2016/06/04 - 2016/06/04
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chiaki-kさん
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レオナルド・ダ・ヴィンチの油彩画で現存するものは世界中に十数枚と言われ、肖像画となると、わずか4枚しかない。パリのルーブル美術館所蔵の『モナ・リザ』、『ミラノの貴婦人の肖像』、ワシントンのナショナル・ギャラリー所蔵の『ジネーヴラ・デ・ベンチの肖像 』、そしてこの『白テンを抱く貴婦人』である。
モデルはミラノ公の愛妾チェチリア・ガッレラーニと推定され、1490年頃 モナ・リザと同様に板に描かれた油彩画で、クラクフのチャルトリスキ美術館に所蔵されているが、美術館の改装に伴いヴァヴェル城の中の一室に現在は飾られている。以前、日本でも公開されたらしいが、見損なってしまったので今回是非見てみたいと思い、9000円という高いオプショナル代を払って見学する。
なお、本物は撮影禁止だが、手前の部屋に実物より大きいポスターが掲示されており、表紙の画像はそのポスターを撮ったもの。絵葉書を購入し、接写撮影する手間が省けるので、良い試みだと感じた。
2024/03/05 一部修正
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 3.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 3.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 航空会社
- フィンランド航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
-
6/4
ホリディ・イン・ワルシャワ・エアポートの朝食。可も無し不可も無し。ヨーグルトはおいしかったけど。 -
9:00にホテル出発。今日からバスが替わった。昨日は1日だけのチャーターだったが、このバスとは最終日まで、お付き合い。
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メルセデス・ベンツ製でグレー一色のバス。乗り心地は最初のネオプランより上々。運転も最初のドライバーと比べれば大人しい感じで、これならトラブルもなさそう。ただ、英語は不得手(ドイツ語、ロシア語ならOK!)なのでTDさんとの意思疎通に若干の問題が・・・
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S8号線は有料高速道路なので快適。窓の外にはポーランドでは珍しい風力発電が。
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GSでトイレ休憩(無料)。
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ポーランドの道路地図ゲット(10Zだったような)GREAT COFFEE はまあまあだった。
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12:00 快適な高速道路を走って、到着したのはチェンストホーヴァの街。あれ、今日はお祭り?
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バスが止まったのは Viking という名のレストラン前。
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お!これは期待出来るかな。
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昼食は野菜サラダとピエロギ。チーズ入りのサラダがおいしかった。
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ピエロギもまあまあ。なお、ピエロギは、様々な具を詰め、膨らまない生地を、茹でてまたは焼いて作る東ヨーロッパ周辺の料理。ウクライナ、ポーランド、スロバキアの国民食とされている
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昼食後、バスでヤスナ・グラ僧院を目指すが、なんだこりゃ!!!
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よくバスが駐められたと感心するくらいの大混雑! 中にはテント持参の方も。
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人の流れに気をつけながら、10分後にヤスナ・グラ僧院到着。
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これがヤスナ・グラ僧院のご本尊「黒いマドンナ」(売店の看板を撮影)。
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正門をくぐると・・・
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人・人・人で埋まっていた。何度かヤスナ・グラに来たことのあるTDさんも、こんなに混んだヤスナ・グラは初めて、とのこと。
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やっとのことで可愛い僧院ガイドさんと合流。この後ガイドさんの特別のはからいで「黒いマドンナ」を特別スピードコースで見ることができた。
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これが一瞬だけ見れた「黒いマドンナ」(カミさん撮影)。私はというと人いきれで蒸し暑い礼拝堂から一刻も早く出たかったので撮影どころではなかった。なお、この写真は一枚だけならOKとガイドさんから許可をもらっています。
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僧院から出るときも大変。帽子を右手で掲げている方がTDさんなのだが、ついて行くのにやっとの状況。この後トイレの前に一旦集合するが、とんでもない行列になっていたので、すぐバスに乗って、どこかのトイレに寄ろうということになった。TDさんの仕入れた情報では、ポーランドにカトリック教会が初めて出来てから500年ということで、記念のイベントがあったのだそうだ。
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チェンストホーヴァからクラクフまでは約2時間。道は有料。無料を繰り返すが、写真は有料区間の料金所。この区間はまだETC化していないようだ。
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17:30 クラクフ到着。ホテルはクラクフ郊外の大型店などが連なる幹線道路沿いにある。あ、IKEAだ。
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今日のお宿はクラクフ・ホテル・スィング。バスタブこそなかったが、あとはまあまあのホテル。(翌朝撮影)
