2013/09/24 - 2013/10/02
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小高い丘の上のミケランジェロ広場から見下ろした、フィレンツェの街並やヴェッキオ橋等の紹介です。生憎の空模様で、少し霞んではいましたが、抜群の見晴らしでした。広場の中央には、ミケランジェロの『ダヴィデ像(レプリカ)』が立っています。(ウィキペディア、JTBワールドガイド・ローマ他)
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フィレンツェで食した、この日の昼食です。旅行案内書には『トスカーナ風ステーキ』と案内してありましたが、まずはマカロニ風のパスタです。昼間ですから、小瓶の白ワインを注文しました。白ワインは、『ヴィーノ・ビアンコ』、旅行社の事前配布の資料にも記載してありました。赤ワインですと、『ヴィーノ・ロッソ』になります。
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ハーフ・ボトルよりも一回り小さなボトルです。機内サービスのワインのサイズでした。ラベルは『RUFFINO』の『ORVIETO CLASSICO・2012』です。キャンティワインのルフィーノのオルヴィエート・クラシコ2012年でした。『キャンティ・クラシコ』と呼んだ場合は、イタリアのトスカーナ州で生産されるDOCGワインで、赤ワインを指すようです。普段に飲めるクラスのワインです。
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フィレンツェでの、昼食のレストランの紹介が続きます。焼きあがったばかりのステーキのお披露目です。仕事柄とはいえ、いかにも美味しいステーキを運んできたといった表情のウェーター責任者らしい方の表情です。『フィレンツェ風ビーフステーキ』についての紹介文がありましたので、その紹介です。『名前の通り、お料理自体もシンプル。良質な赤身の牛肉を炭火で香ばしく焼いたもの。味付けは塩コショウのみ。何とも潔い一品だけに、素材の質が分かります。焼き加減はやっぱりレアがオススメ』、と紹介されていました。
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私の席の目の前でしたから、そのウェーター責任者らしい人に目配せして写真を撮影させて頂きました。一皿に乗せられたブロックだけで2~30人分はありそうです。一旦引き下げられて、切り分けられてから配られました。トスカーナの料理は、地元産の食材をシンプルな調理法で豪快に仕上げるという特徴を持ち、調味料は、塩・胡椒とオリーブオイルというシンプルな組み合わせが基本とされます。
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配膳された、先ほどお披露目されたステーキです。ミディアムといったところでしょうか、個人的には少し火が通り過ぎていたように感じました。個別の注文ではありませんから、やむを得ないことかも知れません。赤ワインを頼むのを我慢して、白ワインの残りで戴きました。
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昼食を終えた後で撮影した、レストランの入り口付近の光景です。『RESTORANTE』の緑の電光文字がありました。語源は、フランス語の『Restaurant』(レトーラン)とされ、『回復する食事』を意味します。この言葉が生まれた16世紀の頃は、特に栄養に富み強く風味付けされたスープのことを指していたようです。
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ヴェッキオ橋の上か、その袂付近の商店街の光景になるようです。アルノ川に架かる『ポンテ・ヴェッキ(ヴェッキオ橋)』は、14世紀に建造された時、既に再建だったようです。その再建時から660年以上も経つ古い歴史を持つ橋です。お店の上にはさらに階層が重ねられていますが、こちらは『ヴァザーリの回廊』と呼ばれる、長さ1キロに及ぶ通路です。
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商店街の階上は、『ヴァザーリの回廊』と呼ばれる通路です。当時の支配者だったメディチ家が、ヴェッキオ宮殿からピッティ宮殿までを一度も地上に降りることなく移動するために作られました。回廊の名前は、『ジョルジョ・ヴァザーリ(1511~1574年』に因みます。ミケランジェロの弟子で、画家で建築家です。回廊建設の工期は、僅か5ヶ月間とされます。
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ヴェッキオ橋の橋の上の商店街の光景です。この橋が建てられて暫くの間は、食肉店が並んでいたとされますが、1600年頃にメディチ家によって撤去され、代わりに宝飾店が並ぶようになりました。メディチ家は、この地域の支配者として大きな権力を持っていたようです。
