2013/09/24 - 2013/10/02
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入場して見学したミラノ大聖堂(ドゥオモ)のステンドグラス等の紹介です。135本の尖塔を持つイタリア最大のゴシック建築とされ、5世紀もの歳月をかけて完成した建造物です。不思議なことに世界文化遺産には登録されていません。(ウィキペディア、JTBワールドガイド・ローマ他)
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『ミラノ・ドゥオモ(大聖堂)』の室内光景です。フランスにはじまったゴチック建築ですが、なぜかイタリアでは10世紀末に始まったロマネスク様式の後に、12世紀中ごろから始まったゴチック様式は広がらなかったようです。その中でも代表的なゴチック建築が『ミラノ・ドゥオモ』です。14世紀に建設が始まり、なんと5世紀余りをかけての完成でした。
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ロマネスク様式は、『ローマ風』の意味合いを持ちますが、イタリア中心ではなく、フランス中心でした。その言葉には、『ローマのマネ』という揶揄的な意味合いが含まれていたようです。また、『ゴシック』には、古いドイツゲルマン系『ゴート族の文化』という野蛮で粗野な侮蔑の意味が含まれています。また、『ゴチック』は、『ルネサンス』時代に入ってからの呼び名とされます。
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古代の文化の中心だったローマを基礎にもつイタリア文化からすれば、イタリアでは比例や調和といったものを大事にするローマ建築を正統とする流れが底流にありゴチックに対しては、主流ではない文化という偏見があったようです。その後のイタリアでは15~16世紀のルネサンス様式、7~18世紀のバロック様式が花開きました。写真は、ミラノ・ドゥオモの主祭壇の光景です。
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ミラノ大聖堂の建設スタートの部分の紹介です。『世界最大の司教区であるミラノ大司教区を統括する大聖堂。文芸保護に力を入れていたミラノ公国の君主 Gian Galeazzo Visconti の指揮で建設がスタート。建物全体にイタリア北部のCandoglia採石場の大理石を使用することを決定。中央ヨーロッパから多くの建築家・彫刻家・労働者を集結させました。(世界建築巡り・サイト)』と紹介されていました。Candoglia(カンドリア)採石場は、イタリア北西部、州都がトリノのピエモンテ州に位置します。
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ピエモンテ州にある『Candoglia(カンドリア)採石場』についての補足説明です。カンドリア大理石は、6世紀以上もの間、同じ採石場から切り出されました。現在でも、その大理石は修復用に使われています。大聖堂創建時に話を戻します。1387年、初代ミラノ公の『ジャン・ガレアッツォ・ヴィスコンティ(在位:1395~1402年)』が、ミラノ大聖堂を設計・建設・管理するための機関の『ヴェネランダ・ファブリカ』を設立しました。ヴィスコンティ公は大聖堂の建設にあたり、ロンバルディア同盟時代に一般的だった土レンガに代わって大理石を選びました。
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ドゥオモを支える、主要な柱の1本のようです。見上げるような高さと大きさが、その存在感を示していました。自然石を加工して作られた柱のように見えました。マッジョーレ湖の西、オッソラ渓谷のカンドリアで採石される、白とベージュ系にピンクの模様が入った石です。『ヴェネランダ・ファブリカ』が使うカンドリア大理石採石場を指定しました。トーチェ川、マッジョーレ湖、ティチーノ川、ナヴィリオ・グランデ運河を通る水路システムを活用して、この大理石を大聖堂まで無料で輸送することができました。
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巨大な柱の床面部分のズームアップ光景です。単純化された外観ですが、力強い彫刻が印象的でした。現在も、『ヴェネランダ・ファブリカ』が、カンドリアでの大理石の切り出しから、作業場(カンティエーレ・マルミスティ)での加工、大聖堂での部材や装飾の設置作業まで、メンテナンスや修復作業を担当しています。なお、1920年以降は、陸路で輸送されています。
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石像が飾られた祭壇の光景です。大理石は多くの国で採石されますが、世界一の名産地といえば、やはり大理石層が国内各地に点在するイタリアです。もっとも人気があるのは白いカララ大理石で、アルプスの一部であるイタリア中北部アプアノ山脈から切り出されます。
