2015/07/14 - 2015/07/28
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jijidarumaさん
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“ドイツ 黒い森とアルザス・シュヴァーベン地方の旅”
オーデンの森・黒い森・バーデンワイン街道(カイザーシュトゥール)・仏アルザス地方(コルマール・シュトラースブルク・アルザスワイン街道)・シュヴァーベン地方の古城群・フランクフルト近郊のタウヌス・懐かしのデュッセルドルフ。
期間 : 2015年7月14日(火)~7月28日(火)15日間の旅
参考:2015年”黒い森とアルザス・シュヴァーベン地方の旅”
http://4travel.jp/travelogue/11027937
7月22日(水) 晴 23.5~33.5℃ 193km
Sonnenbuehl-Erpfingenゾンネンビュール・エルプフィンゲン =>L?22km(Moessingenメッシンゲン)=>B27(Hechingenヘッシンゲン)・B463 30km Haigerlochハイガーロッホ=>B463・B27 53km Rottweilロットバイル=>B463 23km(Balingenバリンゲン)・L?10km Lautlingenラウトリンゲン=>L?10km(Balingenバリンゲン)・B27 22km(Moessingenメッシンゲン)=>L?23km Sonnenbuehl-Erpfingenゾンネンビュール・エルプフィンゲン・Romatik Hotel & Restaurant Hirschロマンチックホテル ヒルシュ
写真はHaigerlochハイガーロッホの町:下の町を従えるように、高台から斜面にかけて城郭や教会を配した城の姿
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- レンタカー
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空 ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
*昨夜は疲れたようで、部屋に戻ってベッドに横たわると、そのまま朝の5時まで寝てしまった。
写真はRomatik Hotel & Restaurant Hirschロマンチックホテル ヒルシュの正面 -
写真はロマンチックホテル ヒルシュの鹿の看板
-
朝食は7:30〜8:00、昨夜のヴィンターガルテン(温室)で食べた。
写真は気持ちの良い朝、美味しい朝食 -
写真はロマンチックホテル ヒルシュの庭側からヴィンターガルテン(温室)を写す。
-
写真はヴィンターガルテン(温室)から庭を見て
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写真はロマンチックホテル ヒルシュの廊下を飾る人形
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写真はロマンチックホテル ヒルシュの廊下を飾る人形
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8:50ホテルを出発し、MoessingenメッシンゲンでB27にのり、10km先のHechingenヘッシンゲンを通過しながら、9:22頃に左前方855mの山上にホーエンツォレルン城を遠望した。
写真はホーエンツォレルン城の遠望ホーエンツォレルン城 城・宮殿
-
周辺を囲んだ深い緑の上にその姿を見せて、さすがにドイツ帝国(第二帝国)の皇帝を出したHohenzollernホーエンツォレルン家・発祥の地の城であり、プロイセンの城にふさわしく、“無骨な”とも言える城だった。
このあたりはSchwaebischen Albシュヴェービッシェ・アルプでもZollernalbツォレルン・アルプと称しているようだ。人口は18万人、Balingenバリンゲンを中心にヘッシンゲン、Haigerlochハイガーロッホ、Albstadtアルプシュタットなどの町がある。
写真はホーエンツォレルン城の遠望 -
写真はHechingenヘッシンゲン・ホーエンツォレルン城:Merian
-
バリンゲンの手前で左折し、B463をハイガーロッホの町まで18kmを走る。
山上にあるハイガーロッホ城には裏手から迂回していく。もう麦の穂も実り、麦秋(ばくしゅう)を思わせる景色が一面に広がり、ツイ車を停めて、写真を撮った。
写真は麦秋(ばくしゅう)を思わせる景色が一面に広がる -
少し行くとトウモロコシ畑になり、そこから城の駐車場は近かった。
写真はトウモロコシ畑とレンタカーVW Skoda Rapid 1600ccディーゼル車 オートマチック 黒 5T -
駐車場から坂を200mほど下る。城門が見えて、念願だったハイガーロッホ城がある。
写真はハイガーロッホ城の道標…あと125m -
使い込んだ“Aral Auto Buch Deutschland、1974/75版”の観光案内書(650ページ)をいまだに使用しているが、下の町を従えるように、高台から斜面にかけて城郭や教会を配した城の姿に当時から是非一度、訪ねてみたいものと思っていた。
