2016/07/12 - 2016/07/12
926位(同エリア6451件中)
玄白さん
ウィーン観光2日目のメインは美術史博物館で、数々の名画を鑑賞。ブリューゲル、フェルメールなど、その作品を一つでも日本に借りだせれば、特別展で大行列ができるような作品群を、すぐ傍でじっくり堪能できる。しかも、ストロボさえ使わなければ写真も撮り放題。ウィーンに来てここを見ない手はない。
午前中は国立歌劇場(オペラ座)見学。オペラ鑑賞もしたかったのであるが、夏はオペラ座での公演は無し。やむなく、オペラ鑑賞はプラハで楽しむことにして、ウィーンでは建物の見学のみ。
夕方は、前日に続いて、ワイン酒場ホイリゲへ。この日はすっかり観光化しているというグリンツィングへ行ってみた。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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前日、ほろ酔い気分でホイリゲからアパートに戻って、初日にツーリストインフォメーションでもらってきたパンフレットを眺めていたところ、あちこちでコンサートをやっているのを発見。せっかく音楽の都とも言われるウィーンに滞在しているのであるから、一度くらいはコンサートにも出かけねばなるまい。知らない演目もたくさんあるが、なじみ深いヴィヴァルディの「四季」をやっているではないか。
さっそく、スマホのインターネットから申し込んだ。
予約したコンサートの会場はカールス教会である。朝一番で場所の確認のため、カールス教会へ。 -
イチオシ
オーストリアのバロック建築の巨匠、フィッシャー・エルラッハと息子ヨーゼフ・エルラッハの設計により、カール6世がペストの鎮静を祈念して建てられた。建築主と建築家の組み合わせは、昨日見学したプルンクザールと同じだ。ただし、フィッシャーは教会建設中に亡くなっている。
青い屋根の丸いキューポラと2本の巨大な柱が、とても印象的。 -
内部の見学は、15日のコンサートの時にまた来るので、その時にすればよいので、今日は建物の外観だけ。
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高さ47mの柱のデザインはローマ五賢帝のトラヤヌス帝とマルクス・アウレリウス帝の記念柱を模している。柱には、帯を巻き付けたように、聖人カール・ボロメウスがペストを鎮静させた物語を表すレリーフがてっぺんまで続いている。
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教会入口の左右には、一対の天使像が置かれている。
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カールス教会の場所を確認してからオペラ座へ向かう。
途中、セセッシオンの金色のキャベツと言われる黄金のドームが見えたが、今回はセセッシオンはパス。 -
ウィーン国立歌劇場(国立オペラ座)。パリ、ミラノと並び、ヨーロッパ最高峰のオペラ劇場である。第2次大戦で戦災にあったが、戦後復興し、カール・ベーム、ヘルベルト・フォン・カラヤン、小澤征爾といったそうそうたる名指揮者が音楽監督を務めている。ハプスブルク家が支配していた1920年までは王立宮廷歌劇場と呼ばれていた。
夏場はオペラの公演はないので、せめて、建物だけでも見学しておこう。 -
オペラ上演はないものの、小規模のコンサートは連日行われている。入口付近にはコンサートのチケットを売る売人がたむろしている。競馬場の前にいるダフ屋を連想してしまい、感じの良いものではない。
観光シーズン中、あちこちで行われているコンサートは、半分は観光客相手のものらしい。 -
オペラ座の見学は、決められた時間にスタートするガイドツアーのみ。日本語ツアーがある日もあるようだが、この日は、ドイツ語、イタリア語、英語のツアーのみ。
11:00出発の英語のツアーに参加する。料金は7.5ユーロだが、シニアなので6ユーロで済んだ。(連れ合いは割引対象外だが、6ユーロで済んだ。このあたり、結構いい加減!)