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ロンゴバルド族に侵略された、ミラノの司教座を7世紀に復活させた司教の『聖ジョヴァンニ・ボーノ』を祀った霊廟のようです。先に見学したフィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂に付属する八角形の『サン・ジョヴァンニ洗礼堂』がありました。この霊廟の制作年は1600年代末~1700年初頭とされます。中央の石像は1763年に製作されたエーリウ・ヴィンチェッゾ・プッツィの作品のようです。
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教会内部は、五廊式の身廊と三廊式の翼廊が交差している巨大な空間になっています。天井は写真のようなリブ・ヴォールトと尖頭アーチになっていて、52本の巨大な石柱が立ち並び、天井を支えています。柱の高さは24メートルほどです。
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イチオシ
主祭壇に向かう中央の通り道と、その両脇に並んだ拝礼者用の椅子席の光景です。ミサがある時には、祭壇の近くまでは立寄ることが出来ないようですが、今はミサが行われていない時間帯のようでした。キリスト教徒ではない私でも、椅子に座って、パイプオルガンの音色や、ミサ曲を静かに聞いてみたい気持ちにさせられます。
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イチオシ
手前に見えているのは、『ティブリオ(Tibaldi)』と呼ばれる主祭壇の上部にある『円蓋』です。装飾を施した4本の柱で支えられています。ペレグリーニ設計の円蓋、ティブリオは、ロンバルディア様式、もしくは初期ロマネスクとも呼ばれます。ミラノがある北イタリアのロンバルディア地方で発展した建築様式でで、イタリアではよく見られる様式のようです。
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祭壇の背後を飾る、イエス・キリストを表現した『正義の太陽』がデザインされたバラ窓風のステンドグラスのズームアップ光景です。ネット情報によれば、古いステンドグラスは13世紀から15世紀にかけて造られたらしく、近年の新しい物はガラス絵付けと言うエナメル技法で描かれているようです。
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少しだけズームアップして紹介するステンドグラスの絵柄です。左の列は、この大聖堂を持ち上げる聖人らしい像です。中の列は、左右を指さした大司教らしい人の姿です。右の列は、キリストの代わりに赦免になった強盗のバラバ(BARABBS)に関する絵のようです。新約聖書に記述があるようです。
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少しだけズームアップして紹介するステンドグラスの絵柄が続きます。先ほど紹介した部分に続く下側の絵です。左の列には『CRISTO』の文字がありますから、二段続きの囚われの身になったキリストのようです。中の列は、先ほどの大司教らしい人です。『CARD.A. I.SCHUSTER』の表示がありましたから、シュスター・トリノ大司教(1880~1954年)でした。右の列は、囚われの身のバラバです。
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さらに下の部分の絵の紹介です。左の列の下は、十字架を背負うキリスト、上が聖ベネディクトのようですが、はっきりしません。中の列の上は、推測ですが嘆きの姿の聖母マリアでしょうか、右の列は、上段、下段共に聖者らしい姿です。下段は聖グレゴリウスらしい文字が見えました。聖グレゴリウス1世(ローマ教皇)かも知れません。
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左の列は、帽子をかぶり、動物を抱いた羊飼い風の若い人です。中の列の司祭らしい人には『カード.A..Cフェラーリ』の表示がありましたが、『Andrea Carlo Ferrari(アンドレア・カルロ・フェラーリ:1852~1920年)』かも知れません。枢機卿だった人です。右の列は、左手に聖書らしい本を持った人です。学僧らしい雰囲気です。
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これで、ステンドグラスの絵柄の個別の紹介はお終いです。紹介した中では、一番下の部分になります。手許に解説書あたりがないと、中々読み解くのが大変です。左の列が、羊飼いらしい人の足元で、その下には、収穫に感謝の祈りを捧げる人、中の列が上は十字架と杯を手にした女性、下が狼から子羊を守る人、右の列が、上が学僧らしい人の足元、下が、ピエタ像風の構図の絵でした。
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『聖母子像』の絵画が飾られていた祭壇の周りの光景です。修復工事中の祭壇のようでした。足元には、電飾らしい沢山の燭台が並んでいました。炎が上に向けて細く伸びていないようですから、本物の蝋燭ではないようです。
