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ヴァチカン市国にあるカトリック教会の総本山、サン・ピエトロ大聖堂の展示品の紹介です。使徒ペトロの墓所を祀る聖堂が起源とされます。最初に四つあるラファエロの間の作品の紹介です。(ウィキペディア、JTBワールドガイド・ローマ他)

2013秋、イタリア旅行記2(50/53:補遺2):サン・ピエトロ大聖堂 (1/2):天井画、壁画、ラファエロ

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2013/09/24 - 2013/10/02

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旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

ヴァチカン市国にあるカトリック教会の総本山、サン・ピエトロ大聖堂の展示品の紹介です。使徒ペトロの墓所を祀る聖堂が起源とされます。最初に四つあるラファエロの間の作品の紹介です。(ウィキペディア、JTBワールドガイド・ローマ他)

  • 不等辺に四分割された中に描かれえた天井絵の光景です。これもラファエロ自身ではなく、彼の工房による製作のようです。背景の青色が強調された天井絵です。

    不等辺に四分割された中に描かれえた天井絵の光景です。これもラファエロ自身ではなく、彼の工房による製作のようです。背景の青色が強調された天井絵です。

  • 天井部分に描かれた絵画です。ラファエロの間などでも、主要な題材以外の部分は工房の弟子に描かせているようです。

    天井部分に描かれた絵画です。ラファエロの間などでも、主要な題材以外の部分は工房の弟子に描かせているようです。

  • 壁面部分に描かれた絵画です。ラファエロの間のフレスコ画は、ミケランジェロによるシスティーナ礼拝堂の天井画とともに、フレスコ画としては盛期ルネサンスを代表する作品群です。<br />一番下に描かれているのは、『コンスタンティヌスの間の十字架の出現』です。<br />

    壁面部分に描かれた絵画です。ラファエロの間のフレスコ画は、ミケランジェロによるシスティーナ礼拝堂の天井画とともに、フレスコ画としては盛期ルネサンスを代表する作品群です。
    一番下に描かれているのは、『コンスタンティヌスの間の十字架の出現』です。

  • 『コンスタンティヌスの間:十字架の出現』(1520年以降)<br />フレスコ画<br />ラファエロ・サンティとその工房<br />この場面は、コンスタンティヌス帝が対立するマクセンティウスに向かって進軍している時に、上空に十字架が現れた情景を描いています。

    『コンスタンティヌスの間:十字架の出現』(1520年以降)
    フレスコ画
    ラファエロ・サンティとその工房
    この場面は、コンスタンティヌス帝が対立するマクセンティウスに向かって進軍している時に、上空に十字架が現れた情景を描いています。

  • 『コンスタンティヌスの間:十字架の出現(部分)』<br />ラファエロ・サンティとその工房<br />『コンスタンティヌスの間』の作品は、題材は、異教徒に対するキリスト教の戦いと勝利に絞られています。1520年のラファエロ死後、その弟子達の絵画が主なようです。<br />

    『コンスタンティヌスの間:十字架の出現(部分)』
    ラファエロ・サンティとその工房
    『コンスタンティヌスの間』の作品は、題材は、異教徒に対するキリスト教の戦いと勝利に絞られています。1520年のラファエロ死後、その弟子達の絵画が主なようです。

  • 『コンスタンティヌスの間:ミルヴィオ橋の戦い』(1520年以降)<br />フレスコ画<br />ラファエロ・サンティとその工房<br />312年、ローマ郊外のテヴェレ川に架かるミルウィウス橋の戦いで、コンスタンティヌスは政敵マクセンティウスを殲滅しました。

    『コンスタンティヌスの間:ミルヴィオ橋の戦い』(1520年以降)
    フレスコ画
    ラファエロ・サンティとその工房
    312年、ローマ郊外のテヴェレ川に架かるミルウィウス橋の戦いで、コンスタンティヌスは政敵マクセンティウスを殲滅しました。

  • 『コンスタンティヌスの間:コンスタンティヌスの寄進状』(1520年以降)<br />フレスコ画<br />ラファエロ・サンティとその工房<br />コンスタンティヌス帝がローマ教皇に領地を寄進する旨を記したとする、同名の偽書の内容を描いたものです。

