2013/09/24 - 2013/10/02
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旅人のくまさんさん
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フィレンツェ共和国としてトスカーナの大部分を支配したメディチ家による統治の下、中世には毛織物業と金融業で栄え、15世紀にルネサンスの文化的な中心地となったフィレンツェの紹介です。古代ローマ時代のパスクロマーナだけでなく、歴史的な大芸術家が集まった中世時代のフィレンツェの文化も世界に比類がないものです。(ウィキペディア、JTBワールドガイド・ローマ他)
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イチオシ
『サン・ジョヴァンニ洗礼堂』の東側にある『天国の門』の紹介です。『ロレンツォ・ギベルティ(1381頃~1545年)』が1425年から1452年まで、約30年かけて制作しました。初期ルネサンスの彫刻家、金細工師のギベルティは、鋳造技術においては並ぶ者のない腕前を示し、その技量は今日においても賞賛されています。当時のフィレンツェ随一の芸術家であり、彼の工房はドナテッロやパオロ・ウッチェロ、ミケロッツォ・ディ・バルトロメオら優れた芸術家を輩出しました。扉の命名には諸説ありますが、その中には『見事な扉に感嘆したミケランジェロが「天国の扉」と呼んだ』というものもあります。1966年の洪水による被害を受け、現在の扉のレリーフはレプリカです。(ウィキペディア)
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現地ガイドさんの説明が終わり、しばらくの間自由散策になりましたので、この後は、少し重複しますが写真の追加撮影です。柵が目障りでしたが、『天国の門』の最下部のレリーフです。左右五つずつの大きなブロンズ・パネルには、旧約聖書による十大場面が表現されています。パネルには、青銅メッキが施されています。(同上)
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『天国の門』の中間部当たりのレリーフのズームアップ光景です。扉のそれぞれの縁は頭部を持上げた格好の小メダイヨンと小壁龕(へきがん)付きの預言者像とを交互に配して『旧約聖書』の場面が表現されています。実は、この中に作者のギベルティの像があります。その像はちょうど中央付近になる二つの頭部像の左側です。(同上)
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『天国の門』の最上部のレリーフのズームアップ光景です。諸場面の浮彫は、遠近法等の洗練された表現法が活用され、丁寧な細部表現によって絵画的な表現となっています。殊に遠近法を用いたことで、28枚のパネルに細分して描かれていた出来事を10枚のパネルの中に収めてしまうことが出来ました。(同上)、ミケランジェロが感嘆したのは、これ等のことも含めての判断だったかも知れません。
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12世紀に建立されたサン・ジョヴァンニ洗礼堂は、当時最も裕福だった毛織物商組合によって造営管理されていました。そこでコンクールが行なわれ、当時黒死病による膨大な数の死者が出た直後だったため、題目に『イサクの犠牲』が選ばれました。『イサクの犠牲』とは、旧約聖書の『 創世記 』に登場するアブラハムの息子・イサクが、神の命により、何と父であるアブラハムに殺されそうになったとする逸話です。神がアブラハムの信仰の深さを試したとする解釈や、この出来事で、人の代わりに羊が生贄にされるようになったとも説明されているようです。寸前のところで天使が現れ、イサクは殺されることはありませんでした。
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『サン・ジョヴァンニ洗礼堂』の壁面の光景です。幾何学模様の装飾が施されていました。金属のバンドで補強された黒い柱は、最初は木製かと思いましたが。縦だけでなく。横方向にもひび割れた状態から見ますと、詳細な材質は分かりませんが、金属製の柱のようでした。飾りが目的ではなく、かなりの荷重を分担している柱かも知れません。それ以外の部分は、白色と、緑色の大理石が使われているようでした。
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『サン・ジョヴァンニ洗礼堂』の壁面光景の紹介が続きます。外壁には白と緑の大理石が用いられているようですから、その二色を使った装飾のようでした。全体的には、特徴のある装飾ですが、部分的にはかなりシンプルな文様でした。窓の下にはギリシャ・ローマ建築を思わせる石柱もありましたが、装飾の主体ではなく、控えめの大きさの柱でした。
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『サン・ジョヴァンニ洗礼堂』の壁面光景の紹介です。『サン・ジョヴァンニ洗礼堂』には、三つの門があります。東の門(天国の門)はすでに紹介しましたが、後の2つの門の装飾の紹介です。
〇北側の扉:『キリストの生涯』ロレンツォ・ギベルティ、マゾリーノ、ベルナルド・ディ・ピエロ・チュッファーニ、パオロ・ウッチェロ、ドナテッロ、ミケロッツォ・ディ・バルトロメオ
〇南側の扉:『洗礼者ヨハネの生涯』アンドレーア・ピサーノ(1330年1月から1336年にかけて製作され、1338年に東側の扉として取り付けられましたが、南側に移されました) -
『天国の門』の上部に祀られている大理石像の光景です。『キリストの洗礼』と紹介されていました。新約聖書に記された出来事です。ヨハネは洗礼者として、荒野で禁欲的な隠遁生活を送りながら、彼のもとにやって来る人々すべてにヨルダン川の水で洗礼を施していました。キリストが洗礼を受けるために現れたとき、ヨハネは『私こそ、あなたから洗礼を受けるべき』とイエスの足元にひれ伏しました。
