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ヴィエリチカ岩塩坑跡の見学は、十分な見応えがありました。次は世界遺産に指定されているクラクフ旧市街の見学です。日本人二世の若い現地ガイドさんが案内してくれました。(ウィキペディア、中欧・東欧ガイドブック)

2013秋、ポーランド旅行記(7/28):10月21日(5):クラクフ、ヴィエリチカ岩塩坑跡、クラクフ市内、ヴァヴェル城

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2013/10/20 - 2013/10/25

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旅人のくまさん

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ヴィエリチカ岩塩坑跡の見学は、十分な見応えがありました。次は世界遺産に指定されているクラクフ旧市街の見学です。日本人二世の若い現地ガイドさんが案内してくれました。(ウィキペディア、中欧・東欧ガイドブック)

  • 一通り、ヴィエリチカ岩塩坑跡の見学を終えてホールのような場所にやって来ました。天井が高く、床面積も広い地下の大空間です。

    一通り、ヴィエリチカ岩塩坑跡の見学を終えてホールのような場所にやって来ました。天井が高く、床面積も広い地下の大空間です。

  • 地下の大ホールの一角にはお土産店も並んでいました。買い物はしませんでしたが、お店の中を覗いてみました。

    イチオシ

    地下の大ホールの一角にはお土産店も並んでいました。買い物はしませんでしたが、お店の中を覗いてみました。

  • 広いホールに設置されていた世界文化遺産の登録プレートです。上下にポーランドの文字があり、上から時計回りに、カナダ、エクアドル、エチオピア、ドイツ、セネガル、アメリカが記されていました。国名の下に、都市や公園等が併記されていました。1978〜2008年に締結された、世界遺産の友好提携の一番リストのようです。

    広いホールに設置されていた世界文化遺産の登録プレートです。上下にポーランドの文字があり、上から時計回りに、カナダ、エクアドル、エチオピア、ドイツ、セネガル、アメリカが記されていました。国名の下に、都市や公園等が併記されていました。1978〜2008年に締結された、世界遺産の友好提携の一番リストのようです。

  • 岩塩というより、岩を刻んだ像のようです。荒削りの人物像が並んでいました。

    岩塩というより、岩を刻んだ像のようです。荒削りの人物像が並んでいました。

  • この辺りから、エレベーターの順番待ちの列が出来ていました。入場も限られるためでしょうか、たいした列ではありませんでした。並ぶ前に、暫く自由時間となりました。

    この辺りから、エレベーターの順番待ちの列が出来ていました。入場も限られるためでしょうか、たいした列ではありませんでした。並ぶ前に、暫く自由時間となりました。

  • ヴィエリチカの岩塩坑の見学を終わった後での案内図の紹介です。観光ルートの全体ではなく、出口に近い場所だけが記されているようです。現在位置を始め、レストランなどが記されていました。

    ヴィエリチカの岩塩坑の見学を終わった後での案内図の紹介です。観光ルートの全体ではなく、出口に近い場所だけが記されているようです。現在位置を始め、レストランなどが記されていました。

  • 再集合場所の案内カウンターがある広間です。もう少し時間がありましたので、周りを散策してきました。

    再集合場所の案内カウンターがある広間です。もう少し時間がありましたので、周りを散策してきました。

  • 先ほどの地図に記されていたレストランのようです。お昼には、まだ少し早い時間でした。それに、既にレストランは別の場所で予約されていました。

    先ほどの地図に記されていたレストランのようです。お昼には、まだ少し早い時間でした。それに、既にレストランは別の場所で予約されていました。

  • 壁面に展示された塑像です。岩塩を彫刻したもののようです。似たような労働者像を既に目にしました。

    壁面に展示された塑像です。岩塩を彫刻したもののようです。似たような労働者像を既に目にしました。

  • 坑道の中に設けられた階段の光景です。観光客でも通行制限はされていないようでした。記憶に残っていませんが、登ってみたかもしれません。

    坑道の中に設けられた階段の光景です。観光客でも通行制限はされていないようでした。記憶に残っていませんが、登ってみたかもしれません。

  • 小さな礼拝所の光景です。祭壇の中央には、キリストの磔刑像がありました。背後に描かれている街は、エルサレムでしょうか。

    小さな礼拝所の光景です。祭壇の中央には、キリストの磔刑像がありました。背後に描かれている街は、エルサレムでしょうか。

  • クラクフ近郊の生まれの、聖パウロ2世のステンドグラス像です。第264代ローマ教皇(在位:1978〜2005年)のヨハネ・パウロ2世は、20世紀最年少、455年ぶりの非イタリア人教皇で、史上最初のスラヴ系教皇でした。

    イチオシ

    クラクフ近郊の生まれの、聖パウロ2世のステンドグラス像です。第264代ローマ教皇(在位:1978〜2005年)のヨハネ・パウロ2世は、20世紀最年少、455年ぶりの非イタリア人教皇で、史上最初のスラヴ系教皇でした。

  • 床に投影された模様です。岩塩坑地下にある博物館の案内でした。左上に、『Ekspozycja Muzeum』の文字がありました。クラクフ岩塩坑博物館(Muzeum Zup Krakowskich)の呼び名も使われていました。

    床に投影された模様です。岩塩坑地下にある博物館の案内でした。左上に、『Ekspozycja Muzeum』の文字がありました。クラクフ岩塩坑博物館(Muzeum Zup Krakowskich)の呼び名も使われていました。