ツアー出発までロビーで待たされる。記念撮影用に、18世紀頃の貴婦人の服装の顔出しパネルが置かれていて、ツアー出発を待つ観光客が写真を撮っている。音楽の殿堂も、昼間は観光地と化している。 -
中央のエントランスホール。ツアーが始まる前は手前にロープが張られていて、階段を昇ることはできないので、階段下から撮影。
ゴテゴテした彫刻の類はなく、落ち着いた上品な佇まいだ。これからオペラという芸術鑑賞の心の準備をするにふさわしい場所に仕上げられている。 -
ホール入口の天井
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控えめだが精巧な細工が施された柱と梁。
現役時代、勤続30周年特別休暇を利用してスイス・フランス旅行した際、パリのオペラ座でバレエ鑑賞した。パリのオペラ座のエントランスホールは、華麗なシャンデリアや彫刻が飾られ、ゴージャスな雰囲気だったと記憶しているが、こういうシンプルだが品がある佇まいも好ましい。 -
ツアースタート
まずは、エントランス中央階段を昇り、吹き抜けの下へ。 -
吹き抜けの天井。
天井画は「賛美と賞賛」。19世紀後半に描かれたフランツ・ドビヤショフスキーという画家の作品。 -
幕前に入ってきた。ガイドの女性が熱弁を振るっている。現役を離れて6年、たまに仕事で英語を使うといった機会は全くなくなり、普段英語に接することもなく、ヒアリング能力の衰えに愕然とする。ガイドの話の半分も理解できない。(情けない・・・だが、元々語学は好きではないので、いまさら英語をブラッシュアップしようとは思わない)
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舞台と幕前の間にある鉄製の緞帳。万が一の火災の時の防火幕になっているそうだ。
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この鉄の緞帳は2枚あって、悲歌劇の時はギリシャ神話で黄泉の国から戻るオルフェウスが描かれている。(写真の緞帳)
もう一枚は、バレエと喜劇オペラの上演時に使われる。 -
客席は、古典的な構造で、パルケットと言われる平土間の席を取り囲むように、下からパルテッレ・ロージェ、2層のロージェというボックス席、さらにバルコーン、ガレリーという階層からなっている。
戦災による被害から復旧・再建するとき、客席を古典的(封建的?)なボックス席とするか、(民主的?)階上席とするかで、大論争があったという。結果的には、時代不相応とされたにも関わらずボックス席が残り、伝統的な構造となった。 -
イチオシ
平土間席中央付近から天井を見上げる。重量3tのクリスタルガラスと1100個の電球が燦然と輝いている。オーストリアの代表的クリスタルガラス工芸品メーカー、ロブマイヤーが制作を請け負った。ロブマイヤーはリーデル社とならび、高級ワイングラス、シャンパングラスが特に有名である。(どうでもよいことであるが、我が家で使っているワイングラスはリーデル社のもの)
クリスタルガラスの天井をロージェが馬蹄形に取り巻いているさまが幾何学的に面白い。 -
バックヤードも見学コースに入っている。
舞台のすぐ裏側の部分。吊り物を動かす電動ウィンチが設置され、舞台上から奈落まで、自在に上げ下げできるしかけになっている。 -
広いバックヤード空間。エバーハルト・ヴェヒターと呼ばれているリハーサル舞台も設えられている。(写真左側)
バックヤードの広さは、パリオペラ座の方がさらに広いようだ。なにしろ、そちらは「怪人」が住みついているというストーリーが作られるほど広大なのだ。 -
イチオシ
かつてはハプスブルク家の皇室専用だったティーサロン。第2次大戦末期の連合軍の爆撃でもかろうじて破壊を免れた。天井画は、カール・マディエラ(1828~1875)という画家によるもの。音楽の女神(?)が竪琴を手に鷲に乗って天に向かい、ラッパを吹く2体の天使が女神の頭上に星の冠を捧げる構図の絵である。
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かつて皇帝の間と言われており、現在は大理石の間と呼ばれているサロン。床にザルツブルク産の大理石が敷き詰められている。