写真はハイガーロッホ城の城門 -
<Haigerlochハイガーロッホ>
9:45〜10:45
シュヴェービッシュ・アルプ地方の北西に位置し、海抜430m〜550mの高さにある人口10千人の町である。
町の高台にSchloss Haigerlochハイガーロッホ城がそびえている。
下の町のマルクト広場は木組み建築の家並みが美しい。
http://www.haigerloch.de/de/Home
写真はハイガーロッホの紋章 -
≪Schloss Haigerloch 古城ホテル ハイガーロッホ城≫ :⑮
D-72401 Haigerloch 、Schlossstrasse 4
http://www.schloss-haigerloch.de/
4星・全30室。800年の歴史のある古城をホテルに改装したものだが、パンフレットを見る限りは現代風な部屋、レストランで、古城ホテル風の趣が無いのは残念だった。
黒い森にも西に凡そ30kmと近い。
現在のハイガーロッホ城は13世紀に作られた城の上にあると云う。ネッカー川の支流であるEyachアイアッハー川(全長50.4km、下流十数kmにはかつて宿泊したことのある古城ホテルSchloss Weitenburgヴァイテンブルク城がある。)が、城の下を蛇行して流れているのが見える。
蛇行に囲まれた高台は堅固なものであったろう。
写真はハイガーロッホ城の縄張り図 -
ハイガーロッホ城の城内は大きく分けて7つ、川に向かった下段に
①城内教会、
②城本体(現在は伯爵の広間、侯爵の広間、会議室、町の戸籍役場がある。以下同じ。)、
③穀物果実の営倉(客室、コンサート広間、フィットネスの間)、
④聖職者の棟(客室、レストランの厨房)、
⑤家来たちの屋敷と厩舎(ホテル、レストラン、ビストロ、テラス)、
⑥裁判所と牢獄(客室、図書館)と称する建物群がある。
⑦中庭は広く、ゲスト用の駐車スペースがあり、噴水のある小庭もあった。
中庭には高級車が並んでいて、今日の城内はどこかの企業が研修会をやっているようだ。残念ながら中には入れなかった。
だから、是非一度、訪ねてみたいものと思っていた古城なのだが、一時間程度の訪問で終わった。
写真は2015.07.22.Haigerloch_Schlossハイガーロッホ城の縄張り図 -
写真は2015.07.22.Haigerloch:Schlosskirche_Haigerloch下の町を従えるように、高台から斜面にかけて城郭や教会を配したハイガーロッホ城の姿
-
<ハイガーロッホ城の歴史>
ここにはかつてローマ軍団の城塞があったと推測されている。
1095 年、Kloster St.Georgen聖ゲオルゲン僧院の文書に砦の事が言及されている。
1170年、Grafen von Hohenbergホーエンベルク伯が所有した。
1200年頃、ハイガーロッホ城がハイガーロッホの騎士領主により築城された。
1381年に Habsburgハプスブルク家に譲渡された。
1497年、ハイガーロッホ家はホーエンツォレルン伯家の軍門に下り、Graf Friedrich II. von Zollernフリードリッヒ II・ツォレルン伯が新しい城主になった。
1576年には、Karl I. Graf von Hohenzollernカール1世ホーエンツォレルン伯がHohenzollern-Hechingen ホーエンツォレルン・へヒンゲンやHohenzollern-Sigmaringenジグマリンゲンと共にハイガーロッホを相続し、ホーエンツォレルン・ハイガーロッホ家が成立した。
その年から、Graf Christoph von Hohenzollern-Haigerlochクリストフ・ホーエンツォレルン・ハイガーロッホ伯が城主となり、現在見る事が出来るルネサンス様式の城を建てた。
写真はハイガーロッホ城の④聖職者の棟(客室、レストランの厨房)、 -
写真は古城ホテル ハイガーロッホ城のレストラン
-
ホーエンツォレルン・ハイガーロッホ家は1576年から1767年まで、ほとんどその支配地は変わらなかった。
1745年、Fuerst Joseph Friedrich von Hohenzollernジョセフ・フリードリヒ・ホーエンツォレルン侯爵が新たに城を造り、居城を移した。
19世紀、20 世紀のほとんどの間、城は無住になり、その重要性を失って、戦いの当事者になることなく、城は破壊から免れていた。
ハイガーロッホ城は1975年にPaul Eberhard Schwenkパウル・エーベルハルト・シュベンクという企業家が購入するまで、農業学校などに利用されていた。
今日、ハイガーロッホ城はシュベンク家が所有を継続し、文化事業や会議センター、及び古城ホテル・レストランを経営している。
写真はハイガーロッホ城の③穀物果実の営倉(客室、コンサート広間、フィットネスの間)、 -
<お茶:古城ホテル ハイガーロッホ城のテラスレストランで>
10:10〜10:35 Euro6+チップ1=7(975円)
写真はハイガーロッホ城のテラスレストランで -
コーヒーにオレンジ・ジュース。
ホテルのパンフレットを頂き、トイレタイムを取り、親切なテラス担当に写真も撮ってもらった。
写真はハイガーロッホ城のテラスレストランで -