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宝飾品が並んだショーウィンドウの光景です。旅行専門紙の案内によれば、このヴェッキオ橋で売られている品物は、職人さんによる手造り品が多いようでした。興味がある方にとっては、いい買い物もできそうです。
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こちらは暖色系の照明で展示されていた宝飾品です。ネックレス、イヤリングやブレスレッドなど、女性の方なら、買ったばかりの品を身に着けてフィレンツェの街を散策してみたい衝動に駆られる品々と想像しました。
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ヴェッキオ橋の上からの眺めです。『ヴァザーリの回廊』は、まだ大公になる前の『コジモ一世(1519~1574年)』の息子で跡取りの、『フランチェスコ・デ・メディチ(1541~1587年)』と、神聖ローマ帝国皇帝だったフェルディナンド一世の娘『ジョヴァンナ・ダウウトリア』の結婚式に合わせて完成されました。のちのフランチェスコ1世で、『トスカーナ大公(在位:1574~1587年)』です。
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ヴェッキオ橋の上から眺めた、アルノ河畔の家並み光景です。推測ですが、景観維持のためか、建物の高さ規制があるようでした。アルノ川は、アペニン山脈の標高1385メートルのファルテローナ山に源を発し、南へ流れます。アレッツォ付近で北西に転じ、フィレンツェで西に向きを変え、ポンテデーラの谷を流れ、ピサの西側でティレニア海に注ぎます。全長241キロとされます。
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ヴェッキオ橋の上から眺めた、アルノ河畔の家並み光景が続きます。中央付近の建物の背後に見えているのは、ヴェッキオ宮殿の『アルノルフォの塔』の先端部分のようです。高さが95メートルとされる、フィレンツェのシンボルの一つです。ヴェッキオ宮殿は、フォラボスキ塔と呼ばれていた時代に、その周りに建てられ、塔は伸長されたようです。宮殿が1315年、塔が1310年に完成しました。
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西側方面になる、アルノ川の左岸方面の光景になるよう左岸は、です。下流に向かって左手が左岸です。現地の観光ガイドブックには、フィレンツェのアルノ川の左岸は、『下町』と紹介されていました。ヴェッキオ宮殿も下町になりますが、ピッティ宮殿に引っ越してしまいました。
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同じく、西側方面になる、アルノ川の下流方面の光景になるようです。下流に向かって左手になりますから、左岸です。地図で確認しますと、フィレンツェを出たアルノ川は、ほぼ真っすぐに西に向かって、小さな山を一つ越えてピサ方面に向かうようでした。この辺りでは、かなりの川幅で、ゆったりと流れていました。
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ここからは、アルノ川右岸の丘の上にある、ミケランジェロ広場と、広場からの眺望の紹介です。最初は、アルノ川の上流方面の光景です。写真の中央上部近くにヴェッキオ橋が見えていました。下流方面から眺めたアルル川は、緩く左右に蛇行していました。
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フィレンツェの、かなり広範囲の町並み光景です。塔のような高い建物はところどころに見えますが、つくづく感心させられるのが、近代建築の高層建築が見当たらないことです。ヨーロッパの町並みでは、時々このような光景を目にしますが、景観維持に並々ならぬ努力が続けられているに違いありません。
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先ほどの写真とこの写真では、フィレンツェの街が盆地に見えましたのでネットで地形を確認してみましたら、やはり盆地でした。フィレンチェだけでなく、西北からビストイア、プラート、フィレンチェ、パーニョアリポリをはじめ10くらいの街が東をペニン山脈、西をその支脈のような山並みに囲まれた広範な盆地でした。
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初めて目にしたフィレンツェの街の光景ではありませんが、ヨーロッパの街の中でも、忘れられない街の光景の一つです。忘れられないヨーロッパの街では、高台から眺めたエッフェル塔付近のパリの町並み、ドナウの流れとチェスキークロムロフの町並み、イングランドの田舎町、ドイツのライン川添いの田舎町、ギリシャのエーゲ海の小島等々、きりがありませんので、ここで切上げます。