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壁にはハインツ・ラインフェルダー作の大理石の象嵌細工が施されている。
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シュヴィンド・ロビーのシャンデリア
2階ボックス席の後ろ側に位置し、社会的地位が高い観客のための待合室として使われていたが、その前は、劇場菓子業者のビュッフェのように使われていたという。パリのオペラ座が、最初からロビーを上流階級の社交場として位置付けていたのを見て、19世紀後半から、ここでも排他的な上流階級のサロンに変わっていったようだ。 -
シャンデリアが吊るされたシュヴィンド・ロビーの天井
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グスタフ・マーラーの広間
マーラーのウィーン宮廷歌劇場(現国立オペラ座)デビュー100周年を記念して、」1997年に、「ゴブランの広間」から「グスタフ・マーラーの広間」と改名された。
戦前まで、ここは8つの部屋に仕切られた劇場支配人の住居として使われていたという。
この広間は音響効果がよいので、オーケストラのリハーサルにも使われている。 -
広間の一角には、マーラーの肖像画と、以前の広間の名前の由来となっていたゴブラン織が架けられている。
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オペラ座の見学を終えて、美術史博物館へ。
なお、美術史博物館は、入り口からは逆光で写真にならないので、対面にある自然史博物館の写真を掲載している。この2つの建物、外観がウリ2つで、ちょっと見では区別がつかないほどである。手前の銅像は、女帝マリア・テレジア。
自然史博物館も興味あるところであるが、今回はパス -
中央階段
この博物館は、2階が絵画部門、1階がエジプト、ギリシャ・ローマの古美術、3階がコイン博物館となっているが、絵画部門が圧倒的に人気が高いので、通称、美術史美術館とも呼ばれている。 -
中央階段室の天井画
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階段踊り場から2階を見る。この奥が、カフェ・ゲルストナー
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目立たないが、中央階段踊り場の上方に、クリムトの壁画がある。美術史博物館の絵画コレクションは、古典絵画中心だが、額縁には入っていないが、世紀末のウィーンを代表する画家、グスタフ・クリムトの絵画も見られる。ただし、見にくいので、2階の反対側から見ることになるが、距離があるので、じっくりみるなら双眼鏡が欲しいところだ。
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すでに昼飯時となったので、絵画鑑賞の前に、カフェ・ゲルストナーでランチ。
高いドーム天井の下の壮麗な内装で、どこかの宮殿の一室に招かれたような気分になるカフェである。 -
ランチのメニュー。玄白はビールとビーフのグラーシュ。連れ合いは、チャーのガーリックレモンバターソースと、デザートにザッハートルテ。
チャーとは、チャオプラヤ川やメコン川など東南アジアの川に生息するナマズの仲間に属する魚である。まさか、ウィーンで東南アジアの川魚料理に出くわすとは思ってもみなかったが、そんなことは知らずして連れ合いはおいしいと言って、平らげた。 -
腹ごしらえができて、絵画鑑賞スタート。
カフェを中心に右側が、イタリア・スペイン・フランス絵画コレクション、左側がドイツ・オランダ・フラマン絵画コレクションになっている。まずは、イタリア・スペイン・フランス絵画から。
グイド・カニャッチ Guido Cagnacci8(1601-1663)作「クレオパトラの自殺」
カニャッチはイタリアのバロック絵画の画家だが、晩年、宮廷画家としてレオポルド一世に招かれた。ウィーン滞在中の代表作が、この作品である。半裸体の女性が、なまめかしく、最初にシャッターを切った作品である。
カニャッチは、裸婦を描くのが得意だった。 -
17世紀、スペイン絵画黄金時代のベラスケスの代表作、有名なマルガリータ3部作。