    『コンスタンティヌスの間:コンスタンティヌスの寄進状』(1520年以降)
    フレスコ画
    ラファエロ・サンティとその工房
    コンスタンティヌス帝がローマ教皇に領地を寄進する旨を記したとする、同名の偽書の内容を描いたものです。

  • 『コンスタンティヌスの間:コンスタンティヌス帝の洗礼』(1520年以降)<br />フレスコ画<br />ラファエロ・サンティとその工房<br />死の床に伏すコンスタンティヌス帝を描いた絵です。<br />

    『コンスタンティヌスの間:コンスタンティヌス帝の洗礼』(1520年以降)
    フレスコ画
    ラファエロ・サンティとその工房
    死の床に伏すコンスタンティヌス帝を描いた絵です。

  • 『署名の間:アテナイの学堂』(1509~1510年)<br />フレスコ画<br />ラファエロ・サンティ(1483~1520年)<br />ヴァチカン美術館の中でも、最も有名な作品です。ラファエロが描きました。<br />

    イチオシ

    『署名の間:アテナイの学堂』(1509~1510年)
    フレスコ画
    ラファエロ・サンティ(1483~1520年)
    ヴァチカン美術館の中でも、最も有名な作品です。ラファエロが描きました。

  • 『署名の間:アテナイの学堂(部分)』<br />ラファエロ・サンティ(1483~1520年)<br />4部屋の『ラファエロの間』のうち、『署名の間』と呼ばれる部屋のフレスコ壁画(部分)です。ラファエロの最盛期の作品です。<br />左の人物が、自著『ティマイオス』を持っているプラトン(紀元前427?紀元前347年)、右が自著『ニコマスコ倫理学』を持っているアリストテレス(紀元前384?紀元前322年)の像です。ソクラテス(紀元前469年頃?紀元前399年)の弟子がプラトン、プラトンの弟子がアリストテレスになります。プラトンのモデルはレオナルド・ダ・ヴィンチとされます。

    イチオシ

    『署名の間:アテナイの学堂(部分)』
    ラファエロ・サンティ(1483~1520年)
    4部屋の『ラファエロの間』のうち、『署名の間』と呼ばれる部屋のフレスコ壁画(部分)です。ラファエロの最盛期の作品です。
    左の人物が、自著『ティマイオス』を持っているプラトン(紀元前427?紀元前347年)、右が自著『ニコマスコ倫理学』を持っているアリストテレス(紀元前384?紀元前322年)の像です。ソクラテス(紀元前469年頃?紀元前399年)の弟子がプラトン、プラトンの弟子がアリストテレスになります。プラトンのモデルはレオナルド・ダ・ヴィンチとされます。

  • 『署名の間:アテナイの学堂(部分)』<br />ラファエロ・サンティ(1483~1520年)<br />ギリシャの哲学者のヘラクレイトス(紀元前450年頃?紀元前480年頃)像ですが、モデルはミケランジェロ(1475~1564年)とされます。

    『署名の間:アテナイの学堂(部分)』
    ラファエロ・サンティ(1483~1520年)
    ギリシャの哲学者のヘラクレイトス(紀元前450年頃?紀元前480年頃)像ですが、モデルはミケランジェロ(1475~1564年)とされます。

  • 『署名の間:アテナイの学堂(部分)』<br />ラファエロ・サンティ(1483~1520年)<br />上の段の右から二人目、背中に手を回した人物がアベレス、モデルはラファエロ本人とされます。アベレスは、紀元前4世紀のギリシャの画家のようです。アペレスが描いた『誹謗』を、ボッティチェッリが復元しています。<br />

    『署名の間:アテナイの学堂(部分)』
    ラファエロ・サンティ(1483~1520年)
    上の段の右から二人目、背中に手を回した人物がアベレス、モデルはラファエロ本人とされます。アベレスは、紀元前4世紀のギリシャの画家のようです。アペレスが描いた『誹謗』を、ボッティチェッリが復元しています。

  • 『署名の間:パルナッソス山(アーチ内部分)』(1509~1510年)<br />フレスコ画<br />ラファエロ・サンティ(1483~1520年)<br />ギリシャ神話ではアポローンとミューズたちが住み詩作が祭られている場所です。<br />