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中央付近に見えるのが、既に紹介しましたが、八角形の建物の『サン・ジョヴァンニ洗礼堂』です。右側の建物が、『ジョットの鐘楼』になります。この洗礼堂で洗礼を受けた『ダンテ・アリギエーリ(1265~1321年)』は、『神曲』地獄篇で『わが美しき聖ジョヴァンニ』とこの洗礼堂に言及しています。
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フィレンツェを代表する建物の『サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂』のドーム屋根の光景です。このドームは、イタリア語では『クーポラ(cupola)』と呼ばれています。大きなドームの周りに、小さなドームもありました。『絵画論』の著作で知られるルネッサンスを代表する『レオン・バッティスタ・アルベルティ(1404~1472年)』は、『天にも迫る壮大な大聖堂、その影はトスカーナの市民全てを覆う』、と表現しています。大聖堂のクーポラは、高さ107メートルに及ぶ、世界最大の石積建築のドームとされます。
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イチオシ
世界最大の石積建築のドームとされる屋根のズームアップ光景です。大聖堂建設の一番の難題がこのクーポラの建設でした。当時の技術では、その大きさのために建設は不可能とも言われていました。しかし、1418年に開催されたコンクールでフィリッポ・ブルネレスキはある画期的なアイデアを持って大聖堂建設に挑みました。ブルネレスキのクーポラは、従来まで建設されてきた半球の形のクーポラではなく、少し縦に長い卵型の形をしていました。さらに建築材の重さを軽減するために内側の天井と外側の屋根の間が空洞になっています。このブルネレスキの新たな発想によって、1436年にイタリアで最も大きなクーポラが無事に完成しました。
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先ほどのクーポラの右端にあった、『小さなドーム屋根』のズームアップ光景です。屋根以外の外装は白大理石を基調とし、緑、ピンクの大理石によって装飾され、イタリア的なゴシック様式に仕上がっています。1296年から140年以上をかけて建設されました。『クーポラ』の呼び名は、半球状の屋根の部分のことをいいます。
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フィレンツェを代表する建物の『サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂』の建物側面光景です。身廊とドームは初期ルネサンス様式、そして19世紀に完成したファサード(正面)はネオ・ゴシック様式による混成様式です。ファサードはすでに紹介しましたが、細部を含めて、再度紹介します。
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『サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂』の建物側面の装飾のズームアップ光景です。側面にも小さなファサードが組み込まれていました。多分、下部に出入口があった場所です。子のファサードの装飾も、白、緑とピンクの大理石の組み合わせになっていました。その要所に、聖人像などが見えました。その白い聖人像は、白大理石を使った彫像のようでした。
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イチオシ
場所が代わって、ファサードの正面のズームアップ光景です。下部に見える壁画には、中央にキリスト、その左脇にマリア様と、右脇に聖ヨハネが描かれています。その周りの人達にも聖人を現わす光背が描かれていました。『光背』は仏教芸術でお馴染みですが、『光背(こうはい)とは、仏像、仏画などの仏教美術や、キリスト教美術などにおいて、神仏や 聖人の体から発せられる光明を視覚的に表現したものである(Weblio辞書)』、と解説されていました。
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更にズームアップした、先ほど紹介した壁画の光景です。キリストが手にしているのは『宝珠』と呼ばれるものです。この絵では球体の上に十字架は描かれていないようでしたが、『帝国宝珠』とも呼ばれ、中世を通して、そして今日でも、キリスト教の権威の象徴として、硬貨、図像学、レガリア(王権の象徴)で使われています。世界(球体)に対するキリスト(十字架)の支配権を象徴するようです。この絵では、キリスト自身が手にしていますから、十字架が省略されているのかも知れません。中央手前には、聖母マリアを象徴する百合の花が飾られていました。
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中央の青い服の人は、光背が描かれていましたから、聖母マリアのようです。赤い箱のようなものを手にしていました。聖母マリアの古い呼び名に、『海の星の聖母(ステラ・マリスの聖母)』があります。聖母マリアは、『海』とのつながりが深く、青い服で描かれることが多いようです。また、青は『信仰』を、赤は『慈悲』を象徴しているようです。