左から白い服のマルガリータ(5歳)、青い服のマルガリータ(8歳)、バラ色の服のマルガリータ(2歳)
マルガリータはスペインハプスブルク王フェリペ4世の娘。これらの絵は、ウィーンのハプスブルク家のレオポルド一世との結婚に先駆けて、見合い写真代わりに、スペインハプスブルク家からウィーンハプスブルク家に送られたものだという。
マルガリータにとって、結婚相手のレオポルド一世は、父方のいとこであり、母方の叔父でもあった。ハプスブルク家は婚姻関係を勢力拡大の重要な手段としていて、血統の純粋性をも重要視していたので、近親結婚が繰り返され、どこかで血がつながっているという、現代からすれば異常な家系なのである。
そのため、生まれてくる子供は、病弱だったり、夭逝した子が多い。
そんな背景があるせいか、描かれている幼いマルガリータは、愛らしいが、どこか病的なものを感じてしまう。 -
ジュゼッペ・アルチンボルド(1527-1593)の作品群の一つ「夏」
細密に描かれた野菜や果物で人物の横顔に仕立てている、なんとも奇抜な作品で、一度見たら忘れられない。通常絵の隅に作者の署名が入れられているのだが、この作品では、麦わらでできた襟のなかに織り込まれているのも面白い。
初めて彼の作品を見たのは、ルーブル美術館所蔵の連作「四季」だった。美術史博物館に所蔵されているのも連作「四季」でこれがそのうちの一つ「夏」なのである。美術史博物館の連作「四季」は「秋」が欠落している。 -
ジュゼッペ・アルチンボルドの作品群「四大元素」の一つ「水」
アルチンボルドは、ミラノ出身の画家で、ウィーンハプスブルク家のフェルナンド1世、マクシミリアン2世、ルドルフ2世と3人の皇帝に仕えた宮廷画家として活躍した。
絵だけでなく、宮廷の室内装飾、馬上槍試合のプロデュース、回転木馬やハープシコードのような楽器の発明もした多才な能力の持ち主だったそうだ。 -
ジュゼッペ・アルチンボルドの作品群「四大元素」の一つ「火」
存命中は、奇抜だがユニークな画法や絵画以外の分野での活躍で有名だったらしいが、バロック絵画が登場するにつれて忘れられた存在になっていった。20世紀初頭に、シュールレアリスムが勃興してくると、シュールレアリスト達によって再評価され、ふたたび知られるようになった。
たしかに、アルチンボルドの奇抜な絵画は、ダリに代表される非現実的表現のシュールレアリズムと共通するところがあるように思える。 -
イチオシ
ラファエロ・サンツィオの「草原の聖母子」
ラファエロは、盛期ルネッサンスのイタリアを代表する画家であることは言わずもがなである。この作品は、ラファエロ23歳のときの作品。
聖母の頭部とつま先、ヨハネが安定感がある三角形を成し、十字架とイエス、左の背景のとんがった岩山と、三角形が重層している見事な三角構図は、写真を趣味とする玄白にとって、とても参考になる構図組み立てだ。こういう構図の作り方は絵画と写真に共通すると思う。
ヨハネが幼子イエスに十字架を手渡している。将来イエスが被る磔刑を暗示しているだろうということは、宗教画にほとんど見識を持たない玄白でも容易に想像がつく。
2人の子供をやさしいまなざしで見下ろす聖母の顔に悲しげな雰囲気が漂っているのも、磔刑を予感してのことと推察できる。
ラファエロは37歳でなくなっているが、絵を描くことで過労死したのではないかと思わせるほど、夥しい作品群を残している。中でも聖母子は非常に多くの作品がある。ラファエロは8歳のときに母親を亡くしているのだが、もしかするとラファエロは自分が描く聖母に母親像を重ねていたのかもしれない。 -
ダヴィンチやミケランジェロの作品こそないが、ラファエロや、この後見るブリューゲル、フェルメールらの名だたる作品群を、混み合うこともなく、こんなにゆったりした部屋で、間近で鑑賞し、ストロボさえ使わなければ撮影までできるのは、日本では得難い経験である。
これらの作品の一点でも日本に来れば、特別展と称してロープが張られて遠くから混雑の中でチラッとみることがやっと、まして写真撮影などできるわけがない。それだけでも、ヨーロッパの美術館を訪れる価値があるというものだ。 -
盛期ルネッサンスのヴェネツィア派の画家、ティツィアーノの作品「エッケ ホモ(Ecce Homo)」
