
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海辺に出ました。
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タリン湾の砂浜。波も穏やかです。
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ピリタ方面。これからあっちの方へ向かいます。
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エストニア各所に転がっている巨石。氷河の落とし物です。
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朝の砂浜を大型犬とランニングしていた美女2人の後ろ姿。なんだかおしゃれで腹立つわ~。
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ようやく第一目的地が見えてきました。
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08:50
Russalka mälestussammas (ルッサルカメモリアル)。ルサルカ像 モニュメント・記念碑
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1893年にタリン沖で沈没したロシア軍艦の慰霊碑です。
周りを囲む鎖の支柱に犠牲者の名前が刻まれています。 -
天使を戴くこの記念碑は1902年、エストニア人彫刻家Amandus Adamsonによって造られました。後日Amandus Adamsonの記念館も訪問します。
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軍艦の名前Russalka(ロシア語ではРусалка)は人魚という意味。
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ロシア語で書かれた碑文。12名の将校と165名の乗組員が犠牲になったとのこと。
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08:56
徒歩でTallinna Lauluväljak (歌の原)へと向かいます。 -
09:03
歌の原の入口らしき場所に到着。 -
門に何か書いてある。
冬の間は公園内が管理されていないので園内の安全などは自己責任で。イベントをする人は事前申請してください。みたいなことが書いてあるらしい。中に入っちゃダメとかではなさそう。 -
ステージの建物が見えてきました。
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意外と大きいです。
エストニア独立の象徴的な場所なのですが、建設されたのはソ連時代ど真ん中の1960年。そう思ってみるとこの体育館みたいな感じがソ連っぽい。 -
ステージ側に来てみました。まるで野球場のスタンド席みたいなステージ。
1869年にタルトゥで始まり、現在に至るまでほぼ5年に一度開催され続けている歌の祭典。後にダンスも加わって前回の2014年大会では33,025名もの参加者(観衆ではなく!)がありました。歌の原 (歌の広場) 劇場・ホール・ショー
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ステージの出入口。
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広いステージ!
この野外ステージでアンプを使わずに合唱を披露するんだろうか。祭典の写真を見るとこのステージにぎっしりと歌い手が並んでいるので、しっかり音が調和していれば遠くまで声は届きそうだけど…。 -
ステージ中央付近から観客席にあたるスロープを見たところ。こちらにもぎっしりと観衆がつめかけるんですよね。次回の開催予定は来年2019年です。
以前歌の祭典について調べたことがありますが、開催期間はホテルは高騰、交通規制があるしで、見に行くのはとても大変そう。 -
歌の祭典以外にも、ここでイベントが行われます。
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メインゲートにあった歌碑。
ペレストロイカ以降、自由への機運が高まりエストニアでは独立への希望が歌に託されました。1988年にここ歌の原で30万人におよぶ歌の集会が開かれたとのこと。私のイメージする「ソ連」では許されないと思っていたそんな集会が、80年代後半には可能だったんですね。1980年代のソ連体制の劇的な変化を今さらにして実感。 -
メインゲートの建物とステージ。
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観客席を通り抜けて広場ようなところへ出ると、Cromaticoというアート作品があります。
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ピアノの鍵盤のようなコンクリートのオブジェ。
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中は小部屋にわかれていて、天井にド、レ、ミといった音階が書かれています。それぞれの小部屋で音を出すとその音階の音がするらしいのですが、手をたたいたり声を出したりしてみましたが実感できなかった。私ってよっぽど音痴なのかな。
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ご丁寧に黒鍵の部屋もあるんですよ。
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音響芸術家の作品とのことですが、結局正しい楽しみ方がわからなかった。
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歌の原、ステージ全景。
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観客席のスロープを登って行くと、
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銅像があります。
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このあたりには観光客がいて、この銅像と写真を撮っていました。ステージまで行く人はいないようでした。
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この銅像はGustav Ernesaks(1908.12.12.-1993.01.24)のもので、説明板には「卓越した愛すべきコーラスの指導者であり作曲家、厳しい教師であった。半世紀近くにわたって彼は人々による歌の祭典の主な主導者であり総合的な指導者だった。1944年に彼はエストニアナショナル男声合唱団を設立し亡くなるまでその音楽監督を務めた」といったことが書かれています。
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エストニア歌とダンスの祭典の記念碑。
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すでに150年近い歴史があるんですよね。
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その100周年を記念しています。
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林の奥にも石碑が見えます。ああいうのって慰霊碑が多いんだけど、ここでも何か惨劇が…?
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と思ったら普通に祭典の記念碑だった。
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これが初回1869年の記念プレート(開催場所はここでなない)。
51団体845名の参加者があったとのこと。すべての開催年ごとのプレートが並んでいました。戦時中も途絶えることなく、またソ連時代にも時代に合わせて開催が続けられた歌の祭典。ソ連時代は、ソ連の国家もちゃんと歌ったりして当局のお咎めを免れ、したたかに柔軟に歌の祭典をやっていたそうです。 -
駐車場にはツアーバス。私がいる間に3~4台来てました。
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バスの駐車場から見た歌の原。
ここから丘の上の道を徒歩移動します。
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