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入口の上のバラの窓は、『ロレンツォ・ギベルティ(1381頃~1455年)によって設計され、1405年に入口の上に置かれました。下からはそれほど大きく見えませんが、直径20フィート以上で、28枚の花弁で構成されています』、この説明は、イタリア旅行をされた欧米の観光者のブログの和訳を参照しましたから、フィート表示になっていました。1フィートは約30センチですから、約6メートルのバラ窓になります。その外枠の円を、薄いピンクの色の大理石が飾っていました。
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すでに紹介した『聖母子像』ですが、ズームアップして再度の紹介です。キリスト教美術において、マリア像は、『単独のマリア像』と『マリアの生涯を描く図像』に大別されます。いわゆるマドンナ、聖母子像は、マリア像の一種でマリアとイエス・キリスト(多くは幼児、少年期)を描く図像です。聖母子像と呼ぶ場合、どの時期、年齢のマリアとイエスを描くかにより、特別の図像名がつけられることもあります。たとえば受難における『イエス・キリストの亡骸を抱く聖母マリア』は『ピエタ』と呼ばれます。(ウィキペディア)
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『破風(はふ)』のような造りの三角部分のズームアップ光景です。ファサード正面の、宝珠を手にしたキリストが描かれた壁画の上の部分です。推測になりますが、マリアの受胎告知の場面のようでした。周りにはエンジェルやや使徒など20人以上の姿がありました。
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ズームアップした写真でも紹介しましたが、中央の聖人がキリスト、その左脇にマリア様と右脇に聖ヨハネが描かれています。旧約聖書か、新約聖書に記された場面のようでしたが、詳しいことは分かりませんでした。10人近い使徒などが一緒に描かれていました。
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大聖堂の西側にあるファサードの中央出入口扉の光景です。普段は、この扉の左右の出入口が利用されているようです。このブロンズ製の扉のレリーフの題材は、マリアの普段の生活とのネット情報もありました。聖母マリアを主題にした装飾の扉には間違いないようです。
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再び紹介する、角の部分から見上げた、高さ84メートル余の『ジョットの鐘楼』の光景です。聖堂よりも100年も早い1387年に塔は完成しましたが、当初計画されていた塔頂部の尖塔は造られませんでした。現代のビルで換算しますと、優に20階以上の高さになります。日本の場合、60メートル以上の建築物は『超高層』と呼ばれることもありますから、いわば中世における『超高層ビル』です。優美な大聖堂の隣にふさわしいスラリと伸びる優雅な鐘楼は天才画家のジョットがデザインしたものです。
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『ジョットの鐘楼』の先端付近のズームアップ光景です。ジョットは「1300年代の天才画家」と称され、同時代の詩人たちダンテやペトラルカ、ボッカッチョが賞賛し、レオナルド・ダ・ヴィンチから尊敬され、ミケランジェロがその手法を模したとまで言われている画家です。彼がデザインした鐘楼は芸術家を讃えるために、『ジョットの鐘楼』と名付けられました。
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『ジョットの鐘楼』の中間よりやや下部のズームアップ光景です。四人の聖人像が並んでいました。四面に聖人像が飾られ、全部で16体になるようです。ジョットの鐘楼は、大聖堂の建築家『アルノルフォ・ディ・カンビオ(1245頃~1302年)』により1298年頃に建設が開始され、その後ジョットが外観のデザインを担当し1359年に完成しました。
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先ほどの写真でも粗油介した、1面あたり4人の聖人像のズームアップ光景です。大理石の全身像で表されているのは『ダニエル』、『アバクク(ハバクク)』など旧約聖書の4人の預言者たちのようです。旧約聖書の預言者には、モーセ、イザヤ、ミカなどを含め25人が紹介されていました。新約聖書ではアンナ、ヨハネとアガボの3人です。(ウィキペディア)
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同じく、『ジョットの鐘楼』の壁面装飾の紹介です。有料ですが、鐘楼に登ることが出来ます。『鐘楼には五つの使われていない古い鐘と、現在使用されている七つ鐘が取り付けられ、鐘は小さいもので320キロ、大きなものは5トンのものまであり、その大きさよって音色の違う音がでます』と、ネット紹介されていました。
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フレンツェの街は、『歴史的な町並みが広範囲かつ集中的に保存されており、ルネッサンスの芸術、文化を眼前にみることができる』との要件を満たすことで、1982年にユネスコの世界遺産に登録されています。フィレンツェは、『屋根のない博物館』とも表されるほど、稀有な建築物や彫刻などの芸術作品が残されています。
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同じく、フィレンツェの町並み光景です。フィレンツェ歴史地区の主な構造物は、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂、ヴェッキオ宮殿、ウフィツィ美術館、ピッティ宮殿、ボーボリ庭園、サンタ・マリア・ノヴェッラ教会やサンタ・クローチェ聖堂などです。
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