    『署名の間:パルナッソス山(アーチ内部分)』(1509~1510年)
    フレスコ画
    ラファエロ・サンティ(1483~1520年)
    ギリシャ神話ではアポローンとミューズたちが住み詩作が祭られている場所です。

  • 『署名の間:聖体の論議』(1509~1510年)<br />フレスコ画<br />ラファエロ・サンティ(1483~1520年)<br /><br />画面の上半分に父なる神とキリスト、左に聖母マリア、右に洗礼者聖ヨハネ、キリストの足下の雲の中に精霊の鳩。その両側に預言者や使徒が並び「教会の勝利」を表しています。<br />

    『署名の間:聖体の論議』(1509~1510年)
    フレスコ画
    ラファエロ・サンティ(1483~1520年)

    画面の上半分に父なる神とキリスト、左に聖母マリア、右に洗礼者聖ヨハネ、キリストの足下の雲の中に精霊の鳩。その両側に預言者や使徒が並び「教会の勝利」を表しています。

  • 『署名の間:聖体の論議』<br />ラファエロ・サンティ(1483~1520年)<br />画面下半分の中央に祭壇に置かれた、聖餅の載る聖杯があります。これが構図の中心を占めます。広大な風景を背後に聖人、教皇、司教、信者たちが描かれています。

    『署名の間:聖体の論議』
    ラファエロ・サンティ(1483~1520年)
    画面下半分の中央に祭壇に置かれた、聖餅の載る聖杯があります。これが構図の中心を占めます。広大な風景を背後に聖人、教皇、司教、信者たちが描かれています。

  • 『署名の間:聖体の論議(部分)』<br />ラファエロ・サンティ(1483~1520年)<br />『聖体の論議』の左下の部分です。欄干にもたれているのはブラマンテ、その右で聖杯を指し示しているのはフランチェスコ・マリア・デッラ・ローヴェレとされます。<br />

    『署名の間:聖体の論議(部分)』
    ラファエロ・サンティ(1483~1520年)
    『聖体の論議』の左下の部分です。欄干にもたれているのはブラマンテ、その右で聖杯を指し示しているのはフランチェスコ・マリア・デッラ・ローヴェレとされます。

  • 『署名の間:枢要徳』(1511年)<br />フレスコ画<br />ラファエロ・サンティ(1483~1520年)<br />最も重要な徳目である、忍耐(勇気)、慎重さ、自制を表しており、それぞれ3人の女性によって象徴的に表現されています。

    『署名の間:枢要徳』(1511年)
    フレスコ画
    ラファエロ・サンティ(1483~1520年)
    最も重要な徳目である、忍耐(勇気)、慎重さ、自制を表しており、それぞれ3人の女性によって象徴的に表現されています。

  • 『ヘリオドロスの間:ヘリオドロス神殿からの追放(部分)』(1509~1510年)<br />フレスコ画<br />ラファエロ・サンティ(1483~1520年)<br />

    イチオシ

    『ヘリオドロスの間:ヘリオドロス神殿からの追放(部分)』(1509~1510年)
    フレスコ画
    ラファエロ・サンティ(1483~1520年)

  • 『ヘリオドロスの間:聖ペテロの放免』(1509~1510年)<br />フレスコ画<br />ラファエロ・サンティ(1483~1520年)<br />この絵は、キリストの代理者として、ローマ教皇の力を示すものと解釈されています。

    『ヘリオドロスの間:聖ペテロの放免』(1509~1510年)
    フレスコ画
    ラファエロ・サンティ(1483~1520年)
    この絵は、キリストの代理者として、ローマ教皇の力を示すものと解釈されています。

  • 『ヘリオドロスの間:聖ペテロの放免(部分)』(1509~1510年)<br />フレスコ画<br />ラファエロ・サンティ(1483~1520年)<br />『聖ペテロの放免』の中央部分です。<br />

    『ヘリオドロスの間:聖ペテロの放免(部分)』(1509~1510年)
    フレスコ画
    ラファエロ・サンティ(1483~1520年)
    『聖ペテロの放免』の中央部分です。