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一番良かったのは大型スーパー AUCHAN がすぐ近くにあったこと。夕食後さっそく買い物に出かけたのは言うまでもない。
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本日の夕食はホテルで。あ、メイン料理撮り忘れたぁぁぁ・・・
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今夜のアテはAUCHANで購入したチーズと、珍しいブルガリア・トラキアワイン(5Z:いまいちでした)。そしてクラクフの夜は更けて行くのだった。
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6/5
朝食はこんな感じ。この見た目の悪いパンがモチモチでおいしかった。 -
今日は盛りだくさんのスケジュールなので、8:30に現地ガイドさんと一緒にホテルを出発。クラクフ新市街を突っ切り、旧市街入り口でバスを降りると最初に見えてきたのはバルバカンの門。
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バルバカンの内側はこんな感じ。綺麗に修復されている感じ。
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続いてフロリアンスカ門。この門をくぐると・・・・
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整然とした旧市街となる。MAC発見。
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フロリアンスカ門を振り返って見るとこんな感じ。
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城壁が少し残っている。
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聖マリア教会が近づいてきた。ガイドさんが”急いでください”という。その理由はすぐにわかった。
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塔の窓が開いてラッパ手がラッパを吹いている。何故か途中で曲は止まってしまうのだが、それはこんな故事による。
その昔、モンゴル軍がクラクフを襲ったとき、敵襲を告げるラッパがこの教会の塔の上から吹き鳴らされた。しかしラッパ手はモンゴル兵の放った矢にのどを射貫かれて絶命した。そこでその勇敢なラッパ手を偲んで一時間ごとに吹き鳴らされているという。 -
観客の拍手に手を振って答える奏者。
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聖マリア教会へ入場を試みるが日曜日のミサ中だったので、この日は入場はあきらめ、明日ヴィエリチカからの帰りにもう一度来ることとした。
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写真は翌日に入場、撮影した教会内部。これぞカトリック教会といったゴージャスさ。
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ことに祭壇は素晴らしい。
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聖母被昇天の一場面か。
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天国へ昇るイエスとマリア。
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綺麗な青い天井。
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ステンドグラスも綺麗。
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広場中央には織物会館がある。
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織物会館の内部はお土産屋がひしめいている。
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広場東側中央にあるブロンズ像は、国民的詩人アダム・ミツキエヴィッチ。
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ん?みのもんたさん(^^;;
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旧市庁舎の塔。上まで登れるそうだ。いかないけど。
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これは何?
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聖ペテロ・パウロ教会とその前を通過する観光馬車。
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旧市街の南端にはヴァヴェル城がある。もうすぐレオナルドに逢える。
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ヴァヴェル城・入城。
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イチオシ
庭園から眺めるヴァヴェル大聖堂。
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そしてヴァヴェル城・旧王宮。この中の一室にチャルトリスキ美術館の改装に伴い『白テンを抱く貴婦人』が飾られている。
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入城はこちらから。チケットはTDさんとガイドさんが購入してくれるのでラクチン・ラクチン。
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ここが入り口。ここまで来る間に数十点の絵画やタペストリーなどを鑑賞する。宗教画と肖像画中心の見応えのあるものがたくさんあったが、撮影禁止なので画像はありません、悪しからず。
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『白テンを抱く貴婦人』は、ポーランドのアダム・チャルトリスキ公爵が1798年に購入したが、何度も戦禍によりヨーロッパを転々とした名画である。
1830年、11月蜂起を鎮圧しようとするロシア軍から守るために、まずドレスデンへ送られ、さらにパリに運ばれた。最終的にクラクフへ戻されたのは1882年になってから。1939年にはナチス・ドイツのポーランド侵攻によってこの絵画はナチスに収奪され、ベルリンの博物館へと送られた。その後の行方は分からなくなっていたが、バイエルンにあるナチス高官の家で無事発見された。その後、ポーランドに返還され、現在は元通りクラクフのチャルトリスキ美術館に展示されている。 -
500年以上前に板に書かれた作品のため、この画は何度も修復を受けており、背景は黒く塗りつぶされ、さらに描かれている女性が頭にかぶっていた透明なヴェールは大げさな髪型に変更され、おかしなサインまで書き加えられている。
