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 カンボジアで次の世界文化遺産登録を目指しているサンボー・プレイ・クック遺跡の紹介です。周辺の地雷処理が完了していませんので、脇道に逸れないように注意しての見学です。

2014春、カンボジア旅行記2(13/47):3月20日(3):サンボー・プレイ・クック、周辺に地雷が残る遺跡

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2014/03/18 - 2014/03/23

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旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

 カンボジアで次の世界文化遺産登録を目指しているサンボー・プレイ・クック遺跡の紹介です。周辺の地雷処理が完了していませんので、脇道に逸れないように注意しての見学です。

  • 町の名前が分かりませんでしたから、この土地の名産物に因んで、『タランチュラ村』と呼ぶことにします。タランチュラ村で咲いていたブーゲンビリアの赤い花です。

    町の名前が分かりませんでしたから、この土地の名産物に因んで、『タランチュラ村』と呼ぶことにします。タランチュラ村で咲いていたブーゲンビリアの赤い花です。

  • タランチュラ村のレストランの光景です。エアコンや扇風機はありませんから、通り抜ける風と高い屋根が暑さ凌ぎの主役です。

    タランチュラ村のレストランの光景です。エアコンや扇風機はありませんから、通り抜ける風と高い屋根が暑さ凌ぎの主役です。

  • ズームアップ写真も先に紹介しましたが、タランチュラ村のマスコット像です。カンボジア中部のコンポントム周辺がタランチュラの名産地のようです。

    ズームアップ写真も先に紹介しましたが、タランチュラ村のマスコット像です。カンボジア中部のコンポントム周辺がタランチュラの名産地のようです。

  •  	工事が中断しているのでしょうか、コンクリート製の下水管らしいものが長期間積み上げになっているようでした。ポルポト時代の大量虐殺時代、ジャングルに逃げ込んだ人々が土を掘り返し、必死の思いで口にしたタランチュラは、今では養殖も行われ、カンボジアの国民的スナックの一つとなっているようです。

    工事が中断しているのでしょうか、コンクリート製の下水管らしいものが長期間積み上げになっているようでした。ポルポト時代の大量虐殺時代、ジャングルに逃げ込んだ人々が土を掘り返し、必死の思いで口にしたタランチュラは、今では養殖も行われ、カンボジアの国民的スナックの一つとなっているようです。

  • 日本でもよく見かける、ベゴニアの1種のようです。土埃にもめげず、ピンクの花を咲かせていました。タランチュラ村での休憩を終わり、サンボー・プレイ・クック遺跡に向けて再出発しました。

    日本でもよく見かける、ベゴニアの1種のようです。土埃にもめげず、ピンクの花を咲かせていました。タランチュラ村での休憩を終わり、サンボー・プレイ・クック遺跡に向けて再出発しました。

  • 日本では想像できない道路工事の光景です。家の前が、土留め工事無しに1メートル以上掘削されていました。その段差には木の梯子が掛けられていました。

    日本では想像できない道路工事の光景です。家の前が、土留め工事無しに1メートル以上掘削されていました。その段差には木の梯子が掛けられていました。

  • 掘削目的がよく分からなかった、道路の窪みです。工事内容は分かりませんでしたが、インフラ整備の一環には違いないようです。

    掘削目的がよく分からなかった、道路の窪みです。工事内容は分かりませんでしたが、インフラ整備の一環には違いないようです。

  • カラー・プレートで舗装された、町の広場の光景です。その広場には、カンボジア国旗が掲げられた独立記念碑らしいものがありました。

    カラー・プレートで舗装された、町の広場の光景です。その広場には、カンボジア国旗が掲げられた独立記念碑らしいものがありました。

  • タランチュラ村から、コンポンチャムの昼食のレストランまでは2時間以上かかりました。その途中の車窓光景です。

    タランチュラ村から、コンポンチャムの昼食のレストランまでは2時間以上かかりました。その途中の車窓光景です。

  • この辺りは、既にコンポンチャム州の町のようです。プノンペンを出発し、コンポンチャム州を経由してサンボー・プレイ・クック遺跡があるコンポントム州に向かう経路のようでした。

    この辺りは、既にコンポンチャム州の町のようです。プノンペンを出発し、コンポンチャム州を経由してサンボー・プレイ・クック遺跡があるコンポントム州に向かう経路のようでした。

  • 黄葉のような樹木の光景ですが、黄葉ではなく、土埃によって黄色くなったようでした。道路に面したヤシの葉も同じ色をしていました。

    黄葉のような樹木の光景ですが、黄葉ではなく、土埃によって黄色くなったようでした。道路に面したヤシの葉も同じ色をしていました。

  • 暫くは、のんびりとしたような農村光景が続きました。カンボジアは熱帯モンスーン気候に属し、大きく乾季と雨季の二つの季節に分けられます。今は乾季ですから、屋根や木々が雨に洗われることがないようです。