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『聖母子像』の絵画の紹介です。冠を被り、玉座に坐したマリアと幼子イエス、その周りの天使の光景です。歴史に名を遺した著名な画家の作品ではないような感じもしました。ダ・ヴィンチやミケランジェロのような構図の精密さや、ラファエロのような柔らかさや質感には及ばないようです。
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色大理石を使って表現された、床面の装飾のズームアップ光景です。植物を題材にしてデフォルメされたような文様でした。床面ですから、王家や大司祭の紋章などは使いにくい場所になるようです。主祭壇に向かう通り道でした。
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柱の位置が記された、ドゥオモの平面図です。主祭壇が左端の方、現在位置が右下の方に赤く記されていました。『di raccolta tondi ′Adotta una guglia』のタイトルがありました。推測で意訳しますと、『尖塔の平面図』当たりの意味のようです。
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ネオ・ゴシック様式のファサードの光景です。完成したのは1813年です。当時のミラノが首都の『ミラノ公国(1395~中断~1797年)』は、フランスの総裁政府が任命したイタリア方面軍司令官の『ナポレオン』により1776年に制圧され、1797年6月にはチザルピーナ共和国(1797~1802年)に併合され、更にナポレオン支配下の『イタリア王国(1805~1814年)』へと変遷しました。
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1804年5月にナポレオンは、国会の議決と国民投票を経て世襲で彼の子孫にその位を継がせるという、『皇帝』の地位に就きました。皇帝の地位に就くにあたって、国民投票を行いましたが、フランス革命で育まれつつあった民主主義を形式的にしても守ろうとしたものとする見方もあります。1804年12月2日、『フランス人民の皇帝』としてナポレオンの戴冠式が行われました。
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イチオシ
世界最大の司教区とされるミラノ大司教区を統括する『ミラノ大聖堂(ドゥオーモ)』の紹介の締め括りです。無数に聳える尖塔の中で一番目立つ、黄金色のマリア像の『マドンニーナ』の光景です。高さ109メートルとされます。135本の尖塔を持ち、3500体の彫像が周りに飾られたイタリアを代表するゴチック建築です。
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先に、スカラ広場に建つ『レオナルド・ダ・ヴィンチ』の像を紹介しましたが、その周りの花壇で咲いていたバラの花の紹介です。万能の天才だった『ダ・ヴィンチ』の13,000ページに及ぶノートは、全て鏡文字で書かれています。生涯を通して左利きだったようです。鏡文字は、日本では『裏文字』とも呼ばれ、上下はそのままで左右を反転させた文字のことです。
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全員が再集合までに少しだけ時間がありましたので、その時間を利用して、ガレリアをもう一度見学しました。そのガレリアの入り口光景です。正式名は『ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガレリア』です。ガレリアは『ガッレリア』とも日本語表記されます。
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四つの建物と四つの道路で縁取りされた、八角形のガレリアの中心部の光景です。角地の建物は、イタリアを代表する『プラダ』や、フランスを代表する『ルイ・ヴィトン』が占めています。完成して130年ほどが経った、ミラノ観光の中心地です。相変わらずの賑わいでした。
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ウィンドウ・ショッピングのお店の光景です。ガレリア内のお店だったようです。室内装飾用の小物が展示されているようです。小さめの額縁に入った、あまり効果ではなさそうな絵画類に見えました。とはいっても、場所が場所だけに安価な品ばかりではなさそうです。
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同じく、ウィンドウ・ショッピングのお店の光景です。このお店は、手に取って品を確認できるようでしたから、旅行者目当ての品などが多いようでした。買い物の予定はありませんでしたから、手に取ってみることもありませんでした。
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