Ecce Homoとはラテン語で「この人を見よ」という意味だそうだが、聖書では、磔刑を前に鞭打たれ、荊の冠をかぶせられたイエスを侮辱する群衆に向かってローマ総督ピラトが発した言葉とされている。キリスト受難を描く題材では欠かせないEcce Homoである。
この絵では、鞭打たれて連れ出されたイエスに右側の赤い服を着たピラトが、この言葉を発している。 -
オランダ・フラマン・ドイツ絵画部門へ移動。こちらはいわゆる北方ルネッサンスの名画が集められている。
これは、アルブレヒト・デューラー 1471~1528)の作品、「諸聖人の絵(聖三位一体)」。
アウグスティヌスの『神の国』に基づいた絵画で、教皇・皇帝・祭壇の寄進者からなるこの世のキリスト教団と、マリア、ヨハネに率いられた天国の共同体が一緒になった三位一体をあらわしている。
美術史美術館のコレクションを大成したルドルフ2世が大変デューラーを好んでいて、これは元々ニュルンベルクの養老院の礼拝所の祭壇画として掲げられていたのを、ルドルフ2世が買い上げたという。 -
デューラーによる神聖ローマ帝国皇帝マクシミリアン1世の肖像画。マクシミリアンが亡くなっていから、描いたものだという。
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ルーベンスの部屋
ピーテル・パウル・ルーベンスはバロック期のフランドルを代表する大画家で、生涯で1200点もの作品を残している。ヨーロッパ各地の美術館が彼の作品を所蔵しているが、ここにも相当数の作品が所蔵されている。
ルーベンスは画家としての才能だけでなく、上品で洗練された物腰・態度で時の権力者の妃、スペインのイサベラ大公妃、フランス国王妃マリー・メディシス達とも交友関係があり、一種の外交官的な役割も担っていたそうだ。 -
ルーベンス作「聖フランシスコ・ザビエルの奇蹟」
ザビエルの頭上に天使が舞い降りたり、左下では埋葬されかかった死人が生き返るなど、さまざまな奇蹟が描かれているルーベンスの大作である。
左下の絵を見上げる連れ合いと比較すると、絵の大きさが分かる。
ザビエルは、戦国時代に日本にも布教のために来たことで、日本人にもなじみのある聖人である。 -
イチオシ
ルーベンス作「聖母マリアの被昇天」
同名の作品は、数点あるが、もっとも有名な作品はアントワープ聖母大聖堂に飾られている作品である。そしてルーベンスの「聖母マリアの被昇天」というと、小学生の頃に読んで涙した「フランダースの犬」を思い出さずにはいられない。(当時は純心な少年だった、今は?(^ ^);・・・)
病気の祖父を助けるために、細々と牛乳運搬の仕事で糊口をしのいでいた少年ネロと愛犬パトラッシュは、村人達から冷たい仕打ちに会う。最後にはクリスマスの晩に、画家になることを夢見ていたネロが一度見たいと願っていた、大聖堂の「聖母マリアの被昇天」の下で、愛犬とともに息絶えるというあまりにも悲しいストーリーの児童文学なのだが、その挿絵に、横たわった少年ネロと愛犬パトラッシュとともに「聖母マリアの被昇天」が描かれていたことをよく覚えている。 -
ルーベンス「りんごの木の下の聖家族」
りんごは旧約聖書「創世記」では、禁断の果実としてアダムとイブの物語に登場するが、キリスト教では、救済の象徴として、多くの画家が宗教画で描いている。
ドイツルネッサンスの巨匠、クラナッハにも「りんごの木の下の聖母子」という作品がある。 -
次はバロック期のフランドルの画家、ファン・ダイクの部屋へ
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この作品は「若き将軍」と題されたポートレート。
ポートレートは、写真技術の発展を促した絵画で、上流階級のニーズが高い重要な絵画の分野だったが、絵画のポートレートは、今一つ興味が湧かない。 -
ファン・ダイク「サムソンの捕縛」
題材は、旧約聖書に登場する怪力の持ち主サムソン。ペリシテ人の支配下で苦難の生活を強いられていたイスラエルの民の子として生まれたサムソンは神の啓示により、無敵の怪力を授けられたが、その力の源泉が髪の毛であり、生涯髪を切らないように申し渡されていた。
青年となったサムソンは、こともあろうに宿敵ペリシテ人の娘デリラに恋してしまう。サムソンは自分の怪力の源が髪の毛であることをデリラにばらし、結婚披露宴の席上で髪を切られて怪力を失い、捕らえられてしまうという物語である。その捕縛の情景が描かれている。