写真はハイガーロッホ城のテラスレストラン前に並ぶ高級車
-
写真はハイガーロッホ城から見たアイアッハー川と下の町の景観
-
写真は下の町を従えるように、高台から斜面にかけて城郭や教会を配したハイガーロッホ城
-
10:45、27.5℃と気温が上がりだし、ハイガーロッホ城を発ち、B463・B27を通り53km先のRottweilロットバイルに向かった。
11:40、ロットバイルに到着。もう31.5℃だ。
写真はSchild_Rottweilロットバイルの旧市街の看板 -
古くはゲルマニア・スペリオル(ラテン語: Germania Superior、日本語は高地ゲルマニア)というローマ帝国の属州にあり、その領域は現在のスイス西部、フランスのジュラ山脈やアルザス地域、およびドイツ南西部にあたる。
州都はモングンティアクム(Moguntiacum、現在のマインツ)に置かれた。ライン川の中流域が高地ゲルマニアにあたり、北部の国境には長城(リーメス)が築かれた。従い、この旅はこの属州を巡っていることとなる。
ローマ軍団の前線基地である集落が作られ、バーデン・ヴュルテンベルク州で最も古い町と云われる。その後、Arae Flaviae(ラテン語;ローマの都市) と称する17ヘクタールの平地に発展したロットバイルの町はドイツ南西部における最も大きく、重要なローマの城砦都市となっていたと云われる。
紀元73年にはこの町を通る軍事用のキンツィヒ渓谷道が作られていたと云う。
写真はゲルマニア・スペリオル(ラテン語: Germania Superior、日本語は高地ゲルマニア)というローマ帝国の属州
ロットバイルは黒丸の中 -
<Rottweilロットバイル>
11:40〜13:20
Stuttgartシュトゥットガルトの南90kmにあるロットバイルの町はネッカー川に面した人口24千人の小さな町である。
黒い森とシュヴェービッシュ・アルプ地方の中間に位置する。
写真はロットバイルの紋章 -
古くからの帝国自由都市では特異な仮面をつけて練り歩くFasnet=Fastnachtファストナハト(謝肉祭・カーニバル)が知られている。
祭りの当日は3000人の仮装した人々が集まり、観衆の数も2万人を数えると云う。
写真はDBP_1983-Fastnacht -Narrensprung in Rottweilロットバイルのファストナハトでは道化たちの跳躍が見られる。1983年発行の郵便切手 -
写真はBiss_Rottweiler_Fasnet_Postkarte_ファストナハト(謝肉祭・カーニバル)1900年の郵便葉書
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写真はファストナハト(謝肉祭・カーニバル)Dickes_Weib太ったご婦人
-
写真はBiss_Rottweilerファストナハト(謝肉祭・カーニバル)
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写真はロットバイル:ハウプト通りのマルクト
-
③Kirsnersches Hausキルシュナーの家(現オーナーが付けた名前):
Apostelbrunnenの泉が側にある家は面白いファザードを持っている。
鉄、鉱石、ガラスという文字や、鉱山工夫、ガラス職人、鍛冶屋の絵や、帝国軍、裁判?、農兵と農婦といった絵も描かれている。
前述したビルデンシュタイン城主であったGraf von Zimmernチンメリン伯の分家がかつて所有した家だと云う。
写真はロットバイル:ハウプト通りのマルクト -
ハイガーロッホ城と同様に是非一度、訪ねてみたいものと思っていた町で、ロットバイルの町は思っていた以上に美しく、町の中心マルクト広場とその周辺を見て歩くだけで満足した。
市庁舎裏の駐車場がうまく空いていて、有難い。市庁舎横丁を通り、歩行者天国のハウプト通りに出る。
①旧市庁舎(1321年)にはインフォーメーションがあり、きれいな文様が刻まれた張り出し窓は独特の紫色した花で装っている。
写真はロットバイル:ハウプト通りのマルクトにある旧市庁舎(観光案内所)・・・美しい張り出し窓が見られます。 -
上のSchwarzes Tor黒い門(1230年)から傾斜したこの通りが町一番の目玉で、この時間も朝市の店が残り、花や新鮮な果物や野菜を始め、パンやチーズの商いが行われている。
写真はロットバイル:ハウプト通りのマルクト・・・張り出し窓が見られます。 -
写真はロットバイル:ハウプト通りのマルクトの青果店
-
写真はロットバイル:ハウプト通りのマルクトの青果店、山国とは思えぬほど新鮮な品物が並びます。
-
写真はロットバイル:ハウプト通りのマルクト・黒い門をバックに。
-
②Schwarzes Tor黒い門:
7階建てに匹敵する高さの塔はかつて防衛塔の役目をし、帝国都市の囚人を収容した牢獄も備えてあった。
塔の上部には時計、その下に町の紋章が見える。1691年までは黒い森への出口にあたるため、森の門と呼ばれていた。
ロットバイルのカーニバルではこの門がカーニバルの出発点であり、決められた時刻に“Narrenspruenge道化たちの跳躍”があると云う。
門の傍にロットバイラーの親子、真っ黒な色をした犬の像が置かれていた。
写真はロットバイル:ハウプト通りのSchwarzes Tor黒い門(1230年) -