    暫くは、のんびりとしたような農村光景が続きました。カンボジアは熱帯モンスーン気候に属し、大きく乾季と雨季の二つの季節に分けられます。今は乾季ですから、屋根や木々が雨に洗われることがないようです。

  • カンボジアの乾季は11〜5月で、中でも11〜1月は雨が少ないようです。

    カンボジアの乾季は11〜5月で、中でも11〜1月は雨が少ないようです。

  • コンポンチャムにあるレストランに到着しました。現地時刻は12時20分頃です。サンボー・プレイ・クック遺跡の見学の前に、まずは腹拵えです。野菜たっぷりの料理です。唐揚げにした魚を使った、アンカケ料理のようでした。

    コンポンチャムにあるレストランに到着しました。現地時刻は12時20分頃です。サンボー・プレイ・クック遺跡の見学の前に、まずは腹拵えです。野菜たっぷりの料理です。唐揚げにした魚を使った、アンカケ料理のようでした。

  • こちらも取り分けて戴いた、お好み焼き風の料理です。カンボジアの田舎料理としては、二品とも贅沢な素材を使ったおもてなし料理のようでした。これ以外の料理も出されました。

    こちらも取り分けて戴いた、お好み焼き風の料理です。カンボジアの田舎料理としては、二品とも贅沢な素材を使ったおもてなし料理のようでした。これ以外の料理も出されました。

  • 昼食を戴いたレストランがあった建物光景です。入口に、『Arunras Restaurant』の表示がありました。コンポンチャムにあるArunrasホテルのレストランのようでした。

    昼食を戴いたレストランがあった建物光景です。入口に、『Arunras Restaurant』の表示がありました。コンポンチャムにあるArunrasホテルのレストランのようでした。

  • 昼食を戴いたレストラン付近の光景です。バイクのレンタル屋さんのようでした。カンボジア各地にバイクのレンタル屋さんがありますが、値段は安くても、リスクは高そうでした。

    昼食を戴いたレストラン付近の光景です。バイクのレンタル屋さんのようでした。カンボジア各地にバイクのレンタル屋さんがありますが、値段は安くても、リスクは高そうでした。

  • 昼食のレストランの近くにあった大木の光景です。ピンク色の花はほぼ咲き終えていましたが、『ネムノキ(合歓木)』のようでした。

    昼食のレストランの近くにあった大木の光景です。ピンク色の花はほぼ咲き終えていましたが、『ネムノキ(合歓木)』のようでした。

  • 『ネムノキ(合歓木)』の大木のズームアップ光景です。マメ科ネムノキ亜科の落葉高木です。和名のネム、ネブは、夜になると葉が閉じること(就眠運動)に由来します。

    『ネムノキ(合歓木)』の大木のズームアップ光景です。マメ科ネムノキ亜科の落葉高木です。和名のネム、ネブは、夜になると葉が閉じること(就眠運動)に由来します。

  • コンポントム州にあるサンボー・プレイ・クック遺跡に到着しました。気根が長く伸びたガジュマルの樹です。その内側には、煉瓦で出来た遺跡が包み込まれていました。サンボー・プレイ・クックの主要な遺跡には、?プラサット・タオ(Prasat Tao)、?プラサット・ソムボー(Prasat Sambor)と、?プラサット・イェイ・ポアン(Prasat Yeah Puon)の三つがあります。その周辺を含め、全体の遺跡数は150を超えるようです。大きく分けると東に寺院地区、西には都城跡があります。かつては、16万もの人々が生活していたと考えられています。

    イチオシ

    コンポントム州にあるサンボー・プレイ・クック遺跡に到着しました。気根が長く伸びたガジュマルの樹です。その内側には、煉瓦で出来た遺跡が包み込まれていました。サンボー・プレイ・クックの主要な遺跡には、?プラサット・タオ(Prasat Tao)、?プラサット・ソムボー(Prasat Sambor)と、?プラサット・イェイ・ポアン(Prasat Yeah Puon)の三つがあります。その周辺を含め、全体の遺跡数は150を超えるようです。大きく分けると東に寺院地区、西には都城跡があります。かつては、16万もの人々が生活していたと考えられています。

  • ガジュマルに包まれた遺跡と、その周りの遺跡の光景です。サンボー・プレイ・クック遺跡は、7世紀に成立した真臘(チェンラ)王国(6〜8世紀頃)の中心地とされます。クメール朝とも呼ばれる、アンコール朝(802〜1431年)より、百年以上前のプレ・アンコール時代です。三つある遺跡群の内、南群(S群)から見学を始めました。