ファン・ダイクは巨匠ルーベンスの助手だったこともあり、ルーベンスもサムソンとデリラを題材に作品を残しているので、その影響をうけているのかもしれない。 -
ヨハネス・フェルメールの「絵画芸術」
他の部屋は、どこも人が少なく、ゆっくり、じっくり見られたのだが、この絵の前だけは、人だかりがしていて、まるで日本の美術館のヨーロッパの有名絵画特別展ような喧噪だった。
素人目には、画家がモデルの女性のポートレートを描いているアトリエの情景にしか見えないのだが、美術評論家、研究者によると、この絵は寓意と象徴に満ちていて、テーマは歴史の女神なのだという。モデルが持っているトランペットや書物、月桂冠などに意味づけがされているのだそうだ。言われなければそんなことは分からないのだが・・・
この作品は、ヒットラーが占領したオーストリアの貴族チェルニン家から買収し、隠匿していたのだが、戦後連合国軍が発見し、オーストリア政府に返還したといういわくつきの作品である。 -
ようやく、美術史美術館を代表するコレクション、ブリューゲルの部屋にやってきた。
ブリューゲルは、オランダの画家だが、その生年、出生地はよくわかっていないらしい。当人もなんら文章を残さず、伝記の類もないので、作品以外のことはほとんどわかっていない。
作品は農民の生活を題材にしているものが多いので「農民作家」とも言われている。
この作品は「子供の遊び」
1560年という比較的ブリューゲルの初期の作品である。
画面いっぱいに、さまざまの当時の子供の遊びが精緻に描かれていて、歴史資料としての価値も高いという評価を受けている。この絵に描かれている子供の遊びの考証だけで一冊の本になっているという。 -
ピーテル・ブリューゲルには同名の長男がいて、やはり画家になっている。そのため、ブリューゲルの作品に関する記述ではブリューゲル(父)と書くことが慣例になっているようだが、ここで紹介する作品はすべて父の作品であるなので父の表記は省略する。
写真はブリューゲル「嬰児殺し」
何とも凄惨な題名ではある。背景や人物の服装は当時のフランドル地方のものが描かれているが、題材は、ヘロデ王による嬰児虐殺がテーマだという。この話はマタイの福音書に出てくるのだが、新しい王がベツレヘムに生まれたと、東方三博士から聞いたヘロデ王が、自分の王位が奪われるのを恐れて、ベツレヘムにいる2歳未満の男児をすべて殺すことを命じたという話である。
画面には槍や剣で突き刺される子ども、殺されて裸のまま母親の膝に横たわる子ども、自分の子どもの命乞いをする父親などが、精緻に描かれている。
後方の兵士のいでたちはスペイン軍のもので、フランドル地方はスペインの植民地だったので、スペインへの抗議の意味が隠されているのだという。 -
ブリューゲル晩年の作品「雪中の狩人」
狩りに出たものの、獲物が取れずがっくり肩を落として帰る狩人と、遠くの凍った池では楽し気にスケートやそり遊びをしている子供が描かれ、小さな村の喜怒哀楽が凝縮されているところが面白い。 -
ブリューゲル「牛群の帰り」
「月歴画連作」6部作の一つで、これは、11月の情景を描いている。丘で放牧していた牛たちを麓の小屋に移す様子を描いたものだ。
なお、前述の雪中の狩人も、この「月歴画連作」の一部である。 -
「牛群れの帰り」を模写している人がいた。許可は必要なのであろうが、開館中に模写することもできる、この大らかさは日本の美術館では考えられない。
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ブリューゲルの代表作の一つ「農民の婚宴」
粗末な食事に浮かれている客と、粗末な紙の冠を被り所在なさげに座っている、決して美しいとは言えない花嫁らしき女性の姿に、貧しい農村の暮らしぶりが伺われ、どこか物悲しさを感じさせる作品である。不思議なことに花婿の姿が見えない。 -
ブリューゲル「ゴルゴダの丘への行進」
イエスが十字架を背負い重さに耐えかねて倒れ込んでいる姿が中央に描かれ、右下ではマリアが嘆き悲しんでいる。赤い服を着ているのはローマの兵士。
この絵の中には実に500人もの人物が描き込まれているという。大人数の人物を精緻に描き込む手法はブリューゲルならではある。 -