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指にも修正の跡が見られるようだが、レオナルドの作品としては比較的保存状態が良好な作品である。なお、描かれている動物は白貂(シロテン)ではなく、白い被毛を持つフェレットらしい。
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城の中庭。
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ヴィスワ川の向こうには・・・
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日本美術・技術博物館「マンガ館」がある。いってないけど。
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旧市街に降りて、昼食はここ C.K.DEZERTES 。
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メイン料理はカツレツ。久々の薄い豚肉のフライが、おいしかった。実はこれもオプション代に含まれている。
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これは翌日の撮影なのだが、ヴィエリチカからの帰りにTDさんの機転で、あるところへ寄ろうとしてくれた。
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実は、この辺にはクラクフゲットーがあった。
1939年、ナチス・ドイツがポーランド西部を占拠、クラクフのヴァヴェル城にはポーランド総督府が置かれた。当時クラクフには64000人ほどのユダヤ人が住んでいたが、総督となったハンス・フランクは大のユダヤ人嫌いであったため、特殊技能を持つなど、労働力になりそうな15000人がヴィスワ川対岸にあったポドゥグージェ地区に造られたゲットーに押し込まれ、他はクラクフから追放された。
1943年3月13日と14日、プワシュフ強制労働収容所の所長アーモン・ゲート親衛隊少尉の指揮の下、最後の移送作戦が実施された。3月13日にはまず健康な労働者が収容されていたゲットーAが解体され、そこの住民は全員がプワシュフ労働収容所へと移送されていった。続いて翌3月14日にはゲットーBが解体された。1,000人が労働不能とみなされてその場で殺害される一方、4,000人がプワシュフ収容所へ送られ、2,000人がアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所へと移送された。
3月14日の移送の際、ゲットー内に大量の死体が転がった為、これらの死体はプワシュフ収容所へと運び込まれ、大きな穴の中にまとめて埋められた。(Wikipedia参照) -
鉄道のガードが拡幅工事中で、残念ながら行くことはかなわなかったが、このガードの先にシンドラーの鋳物工場が博物館になって残っているのだ。もともと日程には入っていない所なので仕方が無いのだが、残念無念。
チェコ生まれのドイツ人実業家オスカー・シンドラーは1939年2月10日、国家社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)に入党。同じ年、ドイツのポーランド侵攻に合わせ、戦争での一儲けを狙い、ポーランドのクラクフにやってきた。1939年10月、シンドラーは、ユダヤ人の所有になっていた、落ちぶれたホーロー容器工場を買い取る。彼は、ユダヤ系ポーランド人会計士の助言を受けながら、ドイツ軍の厨房用品を製造して事業は急激な成長を遂げた。工場はわずか3カ月で250人のポーランド人労働者を使うようになり、その中には7人のユダヤ人労働者もいた。その後事業はさらに拡大し、800人近い労働者がここで働いたのである。その中にはクラクフ・ゲットーのユダヤ人370人もいた。
1993年に公開された映画「シンドラーのリスト」(S.スピルバーグ監督)にも、この辺の事情、そして、その後も描かれている。 -
ヴィスワ川の向こうにヴァヴェル城の勇姿を見ることができた。ここから西へ約1時間、オシフィェンチムにあの「アウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所」がある。
これで「2016年 バルト3国&ポーランド旅行記6:クラクフ」は終了です。本日も最後まで、ご覧いただきありがとうございます。
2024/03/05 一部修正
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この旅行記へのコメント (3)
-
- Gruss Gott さん 2016/08/28 15:52:55
- こんにちは
- chiaki-kiさんこんにちは。
当方の旅行記にお立寄り&ご投票、ありがとうございました。
まずは御礼まで!!
クラカウ、いい町ですね。
- chiaki-kさん からの返信 2016/08/28 21:40:08
- 108カ国・・・・・・・・・
- ・
Gruss Gottさん、こんばんは。ポーランド旅行記に
たくさんの”いいね”をありがとうございます。
Gruss Gottさんの367冊ある旅行記の中から「1999
車で駆け足 ドイツ・ポーランド・リトアニア・
チェコ・オーストリア」からクラクフ編を拝見
しました。
1999年8月に愛犬と供に、レンタカーで行かれた
ようですが、素晴らしいです。
1989年に東欧革命によりポーランドが民主化して
からわずか10年後の街は、やはりそこかしこに
旧社会主義国時代の名ごりが見られますね。
*バルバカン・フロリアンスカ門、織物会館・・
やはり傷んでますね。17年後には綺麗に修復
されていますが。
*チャルトリスキ美術館・・・昔はこんな感じ
だったんですね。なお、ダ・ヴィンチの
「白テンを抱く貴婦人」が目玉の美術館ですが、
現在は修復中のためヴァベル城内にあります。
*監視塔?・・・下から6枚目に、まるで
ビルケナウ強制収容所にある死の門のような
監視塔がありますが、これは何でしょう?
Gruss Gottさんは海外108カ国を訪問されたよう
ですが、凄いですね。私はまだ1/4程度ですから
足下にも及びませんが、足腰が立つ内に1カ国でも
多く訪問することを目下、企てております。
chiaki-k
- Gruss Gott さん からの返信 2016/08/28 22:43:24
- RE: 108カ国・・・・・・・・・
- ほんとうにずいぶん前のことで、よく覚えていないのが残念です。
クラカウは、リトアニアからの帰りにアウシェビッツに行く途中で立ち寄れた街でした。(このあとウイーンまで走りました)
このころはもちろん、一冊の道路地図で走り回っていました。
今みたいに
ナビ+ホテルはネット予約という便利なものは何もなかったです。
街にやっと着いたら、まずホテル探しをしないといけなかったし、
しんどかったなぁ。
町歩きも、ドライブした後のへとへとの状態ですることも多く、このクラカウもそうだったような気がします。
でも、中央広場のすばらしさなど、はっきり覚えています。
見張り塔は城壁の周りに在ったものです。
そばに露店のみやげもの屋さんが城壁に沿って出ていました。
なつかしくなりました。
chiaki-kさんのように、いろいろ説明ができたらいいのですが、ごめんなさい。
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