写真はロットバイル:ハウプト通りの黒い門傍の塔
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写真はロットバイル:ハウプト通りのSchwarzes Tor黒い門(1230年)
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“Hund Rottweilerフント・ロットバイラー”
ロットバイラーと呼ばれる犬がいるが、ロットバイル地方原産の牧牛用・警備用の犬種である。紀元前にローマ人がもたらしたMolosser (Hund)モロサスタイプの犬が先祖である。
これはもともと闘犬として使われていた犬ではあるが、パワフルでかつ頭の切れる優れた犬たちであったため、牧牛犬として改良されてロットバイラー(英;Rottweilerロットワイラー)が誕生した。
街中にはこの犬の像が見られたが、現物にはお目にかかっていない。
http://www.rottweil.de/willkommen
写真は黒い門傍に門番の如くロットバイラーの親子の銅像があった。 -
写真はこちらのロットバイラーの像はマルクトに、鼻の頭を撫でられるのか?。
-
写真はロットバイル:ハウプト通りの端
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ハウプト通りを下り、交差する道にはMarktburnnenマルクトの泉(1540年)があり、Hochbruecketor高い橋の門の通りになる。
こちらも様々な看板(例えば、肉屋の看板は牛、靴屋の靴、熊の看板が架かった建物は店舗の貸し出し募集中らしい。)が目に付く商店街になっている。
写真はロットバイル:ハウプト通りとHochbruecketor高い橋の門の通りと交差するあたりにマルクトの泉。 -
左右の家々のErker張り出し窓は美しく花々で窓辺を飾り、建物の壁画がまた素晴らしい。
また、様々な看板(カフェにはバウムクーヘン、写真館には蛇腹付きのカメラ、左右の手に剣を持った双頭の鷲、鉢植えの花の看板など)が架かっていて面白い。
写真はHochbruecketor高い橋の門の通りにある家々のErker張り出し窓 -
写真はハウプト通りのカフェの看板はバウムクーヘンです。
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写真は様々な看板でも蛇腹付きのカメラの看板は珍しいかな?
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写真は左右の手に剣を持った双頭の鷲、鉢植えの花の看板も。
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写真はHochbruecketor高い橋の門の通りに肉屋の看板・・牛
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写真は様々な看板:靴が目に付く商店街になっている。
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写真は様々な看板:Hochbruecketor高い橋の門の通りに熊の看板・・熊の看板が架かった建物は店舗の貸し出し募集中らしい。
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<昼食:ロットバイル・中華南京飯店で>
12:40〜13:10 Euro14.8+チップ1.2=16(2,228円)
Still水、北京スープ、春巻、豚肉のチョプシーと、例の如く注文した。
安上がりの中華だが、今年の旅では初めてだ。
写真は北京スープ -
写真は春巻
-
写真は豚肉のチョプシー
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写真はロットバイル:ローマ時代の名残を示すMosaikモザイク画
以下は事前に調べたものだが、たくさんあっても時間は無くて断念した。
参考;
Kunstsammlung Lorenzkapelleローレンツ礼拝堂:中世の木彫り作品、石碑
D-78628 Rottweil 、Lorenzgasse 17
Puppen- und Spielzeugmuseum人形とおもちゃ博物館:
D-78628 Rottweil 、Hauptstrasse 49
開館;水〜金の10時〜12時半、14時〜17時半
Dominikanermuseumドミニカナー博物館:ローマ時代の作品
D-78628 Rottweil 、Kriegsdamm 4
開館;火〜日の10時〜17時
Stadtmuseum郷土博物館:Rottweiler Fastnacht
D-78628 Rottweil 、Hauptstrasse 20
開館;火〜日の14時〜16時
Roemische Legionsbad :ローマの浴場
D-78628 Rottweil 、Hoelderstrasse / Koenigstrasse
また、ドイツ時計街道上にあり、日時計が見られる。
XXX
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