イチオシ
超有名な「バベルの塔」
バベルの塔とは、旧約聖書創世記に出てくる伝説の塔で、ノアの洪水後、人間が天にも届くような高い塔「バベルの塔」を築き始めたのを見て、神が人々の驕りを怒り、言語を混乱させ建設を止めたという話である。その塔の建設場面が、ブリューゲル特有の精密なタッチで細かいところまで描き込まれている。 -
せっかくなので、一階のエジプト・ギリシャ・ローマの古美術部門も、ざっと覗いてみる。
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ミイラやファラオの石造などが展示されているが、展示品の量では、大英博物館、ルーブル美術館の比ではない。
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ローマ時代の彫刻
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古美術部門が入っている館内の建築も美しい。
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昼から4時間半ほど美術史博物館に居たが、あっという間に時間が過ぎていった。
夕方は、昨日に引き続いて、またホイリゲへ。
今日は、ポピュラーなグリンツィングへ出かけた。
ガイドブックにも出ているBach Henglという店に行ってみた。 -
このホイリゲ、家族経営だというが、1000人を収容できる大規模な店である。かつて、クリントン元アメリカ大統領、プーチン大統領、ローマ法王など超有名人も訪れた店だという。
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ときどき、団体観光客がバスで乗り付け、この入口で記念写真を撮り始めたりして騒がしいこと夥しい。
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ワインのつまみは、昨日のシュトマードルフと同様、ハム、チーズなどを中心にした冷たいつまみがメイン。
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時々、小雨がぱらつくので、ほとんどの客は室内にいるが、中庭に庇が出ている外席もあったので、そちらに座った。
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イチオシ
中庭には、ブドウの木が植えられており、すでに実を付け始めている。
このホイリゲは家族経営だがブドウ畑も持っているので、自家製ワインを供することもあるという。 -
観光客で繁盛しているように見えるグリンツィングのホイリゲも昨日のシュトマードルフのような小規模な家族経営の店では廃業したりワイナリーに専念する店が増えているそうだ。そして観光客向けのホイリゲは地元民から見放されつつあるという。古き良き時代のホイリゲは、いずれ姿を消してしまうのだろうか・・・
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中庭から中のテーブル席、トイレに行く途中の廊下にはここを訪れた超有名人たちの写真が書かれている。
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イチオシ
まだ明るいが、一時間半ほど粘って、帰路に着く。
明日はシェーンブルン宮殿を予定。
続く
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ウィーン街歩き(4) 再びカールス教会etc&ウィーン郊外の温泉でのんびり
2016/07/14~
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メルク修道院見学とヴァッハウ渓谷ドナウ川下り
2016/07/15~
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葡萄畑に囲まれた小さな村デュルンシュタイン散策
2016/07/15~
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