    ガジュマルに包まれた遺跡と、その周りの遺跡の光景です。サンボー・プレイ・クック遺跡は、7世紀に成立した真臘(チェンラ)王国(6〜8世紀頃)の中心地とされます。クメール朝とも呼ばれる、アンコール朝(802〜1431年)より、百年以上前のプレ・アンコール時代です。三つある遺跡群の内、南群(S群)から見学を始めました。

  • 外観を留めていますが、側面に大きなひび割れが生じていた祠堂らしい遺跡です。推測に過ぎませんが、地盤が緩んだのが原因のように見えました。

    外観を留めていますが、側面に大きなひび割れが生じていた祠堂らしい遺跡です。推測に過ぎませんが、地盤が緩んだのが原因のように見えました。

  • 保護のための覆いが設けられた遺跡の光景です。サンボー・プレイ・クック遺跡は、現在よりも大きな煉瓦で作られた遺跡のようです。遺跡には名札などがありませんから、現在も考古学的な調査が進められている最中のようでした。ポルポト時代の困難を思えば、遺跡が残されたことだけでも幸いかも知れません。

    保護のための覆いが設けられた遺跡の光景です。サンボー・プレイ・クック遺跡は、現在よりも大きな煉瓦で作られた遺跡のようです。遺跡には名札などがありませんから、現在も考古学的な調査が進められている最中のようでした。ポルポト時代の困難を思えば、遺跡が残されたことだけでも幸いかも知れません。

  • サンボー・プレイ・クック遺跡がある森の光景です。地雷が撤去されていない場所に入り込まないよう、少し離れた場所からの撮影です。このガジュマルも、石門らしい遺跡を絡めとっていました。『S3門』と呼ばれているようです。

    イチオシ

    サンボー・プレイ・クック遺跡がある森の光景です。地雷が撤去されていない場所に入り込まないよう、少し離れた場所からの撮影です。このガジュマルも、石門らしい遺跡を絡めとっていました。『S3門』と呼ばれているようです。

  • かなり大きく損壊した遺跡ですが、遺跡の修復に先駆け、保護のための覆いが設けられていました。『S2』と呼ばれている遺跡です。

    かなり大きく損壊した遺跡ですが、遺跡の修復に先駆け、保護のための覆いが設けられていました。『S2』と呼ばれている遺跡です。

  • 同じ遺跡の光景です。こちらが側面光景になるようです。側面の小山は、崩れ落ちたレンガが塊になったもののようです。

    同じ遺跡の光景です。こちらが側面光景になるようです。側面の小山は、崩れ落ちたレンガが塊になったもののようです。

  • 正面からズームアップした遺跡の光景です。2階建て以上の規模の祠堂当たりに見えました。遺跡には、倒壊防止のための金属補強が施されていました。

    イチオシ

    正面からズームアップした遺跡の光景です。2階建て以上の規模の祠堂当たりに見えました。遺跡には、倒壊防止のための金属補強が施されていました。

  • 祠堂らしい遺跡の入口付近の光景です。大分は大きな煉瓦で作られているようですが、重要な構造物などには、砂岩らしいグレー色の石材が使われていました。

    祠堂らしい遺跡の入口付近の光景です。大分は大きな煉瓦で作られているようですが、重要な構造物などには、砂岩らしいグレー色の石材が使われていました。

  • 祠堂らしい遺跡の入口の左上にあったレリーフ像のズームアップ光景です。当時の王様か、それに近い人の肖像のようでした。屋根覆いは、これらのレリーフの保護も兼ねているようです。

    祠堂らしい遺跡の入口の左上にあったレリーフ像のズームアップ光景です。当時の王様か、それに近い人の肖像のようでした。屋根覆いは、これらのレリーフの保護も兼ねているようです。

  • 祠堂らしい遺跡の入口の右上にあったレリーフ像のズームアップ光景です。こちらも支配階級の人の肖像のようです。手間をかけて結ったらしい頭髪と鼻髭姿です。カンボジア人とは異なる風貌に、ヘレニズム文化との関連に触れたネット情報もありました。時代区分としてのヘレニズム時代は、アレクサンドロスの死亡(紀元前323年)からプトレマイオス朝エジプトの滅亡(紀元前30年)までの約300年間を指します。

    祠堂らしい遺跡の入口の右上にあったレリーフ像のズームアップ光景です。こちらも支配階級の人の肖像のようです。手間をかけて結ったらしい頭髪と鼻髭姿です。カンボジア人とは異なる風貌に、ヘレニズム文化との関連に触れたネット情報もありました。時代区分としてのヘレニズム時代は、アレクサンドロスの死亡(紀元前323年)からプトレマイオス朝エジプトの滅亡(紀元前30年)までの約300年間を指します。

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