  • 見学を終わって、エレベーター乗り場に向かう途中の光景です。坑道は昔のままのようですが、通り道は、新しい板張りになっていました。

    見学を終わって、エレベーター乗り場に向かう途中の光景です。坑道は昔のままのようですが、通り道は、新しい板張りになっていました。

  • 岩塩坑の中の地下階のエレベーター乗り場です。少し順番待ちした後での搭乗となりました。

    岩塩坑の中の地下階のエレベーター乗り場です。少し順番待ちした後での搭乗となりました。

  • エレベーターの地上階に到着しました。これでヴィエリチカ岩塩坑跡の見学はおしまいです。さすがに世界文化遺産の岩塩坑跡との印象でした。

    エレベーターの地上階に到着しました。これでヴィエリチカ岩塩坑跡の見学はおしまいです。さすがに世界文化遺産の岩塩坑跡との印象でした。

  • ヴィエリチカの岩塩坑跡の見学の後の昼食です。そのレストランの入口光景です。旅行計画書には、ライ麦スープのズーレック(ジュレック)と、肉料理と記されていました。

    ヴィエリチカの岩塩坑跡の見学の後の昼食です。そのレストランの入口光景です。旅行計画書には、ライ麦スープのズーレック(ジュレック)と、肉料理と記されていました。

  • 昼食の写真撮影は省略しました。赤ワインをグラスで戴きました。昼食の後、お店の前での撮影です。

    昼食の写真撮影は省略しました。赤ワインをグラスで戴きました。昼食の後、お店の前での撮影です。

  • 白い可憐な花を咲かせていた蔓草です。厚手の葉を持ち、5弁の花を咲かせていました。日本ではあまりお目にかかることがない植物のようです。

    白い可憐な花を咲かせていた蔓草です。厚手の葉を持ち、5弁の花を咲かせていました。日本ではあまりお目にかかることがない植物のようです。

  • 昼食が終わった後で、次に向かったのはヴァヴェル城です。その途中の光景です。

    昼食が終わった後で、次に向かったのはヴァヴェル城です。その途中の光景です。

  • 白い観光馬車が通り過ぎて行きました。昼食のレストランからヴァヴェル城までは、近距離ですから歩いての移動です。

    白い観光馬車が通り過ぎて行きました。昼食のレストランからヴァヴェル城までは、近距離ですから歩いての移動です。

  • ヴァヴェル城に向かう途中にあった学校の光景です。検索した航空写真で、昼食のレストランからヴァヴェル城に向かう道筋をたどることもできました。

    ヴァヴェル城に向かう途中にあった学校の光景です。検索した航空写真で、昼食のレストランからヴァヴェル城に向かう道筋をたどることもできました。

  • こちら側に出入口はありませんが、この城壁は、すでにヴァヴェル城のものかも知れません。塀の上に、更に高い城壁がありました。

    こちら側に出入口はありませんが、この城壁は、すでにヴァヴェル城のものかも知れません。塀の上に、更に高い城壁がありました。

  • 検索した航空写真では、『ポビシレ(通り)』と記載されていました。左手のポール列も写真で確認できました。更に左手が、ヴィスワ川です。

    検索した航空写真では、『ポビシレ(通り)』と記載されていました。左手のポール列も写真で確認できました。更に左手が、ヴィスワ川です。

  • クラクフの街を流れる、ヴィスワ川の光景です。ヴァヴェル城は左手方面になります。ゆったりと曲線を描きながら流れていました。

    クラクフの街を流れる、ヴィスワ川の光景です。ヴァヴェル城は左手方面になります。ゆったりと曲線を描きながら流れていました。

  • 変化に富んで、見飽きない構造をしたヴァヴェル城の城壁です。かつて、ヴァヴェル城は王宮として使われました。葉を落とした木々がその城壁にマッチしていました。

    変化に富んで、見飽きない構造をしたヴァヴェル城の城壁です。かつて、ヴァヴェル城は王宮として使われました。葉を落とした木々がその城壁にマッチしていました。

  • ヴァヴェル城の中の尖塔の光景です。城壁の中にあるカトリック教会のヴァヴェル大聖堂の尖塔です。

    イチオシ

    ヴァヴェル城の中の尖塔の光景です。城壁の中にあるカトリック教会のヴァヴェル大聖堂の尖塔です。

  • ヴァヴェル城の中の尖塔を過(よぎ)る飛行機雲です。城壁近くのこの尖塔は、最上階が吹き抜けになっていますから、鐘楼のようです。

    ヴァヴェル城の中の尖塔を過(よぎ)る飛行機雲です。城壁近くのこの尖塔は、最上階が吹き抜けになっていますから、鐘楼のようです。

  • ヴァヴェル城の入口に向かう途中、見応えがある城壁を巡りながら、土手の下から眺めました。ヴァヴェル城は、1020年に着工が開始され、その後、歴代国王の戴冠式が行われました。

    ヴァヴェル城の入口に向かう途中、見応えがある城壁を巡りながら、土手の下から眺めました。ヴァヴェル城は、1020年に着工が開始され、その後、歴代国王の戴冠式が行われました。

  • ヴァヴェル城の外壁の上に、建物の堅固な外壁が続いていました。外から眺めた外観では、3階建ての高さです。石を積んだ部分が白く塗られ、その上の赤レンガは地肌のままでした。

    ヴァヴェル城の外壁の上に、建物の堅固な外壁が続いていました。外から眺めた外観では、3階建ての高さです。石を積んだ部分が白く塗られ、その上の赤レンガは地肌のままでした。

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