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イチオシ
フィレンツェの街の見どころが凝縮されたような光景です。右側の丸いドーム屋根が『サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂』の『ドゥオモ(大聖堂)』、左の四角い塔が『ジョットの鐘楼』です。鐘楼の高さは84メートル、八角形のドゥオモの高さは114メートルとされます。
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ヴェッキオ宮殿とその建物に建つアルノルフォの塔のズームアップ光景です。ネット情報では、『アルノルフォ塔の中心は、上部では少しずれている』との解説がありましたが、この写真で見ますと、最上部が確かに少し右側にずれているように見えます。既に建っていたフォラボスキ塔をそのまま有効活用し、さらに高さを増したことがその原因のようです。今から600年以上も前のことで、その設計者の名前は、『アルノルフォ塔』として後世に残りました。
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イチオシ
ミケランジェロ広場から眺めた、アルノ川に架かる橋の光景です。一番手前の橋が、先ほど紹介したヴェッキオ橋です。アルノ川の上流方向になるのでしょうか、アルノ川は、フィレンチェから流れが西向きになるようでした。イタリアの背骨のペニン山脈は、フィレンチェの東側に位置します。
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先ほど調べて、フィレンツェが盆地に位置することが分かりましたが、この写真も、そのことが概ね了解できるような光景でした。前方に見えている山並みは、アペニ山脈になるようでした。あまり高くないようですから、その支脈かも知れません。町中の濃い緑は、庭木か街路樹のようです。
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手前の緑は、ミケランジェロ広場がある丘の中腹の木々のようです。アルノ川の姿は見えませんが、その陰になっているようです。塔が見える建物の周りは、観光ガイドの地図で確認しますと、『サンタクローチェ教会』辺りになるようでした。川沿いの横長の建物は、国会図書館になるようです。
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あいにくの天候で、見学者の姿がほとんどなかったミケランジェロ広場の光景です。ミレニアムの年の2000年10月の旅行記を読み返してみましたら、このミケランジェロ広場では風景画を描き、即売していましたので、2枚買い求めたことを記していました。探せば、その時のフィレンツェの風景画が出てくるかも知れません。
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同じく、見学者の姿がほとんどなかったミケランジェロ広場の光景です。コカ・コーラの看板があったお店も今日は店仕舞いでした。ミケランジェロ広場では、丘の上からのフィレンツェの町並みを眺めるか、『ダヴィデ像』を見学する以外に楽しみはないようですから、見晴らしが利かないと判断された方が多いようでした。安に反して、麓の見晴らしも利きました。
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イチオシ
ミケランジェロ広場に建つ、『ダヴィデ像(レプリカ)』の光景です。ミケランジェロが1501年から制作を開始し、1504年9月8日に公開した彫刻作品です。オリジナルの大理石像は、フィレンツェのアカデミア美術館に収蔵されています。ピエタ像と並ぶミケランジェロの代表作とされ、ルネサンス期を通じて最も卓越した作品の一つに数えられています。ダヴィデは、旧約聖書に記されたイスラエル王国の二代目の統治者です。オリジナルの像は大理石で、身の丈5.17メートルです。ダヴィデが巨人ゴリアテとの戦いに臨み、岩石を投げつけようと狙いを定めている場面を表現しています。
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三体か見えていませんが、ダヴィデ像の足元のブロンズ像の光景です。こちらもブロンズ製のレプリカですが、オリジナルはミケランジェロの作品です。足元の四つの像は、『夜』『昼』『曙』『夕暮れ』の作品名があります。オリジナルはメディチ家礼拝堂にあります。
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フィレンツェの見学を終えて、次に向かったのはピサです。あまりすっきりしない天候のバス車中からの光景です。アルノ川の西側でティレニア海に注ぎます。ティレニア海は、イタリア半島の西側に広がり、コルシカ島、サルデーニャ島、シチリア島に囲まれています。
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