  • 『ヘリオドロスの間:大教皇レオとアッティラの会談』(1509~1510年)<br />フレスコ画<br />ラファエロ・サンティ(1483~1520年)<br />レオ1世と、フン族の王アッティラの停戦交渉を描いた絵です。

    『ヘリオドロスの間:大教皇レオとアッティラの会談』(1509~1510年)
    フレスコ画
    ラファエロ・サンティ(1483~1520年)
    レオ1世と、フン族の王アッティラの停戦交渉を描いた絵です。

  • 『ヘリオドロスの間:ボルセーナのミサ』(1509~1510年)<br />フレスコ画<br />ラファエロ・サンティ(1483~1520年)

    『ヘリオドロスの間:ボルセーナのミサ』(1509~1510年)
    フレスコ画
    ラファエロ・サンティ(1483~1520年)

  • 『ボルゴの火災の間:レオ3世のカール大帝への授冠』(1509~1510年)<br />フレスコ画<br />ラファエロ・サンティ(1483~1520年)

    『ボルゴの火災の間:レオ3世のカール大帝への授冠』(1509~1510年)
    フレスコ画
    ラファエロ・サンティ(1483~1520年)

  • 『ボルゴの火災の間:オスティアの戦い』(1509~1510年)<br />フレスコ画<br />ラファエロ・サンティ(1483~1520年)<br />849年のオスティアでの海戦で、レオ4世がサラセン人を打ち破ったことを描いた絵です。

    『ボルゴの火災の間:オスティアの戦い』(1509~1510年)
    フレスコ画
    ラファエロ・サンティ(1483~1520年)
    849年のオスティアでの海戦で、レオ4世がサラセン人を打ち破ったことを描いた絵です。

  • 『ボルゴの火災の間:ボルゴの火災』(1509~1510年)<br />フレスコ画<br />ラファエロ・サンティ(1483~1520年)<br />カトリック教会によると、847年にローマの一地方、ボルゴで起こった火災を、レオ4世が祝福 (?)により鎮火したとされる奇跡です。

    『ボルゴの火災の間:ボルゴの火災』(1509~1510年)
    フレスコ画
    ラファエロ・サンティ(1483~1520年)
    カトリック教会によると、847年にローマの一地方、ボルゴで起こった火災を、レオ4世が祝福 (?)により鎮火したとされる奇跡です。

  • 壁面部分に描かれた絵画です。ラファエロの間のフレスコ画は、ミケランジェロによるシスティーナ礼拝堂の天井画とともに、フレスコ画としては盛期ルネサンスを代表する作品群です。<br />一番下に描かれているのは、『コンスタンティヌスの間の十字架の出現』です。<br />

    壁面部分に描かれた絵画です。ラファエロの間のフレスコ画は、ミケランジェロによるシスティーナ礼拝堂の天井画とともに、フレスコ画としては盛期ルネサンスを代表する作品群です。
    一番下に描かれているのは、『コンスタンティヌスの間の十字架の出現』です。

  • 左手上の十字架を持った白い服の人がキリストのようです。この絵もラファエロ自身ではなく、工房の弟子たちが手掛けたもののようです。

    左手上の十字架を持った白い服の人がキリストのようです。この絵もラファエロ自身ではなく、工房の弟子たちが手掛けたもののようです。

  • ヴァチカン美術館の目玉展示の一つに、ミケランジェロ作の石像のピエタ像があります。こちらは本文の方で紹介しましたが、この絵もピエタ像のようです。作者は分かりませんでした。

    ヴァチカン美術館の目玉展示の一つに、ミケランジェロ作の石像のピエタ像があります。こちらは本文の方で紹介しましたが、この絵もピエタ像のようです。作者は分かりませんでした。

  • ダイナミックと繊細さがミックスした、木彫らしい天井の造形が美しい部屋の紹介です。その枠ごとに小さめの絵が描かれていました。

    ダイナミックと繊細さがミックスした、木彫らしい天井の造形が美しい部屋の紹介です。その枠ごとに小さめの絵が描かれていました。

  • ラファエロの間の天井装飾の光景です。修復作業が行われたのでしょうか、鮮明な絵と金箔の輝きです。

    ラファエロの間の天井装飾の光景です。修復作業が行われたのでしょうか、鮮明な絵と金箔の輝きです。

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